神様から貰った謎スキルがやばそうなんだけど

一河 吉人

第1話 神様から貰った謎スキルがやばそうなんだけど

「……では、インシーネよ。頭を垂れ、真摯に祈りを捧げるのです」


 神父様が杖を掲げた。僕は聖告室の床に片膝を付いて頭を下げ、目を閉じて静かに祈った。


(神様、冒険者になりたいんです……剣豪や聖騎士なんて贅沢は言いません、戦士や弓術士……いや、この際斥候や狩人でも大丈夫です、よろしくお願いします……)


 僕は必死で祈った。


 この世界では15歳になると、成人の証として神様から加護を授けられる。具体的には自分のステータスが確認できるようになり、また当人にふさわしい職業やスキルを与えられるのだ。


(このままうちの宿屋を継いで一生を終えるのは嫌なんです、どうか、どうか戦闘系の職業を……)


 人生で一番の念を天上に送っていると、強い光がまぶた越しにきらめいた。


「――うむ、確かに聖告は成された……!!」


 神父様が宣言する。不思議だ、確かにが分かる。僕は逸る気持ちを抑えつつ、聖告の結果を確認した。


「これが、僕のステータス……」


-----------------------------------------

【Name】インシーネ

【Age】15


【Class】商人

【LV】1


【HP】73/73

【MP】14/14


【STR】8

【VIT】8

【AGL】8

【DEX】10

【INT】11

【MEN】13

【LUK】13


【スキル】

・剣術 Lv.1

・調理 Lv.3

・共通語   Lv.4

・忍耐 Lv.1

・計算 Lv.1



・フラグ操作 Lv.1


【称号】


---------------------------------------



(どう見ても宿屋の倅じゃないか!!!!!!!!)



 神様、そりゃないですよ!!!!



 喉まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込む。


 職業の【商人】、これは宿屋の主人をやってる父さんと同じだ。能力値も戦闘に重要な力や敏捷性は低く、精神力や運が高い。


 そしてスキルだ。共通語はともかく、調理が驚異のレベル3! 確かに僕が厨房に入ると、常連さんも一見さんも褒めてくれた。薄々感じてはいたけど、僕には料理の才能がある……そして商売全般に必要な耐え忍ぶ心。この【忍耐】と【計算】が神様に頂いたスキルなんだろう。逆に、あれだけ頑張った剣術がたったのレベル1!! 僕の剣捌きは簡単な足し算引き算レベルってこと!? 


 本当、見事なまでに商人向きだよ! 両親も「お前なら一流の宿屋になれる」なんて言ってたけど、そりゃそうだよ! こんなステータスの人がいたら僕だって「なるほど、商人向きだね。調理スキルを生かして、食堂や宿屋はどうかな?」ってアドバイスするよ!!


 くそっ、最低だ。戦闘職を手に両親を説得し冒険者デビュー、妹とその結婚相手に全部を押し付ける計画が台無しじゃないか! 


 ……いや、こんなことで諦めないぞ。家族には悪いけど、宿屋を継ぐつもりはない。お客さんが語る、綺羅びやかな王都の街並み、信じられないほど大きな河、燃えるような火山ダンジョン……何より、吟遊詩人に歌われる英雄の物語は僕の心をつかんで離さなかった。


 僕も絶対冒険者になって、あの英雄達のようにその名を世界に刻むんだ、こんなところででつまずいてはいられない。何か、何か上手い手段を――


「――ん?」


 ステータスを再確認していると、見慣れないスキルが記されているのに気付いた。


(フラグ操作……?)


 フラグ? って旗のことだろうか? 旗を掲げたり振ったりするのが上手いってこと……?


 軍の旗持は味方を鼓舞し能力を引き出す力があるって話も聞くし、それなら冒険にも役に立つかも。何にせよ、試してみるか……。


 (【フラグ操作】!!)


 僕が念じると


『操作するフラグを選択してください 【000】』


 と頭の中にメッセージが浮かんできた。選択? いろんな旗を使い分けられるのか? ……なるほど、ここの数字が変更できるみたいだ。とりあえず【000】でやってみよう。


(よし、【フラグ操作(000)】)


 恐る恐るスキルを発動する。


 ……。


 …………。



(何も、起きないな)



 力がみなぎるとか、逆に倦怠感があるとか、そいうった変化は見られない。(000)って、もしかして効果量? うーん、分からない、もう少し実験してみよう。


(【フラグ操作(001)】)


 

 ……やっぱり、特に変わった様子は無い。こうなったら、もっと大きい数字に――



「――では、インシーネよ。頭を垂れ、真摯に祈りを捧げるのです」




 …………え?




