ミッション:すべてを破壊せよ

天野川千景

ミッション:すべてを破壊せよ

 目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。

 起き上がって部屋を見回してみると、棚や書類、よく分からない機材が転がっている。

 その中で、防衛に使えそうなハンマーを拾い上げ、ここはどこかを思い出そうとしてみた。


 頭がズキズキと痛む――。


 ただ頭が痛くなるだけで、なにも、思い出せない。ここがどこなのか、どうしてここにいるのか。それどころか――自分が誰かもわからない。


「……聞こえておるか」


 耳の中で、急に声がした。

 耳元を触ると、硬い感触があった。どうやら、気絶する前の僕はイヤホンを身に着けていたようだ。関心していると、イヤホンから、ほっ、と息を吐く音が聞こえた。


「聞こえているようじゃの。お主がロボットに殴られて倒れてしまった時はどうなることかと思ったわい。自分が何をしているかは覚えておるかの?」


 僕は首を横に振った。


「そうか……仕方あるまい。なら、簡単に説明するからよく聞くんじゃぞ」


 耳の中の機械は、「ウォッホン」と咳払いをしてから続けた。


「お主は今、とあるミッションの最中なのじゃ。そのミッションとは、この研究所に隠された『コア』を集めること。『コア』を埋め込んだものは耐久性が上がるから、敵は研究所の中のあらゆるものに『コア』を埋め込んでおるはずじゃ。だから、お主には、『コア』を見つけるために、その建物の中にある『すべて』を破壊してほしい」


『コア』を集めるために、『すべて』を破壊する。

 それが、自分のミッション――。


「そして、ワシは『博士』。お主をアシストする係じゃ。よろしく頼んだぞ」


『博士』はそう言って、話を続ける。


「ものは試しじゃ。まずは、目の前にある研究台を壊してみるのじゃ」


 研究台、というと――。

 僕は、目の前にある机を見た。机の上には、資料や薬品、何に使うのかわからない機械が置いてある。確かに、研究台と呼べる代物だろう。

 僕は、その研究台をハンマーで叩いてみた。

 机は、思ったよりも盛大に、机の上に置いてあったものごと粉々に砕け散った。

 そして、青い宝石があとに残った。これが、『コア』のようだ。


「さすがじゃ。その調子で、どんどんものを壊して『コア』を見つけるのじゃ。これは、力の強いお主にしか頼めない重大なミッションじゃ。頼んだぞ」


 そう言って、博士からの通信が途絶えた。

 力の強い自分にしかできないミッション――。

 僕は、博士の言った言葉を反芻する。

 まだ何も思い出せなくて、正直なにがなんだかわからないけれど、自分にしかできない重大ミッションならば、やってやろうではないか……!




 ――ミッション:すべてのものを破壊せよ――




 まず、僕は、部屋にあるものを手当たり次第に叩いてみた。

 棚、椅子、機械――何もかもが、叩くだけで粉々に砕け散り、あとにはコアだけが残る。

 大きな機械はさすがに何回も叩かないと壊れなかったが、何を壊してもいいというのは爽快だった。

 部屋の中にあるものをすべて壊したら、扉をくぐって次の部屋に行く。その先でもあらゆるものを破壊し尽くして、コアを集めて次の部屋に向かう。

 非常にいい感じだ。ペースもいいし、なにより……楽しい。

 この調子で次の部屋も、と思い次の部屋に向かうと、ぷよぷよとした青いなにかが待ち構えていた。


 博士の通信が入る。

「それは『スライム』じゃな。そいつもコアを持っているかもしれないから、戦って破壊するのじゃ」


 スライムが道を塞いでいるようだ。選択肢は2つある。


 スライムを破壊しますか? 

 ▶︎はい

 ▷いいえ


 スライムは生きている(?)からものを壊すのとは違う。だが、スライムを倒さないと先に進めない。

 僕は少し迷って「▶︎はい」を選択して、スライムを攻撃した。


 ぷちゅ。

 シャボン玉が割れるような小気味いい音が鳴る。

 しかし、スライムは攻撃を喰らうと、もぞもぞした後、すごい速さで逃げ出した。


「逃がしてしまったか。仕方ない、次で仕留めよう」


 イヤホンをとおして博士が慰めてくれる。しかし僕は、


(壊せなかった?)


