第74話 レビュー「新版 中野京子の西洋奇譚」

 中野京子先生の専攻はドイツ文学だそうですが、西洋史全般に深い見識あり。


 知識も教養も豊富。

 まるで底が見えないほど。


 それをひけらかすことなく、高級なワインではなく、清涼飲料水のように自然なのど越しよく、知識欲を満たしてくれます。専門語で埋め尽くされた大学の講義ではなく、その面白さに目覚めてもらおうとする高校生向けのテレビ講座のようとも。

 頭のなかで世界が広がり、目の前に異国ヨーロッパの景色と共に、歴史の一場面を見ることさえ出来ます。

 

 外連味のないストレートな物言いで(時に皮肉はまじえられますが)歴史の裏にある人間の闇にこそ鋭く切り込まれます。


「新版 中野京子の西洋奇譚」(中公新書ラクレ 2023年4月10日刊)


 この本(旧版でも2020年)は「絵画」ではなく、「奇譚」ファンタジー世界を題材に、西洋史の裏側に鋭く迫っておられます。憶測をまじえず、歴史や文学上のはっきり証明出来る「真実」を教えてもらえます。


 例えば、「ヴァルプルギスの夜」や「ドラキュラ」。

 ファンタジー好きには堪らないその響き。

 しかし、神秘的なそれの紹介にとどまらず、縦横無尽な歴史考証から如何にしてそれが生まれたかを解き明かされています。


 あとがきで述べられていますが、科学的な考証で嘘だ、まやかしだと否定するものではありません。歴史的事実のなかから奇譚の「真実」を見出そうとされています。

 それはいわば、民俗学にもつながるもの。

 奇譚や怪異を不思議ととどめず、その真実に迫ることで、自分も含めた世界を広げようという。

 

 その表現。


 さすがだなあ。

 うまいなあ。


 と、唸るばかり。


「蛙の雨」の章の結びでは「(謎が解明されれば)イグノーベル賞受賞間違いなし。」と。

「解き明かされる日は来るのだろうか」と思わせぶりに締めるならよくある結びでしょう。そこに「イグノーベル賞」をさらにかぶせる。「ノーベル賞」ではなく、「イグノーベル賞」というところがまた何ともニクイ。


 刺激になります、取り上げられていることもですが、その文章も。


 真似することは……、先生とは大海と水たまりほど知識量がまるで違うのでなかなか難しいのですが。


 それでもこんな言い回しもあるんだなと発見できます。


 こんな文章を書きたいなと思えるだけでも十分です。


 考証しっかり、歴史も踏まえれば、深みのある物語になるんだなとうなずけるだけでも。


 良き本との出会いって、本当に素晴らしい!

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