◇◇◇◇ ◇◇◇◇ 




 僕は思わず神父様の顔を見た。 あれ、聖告の儀式はもう終わったよね?


「……インシーネよ、どうしましたか? 大丈夫です、ただ祈りを捧げればよいのです」


 しかし神父様は聖告式をやり直す気満々のようで、固まっている僕を促す。



 ……も、もしかして聖告は複数回受けられるのだろうか? 



 神父様は僕が冒険者になりたがってるのをご存知のはずだし、本当はダメだけどもう一度儀式をやらせてくれるってこと? 何にせよ、これは大チャンスだ。僕は大人しく膝を付き、再び祈りを捧げた。


(戦闘職、戦闘職、戦闘職……)



 再び光が部屋に満ち、僕に新しいステータスが与えられた。




---------------------------------------

【Name】インシーネ

【Age】15


【Class】宿屋

【LV】1


【HP】73/73

【MP】13/14


【STR】7

【VIT】8

【AGL】7

【DEX】10

【INT】11

【MEN】13

【LUK】14


【スキル】

・剣術 Lv.1

・調理 Lv.3

・共通語   Lv.4

・清掃 Lv.1

・交渉 Lv.1

・忍耐 Lv.1

・計算 Lv.1



・フラグ操作 Lv.1


【称号】


---------------------------------------



(悪化してるじゃないか!!!!!!!!)



 僕は口をきつく閉じて腹の底から上がってきた叫び声をぐっと抑え込み、代わりにいくらかの水分を鼻から放出した。


 商人だったら行商という体で冒険者の真似事ができたかもしれないけど、宿屋はどうやっても宿屋だよ! 町の外に出る用事なんて一つもないよ! しかも新しく増えたスキルが清掃と交渉って、完全に宿屋向きのやつだよ!! 自分で自分の才能(宿屋の)が怖いよ!!!!


 僕は思わず頭を掻き毟った。だめだ、もはや宿屋を切り盛りしているビジョンしか浮かばない。なんなら評判の宿として大成してる未来をありありと思い描ける。くそっ、職業はともかく、せめて新しいスキルが戦闘向きだったら――



(……新しい、スキル……?)



 聖告式をやり直して、確かに【清掃】と【交渉】の2つが増えている。やはり最初に貰ったのは【忍耐】と【計算】だろう。



 そうだ、聖告式をやり直すことで、スキルは増やせるのだ。



 職業は一人一つなので上書きされたみたいだが、スキルの数に制限は無い。これ、聖告式を繰り返した数だけ強くなれるのでは……? 僕は思わず唾を飲み込んだ。


「し、神父様。もう一度よろしいでしょうか?」


「もう一度? ……インシーネよ、聖告式は一人につき一度だけ、恩寵をいただけるのももちろん一度だけです。そもそも、神様からのお告げをやり直そうなど不敬ですよ」


「えっ? でもさっき――」


 僕は言葉を続けようとして、全てを理解した。



(そうか、【フラグ操作】……!!)



 神父様がやり直しを促してきたのは、僕がスキルを発動してからだ。その証拠に、MPが1減っている。つまり、


(【フラグ操作(001)】!!)


 僕は強く念じた。そして――


「……では、インシーネよ。頭を垂れ、真摯に祈りを捧げるのです」

「いよっしゃ!!!!」


 僕は思わず片膝を付いてガッツポーズをキメた。神父様は目を丸くしてこちらを見ると、小さく微笑んだ。


「インシーネよ、わくわくする気持ちはわかりますが、聖告室では落ち着きなさい。さあ、祈りましょう」

「はい、神父様」


 間違いない、これはすごいことだ!! 多分【フラグ操作】は時間を操作するスキルなんだ! 001で1分過去に戻れる、とかだろうか? いや、検証は後でいい。今は聖告式を終わらせることが先決だ。僕は心臓が跳ね回るのを感じながら、神様に感謝の祈りを捧げた。



 

-------------------------------------

【Name】インシーネ

【Age】15


【Class】剣士

【LV】1


【HP】120/120

【MP】7/24


【STR】12

【VIT】10

【AGL】11

【DEX】11

【INT】9

【MEN】9

【LUK】15


【スキル】

・剣術 Lv.2

・調理 Lv.8

・共通語   Lv.4

・清掃 Lv.3

・交渉 Lv.2

・忍耐 Lv.4

・計算 Lv.2


・魔力増強 Lv.1 new!

