第18話 同人即売会に行こう!〈緋雨編〉


「売れねーなあ……」


 俺はあきらめのため息をついた。オイスター先生のようには、やはりいかない。


 梅雨時の東京、池袋サンシャインシティ。

 俺は同人即売会に出ていた。オリジナル創作中心の即売会だ。

 新人絵描き「アルマジロ」自身のサークルとしては初。

 昼過ぎ、現在の頒布数は──わずか十部。


 横に座っている美しいひとが、慰めるようにそっと言ってきた。


「がっかりするには早いんじゃない、十郎くん」


 俺は緋雨先輩に、今日の売り子を頼んでいた。

 駄目元で言ってみたことだが──まさか受けてくれるとは思わなかった。

 緋雨先輩が言葉を続ける。


「コミフィ以外の即売会だと、コミフィで売れる部数の三分の一以下の売れ行きだというじゃない。今日がコミフィならもう三十部近く売れていることになるよ」


 ──それじゃ駄目なんです。コミフィでは百部売るのを目標にしてるから……


 つい愚痴を吐いてしまいそうになる。先輩に言ってもどうしようもないのに。

 ぐっと飲み込み、苦笑いして先輩に答えた。


「……ええ、そうですね。まだ午後もあるし、へこたれるには早いな」


 せめてもの強がりだ。

 即売会では開始直後の一時間から二時間がもっとも捌ける。昼を過ぎると売れ行きは鈍る。もう数字は大きく動かない。

 今日の戦果は、このあと多少伸びても総計十五部になるかどうかだろう。


「何が悪かったかな……サークル名『アルマジロの呼び声』ってあまりにも適当だったかなあ……」


 うっかり、またしても弱音が口をついて出てしまっていた。

 だが、


「かわいくていいと思うけど。サークル名」


 うっとうしい愚痴にもかかわらず、緋雨先輩は戸惑うこともなく隣でそう言ってくれた。

 くすっと笑った先輩は、


「有馬十郎でアルマジロ。サークル名がアルマジロの呼び声。うん、おぼえやすいしかわいいな」


「や、やめて!」


 俺は羞恥に顔を伏せた。赤面している自覚がある。くそう、もうちょっと格好いいペンネームとサークル名にするんだった。


「かわいい、かわいい♪」


 くすくす笑いとともに緋雨先輩が手をのばしてきて、頭を撫でられる。やめてくれ。

 ……なぜか俺といい雰囲気になってくれたりするし、先輩もたいがい変な感性してると思う。

 ともあれ、俺は頭を上げて礼を言った。


「……ありがとうございます」


「え?」


「同人誌があまり売れなかったことくらい、たいしたことじゃないなって思えてきました」


 思えばやはり焦りがあった。

 オイスター先生に追いつくにはこれしかないのにこの体たらくか──そんな自分への失望と焦りが。


 ──そうだよな……最近、効率とか勝敗とかにこだわりすぎだ。

 ──初心を忘れかけていた。「楽しもう」だ。創作とイベントを楽しむ余裕くらい持ってなくちゃ。


「ねえ、十郎くん」


 俺がそんなことを考えている横で、緋雨先輩がぺらりと俺の本をめくっていた。


「今日はえっちな本じゃないんだね」


「えっ、いや、さすがにその、そういうジャンルだったら売り子頼んでませんよ?」


「てっきり私の写真使って描いた本を売らされるのかと覚悟していたのだけれど……『ヒロインと同じ服着てください』とコスプレとかもさせられるかと」


「俺をなんだと思ってるんです?」


 いや待てよ……その手があるか……次お願いしようかな。

 などと俺が考えているとはつゆ知らず、緋雨先輩は「それは冗談なんだけど」とつぶやく。


「その、このラブコメのショート漫画? のシチュエーションなんだけど。既視感というか、過去に聞いたことがある気がする」


「ああ……その、高校のころアイデアノートにも載せたことあると思います」


「……だよね」


 高校時代、恋愛もののネタを先輩とふたりで練っていた時期がある。

 ふたりでそれぞれアイデアを出し合い、ノートにまとめていた。くすぐったくてふわふわした気分になる、甘ったるく浮かれたあの時間。そのものをノートに閉じ込めるかのように。

