光対光、ヒト対ヒト

敵性体フィーンズの脅威』云々という理由で、地球統一政府ユニファイド・アース地球人類圏ヒューマノフィア全域に戒厳令を敷いて、もう20年ほどになるという。俺はその頃まだ物心ついてなかったんだが。

 確かに敵性体は俺たち小惑星帯人アステロイディアンにとってもヤバい。折角採掘した希少鉱物レアメタルも、運搬船ごと敵性体に砕かれりゃ命ごと御破産になる。

 だが、だからと言って戒厳令敷きっぱなしでいい訳もない。小惑星帯も、火星も、木星圏も、戒厳令がなければとっくに自治権を付与されてるはずだったのに、箸の上げ下げまで統一政府に指示される有様だ。

 だから、俺たちは――小惑星帯人は、密かに統一政府の巡天機オービターの技術を火星人マーシアン経由で盗み、独自に改造したのだ。

 全てはこの日、火星以遠圏ファーサイドの自立のために。


※ ※ ※


 地球統一政府軍U.E.S.A.の巡天機――多分『オライオンタイプ』――が、操作盤コンソール・パネルに見えた。さっきの敵性体を迎撃しに出ていたヤツだ。

「オライオン級なら堂艦ホールはアルゴノーツクラスか」

 操舵手ホールマスターのカナが言った。俺たちの堂艦――トロージャンクラス――は政府軍ほど自律化できてなくて、操舵手と指揮官コンダクターの少なくとも二人はヒトが乗ってないと動かない。あちら《政府軍》の艦は一人乗りだと言うけど、流石にそれは体の前に心が参っちゃうんじゃないか、と俺は思う。

「一艦だけならイケるだろ。その間に本隊が、決める」

「そうだな。始めよう、コナタ」

 俺は巡天機に発艦の指示を出す。操作盤に触って、標識アイコンを次から次に艦の外に出す。

「行って来い俺らの巡天機――アガメムノンタイプ!」

 巡天機を出した時点で向こうには気付かれるはずだ。オライオン級に追いつかれる前にアルゴノーツ艦に取り付ければ勝ち確ひっしょうだが、間もなくオライオン級の標識がアガメムノン級の方を向き始めた。

「まあ、そこまで無能なヤツなら敵性体相手に完封とかしねえよなあ」

 しかし、向こうはこっちの巡天機と堂艦については何の情報も知らないはずだ。

「先に仕掛けるぜ。カナ、光流オーロラ出力上げて」

「了解」

 アガメムノン級とトロージャン艦の間に延びた光の束が、より強く、太く輝く。その間に、俺はアガメムノン級を遠距離砲撃形態ロングレンジ・アタック・フォーム変形トランスモーフさせる。巡航速度の出せない鈍重な形態フォームだが、それどころじゃない威力の攻撃を、この形態でだけ出せるのだ。

「食らえ……協奏通底波砲コンバインド・コントラバス・キャノン!」

 平行に並んだアガメムノン級8機から一気に空間波動を放つ。射程距離的にはオライオン級とアルゴノーツ艦を一気に捉えられるヤツなのだが、オライオン級9機が驚きの機動を見せた。巡航形態クルーズ・フォームから二足二腕形態ヒューマノイド・フォームに変形しつつ、堂艦からの光流を引き回し、七色の光の渦を作った。多分腕の力場で光流を制御したんだろう。光の渦で空間波動を防ぎ、凌いだのだ。

「嘘……あんなこと、オライオン級に出来るの?」

「知らねえよ!」

 巡天機側から光流を操作する……カタログスペック的にはそんなことが出来るようには書いてないはずだ。それが出来るのは、政府軍のあの艦の指揮官が、余程丁寧に巡天機側のAIを教育してきたからだとしか言いようがない。

 勿論、それは無茶な動きだ。そもそも光流そのものと空間波動ではエネルギー準位が違う。2~3機ほどは光流を負えなくなっている――機動不全状態になっている。

「Aチーム、強襲形態アサルト・フォームに! Bチーム、支援砲撃形態サポート・フォームで続け!」

 操作盤を手で掃きながらスワイプしながら叫ぶ。遠い側の4機は通底波砲コントラバス・キャノンを格納し二腕を出した姿に、近い側の4機は砲を構えたまま光帆フィンを広げた姿になる。どっちも、巡航に近い加速度と一定の戦闘能力を両立できる形態だ。

