第21話 告白と宣戦
秋葉原駅。改札の先、電気街口にオイスター先生は待っていた。
夏用のブラウス、ゆったりしたオーバーオールに鹿撃ち帽。白のシューズを合わせて、ボーイッシュな装いである。
オーバーオールのポケットに手をつっこみ、柱に背をあずけて立つその小柄な姿は、凄く可愛い男の子に見えなくもない。目立つ胸の存在さえなければだが。
「よう、一週間ぶりだっけ」
歩み寄り、俺は平静をよそおって声をかける。表情や態度にぎこちなさが出ていない自信はないが……
オイスター先生はびくっとしてこっちを見る。固まった彼女と目を合わせないようにして俺は「えーと昼時だし」とつぶやく。
「よければ先に飯でも食わねえ? 『
「…………や、やっぱり帰る……」
もごもご小声で言われて、「えっ」と俺の口から困惑の声が出る。
「お、おい? おまえの知り合いのイラストレーターが秋葉原で個展やってるから見に行くって話だったよな。なんでいきなり帰るんだよ」
「そんなの呼び出す口実だったに決まってるだろ! こないだのこと、覚えてるか探ろうとしたんだよっ! こっちは目覚めてからこのかた『やっちゃった』と死ぬほどじたばたして、『もしかしたら覚えてないかも……』って望みをかけて今日ようやく呼び出したんだからな!」
おまえな……
逆に聞きたいが、中学からの親友と思ってたやつに告白されたことを忘れられるか? 好き好き大好きとあれだけ連発されて記憶から消えるわけあるか。
「はっはっはなんのことだ? あの日の記憶はあいまいで……」
でも一応知らぬふりをしてみる。とたんにキレられた。
「会うなり露骨に目をそらしといて、そんなすっとぼけが通ると思ってんのっ!?」
ですよね。ポーカーフェイスは苦手なんだよな……
地団駄を踏んだオイスター先生が両手で顔を覆う。その手の指の隙間から、彼女が発火しそうなほど真っ赤になっているのが見えた。
「普通にしようとしたけど顔見たらやっぱ無理、うああこれ無理っ、むしろなんで十郎はそんな極悪度マシマシチベットスナギツネみたいないつもの顔してんのさ!」
「そりゃまあ、俺が告白したわけじゃねーし……」
それと人多いとこで俺の顔をディスるのやめない? 泣くぞ。
オイスター先生が顔から手を離す。泣きそうに歪んだ赤い顔。うーっと唸り、
「……告白、なかったことにする!」
突然、そんな宣言をした。
「なかったことっておまえ……」
さすがに無理があるだろ。
「だいたい眠くて朦朧としてたし! あの日にあんなふうに告白するつもりなんかなかったし! なんであんなときに来るんだよ十郎!」
「俺のせいかよ!?」
多忙の直後に行ったのはたしかに悪かったけどさ!