 「恋ノート」とも呼んでいたそれの中身には、しらふではとても直視できないような赤面もののこっ恥ずかしいネタが書きつけられている。


 そのアイデアノートがどこにあるかといえば……先輩に持っていてもらったはずだ。捨てたのでなければだが。


「あのノートならまだ持ってるわよ」


 俺の心を読んだかのように、先輩が小声で言った。


「ずっと十郎くんに返してなくて悪いと思ったけど……」


「や、別にいいですって。先輩の思いついたネタのほうがずっと多かったですし。

 そうだそうだ、思い出してきた。俺がひとつ思いつく間に先輩がふたつもみっつも考えてて、しかもそれが読んだだけで顔が熱くなるような絶妙に萌えて恥ずかしいラブコメシチュで。このひとめっちゃアイデア力高いなって感心してたんですよ。恋愛経験ないとはとても思えないほどのクリエイティビティでした。この人こんなえげつないこと考えてるんだって畏怖まであったっていうか」


 なぜか先輩が開いた本に顔を伏せた。耳たぶが真っ赤になっている。


「……妄想癖が凄いむっつりすけべで悪かったわね……」


「言ってないでしょそんなこと!?」


「ふ、ふふ、別にいいもん……部屋のアレ見られたしもう何も恥ずかしいものなんてない…………」


 やめてくんないかなあ! 目撃した電マのこと思い出させるの!

 唐突に、頬を燃やしたまま先輩は立ち上がった。


「あのっ、ちょっと会場を見て回ってくるわね」


 彼女はスペースから出て足早に会場の中心部に向けて歩いていった。

 ……いたたまれなさ溢れる空気に耐えきれなくなったな……別にいいもんとか言っといて……


「……ま、そんじゃ今のうちにちょっと早い反省会ってことで考えをまとめるか」


 思考を切り替え、俺は記憶をしばし過去に飛ばす。

 戦略を変えたのは正しかったのか、もう一度洗い直すために。




〈イラストの出来では、俺はあいつオイスター先生に勝てません〉


 前の即売会の後すぐ、俺はてりぃ先生に相談していた。

 すぐにチャットの返信が来る。


〈勝てると思っていたのか?〉


〈いいえ。でも……以前とは違うんです〉


 敗北感の質が。

 俺の書き込みに、てりぃ先生は〈ふむ?〉と続きを促した。


〈……絵を始めたころは、漠然としていたんです。

 あいつと俺の立ち位置にどのくらい距離があるかわからなかった。だから……どこかで楽観してたんです、なんとかなる可能性だってあるだろうと。

 半年絵に打ち込んで……上手くなるほど、じわじわと実感していったんです。

 あまりにもオイスター先生が遠い。ドラゴンと子犬より実力差がある〉


 あいつは古い友人で、

 元担当イラストレーターで、

 煽り屋のカスで、

 そして神絵師と呼ばれるに足る、当代最高峰の萌え絵技術の持ち主だ。


〈……あいつの画集をもう一度すべて見直しました。以前よりずっと肥えた目で。

 イラストレーターとして、俺はあいつに根本的なところから及ばない。はっきり見えたんです〉


 絵描きの才能があるとするなら、それは描き続ける情熱だとてりぃ先生は言った。

 だが、オイスター先生の「才能」は、おそらく世間がぼんやり認識しているもののほうに近い。才能を持つ者のなかでも抜きん出た才能。

 ただの情熱では勝てない、天賦の画才。

 ただ単純に──うまいのだ。圧倒的に巧いのだ。


 打ち上げでの余興を思い出す。

 オイスター先生がたわむれに、目隠ししてからキャラ絵を描いてみせたあの一幕。

 スケッチブックにスケッチペンで、最小限の線。

 しかし一発描きで出来上がった絵はしっかりと可愛く描かれていた。


 見ずとも描く力。頭が完璧に空間を把握しているか、腕が完璧に線を覚えているか。


〈俺にはあんな芸当はできない。少なくともできるようになるまで膨大な時間を費やさないといけない。でも俺が……仮にこの先何十年か順調に成長したとしても、オイスター先生に追いつけるイメージがない。だってあいつも平等に同じ時間を過ごすんだから〉


