オーロラ・オーケストラ

歩弥丸

プロローグ 或いは光の戦場

 光流オーロラの出圧を調律チューンする。光の色が紫から青に、黄色に移り変わる。

 想定される巡天機オービターの運用に合わせて調律するのも、指揮官コンダクターの役割だ。

「巡天機の光帆フィン受動ヨシ、四肢アームズ可動ヨシ……」

 戦場の無人化が進んだ結果、堂艦ホールに座す指揮官だけが人間であり、後は機械による自律操作か、本隊からの遠隔操作に限られている。要するに、今この堂艦にいるのは、私一人だけだ。発声しているのは、操作記録マニピュレーション・ログを残すのと、自分自身に対して注意を促すための御作法に過ぎない。

『巡天機、発艦宜し』

 設定は正常でありいつでも作動できる、と堂艦制御系から応答があった。

「巡天機1番隊から3番隊、発艦せよ」

 私は操作盤コンソール・ボード手を振ったフリックした。指さした方向に向かって、巡天機が次々に光を曳いて発艦する。

 教本マニュアルに曰く、『巡天機にとって、光流は通信手段であり、推進力であり、同時に動力源である』。前時代における通信電波・推進ロケット・蓄電池の役割を、光流が一手に担っている。

 仮算定情報シミュレーション・データから実光学情報リアルタイム・オプティカル・データに操作盤を切り替える。そこに映し出される光跡/航跡こそが巡天機と堂艦を結ぶ光流の姿。理屈はどうあれ、七色の光を放って宇宙を飛ぶ姿を、私は美しいと思う。

 詰まるところ、その姿が好きだからこそ、私は指揮官として堂艦に身を置いているのだ。


※ ※ ※


 程なくして、巡天機1番隊が接敵した。

「敵」の正体は定かではない。我々地球人類の文明に敵意を持つ異星の存在、と仮に定義されている。

敵性体フィーンド二足二腕型ヒューマノイド・タイプ6個。こちらも二足二腕形態ヒューマノイド・フォームでの対処を推奨します』

「言われなくても!」

 本部からの遠隔助言と前後して、操作盤の1番隊の標識アイコン触操タップ、二足二腕形態に変形トランスモーフさせた。次いで2番隊の標識を把操ドラッグ、1番隊の「後方」に移動するように指示する。

「1番隊、突撃!」

 操作盤に、敵性体の方向に向けて手を振ったスワイプした。1番隊3機は、手持ち武器・小刃剣ピッコロ・ブレードを構えて敵性体のうち1個に突撃する。

 指令に基づいて、巡天機はある程度自律的に戦闘を行う。ただし、それは事前の指揮官による教導の範囲内でのことだ。

『接近戦においてはなるべく自部隊が多数、相手が少数になる状況を選び、多対1の状況を作れ』

 1番隊にはそのように教導してきた。そして今そうなっている。

 巡天機が小刃剣を選んだのは同士討ちの危険を回避するため、そして一般に巡天機より二回りは大きい敵性体の懐により入り込みやすくするためだ。敵性体は拳を振るうが、三色の光はその巨腕をすり抜けるように螺旋を描き、巌めいた巨体の腹に、脇に、股に飛び込んでいく。

「押し込め!」

 小刃剣が敵性体に突き刺さり、炸裂した。

「よし、離脱だ」

 1番隊を後方に把操、2番隊と入れ替わるよう指示した。六条の光が交錯する。

「2番隊、砲撃準備! 3番隊、2番隊の後ろへ!」

 2番隊の標識を触操。3番隊の標識を把操。2番隊と3番隊はまだ巡航形態クルーザー・フォームのままだ。当然、この状況を敵性体は与しやすいと見る。――本来、格闘戦を行わない巡航形態は、二足二腕型への対処を得意としないからだ。

 だが、そうやって向かってくる敵性体が、既に三発の直撃を受けた半壊のものであれば、話は別だ。

「2番隊、通底波砲コントラバス・キャノン斉射! 3番隊、変形!」

 忙しなく手を動かす。2番隊の放つ空間波動が敵性体装甲と共鳴し、その組成を揺るがす。やがて、敵性体のうち1体――先ほど1番隊に刺されたもの――が崩壊し、爆発した。その爆圧は残る5体の敵性体にも少なからぬ損傷を与えた。

「3番隊、突撃!」

 二足二腕形態をとった3番隊が入れ替わりで前に出る。今度は中刃剣フルート・ブレードである。

『弱った敵の懐を1対1で突け』

 3番隊には、1番隊とは違う教導を与えている。三条の光がまばらに進み、それぞれ別の敵性体と接敵する。

 足を振り回す敵性体がいた。それを光撒いてかわす巡天機がいた。

 拳を飛翔体めいて飛ばす敵性体がいた。それを切り飛ばす巡天機がいた。

 瞳から闇を放つ敵性体がいた。それに手持ち波砲ヴァイオリン・キャノンで相殺する巡天機がいた。

 一つ、また一つ、光が闇を払い、打ち払っている。


※ ※ ※


『完封ですね』

 本隊から通信が来た。

「巡天機を戻すまでが戦闘だろう?」

 私はそう答えて操作盤を見る。1番隊から3番隊まで9機の巡天機が健在のまま戦闘を終えた。光を曳きながら、堂艦に戻ろうとしている。

 本当にこれだけなのか? 第2波・第3波の攻撃はないのか?

 私としては当然警戒はする。仮算定・実光学双方の情報を重ね合わせて推定する。

 やがて、自軍の巡天機9機の光とは異なる光の筋が、操作盤の隅に見えた。敵性体は光を然程反射しないし光を曳かない――動力原理が巡天機とは根本から異なるのだと考えられている。自然天体の光でも届出済み人工天体の光でもないならば、それは。

「本隊! 我が軍以外の巡天機がこの宙域を航行するという情報はあるか」

『ありません。届出済み天体でもありません。光流……それも我が軍の波長とは異なります!』

「何だと!?」

 その返答の意味することはただ一つ。敵性体ではなく、地球人類の中に、我ら地球軍とは「別」の敵がいる、ということだ。

 地球人対地球人の、巡天機同士の、想定されていない戦争が始まろうとしている。

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