エスケープ・フロム・デッドライン
大河
締め切りからの逃亡
私の名前は
小説家であるということは、小説を書くこと――執筆が仕事だ。そして仕事である以上、執筆活動には締め切りがある。
「…………」
時計を見る。
時刻はとうに日を跨いで四時。
今日が予定されていた原稿の締め切りだ。
「……………………」
モニターを見る。
出来上がっている分量は、完成品として必要な量からは遥かに不足している。
悪いのは自分だ。これについては自覚がある。進行が遅れ気味だと分かっていたのに、やれ加齢による体力の低下だ、やれ新鮮なアイディアには余暇が必要だとしょっちゅう休憩したり散歩したりゲームしたりしていた。話題の新作が発売したタイミングも悪かった。仕方ない。仕方ないと思う。
だが、編集はそうは思わない。
編集はいい奴だ。
少なくとも私の担当編集は、私の言うことをまだ比較的信じてくれるし、性格は明るく穏やかで、展開に悩んでいると気晴らしに誘ってくれたりする。
そも、編集とは。
基本的には、あらゆる作家にとって最も頼もしい味方である。
作品に詰まっていればアイディアを提示してくれたり、出来上がった作品を推敲し、忌憚なき意見をくれる。客観的な目の入った作品はより一層昇華され、至高の芸術品として読者、視聴者、プレイヤー等々の手に渡り、その心を満足させる。
作家の作家性によって独りよがりに陥りがちな作品を、世に届くに適切な形へと整える友。
半身。
編集とはそういうものである。……が。
しかし、編集もとい出版社は私の小説を本にして売ることが仕事だ。
締め切りを守らせることが絶対の使命だと言っても良い。
つまり、締め切りに間に合わないことが明らかとなった場合、編集はあらゆる作家にとって最も恐ろしい悪魔と化す。
ここで問題。
締め切りには間に合わないが、締め切りに間に合わせるために、私がすべきこととは?
「…………………………………………、よし!!!!!!!!」
なんとか編集を納得させて、締め切りを伸ばしてもらうしか、ないぜ!!!!!!!!!!
確認の電話が掛かってくるまでに理由を考えなければ。
しかし安易に『体調不良』や『親族の不幸』と言えば編集部からの刺客がやってきてしまう。かといって現状を正直に話せば、悪魔の出版社の手で晒し首にされる。
ここは小説家としての発想力を生かすべきだろう。
他者の作品から設定を拝借して、編集部を寄せ付けず、かつ締め切りを伸ばさざるを得ない理由を構築するのだ。
そうと決まればWeb小説投稿サイトで作品を探そう。検索ワードを三つ定めて、出てきた作品を一つにまとめて言い訳にする。
一つ目は……そうだな……
『インターネット』
『世紀末』
『クリュプタ』
どれにするか……。
→『世紀末』
……よし。世紀末でヒットした小説を一通り読んだ。
良さそうな理由を思いついたぞ。
続いて二つ目の検索ワードを考える。そうだな……次は……
『おばあちゃん』
『犬』
『アサイーボウル』
どれにするか……。
→『おばあちゃん』
ふむ。なかなか面白そうな理由が思い浮かんだぞ。
最後に三つ目の検索ワードだが……
『ケツバット』
『ポケットティッシュ』
『メカニカルバルブ』
どれにするか……。
→『ケツバット』
ようし。これで完璧だ。
言い訳を組み立てた直後、スマートフォンに電話が掛かってきた。担当編集からの電話だ。
私は通話ボタンを押した。
「はい、
「締め切りを守るんですね?」
「まず名乗って下さい」
「ああ、いえ、締め切りを守ると仰って下さったので安心してしまい……担当の大迫です。原稿の受け取りと次巻の相談に伺いたく思うのですが、本日、先生のご都合はいかがでしょうか?」
「その締め切りの件でご相談がありまして」
「聞きましょう」
「実は……スーパームーンのたび故郷のケツバット村に戻らなければならないので延命治療としてサイボーグ化手術を受けたうちのおばあちゃんが、耄碌してランドセルを背負って宇宙に旅立ってしまったので探しにいかなければいけないのですが」
「なんて?」
「親族で私以外の男性が新型ウイルスに掛かって全滅してしまい、私しか探しに行けないので」
「なんて言いました???」
「締め切りを伸ばして頂きたいのですが……」
「ちょっと待って下さい、理解が追いつかなくて……」
「落ち着いて下さい。要するに、大変なことが起きたから10日ほど締め切りを伸ばして頂きたいということです」
「分かりました。原稿が完成していないんですね?」
「違います。祖母が宇宙に旅立ちました。私以外の親族男性がウイルスによって全滅したので、私が探しに行くしかないんです」
「まったく……仕方ないですねえ。これが最後ですよ。10日後でいいですか?」
「それまでには地球に戻るようにします」
電話が切れた。
どうやら大迫編集の脳が理解を拒んだらしい。
親族で自分以外の男性が新型のウイルスに掛かって全滅した、という【世紀末】。
ランドセルを背負ったサイボーグ、という要素を持った【おばあちゃん】。
月夜に集まる慣習がある村、という【ケツバット】要素。
これらを組み合わせ、締め切りを伸ばすことに成功した。
原稿のアイディアは固まっているのだ、10日間もあれば完成していることだろう……。
×××
私の名前は
小説家であるということは、小説を書くこと――執筆が仕事だ。そして仕事である以上、執筆活動には締め切りがある。
あれから10日が経った。今日が本当の締め切りだ。
目の前のモニターには、まっさらな画面が映し出されている。
「よっしゃ!!!!!!!!」
なんとか編集を納得させて、締め切りを伸ばしてもらうぜ!!!!!!!!!!