 初めて獲物を捕り逃したことに少し腹を立てていた。

 深呼吸をして気分を整える。

 冷静になってスライムがいた場所を再び見ると、なにかが落ちている――。


「それは、この研究所の見取り図じゃな。これで、どう進めばいいかわかる。でかしたぞい!」


 見取り図をゲットした。

 僕は見取り図を懐にしまいながら、次こそはスライムを破壊してみせる、と決意した。




 次の扉を開くと――なんと、大量のスライムがいた。

 しかし、先ほどとは違い、緑色で、少し小さい。

 スライムたちは僕に気がつくと、プルンプルンと跳ねながら僕に襲いかかってきた。




 ――ミッション:すべての緑スライムを破壊せよ――




(これなら、倒せる……!)


 向かってくるスライムを片っ端から壊しまくる。

 一体潰すごとに、プチュッと小気味のいい音を立てた。

 少し強いスライムには多くのコアが埋め込まれていたので、コアも回収しながら進んでいく。

 そうして、スライムの大半を倒すと、残りのスライムは恐れを成し、プルンプルンと跳ねながら逃げ出し始めた。

 だが、先ほどと同じミスはおかさない。残党狩りの時間だ――。


 スライムをすべて破壊したあと、目につくものを壊しながら僕は進んでいった。

 そして、次の部屋への通路へ急ぐ。

 地図の上では、ここが通路になっているはずだが――。

 実際には壁が立ちはだかるだけだった。


(なんだかここだけ色が違う気がする)


 僕はその壁を何回か叩いてみた。すると、壁が崩れ、通路が現れた。

 しかし、喜んだのもつかの間。

 その前に立ちはだかる姿がある。


「さっきの青いスライムじゃ。ちょうどよい。ここで破壊してしまうのじゃ」


 そう、立ちはだかっているのは、先ほど壊し損ねた、青いスライムだった。

 青スライムは、先ほどはなかった盾を持っている。

 先手必勝!

 盾に向かってハンマーを振り下ろしたが、弾かれてしまい攻撃が通らない。

 さらに青スライムは、身体の一部の粘液を飛ばす新しい攻撃もしてくる。

 これは厄介なことになりそうだ。






 ――ミッション:青スライムを破壊せよ――




 ――結果として、かなり苦戦したが青スライムを追い詰めることができた。

 盾を連続で叩くと隙ができる。そこを一気に叩き潰したのだ。


 ぷちゅ、っと小気味いい音がする。


 やっとやったか……!

 そう思った矢先、青スライムの放った液が目に直撃した。


 その瞬間、世界の色が変わった。


 研究所の壁や床は白く明るい空間だった。そのはずだ。それが、黒ずんだ暗い場所に見える。目の前のスライムは青色だったはずだ。だが、赤黒い残像のように見える。


(なんだ……?)


 だが、まばたきをすると、その光景は消え去った。


 元の白い研究所の光景の中で立ち尽くす。僕が今見た映像に気を取られている間に、青スライムはまた逃げ出したようだった。それについて、博士が何か小言を言っているが、今はそれよりも先ほどの光景が気になった。

 僕は疑問を持ちながら、次の部屋へと進んだ。




 ――青いスライムも強かったが、その先に出てくる敵も強かった。

 青スライムの動きを学んだのか、次の部屋に出てきた緑のスライムたちも、体液を飛ばして攻撃してきた。その攻撃を受けると、先ほど見た光景と同じ赤黒い世界が一瞬だけ見えて、攻撃妨害をしてくる。

