宇宙一素晴らしく平和で平等で完璧なレストラン

冷やし冷蔵庫

当店は一流シェフによる最高の料理をご用意しております。

厨房はどこもぴかぴかに磨かれていて、広々として、清潔で、完璧だった。

「どうだ?」

先を歩く料理長――今日から僕の上司だ――が得意げに言った。

「これほど素晴らしい設備は、宇宙広しといえどもここをおいてほかにはないだろ?」

僕は宇宙中の厨房を見たことがあるわけではないけど、特に反対する理由もないので「そうですね」と返した。上司の顔色は窺っておくに越したことはない。もっとも、料理長の顔色は水色(ジェパヴィッ系の惑星の人種だ)なので、感情はまったく読み取れなかったが。大きな目がやたらギョロギョロと動くので、慣れれば判断材料になるかもしれない、と頭の中にメモを書く。

料理長に連れられて僕は厨房奥のオーナー室に入った。

「失礼します」

美しいシャナザゥ星人の秘書が僕らを奥のソファに案内する。

「おや、アナタが新人くんですね?」

オーナーは分厚い椅子に座る大柄のイカ、もといオクポラキュ星人だった。

「ようこそ、私たちの楽園へ。ここは宇宙で一番平和で平等で自由で完璧なレストランです。アナタは私たちの難関な試験に見事、突破いたしました。経歴・実技試験ともに、アナタは実に素晴らしかった。今日からシェフ見習いとして、このレストランを盛り上げていってくださいませ」

オーナーの声は朗らかで力強く、オクポラキュ星人の特徴である柔軟な何本もの腕を動かしながら語り上げた。僕は、かつて僕らの惑星の海にオクポラキュ星人に似た生き物がいたことを思い出した。足を割いて炙ると旨いらしい。


オーナーへの挨拶を終えると、料理長は僕でもわかるくらい大げさに水色の顔を歪めた。

「まったく、こんな早朝から新人研修なんて、オーナーは人使いが荒いよ。で? おまえ、出身はどこなんだっけ?」

「太陽系、です」

「へえ、ずいぶんとまあ辺鄙なとこから来たんだな」

料理長が鼻を鳴らす。

このレストランは、宇宙でも有数の巨大ターミナル惑星の衛星に位置する。つまり宇宙の中心地だ。いっぽう僕の生まれた太陽系は、最近ようやく大宇宙連合に所属したばかりで、いわば田舎も田舎だった。ここのような超一流レストランのシェフに合格したのも、太陽系では僕がはじめてだという。

ほとんどの料理がAIによって自動化された今、シェフになる道は狭く厳しい。手料理はごく一部の富豪の娯楽で、そんな彼らの舌と好奇心を楽しませるのがシェフの仕事だ。

僕は一流のシェフになるために長い間勉強してきた。たくさんの試験や訓練を経てようやくここまでたどり着いたのだ。なかなか新人をとらないこのレストランの試験に合格したのは奇跡に近い。ここ十数年の間に太陽系から富豪と呼べるようなビジネス成功者が現れはじめたことも、僕にとって追い風となったのかもしれない。

「まあどこ出身でも関係ねえ。ここは宇宙中のあらゆる客が集まる多星籍なレストランだ。腕さえ良ければそれがすべてだ。そうだろ?」

「はい!」

僕は力強く頷いた。

このレストランに就職を決めてよかった。

今まで太陽系出身ということでバカにされたこともあったけど、田舎者だろうとなんだろうと実力で判断してくれる職場ならば、こんなに最高なことはない。

もちろん採用されたからといって慢心してはいけない。ここでは僕はただの見習いだ。自分に言い聞かせる。僕は一流のシェフになるのだ。

太陽系の隅っこでネズミが猿に、猿からニンゲンに進化したように、僕らは常に進化しつづけなければ生き残れない。仕事は常に全力に、だ。

「このレストランの食材の多くは自家製で賄っていることは知っているか?」

「……はい」

ホームページにはひととおり目を通してある。付け焼き刃の知識によると、このレストランは小さな衛星全体を所有しているらしい。レストランの立っているこの場所以外の土地には、多種多様な食傾向を持つ宇宙人たちをもてなすためのありとあらゆる食材を飼育・栽培しているという。ホームページではその自由な完璧さを誇り、長々とアピール文が綴られていた。