 当然、あちらも二足二腕形態のまま、こちらを迎え討とうとする。先ほどの戦闘からすれば、恐らく得物は小刃剣ピッコロ・ブレード中刃剣フルート・ブレードだ。

「Aチーム、長剣オーボエ・ソード、抜剣!」

 それに優位を取れる長めの剣を持たせている。向こうは懐に飛び込みたいはずだが、その隙を与えないまま一撃で離脱するための強襲形態だ。何しろ、こちらは政府の巡天機とやり合うことを考え続けてきたのだ。

 双方の光が舞う。Aチーム4機が、オライオン級とすれ違い様に長剣を振るう。間違いなく命中した、取った、と思った。

「違う! 光流を曳いてない……今斬ったのは機動不全の機体だ!」

 カナが俺に注意を促す。

「急速離脱!」

 思い切り手を振ったフリックした。オライオン級の陰から、もう3機のオライオン級が中刃剣を構えて飛び出してきた。もう少し離脱が遅かったら、刺されていた。政府軍は敵性体のことしか想定してなかったはずじゃないのか?

「Bチーム、牽制射撃!」

 通底波砲を、弱めの出力で、やや空間斜角をバラけさせながら撃つ。あちらが砲撃形態に変形し辛いよう、空間を抑えるのだ。

「コナタ、アレをやろう」

 その様子を見ながらカナが言った。

「いや、アレをやったら光流に回すエネルギーが残らなくなるぞ」

 それは勿論、巡天機の運用が出来なくなることを意味する。そうなれば基本、堂艦は丸裸だ。

「もう本隊の作戦まで時間が無い! 私たちは本隊の迎撃に堂艦が少しでも回らないようにするための囮だ。こちらの脅威を見せて、他の堂艦を誘き寄せる必要がある!」

「それはまあ……そうか」

 俺はともかくカナの命は惜しくはある。即興でこれだけの迎撃が出来る政府軍の指揮官にも興味は尽きない。でも、火星以遠独立運動の大義とどちらの方が重いんだ、と言われれば、俺にも返す言葉は無い。

「……やってくれ、カナ」

「堂艦、変形トランスモーフ!」

 堂艦の操作なので、カナが指揮を執る。アルゴノーツ級に限らず政府軍の堂艦には無い設計思想のはずだ。

 巡天機の母艦でしか無いはずの堂艦自体が変形し、広域戦略兵器となる。それが数に劣る小惑星帯軍の手札だった。

「食らえ――敲空陣ティンパニ・ブラスター

 全方位に空間波動が広がり、敵味方の巡天機を巻き込み、全てを薙ぎ払う……はずだった。

 波動の広がりが、俺たちと巡天機の間で止まっていた。

「――まさか」

 事前に観測出来なかった暗黒領域が、空間波動を塞いでいる。その意味するところはただ一つ。

 敵性体が、来たのだ。

『聞こえるか! 反乱兵!』

 同時に政府軍の公共帯域を使って、通信が入った。恐らくアルゴノーツ艦だ。

『大型の敵性体だ! このままにしておけばお前たちの他の兵にも、地球圏の居住区コロニーにも被害が及ぶ! 私も、お前たちも光流出力をかなり使ってしまっている筈だ。今だけは手を貸してくれ!』

 恐らくそれは、敵指揮官の肉声で、向こうの本隊の意図を汲まない本音で。

「分かった。条件がある」

 咄嗟に返事をしてしまった。

「コナタ!? そんな重要なことを本隊に謀らず――」

「向こうも多分そうだよ。俺はコナタ。コナタ・Tr0103。あんたの名前を教えろ」

『――ケイン。ケイン・スミスソン』

「今だけだぜ! マジで!」

 そうして俺たちは互いの巡天機を、その大型で非人型の敵性体の方に向けたんだ。



 





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オーロラ・オーケストラ 歩弥丸 @hmmr03

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