 僕よりも少し大きい『竜』も登場し、こちらに火を吹いてくる始末だ。

 さらに、緑スライムたちは部屋の照明を落として暗い中で戦ってきたり、壊してもすぐに再生する物体で扉を塞ぐなど、頭脳戦を交えて攻撃を妨害してきた。

 そのギミックを1つ1つ解除しながらスライムを破壊し、竜を破壊し、その部屋にある『ありとあらゆるもの』を破壊していく。

 見つけたコアも相当たまった。


「とうとう、最奥の部屋じゃな」


 イヤホンの先で、博士がしみじみと言った。


「今までよくやってくれた。この先、この研究所のボスが待ち受けているじゃろう。準備はよいか?」


 ボス、か……。

 この扉の先に何が待ち受けているのだろうか。

 ハンマーを持ち直して重々しい扉を開く。


 そこには、巨大なスライムがいた。

 いや、違う。よく見ると、緑のスライムが集まり、巨大ロボットの形を作っていた。




 ――ミッション:巨大スライムを破壊せよ――




 巨大スライムは、大量の体液を発射してきた。

 それを喰らうと、しばらくの間視界が赤黒い世界に見えてしまい、攻撃しづらくなる。

 なるべく攻撃を喰らわないようにして、少しずつ破壊して行く。

 最後に頭を破壊すると、スライムは弾けて爆発四散した。


「ナイスじゃ! これでボスは倒した! お疲れ様じゃった!」


 博士の喜ぶ声が聞こえる。

 勝った――。

 ほっとして天を見上げると、上から青い体液が降ってくるのが見えた。

 すんでのところでそれを避ける。

 前を向くと、マントをつけた青いスライムが巨大スライムの上に降り立った。


「な、なに!? ボス戦が続くじゃと!? 何度も出てきおって……3度目の正直。今度こそ、そのスライムを破壊するのじゃ」


 連戦なんて聞いてないぞ!?

 だが、敵が現れたのだから、壊すしかない。




 ――ミッション:青スライムを破壊せよ――




 青スライムはさらに、新しくマントを身につけていた。

 マントを翻すと、姿が消える。

 見えない攻撃に苦戦しつつ、なんとか攻撃を当てていく。

 苦戦しつつも何度も攻撃を当て、青スライムを倒した。


「ナイスじゃ! これですべてのものを破壊した! お疲れ様じゃった! こっちも、この建物の警備装置のハッキングに成功したぞい」


 博士がそう言うと、最奥の扉が地響きとともに開き、上に続く階段が現れた。


「その階段の先に、最後のミッションが待っておる。さあ、行くのじゃ」


 僕は博士の言うとおり階段を登ろうとした。

 だが、階段に足をかけようとした時、背中に強い衝撃を感じた。

 急いで振り返る。

 先ほどのスライムが起き上がっていた。まだ、壊れてはいなかったのだ。

 そして、背中に感じた衝撃は、おそらく、直撃した体液――。


 僕の視界は、赤黒く変わった――。


 赤黒い世界。それは一瞬にして消えるはずのものだsった。

 目の前にいたのは、スライムだった。

 しかし今は、赤黒い何かが、僕になにかを向けているように見える。

 目を瞬く。しかし、光景は変わらない。


「そっちは、ダメ……」

『それ』は言った。


「階段の上には、コアを使って他人を思うがままに従えるための装置がある。博士は、あなたの意識を奪って操り人形にするつもりよ。これだけ治療薬を浴びれば、私の姿が見えているはず。お願い、話を聞いて?」

 よく見ると、『それ』は血を流しながら銃を向けている、1人の女性だった。


(どういうことだ……?)

 僕は目をしばたいた。


「お主……どれだけ耐久力があるんじゃ」

 博士は驚愕したように、半分呆れたように言った。


「……潮時じゃな。見えてしまったものは仕方ない」


 博士は「クックック……」と笑い、信じられないことを言った。


「そうじゃ。お主がスライムだと思っていたのは、人間じゃ。ワシがお主の脳をいじくって見えるものを置き換え、罪悪感なく破壊できるようにしたのじゃよ。ワシの願いは、この研究所にあるすべてのものを破壊すること。そのために、お主という『最高傑作』を作り上げ、世に解き放った。それもこれも、ワシを見くびったこの研究所に復讐するためじゃ。さあ、わが最高傑作よ、手始めにそこにいる女を破壊するのじゃ」


