5節(ちょっと長め)

「身の程をわきまえてくださいね」


 第一声だった。 


 館の借り部屋で食事をとった後、執事に訊いてネモネの部屋に行くや否や、ネモネにそう釘を刺されたのである。


「え、ええと……ご、ごめんなさい」


 何も悪いことをした記憶はないが、条件反射的に謝ってしまうリタ。薬師ギルドのバイトでも、グズとかノロマなんてよく言われるので謝罪することが癖になっていた。


「謝る必要はありません。これはただの忠告ですので……それとも、何か責められるようなことをしたのでしょうか」

「い、いえ、それは、な、ないんですけど……」


 リタは「善良な一般市民です」と心の中で付け足す。


『虐殺魔が善良……?』


 ミィズの側に置いてきたアロエから、ツッコミが飛んできた。

 アロエにはネモネの言葉こそ届かないもの、少し強く考えるとリタの思考は念話で聞こえるらしい。

 未だ、念話の細かい加減に慣れないリタだった。


(だ、だって、仕方なかったんだもん)


 この前のアレだって、ミィズが怪我をしそうになったのだ。日の出ているうちから泥酔する方が悪い。殺されても文句は言えないだろう。


「……私の顔に何か?」


 ネモネが訝しげに尋ねてくる。アロエと会話している間、ぼんやりとネモネの方へ顔を向けていたのが悪かったのだろう。


「あ、い、いえ、なんでもないです……そ、それより、忠告って、な、何ですか……?」


「……簡単なことです」ネモネはそう前置きをすると、忽然とした態度で続ける。「ミィズ様のご迷惑になるようなことだけは、しないでください」


「も、もちろんです、は、はい」


 リタは当然だというように、ぶんぶんと頭を縦に振る。今までミィズに迷惑をかけたことはない……ことはないと思うが、少なくとも『意図的に』なんてことは全くない。断言できる。


 自信満々なリタを、ネモネは観察するようにじっと見つめる。数秒ほどだった頃、「はぁ」とため息をついた。


「わかっているとは思いますが、【無能】は生きているだけで周りに迷惑がかけてしまう…………ミィズ様とは随分と仲が良いようですが、これからは一線を引くように」

「それは……っ」

「なんです?」

「うっ……」


 反論しようとしたリタだが、ネモネに睨まれて喉を詰まらせてしまう。まるで蛇に睨まれた蛙の気分だった。

 ネモネは、いわば陽に生きる人間。表舞台で活躍しているような『すごい人』なのだ。そんな相手に、陰に生きるコミュ症のリタが正面から言い返せるはずもなかった。


「ハノーバーは比較的マシのようですが、帝都では【無能】に対する差別意識が強い。身内に【無能】がいるだけでも、『あたり』が強くなることもある」

「ええと……」

「心無いことを言うようですが―――ミィズ様の汚点なのですよ、貴女は」

「…………」


 やはり何も言い返せず、リタは俯く。

 自分が不出来なことはわかっている。もっと頭がよければ器用に立ち回ることもできただろうが、アロエのサポートがあっても普通の生活を送るので精一杯だ。


 リタが【無能】というのは、紛れもない事実だ。


 実際、魔法以外はなにもできないのだ。

 掃除も家事も洗濯も、アロエの言う通りにやっているだけ。料理に至っては、教えてもらっても、精々が肉を焼くくらい。それでも焦がすのが珍しくないといえば、どれだけ壊滅的なのかは想像に難くないだろう。

 計算も苦手、記憶力も苦手。アロエないなければ―――一人では何もできない【無能】が、リタなのだ。


「ミィズ様を傷つけるような結果にだけは、なってはなりません」

「……わ、わかりました」


 ネモネの言葉に、リタは俯くように頷く。

 彼女の忠告は正論だし、ミィズの為というのも理解できる。きっとネモネも、ミィズを想ってくれているのだ。反論などできようはずもない。


 まあ、その、あれだ。ようするに。


 ―――尊敬できるお姉ちゃんになれば、何の問題もない、よね?


◆◇◆


(エーデルワイス視点)


(お気楽な旅にならねぇかなー)


 リタがネモネに釘を刺されていた頃。エーデルワイスは領主の館の廊下を歩きながら、鼻歌を歌っていた。


 今回の任務について聞かされたのは、帝都を出て一日経った時だった。秘密保持のために出発するまで教えられなかったという前置きだったので息を呑んだが、聞いたら聞いたで、その内容は子供のお守り。

 拍子抜けだ―――と思いきや、護衛対象はただの子供ではなく聖女サマときた。


「あの女の子が、ねぇ……っと、ここか」


 エーデルワイスは部屋の扉の前で止まると、こん、こんと扉を叩いた。


 ―――入れ。


 部屋の中から許可がでたので、「失礼するっス」といつものように軽いノリで入室する。

 部屋着姿のサマンスが、ベッド脇に置かれた一人用の机の前に座っていた。

 机の上には酒瓶とグラスが置かれている。よく見ると、サマンスの頬が少しだけ赤らんでいた。


「いいんすか。明日早いのに酒なんて」

「精神統一してるのさ。これをすると、翌日のパフォーマンスが三割増しになる。お前もどうだ?」

「知ってるっスよね? 俺は酒は飲まない主義だって」


 酒は苦手だ。

 こんな見た目をしているからか酒が好きだろうとよく言われるが、そんなことはない。むしろ酒とギャンブルを生きがいとしている実父のようになるまいと、酒など一滴も飲んだことがないほどだ。


