7節

あらすじ

帝都に向かう途中にネモネ様の授業を受けていたら、馬車が盗賊に囲まれていた


――――――――


 賊に囲まれながらも、エーデルワイスは冷静に努めていた。

 見えている範囲では20人前後だが、右手側に広がる森にも、いくつかの気配がある。合わせて30人弱といったところだろう。かなりのの大所帯である。


 ―――お前達! 馬車を囲むように位置取れ! 決して馬車に近づけさせるな!

 ―――はいっ!


 後列に居るサマンスの号令と、それに呼応する部下達の声が響く。彼らにも街道の賊のことは事前に伝えていたので、その動きは迅速だった。

 囲まれてこそいるが、彼らは選りすぐりの戦士達だ。その上、帝国最強と謳われるサマンスまでついている。普通の賊相手に遅れをとることはないだろう。安心さえできる。

 だが一方で、エーデルワイスの胸中には疑問が湧いていた。


(……この数の武装した騎士に、この程度か?)


 今回の護衛任務に着いた騎士は、サマンスも含めて合計12名。その上、旅用の軽装とはいえ装備も上質なものだ。

 だからこそ、相手の行動が不可解だ。

 賊といっても、彼らにも生活がある。その上、この人数だ。彼らのリーダーがよほど狡猾でなければ、まとめ上げ、率いることは不可能だろう。

 だが目の前の賊達は、リスクとリターンの計算もできていないように思える。


「なんか用っすか?」


 何かしらの計算があるのかと、情報を探るべく、エーデルワイスは目の前の男に問う。

 だが、


「死ねやぁっ!!!」


 男の一人が、剣を振り上げて肉薄する。


「ちっ!」


 エーデルワイスは横に剣を構え、右に受け流す。奇襲とはいえ、単調な攻撃だ。どうということはない。


「クソがぁ!」


 男は吠える。

 その顔には、どこか真に迫ったような、必死の形相が浮かんでいる。まるで、死を覚悟しているかのようだった。

 それに。


「あんたら、ちょっと横になったほうがいいんじゃないっスか?」


 よく見ると、男の目の下には大きな隈ができていた。ちらりと見れば、周りの男達も同様だ。

 まるで、昔の自分を見ているようだ。剣の修行で、三徹した時の顔に似ている。

 疲労困憊もいいところで、足元もおぼつかない様子だった。


「いいから積荷を寄越しやがれぇ! ぶっ殺すぞッ!!!」

「せっかく心配してやったのにッと!」

「あっ!?」


 エーデルワイスは軽口を叩きながらも、一足で男の懐に潜り込む。

 そこから横一文字に振るわれた剣線は、男の腹を割き、ピシャリと鮮血が舞い散った。


「ぁぁあぁあぁぁ゛あっっっッ!!!」


 断末魔を上げながら、男はその場に倒れ込み、悶え苦しむ。

 明らかな致命傷。仲間がそんな姿になれば少しくらいは足がすくみそうなものだ。


「うらぁぁぁあああ!!!」

「おっと」


 果敢にも別の男が剣を前にして飛び出してきたが、エーデルワイスはひらりと交わす。


「攻撃が単調すぎ」


 あくびが出そうだ。

 横目に他の騎士の様子を見てみるが、特に問題はなさそうだ。綺麗に二体一作られているので、時間はかかりそうだが。


「お、おい、こいつヤベェっ! お前ら、手を貸せ!!」

「お、おう! おい!」

「ああっ!」


 倒れた男が叫ぶと間も無くして、周りを囲んでいた三人の男達が駆け寄ってきた。


「……全員殺すのはまずいよなぁ」


 エーデルワイスは相対する四人の男を前に小さく呟くと、腰を落とし、剣を横に構え「ふぅ」と呼吸を整える。


 ―――剣術・第四階域『空切からぎり


 間合いの外からの一閃を、放った。


「ははっ、何やってやがる―――ガッ!?」


 届くはずのないと男達が嘲るのも一瞬で、成すすべなく、その体を後方へと吹き飛ばされていた。


「な、何が―――ぐっ……」


 無警戒のまま何が起こったのかもわからず、受け身も取れなかった男達は、頭を強打し立ち上がることすらままならない。まるで生まれたての子鹿のように、膝をガクガクと震わせては、その場で尻餅をついてしまう。


