第2話本文

【序幕】

 カーテンの隙間から差し込む月明かりが、その部屋を薄暗く照らす。

 浮かび上がる風景はきわめて異質な雰囲気を放っていた。

 ビーカーやフラスコといった実験道具にまぎれて、白衣を着た細身で長身の人影が差し込む月明かりを横切って行く。


「ふふふふふ……」

 丸メガネのふちを月明かりがスっとでて行った。

 楽しくて仕方がないといった風の、男の低い笑い声は徐々に大きさを増していく。

 部屋に響く笑い声は男に恍惚こうこつを覚えさせ、吹き出すアドレナリンが気分を最高潮に押し上げてくれる。


 突如とつじょ、部屋の壁を激しく叩く音に男の鋭い視線が動いた。

 そうだ。隣の部屋の住人の言いたいことはわかっている。


「パパ! うるさいっ」


「あ。ごめんねー。まきのちゃん」

 パッと室内の電気が灯り、デレっとした男の声は隣室の愛娘へ向けて発せられた。


 おやおや。僕の出す音と壁を叩く音の区別がついてないのかな?


 明日にでも音響の微調整をしないとな。と思いつつ、男がその指先をツィっと振ると、手近なビーカーから小さな破裂音はれつおんが起こり、再び部屋を闇が覆った。


「もう少しだよ、まきのちゃん。その日が楽しみだよね」

 月明かりがメガネを鏡面のように反射すると、深い三日月のように口元が湾曲を作った。



【1.駅のホームでイケメンに出会う】

 ええっと。

 突然なんですが、その日地球は襲来した宇宙人によって襲撃を受けました。


 ★☆★☆彡


 朝ごはんにこんがりトーストしたパンを頬張ほおばるあたし、はなぶさまきの の耳にそのニュースが届いたのは、先週末の事。

 最近の特撮物はこんな平日の早朝から、ドカンドカンと白煙を上げているのか。

 なんてテレビを見ていたら……。


 現実だった。


「あらあら、東京の方は大変なのね」

 あたしの目の前に目玉焼きを出しながら、ママののんびりとした一言。


 そんな中を気を引く不快音と共に、臨時ニュースのテロップがパッと画面に現れた。

超常ちょうじょう自衛隊が隊員を派遣。生命研究所の職員と共に、友好化に向けて現地調査』


 お国のために働く人公務員は大変だ。


「東京だからとかはあんまり関係ないんじゃないのかな」

 他人の仕事より、あたしの朝ごはんの方が重要だ。

 まだ半分以上残るトーストの上に目玉焼きを乗せて、ぐるりとテーブルを見回した。


「ママ、マヨネーズ取って」

 ここからだって都内までは電車で1時間かからないし、そんなに田舎じゃないと思うんだけどなぁ。

「え? 目玉焼きにはお醤油でしょう」

「間にパンが入ったらマヨなの」

 差し出されたマヨネーズをたっぷりかけて、頬張るパンからトロリとこぼれそうになる黄身をうまく口に運ぶ。お砂糖をたっぷり入れたカフェオレでそいつらをまとめて胃に流し込むと、あたしは朝食の席を立った。


「ごちそうさま」

 手も汚れなかったし、今日はいいことありそう。


 ★☆★☆彡


 朝のホームはいつもと同じ混雑具合。

 同じ位置から電車に乗る、いつもの顔ぶれ。

 これで素敵な男の子でもいてくれれば、この後の満員電車もちょっとは居心地がよくなるかもしれないんだけど、残念ながら目に入るのは流行りの服を着て眠そうな目をしたOLさんと、あからさまに化粧の濃いおばさん。


 宇宙人が襲来したからって、学校はお休みになったりはしないみたい。


 電車が近づいてきたことを知らせるアナウンスが響く。

 通勤通学の混み合う車内で邪魔にならないように、手さげとカバンを胸元に抱いたあたしの隣に、人の気配が並んだ。


 何気なく上げた視線だった。

 朝の澄んだ空気が、ホームに入ってきた電車の巻き起こした風にかき乱される。

 肩にかかるあたしの髪も巻き上げたその風は、隣に立った背の高い彼のキャップ帽も奪って行こうと手を伸ばす。


 浮き上がった赤い帽子は、難なく彼の大きな手が元の位置に押し込んだ。


 目深まぶかに被ったキャップの隙間から、一瞬だけ覗いた切れ長の瞳。

 明るい茶色のその瞳は、彼を見てしまったあたしと視線を合わせて微笑んだ。


 神ってる!