【当レストランは、あらゆる出自・人種に関わらず、お客様の求める最高の料理をご提供します】

「タイヨウ系人種なら野菜は扱えるだろうな? 早速だがお前には今から野菜の【捕獲】をしてもらうぞ」

そう言って料理長は僕に必要な野菜一覧をよこした。

結構な数だった。

「これ全部ですか?」

「食材は何でも捕れたてが一番だからな。なに、うちの野菜は温室育ちでおとなしいから心配するな。お前、野菜捕獲資格はあるんだろ?」

「……一応」

僕はあいまいに頷いた。履歴書に嘘はついていない。捕獲方法は学んである。

だけど本当を言うと僕は、仕事で野菜を捕獲したことは一度もなかった。

僕の生まれ育った太陽系では野菜は動きまわるものではなかったし、前働いていた店はここほど高級店ではなかったから食材は外部から購入していた。野菜の捕獲は資格の実技試験でやったきりだ。

「一応? 本当にできるんだろうな?」

料理長のぎょろりとした目で睨まれたら、僕は「はい」と答えるしかなかった。

ジェパヴィッ系の顔はどうも苦手だ。

とはいえ初出勤、初仕事だ。どうにか成功させなければならない。ここが僕の第一歩。

最高の料理人になって故郷に錦を飾るのだ。


僕たちは厨房の裏口から外の通路に出た。ガラス張りの通路からは、見渡すかぎり建物が並んでいるのが見える。どうやらすべてが食材生産場のようだ。

「ちょっと待ってろ」

料理長も僕と同じ防護服を着はじめた。

「ここから先は、おれもこれを着ないと死んじまうからな」

料理長が僕と同じ銀色のヘルメットを被った。顔が隠れただけで、なんとなくさっきより怖くなくなった気がするから不思議だ。

防護服は重力・大気・気圧その他あらゆる環境を自動で最適に調整してくれる優れものだ。僕のように辺境の星で生まれ育った人種でも、全宇宙のどの星でも生活することができる。僕ら太陽系人種が宇宙に進出できたのもひとえにこの防護服のおかげだった。

だからこの防護服を着ているときは、僕はほんの少しだけ強くなれる。同じヘルメットをかぶった料理長も仲間のような気分になってくる。

まあ、言うまでもなく気のせいなんだけど。

防護服を着た料理長は、出口近くにある白いオープンカーに向かってまっすぐ先に進んでいった。

「乗れ。食材調達のときは、この車に乗って移動する。なにしろ広いからな。迷うんだ」

料理長から使い方を説明され、AIによる自動運転で僕らは迷うことなく目的の温室まで着いた。人工的な道は囲碁盤みたいにまっすぐだった。

「次回からはおまえひとりでやるんだからな。やり方をちゃんと覚えておけよ」

と料理長に釘をさされ、あわてて端末にメモをとる。

温室はちょうど地球でいうところの”トウキョウドーム一個分”くらいの広さだった。僕は本物のトウキョウドームを見たことがないけれど、大昔に広さの単位として使われていた名残から、今もそんな言い回しをすることがある。そんな言葉が僕らの星にはいくつも残っている。

