1章:魔女教
6節
【あらすじ】
妹のミィズが聖女になったよ
帝都からのお使いの人がやってきたよ
―――――――――――
ミィズとの初めての旅行だ!
ハノーバーを出て半日が経った頃。がたがたと揺れる馬車の中で、リタは無い胸を弾ませていた。
隣にはミィズが腰掛け、その正面にネモネが座っている。ミィズに触れる肩から幸せが流れ込んでくるようだ。鼻血を我慢するのに必死だった。
……とはいえ、やはりネモネが気になる。彼女がいなければ完璧だったのにと思うものの、ネモネたちと今回の旅はセットなので仕方ない。
今はミィズとのドキドキ密着馬車旅行を楽しむとしよう―――と、行きたいのだが。
「ほ、本当に、私たちだけ馬車に乗っていていいのかな? 今からでも歩くべきなんじゃ……」
ミィズが恐る恐るといった様子で言った。
まさに、馬車に乗っているのはリタ達と御者の騎士のみ。他の騎士はこの馬車を囲むようにして歩いていた。
「ああの、そのえっと、、、あぅ……」
愛するミィズの頼みだから、なんとかしてあげたい。だがミィズを歩かせるわけにもいかないし、護衛も旅とセットなのでどうしようもない。結果、『俯くミィズの隣であたふたと手を忙しなくさせるリタ』という構図が完成していた。
見るに堪えなくなったのか、ネモネが口を開く。
「……何も問題ございませんよ。彼らは仕事であり、ミィズ様は守られるべき御方でございますので」
仕事というのは、言うまでもなくミィズの護衛である。
―――現在、リタ達は帝都に向けて街道を進んでいる。ミィズ達の乗る馬車を、騎士達が囲むような格好だ。正直、ここまで必要なのかと言いたくなる規模である。それだけ聖女としてのミィズが大切だということだろう.
「それより、乗り心地は如何でしょうか? 酔い止めの水薬もございますが」
「それは大丈夫ですけど……思ったほど揺れませんし」
ミィズは尻窄み気味に言う。その視線は、チラチラと馬車の外へと向いているようだった。どうしても外の騎士が気になってしまうのだろう。
「……なるほど。ミィズ様は、本当にお優しいお方なのですね。では、よろしければお勉強をしませんか?」
「お勉強ですか?」
「はい、お勉強です。いわば、ミィズ様のお仕事ですね」
にこりと優しげに笑いかけるネモネ。ミィズは「お仕事……それなら」と真剣な表情を浮かべた。
「が、頑張って、ミィズ」
リタは体の前でぐっと二つの拳を作る。最愛の妹を応援するのは姉として当然だ。
(さて。真剣なミィズを目に焼き付けて、記憶の中にに永久保存しないと!)
―――などと傍観の構えをとっているリタだったが、ミィズが「そうだっ」とリタの方を向いて、手を握ってきた。
そして、
「せっかくだから、お姉ちゃんも一緒に勉強しようよ!」
「え……」
つい、低い声が出た。
ミィズを想って応援しようとしたら、絶望の淵に立たされたのだから当然である。
もちろん、ミィズからのお誘いは嬉しい。握られた手からは、やはり幸せが流れ込んでくるような心地さえする。
でも。
でも、だ。
(べ、勉強は……無理ぃ……)
リタは勉強が大の苦手だ。簡単な読み書き計算はできるが、逆に言えばそれしかできない。
しかも、普通なら1年もあれば覚えられるところを、働きながらとはいえ、5年もかかった過去がある。
当時はアロエにも『ま、まあ人には向き不向きがあるし……』と露骨に視線を逸らされ続けていた。
ネモネが言う。
「勉強と言っても、簡単にお話をするだけです。それに、苦手なら寝ていても構いませんよ? 帝都までは長いですから」
「ぐっ………ッ」
リタは涙を目に浮かべる。ミィズとの甘い時間を捨てて、寝て過ごすなどという選択肢はない。ましてや、その誘いを断るなど愚の骨頂である。
もしそんなことをすれば、ミィズからの好感度は急降下。『え、お姉ちゃんそんなに勉強嫌いなの? 私には勉強しろって言ってるくせに? もう、話しかけないでくれる?』とか言われかねない。
いや、確かに、優しいミィズは口には出さないかもしれない。
でも、ミィズの中でのリタ像が、『優しいお姉ちゃん』から『口だけ達者なクソ女』という評価になることは間違い無いだろう。
そうなったら、もう死ぬしか無い。
死か絶望かの二択を迫られたリタは、
「やるっ……! やりますっ……!」
苦渋を舐めるような表情で、そう答えた。
「………まあ構いませんが」
ネモネは興味を失ったようにリタから視線を外して、ミィズへと向き直る。
「さて。まず、ミィズ様は『聖女物語』をご存知ですか?」
「えっと……悪い魔女を倒す聖女の物語、ですよね?」
ミィズの答えに、ネモネがこくりと頷く。
『聖女物語』とは有名な子供向けのお伽噺だ。リタも、ミィズがもっと小さかった頃に聞かせてあげていたので、内容は知っている。
ネモネは説明口調で続ける。
「『聖女物語』のベースとなったのは、今からおよそ500年前、大虐殺を繰り広げていた【虚無の魔女】と、それを滅した聖女の逸話です。帝国には少ないですが、当時の文献が隣国の『魔女の国』には多く残されているそうです」
「私はその聖女と同じってことですよね?」
「いえ。そもそも、500年前の聖女とミィズ様では、その在り方が違います」
「へ?」
緊張した面持ちで訊いたミィズだったが、ネモネに一蹴されて拍子抜けしたように脱力した。
(どういうこと?)