 僕は、その言葉にびっくりした。再び女性を見る。

 女性は「お願い」とでもいうような目でこちらの動向を見守っている。

 僕がとれる選択肢は2つある。

 博士に従って女性を殺すか、女性に従って博士の指令を無視するか。

 博士は、僕をだまして人間を殺させていた。そのまま従い続けるのはためらわれる。

 だが、女性のほうも信用できるかわからない。そもそもこの女性は、ずっと僕が戦っていた青スライムだったのだから。


 僕は――。

 ▶女性を破壊して階段を登る

 ▷階段を登らず女性の元に行く


「なんじゃ、お主もワシに逆らうのか」

 博士はつまらなそうに言った。

 僕は、「▶︎階段を登らず女性の元に行く」ことを選択したのだ。


「せっかく優しくしてやったというのに。ならば、無理矢理にでも従わせるだけじゃ」


 博士がそう言うと、地響きとともに四方の壁が壊れた。

 その奥から、何十体ものロボットが現れた。


「お主が今まで戦ってきた竜が強かった理由を教えてやろう。本当は対不審者用の戦闘ロボットだったからなのじゃ! 行け! ロボットたちよ! そこにいるやつらを取り押さえるのじゃ!」


 博士の命令にあわせて、ロボットは僕達に襲いかかって来た。

 僕は向かってくるロボットを破壊する。

 竜は火を吹いてきるように見えたが、実際はロボットがロケットパンチをして攻撃していたらしい。

 飛んでくる腕を避けてロボットを破壊して行く。


「こっちよ!」

 僕は、声がした方を向いた。

 先ほどまで青スライムだった女性が扉の前で手を振っている。僕はその扉に向かって全力で走っていった。

 扉を潜り抜けると、女性は扉を閉めてロボットの侵入を防いだ。


 来た部屋は、隅々まで破壊されていた。

 ところどころに壊れたロボットの残骸があり、ところどころに――人が死んでいる。

 博士の言葉を信じるに――おそらく、僕がやったものだ。


「私を信じてくれてありがとう」


 そんな僕に、女性は声をかけてきた。


「私は、ここの研究員の一人。そして、あなたがイヤホンで話していた人は、昔、ここの研究所の博士だったの。でも、博士は研究の最中に禁忌を犯したから、この研究所の地下に隔離されているんだ。地下に続く階段は封鎖されているけれど、力持ちのあなたなら破壊できと思う。どうか、私に協力してくれる?」


 僕はその言葉にうなずいた。


「ありがとう。階段まで案内するわ。ついてきて」


 そう言って、彼女は走り出した。



 女性が前を走っている。

 彼女が走った後には、赤い血が落ちている。これは、僕が傷つけたものだ。

 その事実を嚙みしめながら、目的にへ向かっていると、突然、身体に激痛が走った。

 イヤホンから博士の高笑いが聞こえる。


「どうじゃ、痛かろう。お主の身体に電流を流させてもらったぞい。お主を作ったのはワシじゃからな、身体に安全装置をつけていないわけがあるまい?」


 電流の激痛に、思わず動きが遅くなる。

 その間に、先ほど閉めた扉が壊れ、ロボットが流れ込んでくる音が聞こえた。


「しっかりして! まだ行けるわ!」


 女性が僕の後ろのロボットを撃つ。

 僕は痛みが引いた時を見計らい、彼女に向って駆け出した。




 博士に電流を流されながらもロボットを破壊し、なんとか進んだ先。

 ようやく女性は立ち止まった。


「階段はここにあるはずよ」


 だが、それはなんの変哲もない普通の壁だった。

 ハンマーで軽く叩いてみるが、壊れる気配はない。


「この壁は強固だから、数回叩くだけじゃ壊れないわ。でも、何十回もやれば必ず壊れる。やってみて」


 女性の言うことを信じて壁を叩く。

 すると、20回叩いた時、本当に壁が壊れて地下へ続く廊下が現れた。


 それと同時に、新しいロボットがこの部屋になだれ込んできた。


「急いで!」


 女性の叫び声に押されて、廊下へと駆け降りる。廊下は一本道で、狭く、暗かった。


「ダメだ、このままじゃ追いつかれちゃう」


 後ろを確認してみる。ロボットはすぐそこまで迫っていた。こんな狭いところであんな多くのロボットに追いつかれてしまっては、最悪物量で押しつぶされてしまいそうだ。

 隣の女性は、大きく息を吐いてから、僕に言った。


「……仕方ないわ。私が囮になる。あなたはそのまま先に行って。この先は、一本道だから。必ず、博士のもとまでたどり着くはずよ」


 その言葉を聞いて、びっくりした。

 それは、下手をしたら彼女が死んでしまうことを意味する。

 そんな危険を冒してまで、どうして僕を助けてくれるのだろう。

 僕の困惑に気づき、彼女は僕に語りかけた。


「私はね、博士の研究のもとで、あなたのお世話係をしていたの。毎日、あなたが入っていたカプセルを掃除しながら、あなたが出てくるのを心待ちにしてた。母性、とでも言うのかしらね。あなたが私を攻撃してきても、あなたを憎むどころか、『止めなきゃ』って強く思ったの……」


