玄々坊虚空 その2
栄雪が出掛けてから、素空はすぐに、
玄々坊は暫らく思いを巡らした後、ウムッと小さな声を発して素空を眺めた。
「素空よ、わしの見立ては間違いなかったようだ。そなたはわしが予見した通りの僧であるよ。そして、わしの亡き後を託すに足ると確信した…」
玄々坊はそれだけ言うと横になって眠った。
素空はすぐに夕食の支度を始めた。米で1人分の粥と、雑穀米で1人分の飯を炊いた。野菜は傷んだ部分を捨て、漬物と、生に分けて残りは火を通しておかずにした。アジの開きを片身だけ焼くとその後に目刺しを2本焼いて自分の分にした。
素空は夕食の支度がすむと、虚空を起こして経を唱え始めた。玄々坊が僅かに先を唱えたが、その声は庵の障子を振るわせ始め、素空の声が共鳴するように響き始めると、小さな庵はガタガタと揺れ始め、玄々坊の枕元にあった見事な
素空は、
「わしには多くの時が残されていないようだ。そなたは玄空の次にわしの弟子となり、玄空に伝授できなかったことをすべて受け継がせるつもりなのじゃ。これは僧として、人として必ず果たさねばならぬ使命なのじゃよ」読経が終わると玄々坊は、素空の眼を見てシカと伝えた。
夕食の膳は玄々坊を感嘆させた。暫らくこれほどのご馳走を口にしていなかったからで、食べ終わってからだんだんと力が漲って来るようだと喜んだ。
玄々坊は話し好きで、素空が閑の様子の時は決まって声を掛けて来た。
素空が
玄々坊は即座に答えた。「左様、わしより力の強い僧とは、今わしの前に座している素空、そなたのことじゃ」
素空は当惑して、答えた。「私など虚空様にはとても及ばぬ未熟者です。何かのお間違いではないかと存じます」
すると、玄々坊、即ち虚空が、笑みを浮かべて答えた。
「そなたはまだ己のことをよく知らぬようだから、教えて進ぜよう。わしより力が強いとは、何も今のそなたを言っているのではないのだよ。わしが伝授するすべてを身に付けた時、それこそ、わしなどとても及ばぬ強い力を持つのだよ。心して修行をするのだ!」
虚空の眼差しは厳しかった。玄空大師のような慈愛が滲み出ていないのは、数10年の永い年月を悪鬼悪霊と戦って来たせいだろう。
素空は更に尋ねた。「これより20年も以前に何故、素空と言う名を口にだせたのでしょうか?」
虚空は笑みを浮かべて言った。「わしが悟りを開いたのは、一体何時頃のことであろうか?そなたと同じくらいの年であったろうか?…そなたは分かっている筈じゃ。悟りを開いた者は御仏と言葉を交わし、その意向を直接受けるばかりでなく、我が意を直接奏上できることをな!そなたを素空と名付けたのはわしなのじゃ」
虚空はジッと黙り込んで昔のことを思い出していた。
「わしが
虚空はまた黙り込んで、昔を思い出していた。
「わしは
《そなたの願いは叶わぬことです。玄空の代わりにその弟子をそなたに任せましょう。名も付けさせましょう》
「御仏は約束を違えることはないのだよ。わしはそなたと会うまでは決して死にはしないことを悟り、心おきなく鬼達と戦うことができたのじゃ。しかし、今日は御仏の御告げでこの庵を出ることが叶わなかったのじゃ。結界を張り、これを解くことも禁じられたのじゃよ。すべては御仏が御与えになられたそなたへの試練であったのじゃ」
虚空は話を前に戻した。「わしは、わしの師である
虚空は布団の上に横になり、素空に慈愛の籠った笑顔を見せた。素空は目の前に玄空大師がいるような不思議な気分になっていた。
素空はもう1つ
「鏡は
素空はすべてに合点が行った。これから虚空の教えを受けるのだが、すべてを伝授された時が虚空との別れだと寂しく思った。
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