第4話 天音さん、大満足なようです

「ふぅ、やはりこのお店のソーセージコーヒーは格別です。どうですか? 案外美味しいでしょ。ソーセージコーヒー」

「ま、まあ。美味しいというか……きっと好きな人は好きなんだろうなぁって感じですね……」


 食後に提供されたコーヒーにはソーセージが刺さっていた。

 初めは、ソーセージに似せたシナモンスティックが刺さっているジョークか何かだろうと思ったが、本物のソーセージだった。

 

 味はというと……想像通り。コーヒーとソーセージを混ぜた味。


「なるほど……。気に入っていただけたのならよかったです」


 苦し紛れのレポートを良いように受け取っていただけたのならよかったです。


「それで、この後はどうしましょうか。ただ闇雲に探しても見つけるのは難しそうなので、作戦会議をしましょう」

「私もそれがいいと思います」

「失くした傘がありそうな場所の見当はついていないんですか」

「えぇ……失くしたのだとしたら電車だろうと漠然と考えていただけなので、皆目見当もつきません。はぁ、私の傘、どこに行ってしまったのでしょう……」


 ソーセージの浸かったコーヒーカップを片手に、物憂げな表情で窓の外を見やる天音さん。

 あの天音さんをしてこれほど落ち込ませるとは、どれほど魅力的な傘だったのだろう。

 電話を盗み聞きしたところでは名前まで書いていたようだし。


「一度、家を出てからの記憶をたどってみましょう。なにか思い出せるかもしれません」

「はひ、ほうひまひょう! (はい、そうしましょう!)」


 天音さんは、ソーセージを口にくわえたまま、その手があったかと瞳を見開いた。

 パキっと半分になったソーセージをコーヒーで流し込んで、続ける。


「今朝は六時に目を覚ましました。枕元に立てかけてある傘に『おはよう』と言ってから、一緒に身支度を整え、朝食をとりました。朝食はトーストにいちごジャムを塗ったものです。いつもはママレードなのですが、ちょうど切らしているようだったので。ここまで一時間ほどでしょうか、それから新聞を……」

「天音さん、詳しく話してくれるのはうれしいんですけど、できれば家を出てからのことを話してくれませんか?」

「そうですね。えーと……それから色々あって午前八時すぎ、傘を片手に大急ぎで家を出ました。そのまま最寄り駅まで走って、なんとか電車に乗ることができて……この時は確かに傘を持っていました」

「なるほど……」


 天音さんの今朝の行動を一つたりとも逃さないようにメモ用紙に書き留めていく。思わぬところに手がかりがあるかもしれない。


 ところで、家を出てからのことを話せと言っておいてなんだが、色々あったで片付けられてしまった部分をもう少し詳しく聞きたくなってきた。

 かなり余裕をもって起床したにもかかわらず、なぜ遅刻ギリギリの時間に家を出ることになってしまったのか。気になる。


「そうしていつもの駅で電車を降りました。このときは……そうです、急いでいてすっかり忘れていました。私が電車を降りる寸前に、心優しい淑女が『お忘れですよ』と傘を手渡してくれたのでした」

「ということは、駅から教室までのどこかで失くしたということになりますね」

「ええ。駅のホームから学校までは、走って五分もかかりません。その間立ち止まることはなかったので、傘はずっと手に持っていたはずです」

「いい感じに絞れてきましたね。って……ほとんど確実に学校内にあるじゃないですか、なくしたとかいう傘」

「そのようですね」


 天音さん、どうしてそんなに落ち着いていられるのだろう。

 ちょっとくらい驚いてもいいはずなのに。


「猛ダッシュで階段を駆け上がって、チャイムが鳴り始めるタイミングで教室に入りました」

「そういえばそうでしたね。真後ろからぜーはーぜーはー聞こえてくるので、先生の指示が頭に入ってきませんでした」

「すみません――」


 天音さんは頬を赤く染めて恥ずかしげにうつむいてしまった。


「あれ、傘は? 教室に入って傘はどうしたんですか?」

「傘は傘立てに立てるに決まっています」

「「あ」」


 ……………………たった今、問題が解決された。

 確かにあの時天音さんは傘立てを確認していなかった。




「ほんっとうにすみませんでした。私の不注意で……」

「そんなに気にしないでください。場所を特定できたんですから、もっと喜びましょうよ」

「ふふふ。優しいんですね、一さんって」


 斜陽が差し込む学校の階段を上って、俺たちは三階にある教室へ向かっていた。

 新学期初日から本格的に活動している部はほとんどないようで、校舎内は普段に比べてずっと静かだった。


 教室の前まで来て、ガラガラとドアを開く。


「傘立て傘立て……」


 教室の後ろに設置されている傘立てに目をやると、


「ありました! 私の傘です!」


 真っ白な持ち手のビニール傘が一本、夕日を反射してて輝いていた。


 嬉々として駆け寄る天音さん。

 傘を手に取って、大切そうに頬ずりしている。


 そんな天音さんの様子を見ていると、教室にあったことだし俺がいなくてもどうせ明日には見つかるはずだったのだろうが、一緒に探せてよかったと思ってしまう。


「ありがとうございます一さん!」

「見つかってよかったです」


 傘一つでここまで喜べるなんて、どれだけ純真な心を持っているのだろう。


「それで、その傘にはどんな特別な機能がついているんですか」

「特別な機能……ですか? うーん、このボタンを押すと開く……とかでしょうか」

「今どきの傘はみんなそうですよ」

「それでは、この傘に特別な機能は一つもありませんね」


 天音さんはそう言ってきまり悪そうに微笑む。


「ですが、あの日一さんに貰ったこの傘は、私にとってこの上なく特別な傘なんです」

「はあ……」

「今日は傘も見つかったし、一さんともたくさんお話できたし、大大大満足! です! ありがとうございます、一さん。この傘、大切にしますね!」


 年頃の女の子らしい満面の笑みを浮かべて、天音さんは声を弾ませる。その様子は、さながら天使のようにも思えた。

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【短編】天音さん、傘をなくしたようです くらの @kuranonanari

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