「ま、曲芸みたいなもんっすわ」


 ふいー、と軽く息を吐くエーデルワイス。

 『空切』とは、剣に魔力を纏わせリーチを伸ばすだけの技だ。はっきり言って殺傷能力は皆無だが、対多数かつ格下相手には重宝する。


 とはいえ、種が割れてしまえば、距離を取るなり、剣で受け流すなりできてしまうので、一発芸のようなものである。

 男の一人がぼやく。


「く、くそ……ッ。なんで俺たちが……魔女教さえ、こなけりゃぁ………」

「………魔女教? どういうことだ?」

「………」


 エーデルワイスは訊き返すが、答えが返ってくることはなかった。どうやら、気を失ってしまったらしい。


「―――ま、今はこの状況をどうにかするのが先か」


 エーデルワイスは意識を切り替えて、周囲に注意を向ける。

 そこで、ふと気がついた。


「……そういや、森側に伏兵がいたと思ったんだけど……飛び道具遠距離攻撃とか飛んでこないな?」


◆◆◆



「こんなもんっすかね」


 エーデルワイスは辺りを警戒しながらも、サマンスへと語りかける。その近くには生捕にした賊が数人、縛り上げられていた。

 他の騎士もエーデルワイスの援護もあり、鎮圧は終わっている。今は賊の捕縛や死体の処理に取り掛かっているところだ。


「な、なんでこんなことに……っ! くそ、くそっ! あいつらさえ―――魔女教さえこなけりゃあっ!」


 賊の一人が、下唇を噛んだ。悔しげであり、不幸を呪うように見える。不健康そうな見た目も相まって、なかなかの迫力を演出していた。


「魔女教ですか……厄介な連中が出てきたものですね」


 馬車から降りてきたネモネが、こちらに近づきながら舌打ちを打つ。


「ネモネ殿。ミィズ様はよろしいのですか?」


 サマンスが訊いた。


「賊に襲われた時点で馬車に防御魔法を掛けておりますので、少しの間であれば問題はないかと。それよりも、気になる単語が聞こえたもので」

「魔女教、ですな」


 サマンスは「むぅ」と唸りながら腕を組む。


「あのー……そもそも、魔女教ってなんスか?」


 エーデルワイスがおずおずと手を挙げた。

 一般常識的な知識はあるつもりだが、今まで『魔女教』など聞いたことがない。名前から言って、あまりいいイメージは湧かないが。


「まあ、あまり世間に話題が出てこない連中だから、若いお前が知らないのも無理はない」


 サマンスが続ける。


「『魔女教』とは、虚無の魔女を信仰するカルト集団のことだな」

「虚無の魔女って、『聖女物語』の?」


 サマンスは無言のまま、こくりと頷く。

 虚無の魔女―――聖女物語に出てくる『悪い魔女』の通称であり、500年前に帝国は愚か、世界を恐怖に陥れた最凶の魔女。


 かの存在が現れた場所には、屍しか残らなかったとまで言われている。街の住人は須くが肉塊へと変えられ、自死した遺体が転がり、どうしてか住人同士が殺し合った形跡が見られたという。なぜそうなったのかは諸説あるが、虚無の魔女は『人の気を狂わせることができる』というのが通説だった。