 こんなイケメン朝から拝めるなんて、やっぱりいいことありましたぁ。


 音を立てて開く電車のドアに吸い込まれていく彼の背中をフラフラと追いかけて、ドア付近に立ったあたしの前で彼がくるりとこちらを向いた。

「ちょっとごめんね」

 くうぅっ。

 やっぱりイケボかよ。


 脳ミソの中で彼の声が反響しているそのうちに、そでを少しまくったシャツから覗く、細いながらもしっかりと筋肉のついた彼の腕が、ドアに近い壁に手をつき、座席をへだてるパイプを握る。

 そしてその中にしっかりと納まるあたし……ってぇ!


 いにしえの壁ドンってヤツっすかぁぁ!


 ヤバい。まつ毛の長いこの瞳に見つめられているだけで……鼻血が出そう。


「君、いい匂いがする」

 そんなことを本当に言われたのか。頭ン中でいろんな妄想もうそうが、それはそれはお互い譲らず主張しているところで、にわかにホームが騒がしくなった。

 その物音にチラリと視線を上げた彼が一瞬苦い顔をする。


「楽しかったよ。また会おうね」

 あたしに向かって小さくウインクしてくる。その姿が様になる人ってそうそういないよ。

 もう、チャラ男でも許す。


 彼はするりと混み合う車内に入り込んでいく。

 と、その後を追うように2人の黒い人影が押し入るように駆け込んできた。

 黒いスーツに濃いサングラス。

 なんか、某ハンターを思い起こさせる異様な光景に車内が軽くザワつき出すと、発車ベルの音が響き、小さく揺れた車体が動き出した。


 いやぁ。朝からいい物を拝ませて頂きました。

 眼福したあたしの目に、混み合う人の隙間から反対ホームを走る黒いスーツの2人の男が映る。


 あれ、ハンター?


 不思議な感覚に、先程乗り込んだホームに視線を移した。

 車窓しゃそうを流れていくホームに、目を引く派手な赤いキャップ帽。

 わ。人混みを利用して他のドアから逃げ切ったんだ。

 リアル逃亡中?


 あっという間に視界から消えた彼の茶色い瞳、薄い唇があたしの脳内で微笑みかけてくれる。

 悪漢あっかんに追われる王子様なんて、何事よぉ。

 もっとしっかり見つめておけばよかった。


 そんな幸せ脳内でムフフー。なあたしの肩を、ポンと叩く大きな手。


「あの男と何を話していた」


 え。


 混み合う車内の痛い視線。

 振り返らなくても分かる。

 これって、これって。


 全身が一気に凍りつく。


 あたし、確保ぉぉぉぉ?


 ★☆★☆彡


 次の小さな駅でハンターに引きずられるように電車から降ろされたあたしは、辺りに視線を巡らせた。

 ちょっとちょっと。こんな訳のわかんない連中に、このまま連れていかれるわけにはいかないよ。

 だってあのイケメンとだって、偶然隣に並んだってだけで知り合いなんてわけじゃないし!


 内心焦りながらも、通勤中のサラリーマンじゃ助けはあてにならないし、どうにか他力本願で助けて貰いたい。そんなあたしをの目に入ってきたのは、ありがたいことに【乗務員室】の文字。

 よし。


 スーツ姿にゴリゴリのサングラス。あからさまに非日常の男2人に両側を挟まれて、注目浴び浴びのあたし。

 大きく深呼吸をして、落ち着けぇ。


 グッとお腹に力を込める。


「きゃあきゃあ助けて! 痴漢ちかんですぅっ」


 ギョッとしたハンター達に、騒ぎを聞きつけた駅員さんが顔を出してくれた。


 あ。駅員さんもギョッとしてる。


「ちょっとお話を伺えますか」

 それでも一応業務を遂行すいこうしてくれようと声をかけてくれた彼らに、ハンター達はスーツの内ポケットにスっと手を入れた。


 なんだ! 抜くのか?

