有限美術館
黒幕横丁
リミテッドミュージアム
――全てのものに限りがある。これは決して例外など許されない。
“今”しか見ることができない、珍しいものばかりを集めた世にも奇妙な美術館がある。
美術館の名前は『有限美術館』。その一瞬を目に焼き付けようと、日々多くの見物客で賑わっている。
「ようこそ、有限美術館へ。ここはワタクシ館長が津々浦々から集めた珍しい一品を展示しております。全て、いつ見られなくなってしまうかは分かりません。時は金なり、タイムイズマネー。さぁさぁ、是非目に焼き付けていってくださいな」
時計の頭をカチカチ鳴らしながらそう謳う。
館内は大きいガラスケースで区切られており、其処には様々な展示物が入っており、それぞれ館長の名付けた作品名が表記されてあった。
【天使の歌声】
【虹色のウロコ】
【永久の美貌】
【奇跡のキノコ】
【悲鳴が鳴る石】
【花を吐く娘】
【妹を取り込んだ兄】
それぞれガラスケースの周りは見物客で溢れていたが、一つ、【妹を取り込んだ兄】のショーケースの中はなにもなく、見物客もチラッと見ては通り過ぎるのみであった。
「すいません……、通ります……」
そんな人でごった返している館内をボクはモップを持って歩く。早く、掃除を終わらせなければ、また館長に怒られてしまう。
花の頭をした人たちの群れの中をメイド服をひらめかせて掃除をしたい先へと向かう。しかし、
ドン。
彼岸花の頭をした紳士が思いっきりボクに体当たりをしてきた。
「ちゃんと前を見ろ!」
明らかに体当たりをしてきたのはそっちだというのに、怒られてしまう。
「も、申し訳ございません」
ボクが頭を下げると、フンッと鼻をならして去って行った。
「掃除しなきゃ……」
ボクはモップをぎゅっと握りながら掃除へと向かった。
「お客様の迷惑にならないようにするんだぞ」
館長にそう小言を言われながらもモップを動かして掃除をしていると、何やら周囲がザワザワとし始める。
「……なんだ?」
ボクは掃除の手を止めて騒動の方向を見る。あれは、【天使の歌声】が展示されている方角だ。
「どうしたのだろう?」
ボクが【天使の歌声】の方へ行こうとすると、体がピタッと止まる。
『だめよ。また館長に怒られてしまうわ』
“声”がボクを制す。
「でも、気にならない?」
『気になるけど、行ってはダメ。掃除しましょう?』
「うん、分かったよ」
ボクはどんなことが起こっているか見に行きたかったけれど、そう言われたら仕方がない。大人しく掃除をしておこう。
***
閉館後。掃除は一区切り終わりバックヤードに戻っていると、学芸員の羊頭の女がやってきてこういう。
「館長がアンタに用事だってさ。急いで行きなさい」
なんだかいやな予感がしたけれど、命令だから仕方ない。
ボクが館長室へ行くと、其処には手を組んでカチカチと秒針を鳴らす館長が座っていた。
「何か御用でしょうか?」
「【天使の歌声】が展示期間を終えました。これから新しい作品を仕入れに行くので、貴方は片付けをよろしくお願いします」
「……ハイ」
「では、よろしくお願いします」
有限美術館で展示期間を終えた作品は即刻廃棄される。その片付けもボクの仕事だ。
【天使の歌声】の展示部屋に行くと、其処には大粒の涙を流す少年の姿があった。少年の声は泣き叫んだのかガラガラに枯れていた。
展示されていたときはとても綺麗な声だったのに、その面影はまるで無い。
「突然……声が出なくなったんだ……、僕……どうなってしまうの……?」
泣きながらボクに訊ねて来たので、ボクは持ってきたナイフを咄嗟に背後に隠した。
有限美術館に収められている作品には時間が限られています。
リミットを超えた作品は館長によって処分命令がボクに下ります。
ボクに出来るのは作品を処分するか、逃がすかの二択。それによってボクの今後が大きく変わります。
淡々と処分していくと、ボクの心がドンドン狂っていきます。
逃がすことを選択した際は、美術館の中をスタッフの異形に見つからないように脱出し、現実世界への唯一のルートへと作品たちを案内させなければなりません。
見つかったらボクも処分されます。
ボクもいつかは体の中にいる“妹”と美術館の外へと逃げたいと思っていますが、妹は美術館の中で兄とずっと暮らしたいと願っています。
そんな食い違いの生活の果ては一体どうなるのか。
――リミットは近い。
有限美術館 黒幕横丁 @kuromaku125
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