「しかし、なぜこんな森に?」

「さあな。おい、知ってるか?」


 サマンスは縛られた賊の一人に問いかけた。

 どこか貫禄のある男で、鋭い目付きを向けてくる。


「はっ! 言ったところで、殺されるのが目に見えてらぁ」

「それは困ったな。我々も、あまり時間をかけたくはないんだが―――ネモネ殿?」


 サマンスが訝しげにネモネを見やる。彼女は、徐に無言のまま男の側へと歩み寄っていた。

 彼女らその背後へとしゃがみ込むと、そのまま―――。


 ボギリっ。


 骨の折れる鈍い音が、周囲に響き渡った。

 強面の男はその顔に苦悶を浮かべ始め、額には脂汗が沸々と浮き上がる。


「あぎゃぁぁアぁァっっ!!!!!!!」


 強面の男が痛みに吠える。

 なんの前触れもなく、唐突に腕を折られたらしい。


「か、過激っすね……」


 エーデルワイスは頬をヒクヒクとさせながら、思わず一歩後ずさる。美人に似合わず、惨いことをする。


「サマンス様のおっしゃる通り、時間がありませんので。これはまだ優しい方ですよ―――さて」


 ネモネは立ち上がると、冷酷な瞳を浮かべて賊を見下ろした。


「苦痛の後に魔物に喰われて畜生のように死ぬのと、私たちに苦痛なく殺されるの―――どちらがいいですか?」



◆◆◆



「い、いただきます」

「………」


 賊に襲われたその日の夜。

 襲撃地点から1時間ほど進んだ場所にある川辺。そこから少し離れた場所に設置されたテントの中で、リタはミィズと二人きりで夕食をとっていた。


 ―――いや、もぐもぐと口を動かしているのはリタだけだ。ミィズはといえば、匙を手に持つばかりで、顔を俯かせていた。


「ミ、ミィズ? 冷めちゃうよ?」


 流石の鈍感なリタも、ミィズの異変に気がついた。エーデルワイスの作った料理は、自画自賛するだけあって、今まで食べたことがないほどに美味しい。野営の際に、騎士達が川で手に入れた魚を使っているのもあって、新鮮なのも大きいだろう。こんなものは、街にいては食べられない。

 味わわなければ損というものだ。


「………今は、ちょっと。お姉ちゃん、よく、食べられるね……」

「…………?」


 そりゃあ、お腹が空いていたら食べるだろう。生き物なんだから。


「………あの怖い人たち、こ―――」

「こ?」

「……死んじゃったん、だよね」

「それは―――『まてリタッ!』んぐッ!?」


 「そうだね」と続けようとしたリタは、アロエの静止に口を閉じた。これまでアロエの指示通りに過ごしてきたのもあって、半ば条件反射である。


(きゅ、急に何?)


 それとなく、リタは抗議の目を向けた。

 アロエが言う。


『ミィズはお前と違って人死にに慣れてねえんだろうよ。お前、平然としててみろ? 軽蔑されるぞ』

「けいべ……ッ」


 それは嫌だ。

 死にたくなるくらいには嫌だ。


(で、でも、そっか。そうだよね……私も、最初は怖かった気がするし―――怖かったっけ?)


 昔のことなので、よくは覚えていない。だが、ミィズはリタと違って優しい子だ。例え相手が敵―――盗賊だろうと、心を痛めてしまうのだろう。

 そんなミィズに軽蔑される―――想像しただけで、全身が震え始めるリタだった。


「お姉ちゃん?」


 おっと。

 いけない、いけない。

 ここはお姉ちゃんとして、余裕を持って見せなければならないだろう。「こほんっ」と慣れない咳払いをかました。


「う、ううん。こ、怖かったね。よしよし」


 リタは身を乗り出して、ミィズの頭を撫でる。昔から、こうしてあげれば安心してくれるのだ。


「……! ご、ごめんね。お姉ちゃんも、怖いの我慢してるのに」

「うん………?」


 確かに、ミィズに軽蔑されるのは怖いけれども。


『なんか、お前が震えてるのを勘違いしてるっぽいな』

(な、なるほど?)


 まあ、でも、それは都合がいいかもしれない。このままいい感じに軽蔑されないように立ち振る舞えば―――と行きたいが、そんな器用さがあれば苦労はしない。


(えっと……ここからどうすればいいの、かな?)

『……仕方ねぇ。おい、リタ。俺の言う言葉を、そっくりそのまま復唱してみろ。どうにかしてやる』

(わ、わかったっ。頑張るッ!)


 それくらいなら、リタにもできる。

 リタは心の中で自分を鼓舞しながら、アロエの言葉を待つのだった。

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ぷるぷる。ワタシ悪い魔女じゃないよ 腹パンでわからせたい顔の人 @lenon3

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