 拳銃ピストルが出てきてもおかしくないような雰囲気を漂わせたその手つきに、駅員さんたちも完全に引いてるし。


 しかーし! あたしも今日はこんな所で油を売って、学校に遅刻する訳にはいかないのよっ。

 ハンターAが、出した名刺を駅員さんに見せている隙に、持っていたカバンを思いっきりハンターBのXXX(ご想像にお任せします)に叩きつけた。


 このカバン後で廃棄処分。


 発車の合図が流れるホームを駆け足で、閉まる直前の電車のドアに滑り込む。

 振り向いたホームには身体を丸めてうずくまるBと、あわれみの視線で見守る駅員さん。そして、あたしをにらみつけるA。

 全ての景色を置いて、ゆっくりと電車は動き出した。


 やばー。明日からこの1本前の電車に乗ろう。



 ★☆★☆彡


 ざわざわと人の溢れる廊下を進んで、教室のドアをくぐり抜けた。

 挨拶をしてくれる数人の友人に返事をして、あたしは大きなため息とともに席に腰を下ろす。


「しんどー」

「何よ。ボロボロじゃない」

 柔らかく空気の動く窓際の席で、友達のかけてくれる声に軽く返事をしたあたしはカバンから鏡を取り出すと髪をチェック。パッチリしたアーモンドアイはちょいつり目気味なのがあたし的にマイナスポイントなんだけど、肩につくくらいのセミロングはいい感じ。ただし風を切ってきた前髪は。


「うーわ。完全にアウトだわ」

 整髪料が崩れない程度に直して、各方面から再チェックをする。

「よし」

 今日の1時限目は英語。担当はジョン先生。

「あたしが何のために、いろいろと犠牲ぎせいを払ってまで遅刻を回避かいひして来たと思っているの! 今日も穴が開くほど見るわよ。あたしのジョン」

 ググッと握るこぶしに力が入る。


 ハーフの彼は綺麗な白い肌、ブロンズ色って言うのかな金髪を茶色にしたようなきれいな髪色であたしの目の保養。もちろんイケメン。


「どんな犠牲を払ってきたのよ」

 気持ちあきれたような彼女の視線なんて今更痛くもかゆくもないわ。

「朝からリアル逃亡中よ。サングラスかけたハンターに追いかけられたの」

「はぁ?」

 まあ、それが普通の反応だよね。

 あたしが同じこと言われても、たぶん同じ反応するもん。


「でもね、聞いてよ! 今年、いや、近年まれに見る超絶イケメンに会ったのっ」

 元はと言えばアイツが元凶げんきょう、諸悪の根源、電線の上から降って来る鳥の糞並みにたちが悪かったけど、


「イケメンだったのよおおぉ」


「あんたそれしか言わないわね。でもまあ、信じるわハンターの件」

 急に聞き分けてくれた彼女の視線は、あたしの横を通り過ぎて廊下に突き当たる。


 教室の前方のドア、担任と共に廊下に立っていたのは

「ハッ」

 大声を上げそうになった口をふさぐ。


 ハンター来たああぁぁぁぁぁ⁉


 あの髪型とあごのラインはハンターAだ。

 ってことはBは? あの一撃にノックダウンかな。


 あたしの席は窓際。とても今からじゃ廊下には逃げられない。

 ベランダなんてないし。お空が近いここは3階。

 教室の朝の可愛らしいざわつきは、今や自分の目が信じられないと言ったどよめきに変化している。


 ああもうっ。朝からいろんな視線がイタいよぉ。どうする、どうする。


 とりあえず廊下の方は見ないように背を向けたあたしの肩は、簡単に大きな手に叩かれた。

「先程はどうも」

 感情を押さえ付けたような男の声にゆっくりと振り返ったあたしは、口元を髪でおおって即席そくせき口髭くちひげ


「ひ、人違いじゃないですか?」


「……ごまかせると思った?」

 冷静に突っ込まれると悲しいじゃん。

「いいえ」

 諦めて髪を放したあたしに、近くに来ていた担任の尾賀おがちゃんがグッと間にはいってきた。

 おおぅっ。40代も後半の腰の低いおっさんだけど、可愛い生徒あたしを守るためにガツンと頑張れ。


「あっと、とにかくここでは何ですから、校長室の方へお席を用意するとの事でしたので」

 よ、弱いよ尾賀ちゃん。

 校長室って、学校はか弱いあたしをミスミスハンターに譲り渡しちゃうの?