確認の電話が掛かってくるまでに理由を考えなければ。
ここは小説家としての発想力を生かすべきだろう。
他者の作品から設定を拝借して、編集部を寄せ付けず、かつ締め切りを伸ばさざるを得ない理由を構築するのだ。
そうと決まればWeb小説投稿サイトで作品を探そう。検索ワードを三つ定めて、出てきた作品を一つにまとめて言い訳にする。
一つ目は……そうだな……
『牛丼』
『猫耳』
『裸ワイシャツ』
どれにするか……。
→『猫耳』
……よし。猫耳タグの付いた小説を一通り読んだ。
良さそうな理由を思いついたぞ。
続いて二つ目の検索ワードを考える。そうだな……次は……
『バーテンダー』
『枯山水』
『彼シャツ』
どれにするか……。
→『枯山水』
ふむ。あまり数は出てこなかったが、特徴的な作品が出てきてくれた。
最後に三つ目の検索ワードだが……
『スマートフォン』
『百合』
『日本語教室』
どれにするか……。
→『百合』
ようし。これで完璧だ。
言い訳を組み立てた直後、スマートフォンに電話が掛かってきた。担当編集からの電話だ。
私は通話ボタンを押した。
「はい、
「今度こそ締め切りを守るんですね?」
「いえ違います。締め切りを伸ばして頂きたく思っています」
「テンポが早いですね。駄目ですよ、もう伸ばしたじゃないですか。それに、たとえ伸ばすにしても進捗はお聞きしたいので、せめてお伺いはさせて下さい」
「駄目ですってば」
「なんでそこまで頑なに拒むんですか?」
「大迫さんには見られたくないんですよ……」
「真っ白な原稿をですか?」
「猫耳をです」
「申し訳ありません。そんなにストレスを掛けていたとは、想像力不足でした。何か手伝えることはありますか?」
「実は原稿完成を祝って歓喜の雄叫びを上げながら走っていたら曲がり角でぶつかった女子高生に首を刎ねられたんですよ。その後女子高生が蘇生させてくれたらしいのですが、蘇生の折に猫耳の生えた女性に身体が変わってしまいまして」
「もしかして長期休暇が必要ですか?」
「変化の影響で精霊と妖精が見えるようになったので彼女らに推敲を依頼したらもっと文章が上手い人がいるということでエルフの女の子を紹介してもらったんですが、結果、連日その子に付き纏われて結婚を迫られているんです」
「分かりました。編集長に頭を下げて10日ほど休みを貰ってきます。その間、ゆっくり心を休めて下さいね」
電話が切れた。
どうやら大迫編集は私がストレスによってイカレたと思ったらしい。
猫耳のキーワードがクリティカルヒットしたようだ。
ともかく、10日間もあればさすがに完成していることだろう……。
×××
あれから10日が経った。今日が本当に本当の締め切りだ。
目の前のモニターには電源が入っていない。
「しゃあ!!!!!!!!」
なんとか締め切りを伸ばしてもらうしかないぜ!!!!!!!!!!
「分かりました」
電話を終えた直後、私は突如来訪してきた大迫編集と警察官に囲まれ、パトカーに乗せられ、そのまま精神病院に入ることとなった。
そうか……あまりに狂人ムーブが過ぎると、締め切りを伸ばすどころではなくなるのか……。
【バッドエンド】
延長日数
記録:20日
【神様からのアドバイス】
今回のバッドエンドは担当編集に「ストレスのあまり気が狂った」と判断されたのが原因だね!
一度目で味をしめたからって安易に同じ方針を続けず、編集の同情を誘うなど、違う方向性から編集の心を揺さぶってみよう!
占伐先生が作品完成にかかる日数は30日!
締め切りから逃げられるよう、頑張って言い訳を考えよう!
エスケープ・フロム・デッドライン 大河 @taiga_5456
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