・偽装 Lv.1 new!

・生活魔法 Lv.1 new!

・水魔法   Lv.1 new!

・棍術 Lv.1 new!

・髭剃り   Lv.1 new!

・編み物   Lv.1 new!

・マッサージ Lv.1 new!

・聞き上手 Lv.1 new!

・手荒れ耐性 Lv.1 new!

・洗濯 Lv.1 new!

・心遣い   Lv.1 new!

・話術 Lv.1 new!

・信頼感   Lv.1 new!

・簡易医療 Lv.1 new!

・木工 Lv.1 new!



・フラグ操作 Lv.1


【称号】


-------------------------------------


 結果、僕のステータスはこうなった。


 そして


「……う、うむ……確かに聖告は、ゲホッゲホッ、聖告は、な、成された……!!」


 カラカラに干からびきって今にもお迎えが来そうになった神父様がいた。


 いやー、聖告の儀って神父様にも負担になってたんだね。あのピカーってやつ、僕が光ってるのかと思ってたけど神父様の杖だったよ。なるほど、神殿でしか受けられないわけだ。途中から「なんだか今日は調子が悪いの……」と訝しみつつも必死で付き合ってくれて、本当に感謝しかない。僕は神父様に熱い目を向けた。


「……神父様」

「うむ。インシーネが冒険者になりたいと熱望しておったのは皆知っておる。お主の願いを、神様が聞き届けてくださったのだ。これからも感謝の気持を忘れるでないぞ」

「はい、また時間があれば寄らせてもらいます!」

「うむ」


 神父様は感慨深そうにうなずく。

 

 本当はMP切れるまで繰り返したかったんだけど、その前に神父様のMPポーションの備蓄が切れてしまったので終了となった。大変残念だけど、狙っていた【剣士】には就けたし、魔法スキルに魔力増強も貰えて【剣術】も積み増しすることができた。破格の船出だ、これでケチを付けたらバチが当たる。【豪商】やら【ホテル王】やらが出たような気もするし、料理スキルも無駄に上がりまくったが、見なかったことにしよう。神父様、本当にありがとうございました。


 お礼を言って部屋を出ようとする僕を神父様は呼び止め、懐から小袋を一つ取り出した。


「これは成人祝いの1万クローネじゃ。国王様から頂戴した大事なお金、決して無駄遣いすることのないようにの。インシーネ、お主の行く末に光あらんことを」




◇◇◇◇ ◇◇◇◇ 




 「あら、インシーネ君。もしかして、今日聖告の儀だった?」

 「あ、ファーネさん! おかげ様で、【剣士】の職業をいただくことができました」

 「まあ! 良かったですね」


 その笑顔に、思わず頬が熱くなる。


 ファーネさんは神父様のお孫さんで、教会の手伝いの傍ら冒険者としても活動している女性だ。そのメイス捌きは一目置かれてて、僕と2つしか違わないのにもう期待の若手エース格だ。まさに才色兼備、さらに奉仕活動にも余念がないなど人間性も素晴らしいときた。


「インシーネ君の願いが天に通じたんですね」

「これからはファーネさんの後輩です、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。何かあったら気軽に声をかけてくださいね」


 僕は教会に消える背中を見送りながら考える。ファーネさんは兼業冒険者なので、特定のパーティを組んでいない。


 これはチャンスだ。

 

 冒険者になって、ビッグになって。そうしたら、ファーネさんとパーティーを組んでもらえるかもしれない。



 英雄に、なるしかない。




◇◇◇◇ ◇◇◇◇ 




「あ、お兄ちゃん生きてた」

「どういう挨拶だよ」


 帰宅した僕に投げ掛けられたのは、妹の心無い台詞だった。ファーネさんとの落差が酷い。


「いやさ、聖告式に出かけてなかなか帰ってこないから【商人】でも引いてショックでやけ酒でも飲んでるのかと」


 我が妹、相変わらず無駄に鋭い。


「はっはっは。妹よ、お前のカンも鈍ったものよ。僕が授かった職業は【剣士】だ!」

「うわ、ほんとに戦闘職出たんだ……」


 妹は一瞬目を丸くしたが、すぐ嘲るように笑った。


「なるほど、それでファーネさんに報告がてらの出待ちでもしてて遅くなったんだ」


 やばい、こいつ多分【直感】スキルとか持ってる。


「インシーネ、帰ったか! 報告は後でいい、手伝ってくれ!!」


 厨房からは父さんの声がする。僕は妹の視線から逃れるように台所へ向かった。


「オムレツ2、A定食1な」

「了解」


 野菜を切り、卵をかき混ぜ、チーズを削る。いつも通りの作業なのに、何もかもが軽やかだ。心は澄み渡り、フライパンを返す手もなめらか。世界が、輝いて見える!