ドームがあった時代のことを、僕は情報でしか知らない。その場所ではスポーツをしたりイベントをしたり、歌を歌ったりしていたらしい。

その頃の僕たちの先祖はどんなものを食べていたんだろうか。今よりずっと狭い世界で、自分たちが宇宙の果ての果てにいることも知らなくて。

遠い宇宙の真ん中で野菜を捕獲するために防護服を着ている僕は、ご先祖様にしてみればさぞ愚かに見えるだろう。

広い温室内の畑は、僕の胸くらいの高さの金属柵で囲われていた。

「それ電流流れてるから気をつけろよ」

と料理長が言った。

僕はあわててその柵から離れ、先輩の後ろにくっついた。

「そんなにビビるんじゃねえよ、その電流は野菜たちの品質に影響はないものだから。万が一野菜たちが触っても、ちょっとびっくりするくらいだ」

「僕が触った場合はどうなるんですか?」

「さあ? 死ぬんじゃないか?」

「死にたくないんですが?!」

「そうか? そんじゃおれの言った手順は守ることだな、新入り。まずはそこの倉庫から、必要な道具をとってこい」

料理長に言われて、入り口横の倉庫から必要な道具をとった。

捕獲網、根の切断用電気包丁、特殊靴底、カゴ。

「よし。いいか、野菜は傷つけず、生きたまま捕獲しろ。こればかりは機械に任せられないんだ」

料理長の念押しに、「はい」と僕は返事をした。

このレストランでの初仕事だ。失敗はしたくない。

僕は防護靴の上から特殊靴底を取り付けて、網を握りしめた。柵の出入り口を認証キーで開けて、緊張しながら中に入る。

中のやわらかい土を踏みしめる。畑の土だ。

栄養のつまった土と、等間隔で並んだスプリンクラー。

そして土の上では――野菜たちが自由に蠢いていた。

僕の故郷の野菜の四倍くらいおおきな人参やじゃがいもたちが、根を足にして、ゆっくり、ゆっくりと這うように、広い畑を移動している。

「すごいだろ? ここじゃ放牧で野菜を育ててるんだ」

料理長が自慢げに言った。

現代宇宙では、根を土に固定した大量生産型の野菜飼育が主流だ。そのほうが安価だし、機械での捕獲もたやすい。

だけど野菜たちが自ら考えて足根を動かし、歩いて土の栄養を食い、水を吸う放牧は、味が格段に上がるのだ。さすがは超一流レストランといったところか。当然、飼育も捕獲も手間がかかるし金もかかるけど、ここで育った野菜で作る野菜スープはさぞ美味しいことだろう。今から調理が楽しみだ。

僕はリストを確認しながら、ちょうどよい大きさに育った野菜を見定めてゆく。

いい野菜を見定めたら、次は捕獲だ。捕獲はもっとも神経を使う。野菜には視力はないものの、地面の振動を感知するので、振動を抑える特殊靴底が役に立つ。慎重に気配を消して近づいて、足根を電気包丁で切る。網で捕獲、カゴに入れる。

「ふうん、悪くねえじゃねえか」

料理長が後ろから覗きこむ。

ひとまず及第点をもらえたようだ。ヘマをしなくてよかった。

「その調子ならあとはひとりでできるよな? おれは先に戻るから、帰りはそこにもう一台ある車を使え。全部終わったら厨房までもってこいよ」

「わ、わかりました」

料理長はそれだけ言うと、さっさと車に乗って去った。

慣れないだだっ広い温室に一人取り残されると、なんだか急に不安になってくる。足元で野菜の蠢く音だけがする。野菜たちを育てる人工光が燦々と降り注いでいる。

僕は本当にこのレストランでうまくやれるんだろうか。一流のシェフになれるんだろうか。やわらかい土は僕に故郷を思い出させて、心細さと懐かしさがないまぜになる。

地球のみんなは今頃どうしているだろう。

僕の料理を美味しいと褒めてくれた人たち……。

僕は故郷のことを思い出しながら、動く野菜を捕獲していった。

野菜たちは僕の気配に気づくと這いながら逃げ惑うので、必要数を捕獲したらそれだけで汗をかいた。


作業を終えて車に乗ると、道の途中で車が止まった。

設定をなにか間違えたのだろうか。

あれこれパネルを触ってみるけれど、車はそこで止まったままだ。

料理長の説明を思い出しながら首をひねる。もっと細かくメモを取っておくべきだっただろうか。

直線の長い道の続く先を見ると、帰るべきレストランがそびえ立っている。車についている通信機で連絡を取るべきだろうか。料理長の怒る顔が目に浮かぶ。

迷っていると、ふとどこからか、歌が聴こえてきた。

なぜか懐かしく、子供の頃に聴いた歌に似ていた。

先ほどすっかり郷愁気分になってしまったせいだろうか、幼稚園児の頃に歌った歌を思い出した。大昔からご先祖様が歌い続けていた伝統的な童謡だったと思う。

僕は思わずその歌声に聴き入った。歌が幼い頃の記憶とともに頭の中を駆け巡る。

歌詞は思い出せない歌を、僕は口ずさんだ。

「どうしたんですか、こんなところで?」

急に声をかけられて振り返ると、そこにはオーナーが立っていた。あいかわらず朗らかな声音で、何本が足で何本が手かはよくわからない。オーナーは防護服をつけていないので、この環境下でも生活できる人種なのだろう。