 結局クラス中から痛い視線を浴びて席から立ち上がったあたしは、尾賀ちゃんとハンターに前後を挟まれて1時間目の予鈴を聞きながら長い廊下を連行される羽目におちいったわけで。


 途中ですれ違ったジョンが、完全にビビった目であたし達を見ていたことだけつけ足しておく。

 あと、今日もやっぱりイケメンだった。



 ★☆★☆彡


 校長室に通されて、すすめられるがままに座った黒いソファ。

 こんな時でなかったら、ぼふぼふとお尻で跳ねたくなるくらいの座り心地だけど、さすがに今日のこの雰囲気の中でやれるだけの無意味な度胸はない。


「先日から世の中を騒がせております、地球外生命体のニュースはもちろんご存じですよね」

 ハンター、校長、あたし、学年主任の関と尾賀ちゃん。

 大人たちの空気がハッとしたものに変わるのが、あたしにもわかる。


 最近のニュースはほとんどそれだし、今朝もママとそんな話をしたばっかりだもん。

 ハンターAは電源を入れたインターネット端末を操作すると、確信をもって言い切った。


「彼女はその地球外生命体と接触した可能性があります」


 はあああぁぁぁ?

「ちきゅうがいせいめいたいとせっしょくぅ?」


「そんな、『頭大丈夫か? このおっさん』みたいな顔で見なくとも、我々は正常だよ」

 わかってんじゃん。


 憮然ぶぜんとした顔で睨にらむあたしに、ハンターAも負けじと睨み返してくる。

 今日は楽しみにしていた朝一のジョンを台無しにしてくれたんだもん。その上、こんなに訳の分からないこと言い出して。

 虫の居所が悪いことこの上ないよ!


「って言うか、大体どこで接触したっていうのよ? 朝、家を出てからここまでで……。え。接触したって……」

 もしか、して。


 あたしのハッとした顔に大きく頷うなずくハンターA。


「あんた宇宙人!?」

「違うっ」

 ちっ。

「舌打ちするな。もう1人、知らないと言い張る男と話をしただろう。赤いキャップ帽をかぶっていた若い男だ」


 やっぱりあっちか。


「あんのチャラ男ー。ちょっと超絶イケメンだからって宇宙人とか何者よ!」


「『ちょっと超絶イケメン』って表現がすでにおかしくないか?」

 サングラスで見えないけど、呆れた目をしていそうな雰囲気にあたしは冷たい視線を注ぐ。

「細かいこと気にする男はモテないわよ」

「余計なお世話だっ」


 あたしとの言い争いに、校長先生やら尾賀ちゃんやらの呆然とした視線に気が付いたのか、ハンターAは咳払いをするとたたずまいを直した。


「とにかく、いろいろと話を聞きたいところだ、君には我々と同行してもらう」

 胸を張り足を組み直しても、なんだか決まらないよ。ハンターA。

「だーかーらー! あたしは無関係だって、何度も言ってるでしょ!」

 なんのかんのと言われたところで、あたしだってこんな怪しい連中と仲良くなんてしたくない。


「だいたい噂の宇宙人追っかけてるなんて、なんなのその怪しい組織」

 きな臭いことこの上ないよ。


 いぶかしがるあたしに、ハンターAはさっきのタブレット画面を向けてきた。

 あたしにだけ見えるように。


「ふーん」

 妙に納得しちゃったあたしの返事に満足したらしいハンターAは、ここにいる全員をぐるりと見回した。


「我々は政府の要請により、今回の宇宙人捕獲を全面的に認められた組織。『Protectプロテクト the earthアース Rangerレンジャー』特別国家公務員だ」


「うわ、ダッサ。ヒマだな! 日本っ」


 つい叫んじゃったよ。

 どうせなら、この際「怪しい組織」で通して欲しかった。


 黒塗りの高級国産車(車種はよくわかんない)の後部座席に乗せられて、両脇をハンターもどきに固められて。

 朝ごはんに目玉焼きオントーストマヨ多めを食べてからまだ4時間も経ってないってのに、なんなのこの急転直下の大騒動は。


 結局地方公務員先生達は国家公務員ハンターには逆らえず、あたしはまんまととらわれの身……。


 ああ。このシチュエーション。イケメン王子様が白馬に乗って登場しないかな。


 脳裏に浮かぶ、あの鮮やかな赤いキャップ帽。


 ……いや、やめておこう。

 今日のこのタイミングで登場してくるような王子ヤツは、ロクな王子イケメンじゃなさそうだ。


 自家用車うちの車とは比べ物にならないくらい柔らかい後部座席のシートだって、この車内のギスギスした空気を和らげてくれはしない。

 あたしは右隣のハンターAに視線を移した。


「ねぇ……。そういえば、名前も聞いてなかったね」

 チラリとハンターAとBが視線を交わす。


「必要か?」

 あたしに向けられたその言葉に軽く首を振った。

「別にー。で、おっさんさぁ」

「待て待て待て」


 サラリと続けるあたしの一言に食い付いてくる。

「何よ」

「おっさんは無いだろう。これでもまだ30代だ」

 胸を張って主張されても、10代のあたしからしたら充分おっさんだ。


「だって名乗りたくないんでしょ? じゃあしょうがないじゃん」

 むむむむっとあごをひくハンターAに、ふふんっと笑ってやる。

 ほれほれ、あたしの勝ちでしょう?


