月
IORI
貴方
鳥籠の鳥は飛べることを知らない
そう呟く貴方は、あの月を見つめていた。窓からの白い光が銀髪を眩く照らす。無機質な病室には、単調な機械音が響いていた。その音はまだ貴方が生きてる証。心地よくて好きだなんて言えたもんじゃない。いつか何も聞こえなくなったら.......考えたくない。柔い光に包まれて、貴方が一層儚く見えた。
ふと、貴方の表情が知りたくなった。どんな表情であの月に視線を注いでいるのか。微かに揺れる銀髪は何も教えてくれない。そして、気に食わなくなったのだ。貴方の視線を奪い続けるこの衛星物に。太陽がなければ、ただの宇宙の産物の分際で不平等だ。何度名を呼んでも反応さえしてくれない。自身の子供のような願望に呆れる。だか、その時は願望に忠実に動くことしか出来なかった。
貴方の白い顎にそっと指を添える。次いで、もう一度名を囁く。無反応。人形かと一瞬思った程に無反応だ。皮膚の柔らかな体温だけが、生身の人間であると告げている。興味が無いのか、面倒なのか。ピクリとも動かない貴方は、一体何を考えてるのか、知りたい。傍に居るのに遠い、もどかしい。嗚呼、どうしてだろう。今夜は不思議なほどに、自身の衝動に従順だ。
添えた指に力を込め、やや強引に引き寄せる。その距離は、貴方の贅沢な睫毛が触れるほどだった。しまった、加減を考えるのを忘れていた。ほんの少しの後悔と、鳴り止まない甘い鼓動が脳を塗り潰す。どちらかが僅かに動けば、互いの熱が交わってしまうだろう。月光に貴方の表情が照らされる。あまりに端正な顔に伝う雫。皮肉にも宝石のようで、息を呑むほど美しかった。
飛べることを知らなくとも、美しいままなのです。
貴方のように、と続く言葉を飲み込んだ。
ただゆっくりと貴方が零した宝石を見つめ、再び暴れ出す心拍数を悟られぬようにするのに精一杯だった。すると、取り繕った涼しい顔を剥がすように、病的に白い手が頬に触れる。不思議な程に冷たい手は、震えているように見えた。
初めて通じ合った体温は、泣きだしそうなほどに温かみが感じられない。強く、強く、その手を握る。全ての体温を貴方に伝わるように。嫌だ、嫌だ、こんな時にどうして、貴方は笑うのですか。こんなにも幸せそうに、知らない顔をするのですか。あんなにも憎かった月は、今はより一層貴方の美しさを引き出している。花は散り際こそ美麗。その通りかもしれない。
どちらともなく詰めた距離は、狂わしいほど愛しかった。
抑揚の無くなった機械音に、ただ耳を塞いだ。最初で最期の口付けの甘さを、温度を、生涯忘れないことをあの月に誓う。
月 IORI @IORI1203
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