「す、すみません! 急に車が動かなくなってしまって……」

「どれどれ?」

オーナーは気さくなようすでオープンカーのパネルを覗き込んだ。

「ああ、これはここをこうして……ほら、ここを設定しなおさないと、前の設定が引き継がれてしまうんですよねえ」

「あ、ありがとうございます……」

オーナーじきじきに丁寧に操作を説明してくれたことに恐縮する。

さらに言えば料理長から聞いていない説明だったので、最初から僕にはどうしようもなかった。あの水色顔を恨むこととする。

「よし、できた。これで帰れるでしょう」

オーナーの声と同時に、先ほどの歌声がまた聴こえた。

「……あのう」

「なんでしょう?」

「この歌声って、どこから聴こえてくるんですか?」

「歌声? ああ、これはすぐそこの飼育室ですよ。朝になると鳴く習性があるようでねえ」

「食材がこの歌を?」

「食材だって歌くらい歌いますよ。アナタだって歌うでしょう?」

「まあ……ごくたまには」

先ほど懐かしくて口ずさんでいたことがちょっとだけ恥ずかしくなる。

「野菜の捕獲をしてくれたようですね」

オーナーが荷台に積んだカゴを見て言った。

「あ、はい。放牧野菜なんて初めて見ました」

「あの畑は素晴らしいでしょう! もちろん味も格別ですよ。いずれアナタにも調理してもらうことになるでしょう。ここではあらゆる食材が、最高の状態でいつでも食べられるようになっているのですから」

「……そこの飼育室では何を飼育しているんですか?」

「ああ、それは、――……いや。待ってください。アナタは確かタイヨウ系の……」

言いながらオーナーがなにやら端末を弄って、首を振った。

「申し訳ありませんが、アナタはそちらの飼育室への立ち入りはできません。中を覗くことももちろんのこと、飼育内容も一切お教えできません」

「それは……僕が新人だからですか? それとも、太陽系出身だからですか?」

さきほど料理長にも田舎と揶揄されたばかりだったので、僕は勢いでそう訊いた。

これまでも幾度となく野蛮人、田舎者と馬鹿にされてきた。店で露骨に差別を受けたこともある。一流の料理人になってそいつらを見返してやりたいと思ってきた。この自由で平等で完璧なレストランなら、それができると信じていた。

「そうじゃありません。このレストランでは、どの料理人にも、必ず、入れない場所があるんです」

「それはどういう――」

そのときだった。

ドォン、と遠くで爆発のような音がする。

「えっ……?」

音の方を振り返る。

同時にオーナーの端末が鳴った。

「もしもし。……ええ。さっきの爆発は何? ……なんですって? それで? 犯人は捕らえたんでしょうね? ……そう、ならよろしい。早急に後始末をしてください」

オーナーは険しい声色で通話を切った。明らかに尋常じゃない。音のした方から煙が上がっているのが見える。

「なにがあったんですか?」

「わたくしの秘書が、テロ未遂を起こしたそうです」

「テロ?! あの、秘書ってさっきお会いした方ですか?」

「ええ、そうです。シャナザゥ星人の彼女」

「どうして……」

親切で真面目そうな秘書だった。テロ未遂なんてとてもしそうには思えない。

「彼女、『入れない場所』に侵入しようとしたようでねえ」

オーナーが言った。また『入れない場所』だ。

僕はまたあの飼育室を見た。懐かしい歌声の聴こえたあの建物を。

「入れない場所って、いったい何なんですか?」

「いずれ知る日も来るでしょうが、知らないほうが良いこともございましょう」

「だけど――、」

そこに、事務スタッフらしき人が走ってやってきた。防護服で顔は見えないが、身長が僕の半分ほどの人種らしい。

「オーナー! 捕らえたシャナザゥ星人はどうしますか?」

「ちょうど今日はニフジプ系よりお得意のお客様がお越しの予定でしょう? お出ししてはいかがですか」

「かしこまりました。ニフジプの方でしたら刺身がよろしいでしょうか? 見たところ脂身も少なそうですし」

「ええ、そうしてくださいませ」

小さなスタッフはそれだけ言うとまた小走りで去ってゆく。

その小さな姿を僕はただ黙って見ていた。

オーナーは僕の方を向いて、またあの朗らかな声で語りはじめた。

「宇宙は果てしなく広く、本当に多種多様な人種がいますでしょう」

僕は歌を忘れたカナリアみたいに、呆然とオーナーの顔を見ていた。

「アナタのように遠い遠い銀河の果てからも、お客様はお越しになる。あらゆるニーズにお答えできるよう、わたくしは常日頃、心を砕いているのです。するとどうしても、それぞれの『入れない飼育室』が生まれます」