「はい、3番あがり」

「オムレツとA定お待たでーす」

「!?」

「な、なんだこれ!? 美味ぇ、美味ぇぞ!!!!」


 ホールから叫び声が上がる。


 やばい、【調理】スキル全開で作ってしまった。レベル8なんて下手すると王宮のコックをも超えてるかもしれない。くっ、ぼくの秘められた力が暴走してしまった。普通にしてるだけで、こんな場末の宿屋の定食ではありえない味が完成してしまう、うおお、鎮まれ、僕の右腕!!!!


 調味料を少なくしたり、わざと焦がしてみたり、美味しくなり過ぎないように細心の注意を払いながら、昼飯時のラッシュをどうにか乗り越えた。皆が絶賛してたスープ、ただお湯に塩溶かしただけだったんだけど、まあそういうこともあるよね。


 僕も遅れてお昼ごはんにする。余り物をまとめて炒めただけなんだけど、確かにありえないくらい美味しい。これ、絶対宿屋継いじゃいけないやつだな……。


 ……でも、いざとなると寂しい気持ちもある。うちの客層はお世辞にもガラがいいとは言えないけれど、でも悪い人たちでもない。


「だからよぉ、ガツンと言ってやったのよ」

「お前、パーティー追放されたんだって? ギャハハ」

「北の森、ゴブリンが増えてるらしいぞ」

「うおー腹減った!」


 昼間っから酒を飲んで、馬鹿話して騒いで、たまに喧嘩もして。そんなお客さん達を厨房から眺めるの、けっこう好きだったんだ。


「おやっさん、ガンガン持ってきてくれ!」

「こっちB定とエールね」


 ……いや、宿屋のインシーネはもう終わったんだ、これからは冒険者のインシーネとして頑張らないと。とりあえずは【フラグ操作】の検証だ。


(【フラグ操作(001)】……!)


 うーん、やっぱり何も起きない。あれから何度か試してみたけど、聖告式みたいなことにはならなかった。残念ながら時間を操作するスキルという予想は外れたみたいだ。教会でのことは忘れて、いろんな数字を試してみるしかないかな。


(【フラグ操作(010)】――)


「決めた! 今夜、アイリーンに告白する!!」

「よく言った! それでこそ男だぜ!!」

「やっとかよ! 骨は拾ってやるぞ」


 ……やっぱり、何も起きない。


 14……反応なし、27……ダメ、37……これも外れ。うーん、次は連番でも試してみるか。


 【フラグ操作(039)】――


「アイリーン? あんなビッチなんてどうでもいい!! それより八百屋のベスちゃんだ!」

「!?」

「どっ、どうした!!??」


 【フラグ操作(040)】――


「ベス? っていうかブスだろ、彼氏持ちだし。やっぱ時代はシンディよ」

「おいおい、何なんだ!?」

「飲みすぎだろ」


 【フラグ操作(041)】――


「クソッ! シンディのやつも恋人がいた!! もう大人の女は信じられない、孤児院のダイアナちゃんしかない!!」

「さすがに引くわ……」

「テメェ! ダイアナちゃんはおれが先に目を付けてたんだよ!!」

 

 うーん、どれも反応がない。もう3桁行く? よし、【フラグ操作(666)】――



 『【フラグ操作】のレベルが上昇しました』



 おおお、やった!! 確か今ので50回目だったはずだ。使用回数でレベルが上がるタイプのスキルだったのか、分かりやすくて助かる……ん?




 『戦闘中のフラグ操作が開放されました』




◇◇◇◇ ◇◇◇◇



 東門から出て少し歩き、小高い丘の上に登る。ここは弱い魔物しか出ない、かけだし冒険者御用達の狩り場で、僕も何度もお世話になっている。スライムやゴブリンくらいなら僕だって十分戦えるが、今日の目的はスキルの検証、できるだけ弱い相手がいいだろう。

 愛用のショートソードを抜いて手頃な獲物を探すと、おあつらえ向きに一匹はぐれた暴れうさぎを発見した。よし、行くぞ。僕はスキルを起動する……ふむ、操作するユニット? を指定するらしい。とりあえずは僕でいいかな。



 (【ユニットフラグ操作(000)】……!)


