第3話 祭り、別れ
私たちは、祭りの会場である近くの神社に辿り着いた。
「着いた〜!」
現在午後一時で祭りが始まったばかりなので、人が少ない。
「ほらね。一時から来て良かったでしょ?」
「うん」
屋台の店員を除いて祭りに来ている人は、私たちしか居ない。
まるで世界に私とはなび二人きりしか居ないように思える。
「これで思い切り堪能できるね」
「いっぱい遊べる」
わくわくしているのか、はなびは期待に満ちた表情をする。
そんな期待に応えるためにこの祭りを満喫しようと思う。
鳥居に入る前にお辞儀をして、境内に入る。
いつもの神社と雰囲気が違って周りには豊富な屋台、提灯が吊るされていた。
本殿の裏の広大な場所には盆踊りの準備がされていた。
盆踊りは、辺りが暗くなり始めた午後六時三十分〜七時の三十分間の予定らしい。
盆踊りが終わった直後、花火が打ち上げられる。
私は、花火がよく見える誰も知らない秘密の場所ではなびに想いを伝える。
更に、はなびの想いなどを聞く。
これが上手くいけば私たちの関係は深まるだろう。
その前に人が少ない時間帯ではなびと屋台巡りをする。
よし、遊ぶぞー!
「はなび、最初どこ行きたい?」
「んー。食べた事がないりんご飴、食べたい」
「いいね〜」
はなびの希望で、屋台でりんご飴を購入する。
「あれ? なつは食べないの?」
「私は、祭りで最初に食べるのは綿菓子って決まってるから綿菓子食べるかな」
「えー? なつもりんご飴食べようよ」
子どものように駄々をこねるはなびを見て、
「分かったよ。私も食べる」
と、思わず私もりんご飴を購入する。
「ふふっなつはちょろいな」
「あんなに駄々をこねたら食べるよ」
「やったっ」
屋台の店員からりんご飴を受け取り、私ははなびにりんご飴を渡す。
初めてのりんご飴に感動するはなびは、勢いよく食べる。
「美味しい!!」
「良かった」
子どものようにはしゃぎながら食べるはなびの姿を見て、私は微笑む。
続いて私もりんご飴を食べる。
「美味しい!!」
つい私も、はなびと同じ反応をしてしまった。
何故祭りで購入した食べ物はいつもと違ってこんなに美味しく感じるのだろう。
そう思いながらりんご飴を食べ歩きし、次に綿菓子を購入する。
私が綿菓子を食べていると、羨ましそうにはなびは見つめる。
はなびは綿菓子も初めてというので、食べかけの綿菓子を渡す。
はなびは、私が食べたところを食べるから私はドキッとする。
わざとやっているのか知らずにやっているのか分からない。
はなびに胸の鼓動を聞かれないよう話し掛ける。
「私たちの出会いって運命的だと思わない?」
私が聞くと
「とてもそう思うわ」
と、綿菓子を食べていたはなびは、その行動を止め、はにかんだ。
そんな彼女を見て、私の胸が更に高鳴った。
そう、私たちの出会いは本当に運命的だと思う。
そして、神様が私とはなびを運命的に出会わせたのだと思う。
いや、絶対そうだ。
そうでありたい。
今でも思い浮かんでくる。
あの時の出会いを──
私は、はなびとの出会いを思い巡らせながら祭りを楽しむ。
射的で、はなびが大きいクマのぬいぐるみを当てたり、金魚すくいで、私が無双して金魚を大量に取ったりと屋台を目一杯回って楽しんでいたらいつの間にか人混みができていた。
「はなび、はぐれないように手を繋ごう」
私は、はなびの手を繋ごうとするが、
「はなび……?」
近くにいた、はなびが居なくなっていた。
「はなび……はなび……!! どこ!?」
焦った私は、はなびの名を呼ぶが、一向に姿を現さない。
いつ、どこではぐれた?
