3. ギルド

 一際大きいギルドの建物が視界にはっきりと入って来た頃、ふいに男性の怒鳴り声が町に響いた。

 通りを歩く人達が、一斉に声の方を向く。


「――しつこい!! 客の情報をそんな簡単に教えられるか!!」


 佑はギョッとして、肩を竦めた。


「なんの騒ぎですかね」

「嫌な予感がする。……聞き覚えのある声だ」


 リディアはあからさまに顔を険しくした。

 通りの奥の方で、ガタイのいい男が誰かを怒鳴りつけている。

 物騒だな、関わりたくないなと思っていたが、リディアの歩みは止まらない。止まらないどころか、人混みを掻き分けてまっすぐその男の方へ歩いていく。


「リディアさん、待って!」


 佑は置いていかれまいと、必死に足を動かした。が、慣れない装備と重い荷物で早く歩けず、足元もふらついてしまう。

 雪が溶けて滑りやすくなった石畳の道を転ばないよう慎重に進んで行くと、男に迫る小さな人影が確認出来た。


「スキア!! 何してる!!」


 リディアの怒声。

 見ると、厳しい中年男性に掴みかかるスキアの姿があった。


「辺境の魔女!! やっぱりお前の使い魔か!!」


 男性はギリギリとリディアを睨み付けている。

 リディアはズンズン歩いていって、男性からスキアを無理やり引き剥がした。


「スキア!! 勝手にウロウロしおって。マスターも迷惑してるだろうが!!」


 スキアはキャンと声を上げ、勢いよく佑の方に引っ張られた。

 よろけるスキア。

 佑がサッと手を差し伸べると、スキアはそのまま佑の腕の中に収まった。


「こいつから、タスクと似た臭いがプンプンする!! 息子と会ってたんだ!!」


 スキアは佑の腕の中からスルッと抜けて、ピシッとマスターを指差した。

 佑もリディアも、目を丸くした。


「ほ、ホントか、スキア!!」


 まさかの言葉に、佑は興奮気味にスキアに尋ねた。


「ホントだよ! ギルドの方からも濃い臭いがした。マスターのおっさんなら、何か知ってるはずだと思ったのに、全然教えてくんなくって!!」


 大狼のスキアは、人間より鼻が利く。

 佑は居ても立ってもいられなかった。


「あ、あの!! うちの息子と会ってたって本当ですか? 息子は今どこに……!!」


 気が付くと佑はマスターの真ん前に、両手を握りしめて立っていた。

 通行人の目線が一斉に佑に向いたが、佑は一切気にしない様子で、背の高いマスターの顔を見上げている。

 マスターは迷惑そうに、大きなため息をついた。


「スキアにも言ったが、簡単に他の客の話なんか出来ない。信用に関わる。まして、こんな町のど真ん中。どんなヤツが聞いてるかも分からないのに」

「タスク、落ち着け。気が早い」


 リディアの言葉に、佑はハッとして一歩二歩下がり、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「マスター、すまなかった。私の使い魔と連れが無礼を。少々込み入った事情がある。話を聞いて欲しい」


 丁寧に弁明するリディアに、マスターは渋々「分かった」と返事した。


「タスクもスキアも落ち着け。残念ながら、飯は少々お預けだ。先にギルドに行く。そこでマスターとゆっくり話をしよう。その後、高級牛肉料理を存分に食わせてやる」

「やったあ!!」


 お預けの言葉の後に、高級と続いたことで、スキアは目を輝かせた。


「タスクも、いいな」

「勿論です」


 佑は唇を噛み締め、ゆっくり頷いた。






 *






 ギルドの建物が近付いてくると同時に、美味しそうな匂いも漂ってくる。

 ビーフシチューに似た匂いだ。佑はそっと口元を手で拭った。

 お腹は確かに空いていたが、それより大事なことがある。ギルドマスターが、竜樹にあっていた可能性があるのだとしたら、それは食事より優先すべきに決まっているのだ。


 木製の頑丈な扉を開け、ギルドの建物に入る。入って右側が食堂、奥が宿屋、そして左側がギルドの入り口だ。

 マスターに案内され、中に入る。暖炉でだいぶ暖まった室内は、出入りする屈強な男達でムワッとしていた。

 職安みたいに、依頼案件が壁のあちこちに張られているのかと思いきや、そうでもないようだ。格子の嵌められたカウンターの内側に職員がいて、ひとりひとり対応している様子。

