奥底

雨が降る日もある。それが今日なだけで、何も特別な日じゃない。僕は傘を持って、ただただ歩いている。通学路の道すがら僕は過ぎ去っていく景色みたいに何も感じない、そういう素振りで傘に落ちる雨音だけを楽しみながら学校に向かっている。

いつもの駅。そう、の、だ。

変わらない景色、変わらない学生生活。それもあとすこしで終わりなのか、と僕はどこか嬉しさを感じている。

雨の中でも賑わいを見せる朝の駅。誰しもがどこかを目指して早足で歩いていく。僕は傘をしまって、その人達の流れにうまく身を任せてなんとかやりすごす。この駅は本物の首都のように無数の路線があるわけではないし、混雑している時間でも主要の路線を使っていない僕のような学生はあまり気にならない。今日も平和と言えるぐらいの混み具合だ、と僕は感じる。

駅の柱にはモニターがたくさん設置されていて、モニターには流行りの俳優やアニメのキャラクターが入れ替わり立ち替わりで色々なアピールをしているけど。そのほとんどが僕の世界に関係して来ない。つまり意味のない情報だ。でも、ただ眺めているだけでなんとなく楽しめるような気もしてくるし、この季節の花火のようなものなのかもしれない。すぐに消えていくのも似ているかも。

僕にとってこの駅の中で価値のあるものといえば観光客向けに販売されている食べ物ぐらいかな。買い食いしたことはほとんど無いけどね。

人の流れに逆らわずに駅の改札に定期券を入れる。毎日、僕のすることの一つだ。すると改札が開く。そういう契約だから。僕は改札を抜けて、駅のホームまでたどり着いた。ここまで来ることができれば大きな混雑はもう学校に着くまで無いからすこし落ち着ける。雨の降り込まないホームはどの時間に来てもほとんど同じぐらいの明るさで満たされている。別の駅ではホームから外の景色が見えるのがすこし羨ましく感じる事もあるけど、雨が降る今日にはこのホームの方が好都合だ。僕は電光掲示板の必要な情報だけをさらりと眺めて、あと5分程度の時間があることを知った。それならば、と僕は考える。

鼎くんはあの後から僕の前に姿を見せていない。僕は毎日音楽室に行くわけでもないし、わざわざ僕から鼎くんを探すのも何か違う、そんな気がしている。行きずり、までとは言わないもののそれに近いようなことだとは思う。僕のいまの鼎くんのへの興味は、といえば。

音楽をやりたい、と思う理由。

僕は自分で音楽を始めたわけじゃない。鼎くんにもすこし話したとおり、僕はちいさい頃から音楽ができるようにと育てられたから音楽をやっているというのが本音だった。手取り足取りだったかどうかまではうろ覚えなもののレッスンに通った記憶もある。僕が覚えている一番最初の記憶のようにも思えるし、印象深かったであろうことも理解している。

音楽は、僕にとって身近なものだった。

身近にあって、それは当たり前のことだから自然にそれが自分の居場所にもなった。

鼎くんは何を感じて音楽に触れたいと思ったのかにはとても興味がある。僕の思うところの、いわゆるの人が音楽に目覚める時。どんな気分なんだろうか。鼎くんの人なり《キャラ》を僕なりに想像すればモテたい、とかそういう素直な理由が一番あり得る気がするなあ。そんなことを考えていると、もう時間が近い。鼎くんのことを考えるとすぐに時が経ってくれるのはすこし嬉しいな。

駅のホームにメロディが流れる。

これも一つの音楽。

この音を憂鬱に思う人もいるかもしれない。毎日聞いて、ウンザリして。この曲から一日が始まってしまうと嫌になる。

でも、帰り道だって同じじゃないか。帰り道は福音のように聞こえる、もしそうだとすれば音楽自体はきっと平等なんだ。

電車がレールと摩擦する音。

これも、音楽。

そう思うのは音楽をやっている僕たちのような人間だけかもしれないけど。

もうしわけ程度の満員具合。僕は学校まで席に座る事はできないかな、とすこし残念に思うけどこれは毎日の運試しみたいなもので座れる日もあればそうじゃない日もある。吊り輪の方は乗客待ちで、僕はそれを掴む。ドアは閉まり、電車はモーター音を奏でながらすぐに走り出す。屋根に囲まれたホームを抜けて小雨になり始めた曇天の街へ繰り出した。

片手で数えるだけの駅を通過すれば学校に到着するし、僕は通学で苦痛を感じた事はほとんど無い。せいぜいやる事が無い程度で、それは僕以外の誰だって同じ事だ。だいたいの人たちはみんなスマホを片手に何かをしている。僕はどうなのか、と言えばずっと外の景色を見ていた。

曇天に広がる街並み。遠くの方まで眺めてみてもずっと街並みが続いている。

この広い大地の中に…この街をここまで広げた人たちの執念じみた何かを感じてしまう。執念じみたその感情は僕には全くわからないのだけどその人達が作った街で、何世代だろうか、後の世代の僕…達が、恩恵を得て生きている。だれも、その恩恵を否定することなんてできないだろう。

一駅、二駅と最寄りの駅は近づいて来る。低い音をたてて電車は走り続ける。外から見れば、僕は走る電車の風景の一部だ。

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間の季節 うたちゃん @utachang

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