会えない彼女

あまたろう

本編

 彼女……夏美の葬儀はしめやかに執り行われた。

 夏美と付き合っていた秋人は、悲しい気持ちを堪えながらある一つの考えを胸に秘めていた。

 ……人間としての「彼女」はその生涯を終えた。

 ただし、今は「その先」がある、と。


 かつて「ゲノム解析」と呼ばれていた技術は、今や髪の毛1本からでも情報を収集し、その人間を再現する技術を完成させたのだ。

 この技術を使って、彼女を再現できる企業が存在する。


 髪の毛を使用した人間の再現には大きく分けて2つの方法があり、ひとつはクローン技術を使って赤ん坊から育てていく方法、もうひとつは人型のコンピュータに再現したい年齢時点のその人物の造形をした人工皮膚を貼り付け、その時点の外見を有したその人物を再現するやり方である。

 前者は「人間」としてその人物を再現する方法のため、法律上は依頼者の「子」として扱われる。従って彼女を再現したところで結婚をする対象としては選べず、しかも当然成長するまではかなりの時間を要する。また、再現した人間の人格までは操作できず、かつ記憶を再現することもできないため、思った通りに育てることができるかどうかも保証されない。

 ゆえに、付き合っていた彼女を赤ん坊から育てることに関してはメリットは少なく、これを選ぶのは先立たれた両親がもう一度我が子を育てるケースがほぼ100%を占める。

 そうなると必然的に選ばれるのは後者であるが、こちらはあくまで「人型コンピュータ」としての扱いとなり、社会的には人間としては扱われない。従って結婚は当然できないうえ、子供をもうけることも不可能となる。

 ゆえに人間らしい人格形成も知能の成長も望めず、機械学習としての知見を広げるのみである。

 ただなんといっても最も大きなメリットは外見を解析によってほぼ忠実に再現できることと、選んだ年齢時点の姿を再現できる、またデータ登録しておくことでそれを半永久的に維持できるためこちらを選ぶという依頼者は多い。

 ただしあくまでコンピュータであること、人工皮膚であることから定期的なメンテナンスやアップデートは行う必要があり、これにかなりの料金が必要となる。


 そもそもどちらの場合も再現を行うためには莫大なお金が必要で、かつ法律の壁も半端ではなく高い。

 より高いのはクローン技術を行う方であるが、コンピュータによる再現も決して簡単ではなく、郊外であれば家も建てられる程度の金額が必要となる。

 依頼者が親族でない場合は、夏美の親族に対して、彼女を再現することを許可してもらわねばならない。

 要は、娘の外見を忠実に再現したコンピュータを使う許可をしなければならないのである。

 この最も大きな「親族の許可」を得たとしても、最も近しい親族に対して法で定められた料金を支払わなければならない。

 彼女には当然子はいないので必然的に両親がそれに当たり、2人が10年は不自由なく暮らせるであろう金額を支払うことになる。

 支払われたお金と引き換えに、両親が葬儀の際に保管していた髪の毛1本を受け取り、人型コンピュータの製造業者に預ける。

 こうして彼女のデータは解析され、データ配列は業者によって厳重に保管され、メンテナンスや人工皮膚の交換の際に使用されることとなる。

 データ登録に立ち会った際に、作業者が小首を傾げたのが秋人には少し気になったが、問題なく作業してくれるのであればということでその時は何も言うことはなかった。

 その後、秋人の不安は杞憂に終わり、彼は独身のまま愛する夏美の姿を忠実に再現したコンピュータと末永く幸せに過ごすこととなる。


 一方、夏美の両親はというと、葬儀に出席した夏美の元彼や葬儀の写真を見て夏美の姿のコンピュータが欲しいということで依頼された許可登録で得た莫大な利益の一部を使って彼女のクローンを作り出し、夏美と名付けて改めて幸せな家庭を築いている。


 生前の夏美の写真は今も閲覧可能で、両親は毎年数件ある使用許可依頼で利益を得ている。

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