曖昧な色

あぁ〜、しんどいこと。

俺はこの街の繁華街のほとんど中心にいる。なぜなら俺は繁華街のほとんど中心に住んでいるからだトーゼンっちゃあトーゼンのこと。ここいらは人の行き来が止まりゃしねぇ。活気ってのの真ん中にある。んで、俺みたいな不良と大人はこの時間、つまり夜になってから騒ぎ始めるんだよな。夜行性なんだ"俺達"はさ。

「チィ〜〜〜ス、カナちゃんくん」わけわかんねぇ店の立て看板に売れないピエロみたいな格好したいつものオッサンが俺に話しかけてくる。

「チィ〜〜〜ス、シゲさん」俺はテキトーにいつも通りの返事をしてやる。ほぼ毎日会うのにどこでなにやってんのか全くわかんねぇ。シゲさんってあだ名以外マジでわかんねぇ人だ。

「今日もオシゴトなの〜? たまには休みなヨ」

シゲさんはピエロにしては真面目な顔で言う。

「俺さ〜〜〜…学校行ってるじゃん? コーコーセーなの。でもさ〜〜〜…帰ってきて、これじゃん?」

そう、俺は学校の制服から着替えて小綺麗なシャツなんかを着ている。それに、学校の指定とは全っっっっ然ちげー細いスラックスなんかも穿いている。バーテン風? そんな格好だ。

「カナちゃんくんはスタイル良いから似合ってるだろぉ〜? 俺これだよ? もうちょっとさ〜」

シゲさんはいつも着てるヨレたシャツにハンパな丈のパンツを穿いている。通年この格好なんじゃねぇかこの人。

「いやいや俺はいっそそっちの方がおもしれーから好きなんスよ、振り切っちゃってんじゃないスか」

「そぉ〜かなぁ〜、俺はカナちゃんくんみたいなスーツっぽい服着て仕事してーなー」シゲさんは謎に明るい笑顔で言う。ピエロ向きだな、とは思う。気の良いおっさんってのは世の中にはたぶん必要だ。

「たまには店遊びにきてくださいよ、ワンドリタダでいいっスから」

「いいねぇ〜、たまには洒落た場所で音楽、聴いちゃうのも悪くないな〜」

「洒落た場所ってシゲさん…ウチはライブハウスっスよ、洒落てね〜〜〜っス」

「そーかぁ? なんか座って観る席とかあんだろー? 洒落てねぇか?」

まぁ、シゲさんの言うこともわからんでもない。俺の仕事先はオールスタンディングのライブハウスじゃない。スタンディングエリアとダイニングテーブルの指定席がある。そこにちょっとしたメシや飲み物ってのを作ってサービスする、ってのが俺の"仕事"ってヤツだ。

「そもそも俺たちみたいなのはよぉ、洒落た店なんて行った事無ぇか!」大笑いするシゲさんの言うことはそれなりに正しい。

正しいんだなこれが、残念ながら。

「ま、今日も頑張りなよ。俺ぁ仕事に戻っから」

「飲みすぎないでくださいよシゲさん」

「わーってるわーってるって、まだ二杯しか飲んでねぇから」そう言いながら足取りはちゃんとしたシゲさんが仕事に戻っていくのを見送った。

そのあとの話だ。

この街の繁華街、駅からそう離れちゃいない南側のエリア。俺の働いているライブハウスがある。俺の知る限りでも長年続いてる結構な老舗らしい。よそ様には見せられねぇ汚れた雑踏に投げ捨てられたゴミやら吸い殻やらを踏んづけながら俺はバイト先…、っつーか、我が家に到着しちまった。

