第2章 桜祭り その1
松仁大師がまだ
夕方になって、その松仁大師が帰って来た。
「これはこれは素空様、栄雪様ようこそいらっしゃいました。本日お見えとの知らせは、孝衛門殿より受けていたのですが、桜祭りの打ち合わせで近所の檀家衆と寄り合いを開いていたので留守をしていました。まことに以って失礼仕りました」
松仁大師は少々酩酊しているようで、普段以上に豪放磊落の体で、素空達への申し訳ない態度は微塵も感じさせなかった。
素空は、松仁大師に笑顔を向けると、小坊主の
素空の後を受けて、一貫が言った。「どうやらおウス様に悪さをした霊もその中に居るようなのです。今は素空様がその
すると今度は栄雪が言った。「松仁様、今、護摩壇の支度をしていたところなのですが、
松仁大師は気が動転して、豪放磊落の面影は微塵もなく、いっぺんで酔いが醒めてしまった。
目を白黒させて聞いていたが、ここに来てやっと頭脳が働きだした。
松仁大師が言った。
「それでわしは何をすればよいのかな?」やっとでたひと言だったが、素空達3人の準備は殆んどすみ、後はその時刻を待つばかりだった。即ち、松仁大師の手を煩わせることは何もなく、これを聞いて内心ホッとしたのだった。
4人は夕食をすませると暫らく歓談したが、
観音寺の石段前の通りに集まった人々は、息を詰めて見守ったが、3人の僧侶が何の目的で護摩法要を行っているか薄々感じていた。この村の住人は霊や悪霊の存在を子供の頃から教え込まれ、体験した者もおウスばかりでなく数多くいた。
おウスも亭主と共に遣って来て、素空が護摩法要をしている訳も知っていた。思えばこの辺りで暗闇に包まれたのだが、毎日のように通るこの道のまさにこの場所に原因が潜んでいたことを、今更ながら納得する思いだった。
突然素空の経が止まった。周りの者が
暗闇の中で素空は、松仁大師の経を
《素空よ、そなたが欲するのはどちらであるか?そなたの思いを申すが良い》
素空は迷わず決めた。「薬師如来様に御裁き賜りたいと存じます」
素空の答えは簡潔明瞭だった。その時
《素空よ、この中の霊のうち、3人は救えないが良いですね?》
素空はすぐに答えた。「致し方ございません。心あるうちに改悛させ、この世にあるうちに償えぬ罪と言えど、幾ばくかの償いをすることを説得いたします、しかる後は御慈悲を以って御憐み給え」
素空の言葉と共に、薬師如来が消え失せ、素空を覆っていた暗闇が晴れた。藪の中に突然現れた素空を見て、一同が安堵の顔をしたが、結界の中の素空はこれからが大変だった。
松仁大師は、素空の目の前に暗闇が3つ存在することに気付いていた。邪悪な霊ではないことは、松仁大師にも分かったが、素空が敢然と結界の中に踏み込んだことで、すべてを読み通していたことに思い至った。
夜半を過ぎた頃、素空の前の霊が藪の奥へと消えて行き、護摩法要が終わった。
3人の僧は無言のまま観音寺に帰って行くと、周りの人々も家に戻り始めた。
おウスは胸に仕舞っていた懐地蔵がドンと言う重みを持ち、金色に輝くのを感じた。横にいた亭主に微笑み掛けると、おウスの懐を突き抜けて亭主の目に金色の微かな光が射し込んだ。2人は顔を見合わせて微笑んだ。
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