阿部あべだ」

 今度はやけにあっさりと口にするその名前。

 ハンターBに視線を向けるとあたしを見ようともしない。


 Bめ、駅のホームでの事根に持ってるな。

 阿部か。アベ。Abeあべって事は。


「おっさんは馬場ばばかな? 倍賞ばいしょう

 び? ぶ? 別所べっしょ。ボーちゃん! そんなとこ?」

 つまり「B」。

「コードネーム。ってヤツですかね?」

 ちらりと覗いたBの頬がピクリと引きったところを見ると、あながち間違ってもいなかったかなーん。


「ま。そんなことはどーでもいいのよ」

 つい面白くて遊んじゃったけど、あたしが聞きたかったのはそんなことじゃない。


「この車の行先。あんなタブレットの説明文だけなんてちょっと感じ悪いんじゃないの? 阿部サン」

「……君は物怖ものおじしないな。自分で言うのも何だが、我々が怖くはないのか」

 いぶかしげって言うよりかは、むしろあきれた阿部の顔が、薄いスモークガラスの車窓をバックにあたしを見る。


「きょーびJKは、こんなことでオタオタしてらんないのよ。トラックにかれたり、社畜しゃちく過労かろうで倒れると、無条件で異世界に飛ばされちゃう世の中なのよ? 放り出された森の中でサバイバルじゃあるまいし。まだまだ安全な国内で、ビビる理由がないっての」