「で、なんスか。話って」


 エーデルワイスは扉の鍵を閉めて部屋の奥へと入ると、ベッドの縁に座った。

 普通の上司が相手なら叱責されるかもしれないが、サマンスはエーデルワイスの剣の師匠でもある。多少の気心は知れていた。


「帝都への帰還ルートを変更しようと思ってな」

「はあ。なんでまた?」

「……森の中で、A級探索者モリアが死体で見つかったらしい」

「……冗談っスよね?」

「まだ泥酔はしていないつもりだ」

「………」


 エーデルワイスの眼が、自然と細まった。

 モリアといえば、単独でA級探索者の称号を得た人物だ。素行に問題ありとは聞くが、亜龍ワイバーンをたった一人で討伐した実績のある実力者。人外の領域、あるいは【英雄】に片足を突っ込んだような男だ。基本的に自身家なエーデルワイスだが、『まだ』モリアクラスの相手には勝つことはできないだろう。

 そんな男が森で死んでいたとなれば、そこを避けたいという気持ちもわかるが。


「でも、森のルート以外だと街道しかないっすよね。そっちは山賊が出るって話じゃ? それに時間もかかる」


 エーデルワイス達は、ここに来る時も森を抜けるルートを通っている。魔物モンスター―――肉食の危険生物を指す―――は出やすいが、賊に襲われるリスクが低い。その分、道が狭く荷運びには不向きなので、商人なんかは嫌いそうなルートである。

 もう一方は、森を迂回する街道。魔物に出会いにくいが、山賊が検問をすることがあるらしい。その上、森を抜けるより2、3日は遅れも出る。


「確かにリスクはあるが、山賊も、武装した騎士が護衛する馬車を襲ったりはしないはずだ。荒くれ者共とはいえ、リスクとリターンの計算くらいはするさ」

「でも……」

「モリアは『未発見の魔法』によって殺されている、といえば納得するか?」

「っ! 『元祖の魔法師オリジンキャスター』っすか……」


 エーデルワイスは舌打ちを漏らす。


 ―――魔術となった魔法はもはや魔法ではない、と言う言葉がある。


 天才が理論を無視して使う異能は【魔法】と呼ばれ、それを真似たそれは【魔術】と呼ばれる。そして、真似できない【魔法】には総じて強力なものが多い。


(その上、未発見ときたか……)


 戦うのは絶対に避けたい相手だ。未知の脅威に、無策で突っ込むのは愚行でしかない。即死級の毒蛇が入っているかもしれない壺に、素手を入れるようなものだ。

 しかし、その魔法とは一体どんなものなのか―――。

 サマンスは、エーデルワイスの疑問に答えるように口を開く。


「目撃者曰く、犯人はローブを着た魔女らしい」

「目撃者?」

「名前は伏せるが、その魔女に危機を救われたそうだ。モリアの素行は有名だろう?」

「ああ……」


 モリアの女好きは有名だ。多分、というか十中八九、目撃者は女だろう。モリアに襲われそうなところで、魔女が現れたといったところか。


 よく殺されなかったものである。もしかしたら善性を持つ魔女の可能性もあるが、A級探索者を殺すような相手に希望的観測を持つのは危険だろう。

 少なくとも、護衛任務についているエーデルワイス達がリスクを冒して確かめるような案件ではない。


「で、その未発見の魔法ってのは、なんなんスか?」


 エーデルワイスが訊いた。


「わかっているのは、『人間を生きた肉塊に変える魔法』ということだ。モリアは殺されたと言ったが、正確には【動く心臓を晒す肉団子】にされていたというのが正しい。文字通りの、な」


 サマンスは何を思い出したのか、嫌悪感を露わにする。


「……………………趣味の悪い魔法なことで」


 聞いただけのエーデルワイスも「うへぇ」と顔を歪ませる。想像しただけで吐きそうだ。

 騎士という仕事柄、死ぬことは怖くない。だが、人として死にたいという欲求はある。流石に、そんな異形なってまで生き長らえたいとは思わない。そもそも、それが生きていると呼べるのかは謎だが。


(………まてよ?)


 異形というワードに、エーデルワイスは引っ掛かりを覚える。何気ない出来事が、古い記憶に結びつくような感覚だった。


「何か知っているのか?」


 エーデルワイスの様子を察してか、サマンスが訊いてくる。


「………サマンスさんは、絵本って読んだことあるっスか?」

「そりゃあ、幼少の頃は読んだが……」

「なら、おそらく聞いた方くらいはあるはずっス。『人間を異形へと変える魔法』を」


 それは、『聖女物語』と呼ばれる絵本に載っている一文だ。吟遊詩人の唄を絵本にまとめた物で、そこに出てくる悪い魔女が使った魔法の一つに、それはあった。


「ははは。まさか、そんなことが……あるはずないだろ?」


 一瞬、笑い飛ばそうとしたサマンスだが、それは苦笑いへと変わる。


(俺もまさかとは思うけど……)


 言ったエーデルワイスも、半信半疑どころか妄想に近いとすら思っている。しかし、ふと頭に浮かんだ妄想が頭から離れないのだ。

 あり得ない、と吐き捨てることはできない。

 なにせ、『聖女物語』は実話をベースとした絵物語なのだから。


「………聖女がいるなら、かの魔女もあるいは、か」


 サマンスはそう呟くと、徐にコップを手に取る。


「……我々の任務は聖女様の護衛だ。未知のリスクは避けたい。今回は森を迂回し、魔女については皇帝陛下にお伺いを立てるのがいいだろう」

「賛成っス」


 エーデルワイスが頷くのを見て、サマンスは「決まりだな」と一気に酒を煽る。

 話はこれで終わりということだろう。


(……何もねぇと、いいけどなぁ)


 理由のわからないモヤモヤを抱えながら、エーデルワイスは「んじゃ、俺はこれで」と部屋を後にした。


――――――――――――

連投はここまでです。毎週日曜日投稿予定です。

できれば毎日あげたいですけど、仕事の合間に書いているので……。


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