第22話 B.B.B
ひと月以上が経過した。
俺はチャットでてりぃ先生に相談する。
〈オイスター先生の勢い、なんとか止められないもんですかね〉
〈そんな方法は知らん。それに止まらんだろ。このあいだ会ったときはやたら君に対して「絶対にトドメさしちゃる」と息巻いていたぞ。彼女になにかしたのかアルマジロ先生?〉
「告白への返事をまだしてないくらいで……血も涙もねえ!」
俺は天井をあおいでぼやく。
秋葉原で会った翌日から、ほんとうにオイスター先生の攻勢が始まっていた。
攻勢といっても単純だ。
つまり……あいつは、投稿頻度を上げた。
『お仕事一段落したからねー! しばらくは趣味の絵をばんばんアップしまーす!』
そんな台詞とともに、オイスター先生はチュイッター上に自分の絵をばらまき始めたのだ。
背景まで描きつつ二日に一度。ときには一日一度のハイペース。
チュイッター上でもっとも受けのいいジャンル、すなわち美少女イラストで。
水着。下着姿。チラ見せ。バニーガール。彼シャツ。横乳エルフ。巨乳ケモミミメイド。
ありとあらゆる
それを画力と速度にまかせて、ハイクオリティでどんどん投下してくる。
容赦も手抜きもないゴリ押しの弾幕。
B.B.B。
オイスター先生のチュイッターアカウントのフォロワー数は、いまや七十万人に達しようとしている。
俺のフォロワー数は6778人。
絶対数で百倍以上の大差をつけられている。このひと月半で増えたフォロワーの数もあっちのほうが多い。
――本気で叩き潰してあげる
オイスター先生の声が耳奥によみがえる。
目頭を押さえたあと、俺はさらに嘆いた。
〈一部の数字を切り取ってむりやり俺の勝ちと言い張ろうにも……付け入る隙が微塵もないんですよね、このままだと。
圧倒的な質と量で攻められるってのは、精兵しかも大軍の敵を相手にするみたいなもんですよ。奇策で一発逆転する余地もない〉
〈戦記ものラノベ作家らしいたとえだな。だが、量だけならば君も食らいつけるのではないか? 手の速さには自信があるだろう。
チュイッター漫画をこのあいだまでどんどんアップしていたではないか。あの質をあの速度で送り出せる創作者はそうそういないぞ〉
珍しいてりぃ先生からの励ましの言葉だったが、
〈……それが、アイデアが切れたんですよ……〉
俺は頭を抱える。
漫画の弱点が出ていた。手がどれだけ速くても、まずネタがなければどうしようもないのだ。
〈もともと持ってたアイデアは最初の半月であらかた消費してしまいました。
そのあとは必死でひねり出して思いつく片端から漫画にしてました。
でももう打ち止めです。腰を据えて数週間はインプットしないとなにも思いつきそうにない。
戦争でいうと弾薬が枯渇してるんです〉
〈戦記はよく知らんが聞くほど勝ち目がないな。降伏したらどうだ?〉
〈降伏したら俺は尊厳を失うんです!〉
首輪つけてペットとして飼われる……いやさすがにオイスター先生も本気でそこまではすまいが……
少なくとも、俺といっしょに住んで養うつもりらしい。
ヒモっていうんじゃないのかそれは。
〈どうせ痴情のもつれだろ。悪いようにはされないだろうし、別にいいんじゃないか?〉
何もかも見透かしているのか、てりぃ先生の醒めた指摘が心に刺さる。
くそっ、事実が含まれてるだけに言い返しづらい。
ていうかだな……
何が嫌って、あいつに飼われるのがそこまで嫌じゃない自分が嫌なんだよな……
――いいじゃん別に。オイスター先生とくっついて養ってもらっちゃえば。
――貯金もそろそろ尽きる頃じゃん。どうせ一人暮らしなんてできなくなるって。
――小説は書けないし、絵は収益化するのにまだかかりそうだし、どのみち外部の助けが必要だって。
――それに、あいつはかわいいし。
心の声が「合理的に考えてもうヒモでいいじゃん」と囁いてくる。
〈ちなみに、勝負の期限とかあるのか?〉
〈あと三日ですね〉
〈あきらめるしかないのでは?〉
完全に俺を見放したとおぼしき言葉がてりぃ先生から送られてくる。
俺は机で頭を抱えた。
明後日は菅木の誕生日。その翌日が期限だ。
「だめだな、打開策なにも浮かばない……こういうときは夜アイスでも食べて気分転換するか」
半分以上やけっぱちで、俺は近所のコンビニにでも行こうと立ち上がった。
その瞬間、スマホにチャットアプリの着信が入った。
なんの気無しに手に取り、表示された名前を俺は見る。
――西条緋雨。
>いまからうちに来て
チャットには、そう書いてあった。
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