 ……。


 …………。


 ……何も起こらないな、またこのパターンか――


 (うっ!!??)


 僕の背中を悪寒が走る。汗が吹き出し、手足が震える。こ、これは……


 (昼飯が当たったんだ!!)


 美味しくなりすぎないように、普段なら捨ててしまうような野菜くずや古い肉を使ったのがまずかったんだ!


 僕は震える手で鞄をまさぐり、解毒ポーションを取り出してあおった。


 (……ふぅ。大変な目にあったぞ、自分の食べるものくらいは普通に作ろう)


 気を取り直して検証を続ける。


 (【ユニットフラグ操作-001】……!)


 

 ……。


 …………。


 「はっ!?」


 気づけば、地面に倒れていた。


 (今一瞬意識が飛んで……? っていうかなんか背中が痛いんですけど!!)


 暴れうさぎが僕の背中に頭突きを繰り返している。


 「このっ!!」


 蹴りを一発入れて引き剥がす。もしかして、今のはフラグ操作の効果なのか……? ちょっと怖いけど、確認するか……。


 (【ユニットフラグ操作-001】……!)



 ……。


 …………。


 「痛い、痛い!!」


 今度はお腹に突撃してきた暴れうさぎを両手でつかむと、「そおぃ!」と投げ飛ばした。思わぬ臨時収入で鎧を新調しておいてよかったよ、だけどこれではっきりした。


(【ユニットフラグ操作】は、状態異常を発生させる!!)


 このスキル、やっぱり補助系のようだ。というか、自分に使うようなものじゃなさそうだな……。僕はこちらへ駆けてくる暴れうさぎに向き直った。


(よし、対象を暴れうさぎにセットして……いくぞ、【ユニットフラグ操作(001)】!)


 瞬間、暴れうさぎはガクンと体を揺らし、つまずいて頭からゴロゴロと転がった。

 

 やっぱりそうだ! 今、暴れうさぎは僕のスキルで【睡眠】の状態異常に掛かったんだ!! これはすごいぞ、僕は興奮して手を固く握る。暴れうさぎは僕の足元まで転がると、こけた衝撃で目が覚めたのかそのまま突進してきた。


 「痛い、痛い!!」


 背面投げで暴れうさぎを放る。


 (1番が【睡眠】なのは間違いない、ただタイミングは難しいな……待てよ、さっきの腹痛も状態異常だったのか?)


 暴れうさぎに0番を掛けると、動きが弱々しくなる。


(これは【毒】だな……。じゃあ3番は)


 暴れうさぎはその場に倒れ込むと、ピクピクと痙攣した。


(【麻痺】か! おいおい、【フラグ操作】、滅茶苦茶使えるのでは……?)


 1桁台でこれだと、3桁台はどれだけ強力なんだ……。僕は生唾を飲み込んだ。いや、さすがにまだ早い、まずは2桁からだ。僕は心を落ち着かせる。


(【ユニットフラグ操作(073)】……!)


「ギィィィィィィィィィィイイイイイイイイエエエエエエェェェェェェェヤヤヤヤヤヤァァァヤアアアオオオオオオオオォォォヴヴヴヴヴアアア゛ア゛ア゛ァァァ!!!!」


 暴れうさぎはいきなり奇声を上げると、ギラギラと限界まで見開いた目を輝かせ、ヨダレを撒き散らしながらこちらへ突進してきた。ヤバい、完全に正気を失っている!! 僕は必死で逃げた。


 聞いたことがある、一部の魔物は生命の危機になると半ば狂乱状態におちいり、普段とは比べ物にならないほどの力を発揮し、動くもの全てを破壊するまで止まらないという。


(確か、【狂化】……)


 暴れうさぎはまさにその名前の通り、頭を振り回して僕を追いかける。さっきまで毒に弱っていたのが嘘のようだ。あの焦点の定まってない目を見てると正面から戦いたいとは思えない。あのヨダレもいやだ、変な病気移されそう。こうなったら体力勝負だ、限界まで逃げてやる!