アロエなら分かるかもしれないと、リタは特に何も考えず訊く。
『今から話すんだろ。困ったらすぐ俺に聞くなよ、コミュ障』
むぅ……。
少しだけ頬を膨らませてみるが、ついアロエに頼りたくなってしまうのは事実だ。これが俗に言う『親離れできない子』というやつなのだろうか。
……尊敬されるお姉ちゃんになるためには、この癖は治すべきかもしれない。
リタは静かに決意を固めるのだった。
ネモネが言う。
「500年前に聖女が使用したのは『聖魔法』なのです」
「……………あ、そっか。私のは、確か『聖魔術』」
ミィズが、ハッとしたように呟いた。リタも「な、なるほど……?」とわかったような、わからないような、微妙な声を漏らす。
【魔法】と【魔術】は違う。
昔、アロエにそう教えられた気がする。
魔法とは才ある者が生まれつき使える固有能力であるのに対し、魔術とは魔法を真似ているだけの技術……らしい。
「かの聖女が使用したとされる第七域までの聖魔法。それをを魔術として落とし込めたのは、500年経った今でも第二域まで。それ以上は、逸話以上のことは何も解明されておりません」
だからこそ、とネモネは続ける。
「ミィズ様の『聖魔術』―――それも人類未踏の『第七域』という可能性は、人類の希望なのです」
「お、大袈裟じゃないですか?」
「とんでもございません!!!」
突然、眼を見開いたネモネが、身を乗り出してミィズへと迫った。
「わっ!?」
ミィズは驚いて悲鳴をあげて仰反るが、瞳を輝かせたネモネによってその肩を掴まれ、阻まれた。
「人類の文明は魔術に限らず、人々の才能とその営みによって成り立っています! 第七域という未知の領域を切り開いたとなれば、その影響は想像を絶するものとなるでしょう! あらゆる物が生まれ、生活が進化し、人類の発展は、それはもう、著しいものとなることは間違いございません! いわばこれは、神が与えた給う試練でございます! それを大袈裟などと呼べましょうか!?」
―――彼女の声で、馬車が揺れた。
いや、おそらくは気のせいなのだろうが、それほどに真に迫っていた。
必死も必死だ。
彼女の鼻息は荒く、恍惚な笑みを浮かべている。たさに興奮した変質者という称号がふさわしい様である。
「「…………」」
リタとミィズは、何も言えずにただポカンと口を開けるだけだった。
(こ、この人、怖いよぉ……)
いや、リタは少しだけ涙目だった。
まるで狂信者だ。教会の偉い人というのは、みんなこんな感じなのだろうか。だとしたら、あまり関わりたくない。ミィズにも関わらせたくない。
『いや。話を聞く限りじゃ、こいつは研究肌でもあるんだろ』
ネモネの隣に座る―――実際には浮いているのだが―――アロエが言った。
(研究肌? 学者さんみたいな?)
『まあ、そんなとこだ。いくら教会つっても、熱心な信者ってだけじゃ大司教代理なんていう大それた肩書きにはならねぇさ。何かしらの実績がなけりゃな』
(ふーん……?)
よくわからないが、要するに、ネモネは勉強がとても好きなのだろうか。
それこそ、自制を忘れてしまうほどに。
リタもミィズのこととなると少しだけ理性が飛んでしまうし、似たようなものだろう。もちろん、ミィズへの愛の方が断然大きいが。
『少し……?』
アロエが問い詰めるような視線を向けてきたので、リタは瞳を泳がせる。アロエがこの眼を浮かべる時は、説教が始まる直前なのだ。コミュ障でも、長年の付き合いだから分かる。
「ちょ、ちょっと怖いです、ネモネさん……」
ミィズは手のひらを前にして、ネモネとの間に壁を作る。
ネモネは「し、失礼しました」と身をひくと、照れ隠しのように「んんっ」と喉を鳴らした。
「申し訳ございません。つい興奮してしまいまして」
「あ、あはは……でも、それだけ『聖魔術・第七域』はすごいこと、なんですよね?」
「それは間違いございません。今後、ミィズ様は宮廷で勉学に励んでいただくことになるでしょう」
「そう、ですか………あ、あの、ところて.お姉ちゃんは―――」
ヒィヒーンッ! がくんッ!
「きゃっ!?」
「ッ!?」
ミィズが何かを訊こうとしたその時、馬の鳴き声と共に馬車が大きく揺れる。慣性が働いたような衝撃に、体の軽いミィズは、前方に飛ばされてネモネの胸へと倒れ込んでしまった。
「ぎゃっ!?」
リタもアロエの胸に―――とはいかず、額を馬車の座席へと叩きつけてしまった。乙女にあるまじき悲鳴である。
「何事ですッ!?」
どうにかミィズを抱き止めたネモネが、声を荒げながら馬車のカーテンを開く。
「っ! 賊……?」
そこには、馬車を囲む悪漢達が、下卑た笑みを浮かべていたのだった。
――――――――
――――続きは添削修正中。
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