昨日と今日ずっと一緒に居た友達が突然居なくなるのってこんなに悲しい事なんだ。
私は、感じた事がなかった初めての悲しみに気付く。
でも私は、はなびとずっと一緒に居るって決めたんだ。
祭りが終わってもずっと一緒。
たった二日間帰省して都会に帰ってもずっと一緒。
楽しい事、悲しい事などずっと一緒に、はなびと分かち合う。
たとえ忙しくても死にたいと思ってもずっとはなびが一緒に居るだけで幸せだ。
はなびが居るだけで……私は、生きられるんだ……!
「はなび……!!」
はなびの姿を見つけた私は、肩を掴む。
「ん?」
だが、はなびではなく、後ろ姿が似ていた赤の他人だった。
「す、すみません。間違えました」
私はすぐ謝り、はなびを探す。
どうしよう……このまま、はなびが見つからなかったら……。
私の想いを伝えられないまま祭りが終わり、私は明日の朝、都会に帰る。
そんなの嫌だ……!
はなび……!!!!
私の魂が大絶叫していると、
「なつ? どうしたの?」
と、私を呼ぶ声が後ろから聞こえてきた。
振り返ると、私と屋台で購入した品物を大量に持っているはなびの姿が。
「は、はなび……!!」
私は歓喜のあまり、はなびに抱きつく。
「ちょっ、ちょっと! なつ!?」
「はなび、どこ行ってたの?」
「え? あそこのベンチで座ってたけど……」
はなびは、神社の神木の近くのベンチを指差して言った。
「あそこに居たの?」
「うん。ちょっと寝てた」
「…………。良かった〜」
安堵のあまりその場で座り込む。
「探したんだよ〜」
「え? そうなの? ご、ごめん」
私が必死に探していたのを察したはなびは、私に抱きつき謝る。
「本当にごめん」
これは、はなびの本心だと思う。
「はなびが見つかったからもう大丈夫。今度は、はぐれないように手を繋ごう」
私は、はなびの手を繋ごうとする。
「うん」
はなびは、私の手を繋ぎ返す。
その手は、とても冷たかった。
『まもなくフィナーレの花火が始まります。お集まりの皆様は是非美しい花火をご堪能下さい』
盆踊りが終わり、ナレーションと共に遂に花火が始まった。
私は、花火がよく見える秘密の場所に、はなびを連れて行く。
「本当だ。ここ、よく見える」
「二年前の祭りでここを見つけんだ。いいでしょ?」
「とてもいいわ。なつ、ありがとう」
「どういたしまして」
本当にはなびを連れて来て良かった。
だって、こんなに喜んでるもの。
私も嬉しい。
「はなび、綺麗だね」
「それ、どっちのはなび?」
「どっちも。夜空に色鮮やかに乱れる花火と、私が好きな友達のはなび」
「なつ……」
「私、駅で出会ったはなびを見て胸が苦しくなったの。これは何なのかって。でも私は気付いた。昨日と今日、そしてこの祭りで、はなびと一緒に過ごしていたら私、はなびのこと『好き』ってね」
「…………」
「お母さんの前では、友達として好きって言ったけど、あれは嘘。本当は恋人として『好き』。私、『恋』した事がなくて『恋』の感情が分からなかったけど、はなびを想うこの気持ちはきっと『恋』なのかな」
私は、私の想いをぐっと涙を堪えながらはなびに伝える。
その間、私は、はなびの顔を見られなかった。
恥ずかしいからだ。
「友達以上の関係になりたい。ずっと、ずっと一緒に居たい」
そして私の想いは、爆発する。
「はなび、好き。いや『大好き』」
「……好きって……私も。……私も……大好き」
そう言い、はなびは私の口にキスをする。
「な、何!?」
突然の事で私は思わず口を抑える。
「嫌、だった……?」
はなび、それはズルいよ。
「嫌、じゃなかったよ」
続いて私もはなびにキスをする。
当然口に。
舌も入れ、はなびとディープキスをする。
夜空に鮮明に咲き乱れる花火と共に、私たちは、二人きりの世界でキスをし続ける。