僕の頭の中心では、先ほどのオーナーたちの会話が鳴り響いていた。

「秘書の方はどうなるんですか」

僕は震える声でそう尋ねた。

オーナーは表情を変えず、粛々としたようすで、

「アナタは食材になる生物と食材ではない生物、その違いはなんだと思いますか?」

と言って、何本もの腕を揺らめかせた。オクポラキュ星人は本当にイカによく似ている。

「手の数も、目の数も、身長も、これだけ多様な人種の渦巻く宇宙では、その指標はたったひとつ。意思疎通ができるかどうかです。今のわたくしとアナタのように、対話による相互理解を行えるかどうか」

オーナーは変わらない口調でそう言った。

「では犯罪者はどうです? テロリストは? 真面目にコツコツと生きてきたわたくしには、凶悪な犯罪者なんて微塵も理解することはできませんでしょう。それを彼女もよく分かっていたはずなのに。残念です」

そう言ったオーナーは心から残念そうな声をしていた。

「……秘書さんはどうして、『入れない部屋』に入りたがったんですか」

「そもそもわたくしがどうして『入れない部屋』を作っているのかをお話しましょう。簡単なことです。このレストランには、あらゆる宇宙の食材が揃っているのです。そして宇宙は果てしなく広い。ある惑星で人気の食材が、別の惑星から来た従業員とよく似た外見をしていることは、非常によくあることです。そして誰だって、自分や自分の家族と似た生き物が食材として飼育されているのを見るのは嫌でしょう?」

オーナーは優しく諭すような言い方で僕に語りかけた。オーナーの後ろで、ずっと歌声が聴こえていた。

「……そのよく似た生き物を見るために、秘書さんはテロを?」

「あるいは、見てしまったのかもしれません。進化の偶然が少し違えば自分だったかもしれない生き物たちを。それは人によっては、暴動に突き動かすほどの衝撃があるかもしれなのです」

僕はオーナーの後ろの歌声を聴きながら、シャナザゥ星人の秘書の姿を思い出した。シャナザゥ星人はピンク色の鱗の肌をしていた。ちょうど地球の鯛のように美しい色の鱗だった。

「だから新人くん。そこの飼育室にはくれぐれも、入らないように。ね?」

オーナーの声が少しだけ低くなる。

「……わかりました」

僕はそう答えるしかなかった。歌声はもう聴こえなかった。代わりに誰かの視線を感じた。

僕の「入ってはいけない」飼育室の隣には、それより二周りは大きい飼育室が建っていた。

「隣の飼育室は、何の生物なんですか?」

「すみませんが、そちらの飼育室もタイヨウ系のあなたは立ち入りできません」

オーナーはそう言ったあと、ふとなにか思いついたように手を動かした。

「……が、まあ、出窓から覗くくらいならよろしいでしょう。ご覧になりますか?」

僕が頷くと、オーナーは出窓の鍵を開けて僕に促した。

「特別ですよ。あなたの先祖はかつて、『喰われる』側だったそうですからね」

僕はおそるおそる、出窓を覗き込んだ。

小さな出窓から、広い飼育室で食材たちがうごめいているのが見える。食材たちはどれも地球のニンゲンによく似ていた。かつて地球を支配していたニンゲンと同じような肌の色で、どれも服は着ていないまま、柔らかい土の上を歩いている。はるか昔ニンゲンたちは宇宙からの侵略者に味を気に入られて滅びたらしいけれど、その侵略者たちの子孫もこのレストランに客人として来るのだろう。現在では未開の土地の生物を乱獲して滅ぼすことは条約で禁止されているから、ニンゲンの生き残りたちはどこかで保護されているだったが。

僕の先祖たちは遠い昔、そのニンゲンたちに味を気に入られて飼育され、喰われていたという。

だけどそんな大昔のことなんて、正直僕にはわからなかった。

飼育室のニンゲンたちは他の食材と変わらず自由に放牧されている。何も知らないのかもしれないし、知っているのかもしれない。

お客様に喰われるために収穫されるその日まで、この飼育室を出ることはない。

この衛星にずらりと並ぶ完璧で安全な飼育室の中には、宇宙のあらゆる食材が揃っている。

あの歌声の飼育室ではきっと、僕によく似た食材が飼育されている。

遠く遠く先祖の鳴き声が、僕の頭の中で鳴っている。

cock-a-doodle-doo、朝の歌声。

フライドチキン、チキンナゲット、鶏の唐揚げ。地球にかつてあったメニューの名前。

遠い耳鳴りを聞きながら、僕はずっと憧れていた厨房に戻ることにした。

今日からそこが僕の最高で完璧な仕事場なのだった。


end.

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