 ロビーには順番待ちの冒険者達が情報交換しながらうろうろしていて、ジロジロと佑達を目で追ってきた。

 職安と違うのは、疲れ切ったような大人達ではなく、ギラギラした獣のような男達ばかりだというところ。あんなに強そうな男達ばかりでは、スキアでなくとも震えてしまうんじゃないかと佑は思った。


 こっちに来いと、佑達は二階の応接間に通された。

 背中の剣や荷物を一旦下ろして身軽になってから、テーブルにつく。

 マスターは部屋の内鍵をしっかりしめてから、ようやく向かい側の席に座った。


「すまんな。わざわざ時間を取って貰って」


 リディアがマスターに礼を言うと、彼はふぅと長く息を吐いて、腕を組んだ。


「いや。こっちもこっちで聞きたいことがあったから、まぁ丁度よかった。あの少年が辺境の魔女リディアの関係者なら、納得出来ることもある」


 五〇代後半に見えるマスターは、肩まで伸ばしたロマンスグレーの髪を、後ろで一括りにしていた。コートを脱ぐと更に筋肉質で、威圧感がある。あのむさ苦しそうな冒険者達と渡り合うには、確かにこのくらい強そうでなければ太刀打ち出来ないのかも知れないと、佑は息をのんだ。


「……そいつ、誰だ」


 マスターは顎をクイッとさせて、リディアに佑のことを聞いた。


「かの地から迷い込んだのを、スキアが助けたんだ。息子を捜してる。スキアが息子らしき臭いをお前とこの建物から感じたらしい。妙な格好をした子どもを見かけなかったか」

「かの地から、ねぇ……」


 彫りの深い顔で睨まれ、佑は思わず肩を竦めた。

 迫力が半端ない。

 スキアも怖がってないか……と、リディアを挟んだ向こう側を見ると、スキアは既にリディアの左腕にしがみ付いて顔を埋め、耳を寝かせてブルブルと震えていた。

 本当に怖いんだな。

 佑はスキアに同情しつつも、何も出来ない自分に憤った。


「確かに、妙な子どもは来たよ。妙なものを高値で売りつけてきた。何でも、『喉から手が出る程、欲しがる人間が直ぐに現れる。そいつにもっと高い値で売りつけたら、絶対に買ってくれるはずだから、金貨一枚で買い取れ』ってな。変な紐の付いた、四角い箱をだぞ。金貨一枚!! ふざけるなと言ってやったのに、全然動じなかった。動じないどころか、『聞いてくれないなら、ここのギルドはけちんぼだと行く先々で言いふらしてやる』と脅して来やがった。最悪だ。もし辺境の魔女があの子どもの置いてった箱を金貨二枚で買ってくれるなら、そいつの話をしてやってもいい」

「金貨二枚とはまた、随分大きく出たな」


 佑には、金貨の価値は分からない。

 さっき肉屋で山盛りの肉を買うのに使ったのは銀貨十枚。

 武器屋でも防具屋でも宝石屋でも、支払いは銀貨だった。金貨は銀貨何枚分なんだろうか。仮に銀貨が千円程度の価値だったと仮定したとして、次の単位が金貨なら……。

 銀貨を二十枚か、三十枚ずつ支払っていたから、多分、単純な十進法で単位が切り替わるのじゃないことくらい、佑にも直ぐに分かった。

 となると、かなり高額での買い取りをふっかけられているのでは。


「現物を見せて貰えるか。仮にタスクが欲しいものなら、金貨を二枚出そう」

「リディアさん……!!」

「金のことは気にするなと言った。さあ、見せろ。金ならたんまりある」

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