第106話 経験値

 小説を書くなら経験けいけん必要ひつよう

 様々さまざまなことを経験することで、物語にもあつみが生まれる。

 経験や勉強を多くすれば引き出しも増えて、発想はっそうゆたかに、様々なお話も作りやすい。


 たしかに。


 でも、どうしようもないことって、ありますよね。

 人間、そんなにいろんなことは出来ない。


 私は、この「どうでも」見ていらっしゃる方ならさっせられると思いますが、ひきこもりの経験があります。それも結構長い。

 痛いんですよ、そんな人間だと、

「作家目指すなら経験ないといけない、いろんなことをしよう」

 って、言われるのは。


 ひきこもりからだっしたとしても、その経緯けいいや、心にとげが残っていることもあって人付き合いは下手くそ。一歩踏み出すことが出来ない。それでなくても社会経験しゃかいけいけんがたいていの方と比べればきわめて少ない。それはい目としてかなり気にしています。


「ひきこもりだって、大きな経験ですよ! 人にはないそれはきっと、作家だったらなおのこと生きると思います」


 ああ、そうか。


 目からうろこでした。

 ひきこもりも「経験」なんだと。

 何もしていないわけじゃない、何も経験していなかったわけじゃなかったんだと。


 それは社会復帰しゃかいふっきへがんばるも何やかんやあって「物書ものかきとしてやっていけたら」と、決意けつい新たにしていた時にとあるカウンセラーさんからかけてもらった言葉です。


 らくだけれど、たのしくはない。


 これはひきこもりの只中ただなか、私の沈んだ心が吐き出した言葉です。

 まさにからじこもっている状態じょうたいを言いあらわしたものです。

 その経験、その言葉は確かに私だけのもの。

 胃液いえきが上がってくるようなにがいものですけど、決してり物の言葉ではない。


 だからといって、それを作品にめよう、反映はんえいさせようって気、私にはないんですけど。


 引きこもりの経験、そのくるしさ、にがさ。それを思い出してしまうのでふでが進まない。他人から受けた痛みを思い出すこともあって、それを作品に込めるのもつらい。だからこそ逆に、私の作品は「過去に苦しみはあっても、今はそれを越えて、未来は明るい」的な、いやしややさしさを込めるようになっています。それもまた自らの経験があってこその境地きょうち


 特殊とくしゅなひきこもりの経験ですが、ひきこもりからだっしようとしているときにも様々な経験を持ちました。

 公的こうてき機関きかんたよって支援しえんを受けていたので、その過程かていで同じ経験を持った人とも多く出会いました。言葉としての「ひきこもり」は同じでも、その状態じょうたいも、時間も、経緯けいいも、今の状況じょうきょうも、これから何をしようとしているのかも、様々に違うとも知りました。

 あたたかく支えてくれる方々にも多く出会いましたが、かれと思っているのでしょうが、それこそ「経験をめ」と強引ごういんに引っ張る方々には有難迷惑ありがためいわくを感じたものです。公的な支援の場では、それゆえとは分かりますけど、みずからの成績せいせき成果せいかを私たちに求められて辟易へきえきしたこともあります。


 それもまた経験です。


 いろいろな経験を積んでおくことのほうが絶対ぜったい、物語には作者のそれが自然とにじみ出て読者の共感きょうかん感動かんどうむことは出来るでしょう。

 でも、経験がないと自分を卑下ひげすることこそ必要ないのかもしれません。

 私がそうであるように、一人ひとり、かけがえのない、自分だけの経験があるはずです。ようはそれをどう表現ひょうげんするか。そのままあらわすか、それとも私のようにその経験あればこそ逆のものをえがこうとするか。


 物語に必要なのは、経験や知識ちしきではなく、それを自慢じまんげに見せびらかすことでもないと思います。それを生かして物語を演出すること。それで読者を楽しませること。それが大事だいじなのかなと。


 なので。


 いろんな経験あるのに越したことはない。

 私だって、機会があればいろいろチャレンジしますし、勉強もします。

 そこでの苦労くろうもまた経験と前向きにとらえるようにしています。

 何でもかんでもメモするのは、何でもないことでも何かにつながればと思えばこそ。

 苦衷くちゅうを書きめる日記もまた。


 まあ、経験もメモも、一割使えれば上出来ですけどね。


 そんなどうでもいい話。

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