「不良少年よぉ〜どこほっつき歩いてきたんだよ鼎は〜」

壁にもたれかけながら笑顔でキレるなんていう離れ業をしながら入口の階段でエナジー飲料なんかを飲んじまってるガラの悪い人、この人が俺の管理者だ。

通称マサさん。新城雅和あらしろまさかずは俺の育ての親だ。

見るからにデケェ人で、タッパが俺よりある人は周囲にマサさんぐらいしかいねぇ。2メートルには届かないってぐらいの長身にいつもロン毛を束ねている。手足も長く、鬼ほっせぇ。何を食ってるのかわかんねぇぐらい細くて縦長な人だ。怒ったり笑ったりが激しい人で、表情がコロコロ変わるのもマサさんの特徴だ。いつも馴染みの店からかっぱらってきた汚れた古着を着てるし、この人のことをよく知らない人からしたらただの浮浪者に見えるかもしれねぇな。今日は仕事の日だから店の屋号「b.i.g」のロゴTシャツを着てるものの下はオンボロのジーンズ姿でそれもまたマサさんっぽいところではある。と、思うことにしてる。

「あぁ…っとぉ…? 休憩! そう、休憩してたんだよ! 買い出しのついでに…帰ってすぐはさすがに身体がキツいっての。マサさんもそうでしょ?」

「まぁウチの経営は家族経営みたいなモンだからな。多少のムチャはする前提だぜマジで」

マサさんは汚れた店のTシャツの胸ポケットから俺にとっては大金の万札を取り出した。

「買い出しの金。釣りはとっとけよ。さぁて会場まであと二時間無ぇぞ。しっかり働け若者!」

若者っつったってな…正直マサさんの方が元気あんじゃね? と俺は結構本気で思ってる。店の運営、7割はマサさんの手腕だからだ。

労働の対価として多少のこづかいを手に入れた俺はさっさとばかりにマサさんの横を通り過ぎて階段を降りていく。雑な蛍光灯の明かりが仕事しねぇせいで足元なんてヤッベェぐらい暗い。明かりがあるだけマシだと思わないとやってらんねぇ。

階段の壁にはライブハウス名物の年代モノのフライヤーがこれでもかと貼り付けてあるし、これが店の歴史であってマサさんが言うには剥がすなんてとんでもねぇことらしい。今もやってんのかすらマジでわかんねぇ音楽屋のフライヤー、ホントに必要かどうかなんてイッパシの従業員直らにゃ関係無いこった。

雑居ビルにある扉そのもの、青だか緑だかどっちもつかずの色に塗られた扉のガラスには「b.i.g」の店名が書かれている。これを見るたびに俺が思うことはただ一つ。

今日もオシゴト、がんばりたくねぇ〜。それしかねぇんだよホント。

当たり前だが暗い店内だ。いや、真っ暗じゃあねぇな。バイト掛け持ちしてる照明屋さんと音響屋さんがチェックなんかしてる薄暗い店内のカウンターで"お飲み物"のチェックを始める。俺の体型には合ってるとは言えないカウンターの中で二転三転しながらそれをやる。まぁこんなのは誰でも出来る。"オトナ向け"は蛇口をクイっとやるだけ、"俺ら向け"はペットボトルをお渡しするだけの簡単なオシゴトなんだからこれに関しては良いとして。

問題は料理(こっち)なんだよな。と、俺はマサさんから頼まれたお使いの品物をカウンターの奥の冷蔵庫にテキトーに突っ込んでおくことにした。 こんなのは入ってりゃいーんだ。どーせ始まっちまえばバタバタしてどこになにがあろうがそこまで変わりゃしねぇし。適度に何があるかの確認だけ済ませりゃ良い。

って。アレ? なんかいつもより在庫が…。

多い?

「オウ鼎、今日から結構忙しくなるんだがお前、知ってた?」

いつのまにかカウンターで"オトナ向け"を飲みながらマサさんが言った。

「……マジで?」

「繁忙期繁忙期! ビンボー暇無し、とっとと働け!」

「はぁ〜〜〜…」

俺はがっくり肩を落としながらため息をつく。まぁ、やるしかねぇんだけどさ。

腹いせにカウンターの後ろに並べられた"俺ら向け"のペットボトルを手に取りつつ、俺を労うことにした。まだ仕事も始まってねぇけど。

まだ薄暗いステージの上にはマサさん。フロアにはまだ誰もいねぇ。と、フロアの後ろ側、の、テーブル席の端に置かれたデカいピアノ。俺はそれを眺める。

眺めながら、だ。放課後のアイツのことを思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る