ミミズと因果

結騎 了

#365日ショートショート 275

 見知らぬ男がアスファルトに水を撒いていた。

「すみません、どうしてそんなことをしているのですか?」

 思わず、声をかける。見慣れない人だったからだ。

「だって、変じゃないですか。ここはただの道路で、誰の庭先でも店先でもない。失礼ですが、あなたは区役所や町内会の人にも見えない。なんのために、アスファルトに水を撒いているのです?」

 問われた男は、目元だけを微笑んでみせた。

「ミミズを救うためです」

 男が指した先、濡れたアスファルトの上で、ミミズが這っていた。

「このアスファルトが濡れていないと、このミミズはあと数分で干からびてしまいます。すると、『地面に黒い紐がある』と好奇心を旺盛にしたある子供が駆け寄ります。そのまま、勢い余って道路に飛び出してしまい、トラックに轢かれてしまうのです」

「そ、それはつまり、あなたは……」

「それはご想像にお任せします。まあ、因果はそう簡単に変わりませんがね。これがどれだけ意味を持つのか、半信半疑です。とはいえ、私は例の子供を救いたかったのです。目的はただそれだけですから」

 ふと。瞬きをした後に、男は目の前から消えていた。放置されたホースからはちろちろと水が漏れ、アスファルトを濡らしている。いったいなんだったのだ、あの男は。

 気付くと。すぐ横の道路に、トラックが迫っていた。歩道のこっちには、下校中の小学生の群れが。

 まさか、そんな。

 慌てて振り向いた瞬間、足を滑らせてしまった。おっと……。全く、地面が濡れているせいだ。

 クラクションは耳を刺していた。

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ミミズと因果 結騎 了 @slinky_dog_s11

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