 彼女はしみじみと言った。


「あなたにとっては短い出会いだっただろうけど、私はずっとあなたを見ていたの。だから、私はあなたを守りたい。――愛しているよ、私の愛しの息子」


 そう言って、彼女は僕に向けて微笑んだ。それは、博士にいじられた視界では見ることができなかった、慈母のような笑みだった。


「ほら、早く行きなさい」

 彼女は最後に、固まってしまった僕の背中を押してくれた。

 僕は、先ほどよりも速く走り出した。


 しばらく走ると、大きな扉にたどり着いた。

 この扉の向こうに博士がいるのか。

 ハンマーを握りなおして、僕は重い扉をゆっくりと開いた。

 そこには広い空間が広がっていた。

 中心には、台座が置かれており、その上には、体液に包まれた人間の脳が乗っていた。


「よく来たな」


 その脳が発した言葉は、よく聞き覚えのある博士の声だった。


「驚いたか。無理はあるまい。ワシは、永遠の命を得て研究するために、脳だけの存在になったのじゃ」


 そう言ってから、博士は少し無言になった。


「……あの女はもうおらぬのか」

 その声は、少し寂しそうに聞こえた。


「あの女は、失敗作だった。破棄するのは酷じゃったから、お主の世話をやらせていた。それが仇になったがの……。あの女が母だと言うのなら、ワシはお主の父じゃ。それでも、お主はワシと戦うのか」


 父と戦う。

 その重い言葉と、今までとは違う荘厳な声に威圧された。

 父だと語る博士に、僕は――。


 博士と戦いますか? 

 ▶︎はい

 ▷いいえ


 ここまで来たら選択肢は1つだ。


 ▶︎はい


「よかろう。ならば、それ相応の出迎えをしてやろう。わが息子よ、覚悟するがよいぞ」


 博士がそう言うと、脳が乗っている台座がガコン、と音を立てて変形した。台座の隙間からコアが出てきて脳の周りを浮遊する。防御フィールドだ。




 ――ミッション:博士を破壊せよ――


 博士はコアに守られている。

 脳を狙おうとしてもコアがガードするため、まずはコアをすべて破壊する必要がある。

 迅速に、コアをすべて叩き潰す。


「これでワシを破壊できると思ったか! コアよ、ワシに従え! あやつを破壊しろ!」


 博士が叫ぶと、今度は僕が集めたコアまでもが宙に浮き、博士のもとに集まった。

 そして、コアは巨大な盾と銃を形作った。


 第二形態だ。


 博士はコアでできた銃を向けてくる。照準を合わせる前に回避しなければ。

 右に逃れようとすると、足が急に重くなり、銃弾が足をかすめた。


「おまえの中にもコアがあるのじゃ! 足を鈍らせるくらい造作もない!」


 博士が叫ぶ。だが、無条件に使えるわけではないようだ。

 観察すると、僕を遅くする前には必ずコアを脳の周りに収束させている。

 タイミングを読みながら攻撃し、なんとか盾と銃を無力化する。


「まだまだぁ!!」


 装備を失っても、博士はまだ攻撃を仕掛けてくる。

 今度は、脳が安置されている土台からコードのようなものが伸びてきて、最後の悪足搔きで襲いかかってきた。


「ハァ!」


 その気合とともに、数秒間視界が奪われ、真っ暗になる。暗闇の中で攻撃を躱し、反撃する。

 そのコードをすべて破壊すると、博士はようやく動きを止めた。

 もう手立てがないようだ。

 僕が、勝った――。


「勝ったと思ったじゃろう? 甘い、甘いぞ」


 博士はクックックと笑うと、僕に話しかけてきた。

 今更、なにができるというのか。


「上にタイマーがあるじゃろう?」


 上を見ると、「5:00」と書かれたタイマーがあった。


「それはな、この研究所にしかけた爆弾のカウントダウンなのじゃ。お主にこの研究所のコアを集めさせたじゃろう? コアを失ったものは、耐久力が下がる。この研究所は爆発に耐えきれず、ワシが死んだ5分後に崩れ去る。――それでもワシを破壊するのか?」


 博士を破壊しますか? 