「色々引っかかるところだが、世の中のJKが全てこんなもんではあるまいな」

 軽く頭を抱えるな阿部よ。轢いちゃったトラックの運ちゃんは転生者を送り出すためだけに交通刑務所に送られちゃうのよ。

 彼らのその後の生活が心配だわ。

 女神とやらよ、異世界に跳んだヤツが死ぬ予定でなかったのなら、轢く予定じゃなかっただろう運ちゃんこっちのフォローもぜひしてもらいたいもんですわ。


 運ちゃんのためにも(?)あたしの不満は存分にぶつけさせてもらわないと。


 さてと。


 さっき校長室で見たタブレット画面。

 記載は『生命科学研究所』とその建物の写真。実はあたし、この名前に聞き覚えがあったりしつつ。


「あたしがこの車に乗っている理由って、たまたまあの赤いキャップ帽と同じ電車に乗り合わせたから。だけじゃないよね?」


 真っ直ぐに見つめたあたしの視線は、阿部の瞳を射抜く。

「我々は与えられた任務仕事げるだけだ」

 スっと冷たさを増した瞳は、急に『ざした』印象をあたしに残した。


 ま。行けばはっきりするでしょう。


 ★☆★☆彡


 車はコンクリートの駐車場へ、滑るように入っていく。

 車から降ろされ、阿部とボーちゃん(勝手に確定)に前後を挟まれたあたしが見上げるのは、白く四角い無愛想で、病院を思い起こさせるような建物。

 しかも、すごい精神病院っぽい空気感。


「どこ行くの?」

「君を待っている方がいる」


 あたしの声にも振り返ることなく進む阿部の背中には、今までは感じなかった緊張と、ピリピリとしたトゲが感じられる。

 なんか、怒っているって言うよりかは「恐怖」を感じている。みたいな。


 ふむ。


 白く長い廊下には、常にバタバタとせわしなく人が通り抜けていく。


 そう言えば今朝見たニュース速報の内容は、生命化学研究所ここと超常自衛隊がなんじゃらほい。だったはず。


「今朝、ちょっとしたゴタツキがあってね」

 あたしの心中察しちゃいました? なタイミングで阿部が語りだす。

 出来ればいまいち記憶のない「なんじゃらほい」が何だったかを話して欲しいところ。


「我が国が『軍隊』を持たないのは知っているね」

 まだまだ長い廊下を歩き続けるのに間が持たないのか、何かを話していないと気を紛らわせられないのか。

 真っ直ぐ前を向きながら話し始めた阿部の背中に答える。


「社会の授業でやったかな。戦争の放棄ほうき的な?」


 後頭部が小さくうなずいた阿部が続ける。

「とは言え武力が無いわけではない。

 現在、陸上、海上、航空自衛隊。異能を持つ者だけで構成される『超常自衛隊』の4隊で構成されている」

 うん。その位は知ってる。


「そして今、地球外生命体の地球日本への上陸。君と電車で話していたあの男。彼はこの局面に大きく関わっている」

 迷いなく。真っ直ぐに通る阿部の声。


「宇宙人……」

 ……どうしよう。胡散臭うさんくさいことこの上ない。


 ★☆★☆彡


「ここだ」

 やっとたどり着いた1枚の扉の前に立つと、阿部は深呼吸をする。


 何が出るかな。

 何となく見当はつくんだけど。


 そんなことを思うあたしの耳に届く、力強い3回のノック。


「どうぞ」

 どちらかと言うと柔らかな物腰を感じさせる男の声に応えた阿部は、引き戸を開くと深い一礼をした。

「失礼いたします」

 腰を折った阿部の背中越しに見えたのは、ブラインドの降りた窓と真っ白な壁。

 そして書類の積まれたお高そうなデスクの前に立つ、白衣を着た1人の男。


 その姿も、姿勢を戻した阿部の背中にさえぎられて見えなくなった。


 と、まあ感情なくつらつら語ってみたけれど、動き出した阿部の後について入室したあたしは、相変わらず彼とボーちゃんとの間に挟まれたまま白衣の男の前に立つ。


「やあ、いらっしゃい職場見学はできたかな?」

 歓迎を身体で表現するつもりなのか、広げた両手がしらじらしい。

 年齢は40代半ばのはず。もしゃもしゃ頭にインテリぶった丸メガネが腹立たしいこの顔は、あたしの知った顔。


「職場見学は、連行されて見に来るものではないと思うよ」

 そんなあたしの冷たい一言に、音さえ立つんじゃないかってくらいの勢いで両側からの視線が刺さる。


「君は、ここがどこだか分かっているのか? 少し年上の人間に敬意を払うとこを学びなさい」

 阿部のあわてふためく様子は見てて楽しいんだけど、敬意かぁ。


「ここは生命化学研究所でしょ。この人は所長で責任感のないお気楽極楽責任者。はなぶさ

 あたしのパパよ」


 一瞬、室内が真空パックされたんじゃないかってくらいキュッと空気が消えた気がした。


 そして戻ってくる空気。


「パパァァァ!?」

 まぁ、そうなるよね。


 室内に阿部の絶叫がこだました。


「阿部くん。うるさいよ」

「はっ。申し訳ございません」

 軽く口をついた程度のパパの一言に、ビシッと敬礼の阿部。

 なんかあたしとの態度が全然違うんですけど。2人とも。


「まきのちゃん。パパかっこいいでしょー」

「いや、普通にウザイ」

 キラキラと輝かせた瞳が、あたしの言葉にしょぼんとヘコむ。


 この・・パパが阿部たちの恐怖の原動になっているのは、なんとも納得いかないんだけど。


「パパの仕事知ってるでしょ? パパはえらいんだよ」

 ぷんすかっ。

 って言葉が1番似合うような幼い怒り方に、実はこの人の怖いところが凝縮されてるよな。とは思うわ。


「仕事? マッドサイエンティストでしょ」


 あたしの冷たい一言に、少しあごをひいたパパの顔が、メガネに部屋の景色を反射させる。

 ニヤリと笑う三日月の口元が似合い過ぎて怖いわ。

「背中の負のオーラがひどすぎる」


 そんな不毛ふもうな会話に終止符を打ったのは、この部屋の奥側にあるドアをノックした音。


 一同の視線が集まったそのドアに、パパが声をかける。


「どうぞ」

「失礼致します」


 男の声が、さっきの阿部と同じように深く一礼して入室してきた。

 黒いスーツに黒いサングラスの男。


 そう言えば、地元の駅で反対のホームにも2人のハンター(もどき)がいたっけ。


 記憶を辿たどる脳裏に突如とつじょぶち込まれる真っ赤なキャップ帽。

 2人のハンターに挟まれる格好で、頭1つ分はみ出したその帽子、その顔!