「あれは事故! ぼくはあの日のこと忘れるからっ、十郎も忘れて! いい!? 十郎はあの日うちに来なかった、ぼくらにはなんにもなかった! ハイ解決っ!」
やけくそ気味に叫ぶオイスター先生だが、俺は一瞬(それもいいかも)と考えた。
あの告白は聞かなかったことにすればいい。
これまでどおり友達として、お互い馬鹿やれる間柄でいればいい。
だっていまの関係は楽だし、居心地がいいし――
そう思っているはずなのに。
俺の体は前に出ていた。右腕を伸ばし、オイスター先生の後ろの壁にとんと手をつける。彼女を壁に押し付けるようにして、間近でのぞきこむ。
俺を見上げるオイスター先生の目が丸くなっている。
「なかったことにしていいのか? ほんとに?」
「う……あ、」
互いの息がかかる間近でオイスター先生――菅木があえいで震える。おののくように。恥じらうように。
「答えろよ。俺のこと好きって言ったのは、ありゃ嘘か?」
低い声で問いただす。なんでそんなことをしているのか自分でもよくわからない。踏み出せば、これまでの関係が壊れかねないのに。
一方的で勝手な言い草に腹がたったのか、
おまえはほんとうにそれで後悔しないかと聞きたかったのか、
あるいは、菅木を追いつめて、
「う……嘘って、わけじゃ……」
「じゃあ、どうすんだ?」
こういう「女の顔」を引き出すことに、たまらない疼きを感じたからか。
弱りきったように菅木は長いまつげを伏せ、口を何度か開け閉めし、それから、俺のシャツのすそを握りしめた。
「……嘘じゃ、ない」
いまにも消え入りそうな小さな声。
「なかったことにもしない……だから、」
「おう」
「ちゃんとコイビトに、なりたい、です。
じゅ、十郎の……カノジョに、して」
初めて顔を合わせたときのような、上目遣いの気弱なまなざし。
夕日色に染まった顔。震える手。つかまれたシャツを通してその震えが伝わる。
言わせたという実感が湧き、興奮で俺の血管がどくどくと鳴る。
俺はひとつうなずき、
「……………………わるい、まるで答え考えてなかったわ。
しばらく待っててもらっていい?」
オイスターパンチはアッパーで顎にきた。
舌を噛んでしまい俺は悶絶して転がりまわる。怒りの表情になったオイスター先生が視界の端に仁王立ちしている。
「な、なにすんひゃ、おま……舌が……」
「ぼくには強引に迫って恥ずかしいこと言わせといて『考えてなかったしばらく待って♡』とかナメてんの!?」
「
「どうせ西条さんでしょ! 十郎はあの人だーい好きだもんね!」
痛いところを突かれて、俺は自分の目が泳ぐのを自覚した。
「いや……先輩とは、そのことは関係ない……わけじゃないがおまえの思ってる意味とは違うっていうか」
「……ほんとに西条さんが理由なんだ」
静かな声。見るとオイスター先生はうつむいて拳を握り、ふるふると震えていた。
誤解はやめろ、と俺は言いかけるが、なんと説明するべきかわからない。
俺が緋雨先輩のことを気にかけていて、そのためにオイスター先生からの告白を踏み込んで考えきれなかったのは確かだ。
だがそれは先輩が「書けない人」になってしまっているからで、今はそれをなんとかするのが最優先事項だと思っているからだ。好きかどうかは関係ない……たぶん。
けれど、先輩の秘密を勝手に明かしてまでオイスター先生に説明するわけにもいかない。結局、なんというべきかわからず時間が過ぎ、
「……それでも知ったことじゃないから!」
オイスター先生は顔を上げ、涙をためた目でぎっとにらみつけてきた。
「あと一ヶ月半したら、十郎には約束通りうちに来てもらうから!」
「え?」
「なかったことにしようたって無駄だからな! 『絵でぼくに勝てなかったら奴隷になる』んだよ? その約束してからあと一ヶ月半で一年だよ! 十郎はぼくのものになるし、当然いっしょに住むんだよ!
……約束したんだよ? 守ってよ?」
不安そうに、またオイスター先生がシャツのすそをつかんできた。
「ぼくのこと、すぐには西条さんより好きにならなくたっていいから……だから約束、守ってよ。ぼくのとこに来てよ。
で、でなきゃ、ゆるさないから……」
「待てよ……ほら……その……」
俺は焦る。情緒不安定なオイスター先生を止める言葉を探し、
「まだ俺が絵のなにかで勝つ可能性もあるだろ?」
「ないよ」
「き、決めつけんなよ! 夏コミ完売してみせたし、チュイッターもフォロワー数どんどん伸びてるし……」
「ふうん……そこまで粘るつもりなら」
オイスター先生の声が剣呑な響きを帯びる。
「なら残り一ヶ月半――ぼくも本気で相手してあげる。
本気の本気で、実力の差を見せながら叩き潰してあげる」
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