 ▶︎はい

 ▷いいえ


 僕は深呼吸してから、ハンマーを構えた。

 だって博士は、自分で言ったのだから。

「すべてを破壊しろ」と。


 ▶︎はい


 振り落としたハンマーは、脳の形をした博士をぶち抜いた。


「さすがに、強かったの……さすがは我が最高傑作じゃ……。だが、試練はこれから……せいぜい生き延びることじゃな……」


 博士の最後の言葉はだんだん小さくなり、脳は粉々に砕け散った。

 今度こそ、本当に、勝ったのだ――。


 ピコンッ。


 上にあったタイマーが「4:59」になる。

 息をつく暇はない。この研究所は、あと5分で爆発する。それまでに脱出する。




 ――最終ミッション:研究所から脱出せよ――


 研究所中についたランプが、1秒ごとに音を発して赤く点滅する。

 この研究所から出るには、どうしたらいいのか――。

 手当たり次第に壁や物を叩いてみる。

 だが、十回叩いても少ししか崩れない。これでは時間が足りない。


(もしかして……!)


 僕は、見取り図を懐から取り出した。

 間違いない、僕が最初に目覚めたところに外に続く扉が書かれている。

 元来た道を戻れば、助かる!

 さっそく僕は、出口に向かうべく元来た扉へと駆け込んだ。


 扉を開くと、廊下は、ロボットの残骸で埋もれていた。

 だが、なんとか踏み越えることができそうだ。


 ロボットを踏み越えて先を急ごうとすると、その中に、先ほどの女性が混ざっているのが見えた。

 死んでいる………。

 僕が殺したようなものだった。

 それなのに、彼女は僕を守るというミッションをしっかりと果たしてくれていた。


(ありがとう)


 よくみると、彼女の中で何か光っていた。

 コアだ。彼女の中にもコアが埋め込まれていたようだ。

 そのコアは、今まで見た中で1番大きかった。

 だからあんなに耐久力があったのか。


 コアをとりますか? 

 ▶︎はい

 ▷いいえ


 僕は、時間のない中、それでも「▶︎はい」を選択し、コアを取って走り出した。

 階段を登り、来た道を戻る。

 そこもここも、赤黒く異臭がする。

 きっとここに生存者はいない。僕が生き残らなければ、生存者は0のまま終わるだろう。


 残り1分を切る。間に合うか。

 息を切らせて走る。最後の扉が見えてきた。


 5、4、3、2、1………。


 扉をこじ開けて外に出る。

 同時に、僕の後ろで、盛大な爆発音が響いた。

 爆風に飛ばされて地面に転がる。

 風が収まってからうっすらと目を開けると、研究所は爆発によって跡形もなく崩れ去っていた。


(生き延びた………)


 僕はほっと息を吐いた。

 これで命の危機は去った。

 そして、ミッションをクリアした。研究所のすべてを破壊したのだ。


(僕は、これからなにをすればいいのだろう?)


 途方に暮れて上を向くと、空が見えた。人生で初めて見る空だ。

 空は雲1つない青空で、地上で起こった惨劇など知らないかのようにどこまでも続いていた。

 僕は、持っていたコアを空にかざしてみた。

 思ったとおり、青いコアは、青い空によく映えた。

 コアを見ながら、僕はあの女性の言葉を思い出した。


『愛しているよ、私の愛しの息子――』


 生きよう。

 僕を守ってくれた人のために。僕を育てた人のために――そして、作ってくれた人のためにも。

 きっと大丈夫だ。僕には力が強いって長所があるようだから、この世界の中でも、何かに生かせるに違いない。

 それに、初めてのことばかりだから、きっと楽しいに違いない。

 どんな人生が待っているか、楽しみだ。

 青いコアを懐にしまい込み、僕は一歩を踏み出した。

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