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



 「痛い、痛い!!」


 僕の脚は、限界を迎えようとしていた。僕のお尻も、また限界を迎えようとしていた。


 疲れ知らずの暴れうさぎは幾度となく僕のケツをド突き、その度僕は疲れ切った足腰を奮い立たせなければならなかった。僕は、まるで鞭打たれて走る馬車馬のようだった。


 走りに走って街の周囲をぐるりと一周弱、北の森まで逃げてきた。正直もう持たない、このまま森に突っ込んで暴れうさぎの気が逸れるのを期待するしか無い。僕は最後の力を振り絞った。


「うおおおおおぉぉぉぉ!!」


 そして、こけた。


 とうに限界を超えていた脚に無理強いをした結果である。


 僕の目に飛び込んできたのは、ヨダレを撒き散らし大口を開けて飛び込んでくる暴れうさぎの尖った前歯だった。僕は諦めた。グッバイ、僕の右尻。よろしく、2つ目の穴――


「はぁぁぁぁあああ!!!!」


 ぐしゃり、と鈍い音がして暴れうさぎが吹き飛ぶ。


「インシーネ君、大丈夫ですか!?」

「ファーネさん……!?」


 そこに立っていたのは、小ぶりのメイスを振るって血を払うファーネさんだった。


「森でゴブリン大量発生の疑いありと調査していたのですが、残念ながら事実でした。もうすぐそこまで群れが迫っています、貴方は早く逃げてください……と言っても、無理そうですね」


 僕は生まれたての子鹿のように、立っているだけで精一杯だった。


「スタミナポーションです、飲んでください」

「で、でも」

「早く!」


 差し出された瓶を飲み干す。体に力が戻ってくるのを感じる。


「……追いつかれてしまったようですね。私が時間を稼ぎます、急いで街に走って!」


 ファーネさんがメイスを構え直す。


 森からぞろぞろとゴブリンが姿を表す。この数は無理だ、体力が持たない……。


「早く!!」


 だけど、僕を守るように仁王立ちするファーネさん。


 (……お前は、英雄になるんじゃなかったのか……!!??)


 そうだ、英雄はこれしきのことで諦めない!


 僕にはその力があるはずだ!!


 「援護します!」

 「インシーネ君!?」


 (行くぞ! 【ユニットフラグ操作(002)】!!)


 僕はスキルを飛ばし、時には剣を振るって、ゴブリンを退け続けた。自分で言うのも何だけど、かなり活躍したんじゃないかと思う。

 でも、それはMPが尽きるまでだった。


 スキル無しでは戦線を支えきれない。僕たちは追い込まれた。


 「インシーネ君だけでも!!」

 「ファーネさん!!」


 ゴブリン達もこちらの疲労を理解しているのだろう、力攻めを止め、体力を削るような戦い方をするようになった。


 (くそつ、丁度スキルレベルが上がるとか、そんなうまい話は無いか!)


 最後の望みも絶たれ、このままではジリ貧だ。勝負に出るしか無い!!



 僕は最後の力を振り絞り、フラグ操作を実行した。




「ギィィィィイイイイエエェェヤヤヤヤヤアアアオオオオオオオヴヴヴヴヴアアア゛ア゛ア゛ァァァヴォエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」




 ファーネさんはいきなり奇声を上げると、ギラギラと限界まで見開いた目を輝かせ、ヨダレを撒き散らしながらゴブリンの群れへ突進していった。

 

 ……いや、うん。ほら、やっぱり駆け出し冒険者より若手エースを強化したほうが戦力的にも正解かなって。


「オ゛オ゛オ゛オ゛イ゛ャアアアアアアアアアアァァァァァァアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」


 計画通り、ファーネさんはもの凄い勢いで獲物を狩っていく。わあ、ゴブリンの頭って、あんな風に弾けるんだ……。


「ア゛ア゛ア゛オ゛オ゛ウ゛ァウ゛ヴァァァギヴヴォヴェェェェエエエエエエエエアアアアアァァァァ!!!!!!!!」


「バババ!!!! バババブブァウ゛オ゛ウオ゛ウドブブベベベブォオォォォォヴェェェェエエエエエエエエアアアアアァァァァ!!!!!!」


「ギェァアアアァァァヴヴヴイ゛イ゛イ゛イィィイィィィウゥゥァァァヴォヴエ゛エ゛エ゛ェェェェエオォォォォォォォァ!!!!!!」



 ゴブリン達が静かになるまで、長くは掛からなかった。みるみる赤いシミが広がっていく大地に反比例してテンションが上がっていくファーネさんの姿は僕の心の中だけにしまっておこう、森の岩陰から一部始終を眺めながら僕はそう決心した。沈みかけの太陽に照らされて、大地も空も真っ赤に染まっていた。


 こうして、ゴブリンの大発生と僕の初恋は終わりを告げ、ファーネさんは戦乙女の聖女として大いに讃えられることになり、僕は73を永久欠番とした。

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