 一瞬自分の目で見ていると言う感覚が麻痺まひした。


 あの超絶イケメン。何よ。結局確保されたってこと?


 あたしが見ていたことに気が付いたのか、相変わらず慣れた仕草でウインクしてきた。


 ……ぐうぅぅぅ。腹立たしいけど、やっぱりイケメンンン。


 その茶色い瞳がパパに向かう。


「はい! はなぶさ

「やぁ、おかえりアカラくん」



 え?



 当然のように交わされた言葉の内容に、あたしの顔がこわばった。


「ちょっと待て、ちょっと待て」

 勢いよく阿部に視線を向ける。


「アレ! ちきゅーがいせーめーたい! そう言う話だったよね! 追いかけてたよね!」


 ちょっと頭がパンクして、つい語彙ごいが壊れる。


「まきのちゃん。人を指さすとか失礼でしょ。お父さん、そんな娘に育てた覚えはありません!」

 人じゃねーし! 宇宙人だし! エイリアンだし!

 って、5歳児か。あたし。


「娘! 道理でいい匂いがすると思ったんだ」

 あたしがそんな感情の台風に飲み込まれているとは知らんのだろうけど、ふわっと笑ったその顔の破壊的はかいてきイケメン度。エグいくらい可愛すぎる。


「そう言えば、駅でもそんなこと言ってたけど、そんなにいい匂いがしたの?」

 悪い気はしないけど、なんか気恥きはずかしい。

 つい乙女チックに走ったあたしに刺さる、このトドメの一言は。

「うん。はなぶさと同じだ。いい匂い」


「……。コレパパ同じ匂いオヤジ臭……?」

 石のごとく固まったあたしの視線が、ギギギィっと音を立ててパパの方を向くと、照れたように小さく手を振ってくるソレと目が合った。

 そしてあたしの隣からはこらえきれずに吹き出す阿部の声。


 ムカつくぅぅぅ!


「楽しそうだねぇ、阿部さぁん」

 ギロリとにらみつけたあたしの視線に、彼の顔が知らぬ存ぜぬとばかりにサラッと真顔に戻る。

 きっと洗濯物の匂いだ、柔軟剤柔軟剤。

 

 そんなあたしと阿部のいざこざなんて何処吹どこふく風。彼はスタスタと足を進めるとパパの前に立つ。

 話している感じとか、かなりの天然くんみたいだし。きっと悪気は無いって言うか、気がついていないんだろうな。


「ねえはなぶさ。約束守ってくれるって言うから、戻ってきたんだけど」

 ちょっとムスッとした感じは、さっきのパパの「プンスカ」何かとは比べ物にならないくらいの可愛らしさ。同じ人間とは思えな……。あー。そうだこいつエイリアンだった。


「ああ、もちろだよ。ちゃんと護衛さえつけてくれれば問題ないから。ね。まきのちゃん」

「え?」

 突然話を振られても、なんの事やらだけど、護衛なんて言葉とパパのその笑顔。なんかすごくイヤな予感しかしないぞ。


 思わず引いちゃったあたしの雰囲気を察してくれたのか、阿部が1歩前に出る。

「自分も同行します。英博士。その」

 視線がちらりとあたしを捉えた。

「お嬢様は一般人・・・でありますよね」

 その阿部の一言に、部屋の空気が2度くらい下がった(体感)。ここで一般人って言葉が出て来たってことは。


「趣味が悪いね。阿部くん。調べたのかい」

 明らかにトーンの落ちた声に、パパの丸メガネが蛍光灯の光を反射する。

「自分たちには国民を守る義務があります」

 阿部のどっしりと構えた声に、ボーちゃん達他のハンター達の顔つきが変わった。


 ん。そういえば校長室で特別国家公務員って言ってた。朝のニュースでは超常自衛隊が生命研究所ここの職員と現地調査。自衛官は特別国家公務員だから。阿部達は特殊能力を持っている超常自衛官ってことか?

 それならあたしが「一般人」って言われるのも納得いく。あたしはパパみたいな特殊能力者と違って国に登録されてない。超常自衛官なら登録者の検索ができるのかもしれない。

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①ぷろてくと・じ・あーす・れんぢゃー~つまり地球防衛隊ってことですか? あーはいはい。世の中異能とか特殊能力とか、みんな好きですよね~  綾乃 蕾夢 @ayano-raimu

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