私の想いと、はなびの想いは同じだという事に気付く。
相思相愛、という名前の愛の証明。
たとえ女の子同士でもお互いが好きであれば関係ない。
私は、はなびが『好き』で、はなびは、私が『好き』。
それは、とても美しくとても素晴らしい。
数分間キスをしていると、はなびの体は完全に薄れていき……。
「ごめん。私、幽霊……なんだ」
「幽霊……」
そう聞いて私は、最悪の事態を想像する。
それは、別れという残酷なものだ。
「私が死んだ理由。そして私が、自分探しをしていた理由。頃合いが今だから言うね」
「うん」
私は、はなびの顔を真剣な眼差しで見つめながら聞く。
「私、実は元々、男の子ではなく女の子が好きになる体質なの。それで高校の時、私の友達にそれを告白した。そしたら友達が『私のこと、そんな風に思ってたんだ。キモッ!』」って絶交したの。それからこの事が学校内で噂話として広まって私は居場所を失った。家に帰っても私の体質が気に食わなかった母親が父親と喧嘩してとうとう離婚した。私のせいで両親が離婚したの。そうして独りぼっちになった私は、高校卒業と共に自分探しの旅をしようと色々な県を旅した。そして二年間旅して疲労が溜まって精神が病んだ私は、なつと出会った駅で飛び降り自殺をした。それから私はあの駅で地縛霊として成仏できずに留まっていたの」
はなびにそんな過去があるなんて……。
「でも私とお母さんには、はなびの姿が見えてたよ?」
「私、幽霊歴が長いの。霊感が無くても私の姿が見えるのも不思議な事じゃない」
はなびはずっとあの駅で待ってたんだ。
孤独と戦いながら寂しい思いで。
「はなびの未練って?」
「私の未練は、私の体質を認めてくれる人を探してその人と楽しい思い出を作ること」
「その未練が今日晴れて成仏できるって事?」
「そうね。つまり私とお別れ……」
はなびの死んだ理由。はなびが幽霊になった理由。全部分かった。
ただ、実際はなびと同じ高校で同じクラスで友達だったら、はなびはきっと死ななかった。
そして私だったらはなびの体質を認めていただろう。
あぁ、神様はいじわるだ。
せっかく私たちが運命的に出会ったのに、すぐお別れなんて現実とは残酷だ。
「……もう、お別れ……なんだよね?」
私たちの目には涙が零れていた。
そんなの……嫌だ……。
ずっとずっと一緒に居るって心の中で思っていたのに……。
またこの感じか。これが悲しみという感情なのか。
『恋』とは違う、苦しさが胸に込み上げてくる。
ワガママなのかもしれないけど、はなびとお別れしたくない……。
こんなにも好きなのに……。
私を支えてくれる大好きな友達が本当に居なくなってしまう。
はなび……はなび……。
でも私は覚悟を決めた。
私より悲しみを知っているはなびとお別れするんだ。
泣いていたはなびは、涙を拭い、私に優しい抱擁をする。
その抱擁は、とても暖かった。
「なつ、短かったけどとても楽しかったわ」
「 私もこの二日間すごい楽しかった。ありがとっ」
私も涙を拭い、満面の笑みで言った。
「こちらこそありがと。じゃあ、またね」
「はなび、またね」
そして、はなびは
「あなたみたいな私を好きでいてくれる人を待ってたの」
と、花火と共に消えていった。
私は、出会った時に、はなびが発した言葉の意味を理解した。
それからこの感情が『恋』という名前があるのを理解した。
私は、決して忘れる事がないひと夏の不思議な体験をした。
その体験は、一生脳内に刻まれるだろう。
『恋』をした事がなかった私は、初めて『恋』をした。
そう、私が『恋』をしたのは、幽霊少女だった──
夏恋花火は今日も舞う 結木 夕日 @yuuhi_yuuhi17170
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