ミライヨチ

@2916_gg

夢入り

人が死んでいる。

見慣れないソレはピクリとも動かず、ただじっと白いワンピースをじわじわと赤く染めている。

なぜ何も聞こえないのだろう。

彼女の周りにも、自分の周りにも人がいる。

無数に人がいるはずなのに、話し声のひとつもなく、動きもしない。

精巧な人形というにはあまりに出来すぎている。

この不気味な状況を自覚すればするほど、気分が悪くなる。


何が起きているんだ。

ここは最寄りの駅前の横断歩道。時刻は午後一時頃。

状況を整理するために周りを見渡す。

なぜここにいるのか。さっきまで何をしていたか。

直近の記憶はまるで無く、夢と見紛うほどだ。


夢・・・夢か!

自覚した瞬間、けたたましい音が頭を貫く。

先程までの静寂が嘘のような衝撃に、思わず目を瞑ってしまう。

あぁこの音、聞いたことがあるような・・・。


───────────────────────────


頭に響く音にも慣れ、目を開く。

見慣れた天井が目の前に広がり、音の正体がアラームだったと理解する。

早急に起き上がりアラームを止め、大きく息を吐く。


「夢・・・だよな?」


流れ出ていた血液も、動かない死体も、不自然に固まった群衆。

実際に経験したかのような鮮明な記憶が頭に残っている。

夢から覚めたというより、夢の延長線上にいるような気分だ。


もとより夢を見るタイプでは無いし、見たとしても記憶していることなんてなかった。

これがいわゆる明晰夢であるのなら、気分が悪くてしょうがない。


夢で見た記憶を振り払うように部屋から出てリビングを目指す。

顔でも洗って、パンでも齧れば気も晴れる。


「食欲が、あればいいけどなぁ」


自虐的に呟くがあまり笑えない。

結果的に夢とは、人の死体をマジマジと見て食欲が湧くものだろうか。

誰もいないリビング。テーブルの上には一枚のメモ用紙。


『ご飯ないから

適当に済ましといて』


メモ用紙の下には千円札が一枚。

食欲どころか食べるものもなかったか。

まぁよくあることっちゃよくあること。

両親は共働き。加えて夏休みシーズン特有の昼前起床。

何も用意されずに放置なんてしょっちゅうある。

現在正午を超えた頃。

どこで昼食を済ませようか・・・。


───────────────────────────


「・・・ご馳走様でした」


四人掛けのテーブル席に一人腰かけ呟くと無性に寂しい気持ちになってくる。

昼時のファミレスなんて友達とか家族とかの複数人でくるものだ。

暇を持て余した学生が一人時間を潰す場所ではないのはわかっていた。

店員の視線も冷ややかなものだ。

でも仕方ないだろう。ここのロケーションは完璧なのだ。


駅前という立地。そして夢で見た横断歩道がガラス越しにハッキリと見える。

なぜここにきたかというと、間違いなく夢で見た光景が影響している。

たかが夢で起きたことではあるが、正夢という言葉があるくらいだ。

どうせやることもなく時間を浪費するくらいなら、興味本位で夢を追うのも一興だろう。

あの光景がただの夢で終わるのか。それとも実際に起こるのか。


現在の時刻はちょうど一時を回った頃。

夢の中では分数までは見れなかったから、ここから一時間ほど観察を続けることになる。


横断歩道を眺めながら夢での光景を思い出す。

道路に横たわる小柄な少女。足元まで丈の伸びた白のワンピース。

頭から流れでた血が地面を広がり少女を包み込んでいた。

彼女はどうやって死んだのか。

道路に倒れてたからシンプルに車に轢かれたのか?

交通事故の外傷は頭部に多いみたいな記事を読んだことがある気がする。


冷静に考えると、そもそも死んでいたのか疑問が残る。

あの夢の中は時間が止まっているような感じだった。

血は流していたが、それだけで死んでいるとは限らない。

事故が起きただけ。倒れていただけなんじゃないのか。


夢で見たあんなワンシーンだけで色々な想像が広がる。

実際には何も起きないかも知れないのに。

リアルな夢を見ただけでここまで深く考える俺は意外とロマンチストなのかも知れない。


気づけば時間は一時半を回っている。

人通りも多くなり、ガラス越しに見てるだけでは判断が難しくなってくる頃。

飲み物もなくなり、待合席に人も溜まってきた。


「出るか、外」


───────────────────────────


さっと会計を済まし外に出ると、強い陽射しに当てられる。

夏真っ盛りのこの時期、外に出るだけでここまで苦痛とは。

横断歩道の前を目指し、歩みを進める。

白いワンピースを着た小柄な少女を探してひた歩く。

絵面だけで見たら完全に不審者だが、見るだけだ。何かするわけじゃない。

見て、実際に起こるのか確認する。それだけ。



いつの間にかたどり着いていた横断歩道の前に立つ。

既視感のある景色だ。夢で見た舞台はここで合っていた。

しかしいくら周りを見渡しても目的の少女見えない。

もう少し待ってみるか、もう帰ってしまうか。

そもそも夢で見たことが現実で起きるなんてことありえな───


───ぐちゃ


目の前に突如何かが落ちてきた。

何が落ちてきたのか、確認したいのに自分の足音に落とした視線をあげることが出来ない。

初めて聞いた音だった。聞き馴染みの無い何かが砕けるような音。

周囲の喧騒が一際大きくなるが、先ほどの音が耳にこびりついて離れない。


足元に、ゆっくりと赤い液体が伸びてくる。

心臓が大きく跳ね上がり、思わず視線を上げてしまう。

視界に飛び込んできたのは、道路に横たわる小柄な少女。

少女は白いワンピースを身につけており、頭から血を流している。

夢で見た光景と全く同じ状況が目の前に広がっていた。


動悸が荒くなる。視界が霞む。

目の前の惨劇に動揺が抑えられない。

足元がぐらつき、俺の意識はぷつりと途絶えた。


───────────────────────────


これが俺、みやび伊月いつきの予知夢の始まりだ。

この日を境に、俺は眠りに入るたびに今後起こる未来のワンシーンに立たされる。

なにが、どうなって、なにが要因で。そんなことは分からないが、結果だけが夢に出る。


食卓のワンシーンが夢に出れば、今晩の献立を予知できる。

授業のワンシーンが夢に出れば、授業の内容を予知できる。

変わり映えのない自宅でさえ、夢に出れば観察すれば天気なんかも予知できる。


夢で見た未来は必ずしも自分が立ち会う訳ではなく、ただどこかで起こる未来の話。

誰かが怒られていたり、事故が発生する現場のような目にしたくない未来を見ないでいることはできる。


それでは、起こることが決まっている未来を変えることはできるのか。

どう足掻いたところで絶対に起きる未来なのか。

未来を知った俺次第で避けられる未来なのか。


結果的にいうと、変えることはできた。

友人が段差で転ぶ未来を夢で見た時、段差の前で気をつけるように声をかけるだけで友人は段差を難なく乗り越えた。


つまり、のだ。

あの日空から落ちてきた惨劇は、避けられるものだった。

夢の中でもっと観察していれば。何が起きるか正確に予測できれば。

彼女を見つけることができれば。飛び降りを阻止できれば。

ずるずると自責の念が心に住み着いて離れない。


俺はもう二度と、誰も見殺しにしない。


そう決めていたのに・・・。


また夢で、人が死ぬ。


これは、。俺だけの戦い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミライヨチ @2916_gg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