 ダニング・クルーガー効果だな、とてりぃ先生が書き込む。


〈実力がなく無知な者ほど己を過大評価し、そこを抜けるととたんに謙虚になる。

 オイスター先生との実力差がわかるならば、君はほんとうの意味で絵描きになったんだ。おめでとう。

 で……凹んで、私に愚痴って終わりか?〉


〈いいえ〉


 俺は即座に答える。

 イラストでは俺は勝てない。それは間違いない。

 だが、絵という分野はイラストだけではない。

 壁にぶつかった、否、壁を自覚できたことで、俺は戦略を練り直していた。


〈絵を描き始めて半年以上。チュイッターへの絵の投稿をそれなりにこなしたことで、データが集まりました〉


〈ほう〉


〈てりぃ先生がそうしろといったでしょ。

 ウェブ絵の改善というのは分析戦・・・だと〉


 描いて投稿し、大衆からの反応を分析する。

 長編小説よりも「絵」という分野は完成が早く、見るものの反応も一瞬だ。

 だから──たちまちデータが集まる。


〈俺が描いた絵のうち、チュイッター上で明らかに他より数字が稼げているジャンルがあります〉


 かすかな希望。

 そのジャンルは、


〈以降は「ラブコメ系のショート漫画」を描くことに集中します〉


 しばらく、てりぃ先生からのレスポンスは止まっていた。

 ややあって、〈自分なりの答えにたどり着いたか〉と彼は打ち込んできた。


〈漫画家から言わせてもらうと……漫画には必ずしも最高峰のイラスト技術がある必要はない。アイデア次第で戦える。

 オイスター先生との絶対的な画力差をある程度和らげられるわけだ。

 さらに漫画は見てくれる人が多く、うまくすれば一気にフォロワーを増やせる……たしかに他に手はあるまい。

 ひとつ問題があるとするなら──オイスター先生も漫画家スキルは持っているぞ?〉


〈知ってますよ〉


 それでも、これが俺に見えるたったひとつのやり方だ。


〈そうか。ならばやるがいい。

 絵が未熟なうちに思いつくアイデアを片端から試していけ。

 漫画家は上達が速い──ひたすら描くことだ〉


 というわけで現在の俺は、描いた漫画をチュイッターにどんどんアップすることにしている。

 展開を小刻みにしてチュイッター上で連載するのだ。量がある程度たまったらまとめて本にして、同人即売会で頒布する。

 このやり方にはいくつものメリットがある。


 着実に絵を見てくれる人やフォロワーが増えていく。

 こまめに人に見せて反応をもらっているとこっちの気分もダレにくい。

 自動的に宣伝にもなるので、即売会で買いに来てくれる人が増える。


 その結果は、今日の即売会で明らかになるだろう。

 これは夏のコミフィの前哨戦だ──





「なんて意気込んでいたけど、売り上げ十部だもんなぁ。世の中甘くねーな」


 また落ち込みそうになったが俺は首を振る。


「いや……方針自体は間違ってないはずだ」


 単純に、ネームバリューが絶対的に不足しているだけだ。

 いまの俺の、チュイッターでのフォロワー数は1200人程度。

 同人誌がどれだけ売れるかを予測するのは困難だが、たとえばコミフィならば、フォロワー数の1%の数が捌ければかなり上出来の部類と言われている。


「1%なら十二人。してみると今日の頒布数は妥当な結果か……」


 今日はなにしろコミフィですらない。コミフィ以外の同人即売会だと、コミフィの三分の一にまで売上が落ちるといわれる。

 そう考えると、むしろ好調といっていいのかもしれない。

 なんか元気が出てきた。


「この路線でもっと知名度高めるしかねーな」


 結論が出たところで、もう少し楽しいことを俺は考え始める。

 せっかく池袋まで出てきたのだ。ここを出たら先輩をお茶に……いや、いっそ夕食に誘ってみるのもいいかもしれない。

 空想にひたりながら先輩が戻ってくるのを待つ。


 ──なんか遅いな、先輩。


 少々待ち飽きた。俺は売上だけ財布に回収しておいて席を立つ。同人誌泥棒がいても俺みたいな木っ端サークルをわざわざ狙わないだろう。言ってて悲しくなるが。

 気分転換を兼ねて先輩を探しに会場を回る。


 とあるサークルスペースの前に先輩はいた。スペース内にいる女性ふたりと向き合うようにして。

 けっして友好的とはいいがたい雰囲気で。


「……何してんだ、あれ」


 近づくと言い争いの声が耳に届いた。

 スペース内の女性二人が、緋雨先輩を責め立てていた。


「あなた高校の時、部室でなんて言ったかおぼえてる? 『作家を目指さず、お遊びのつもりでやっているならここに用はないです』って言って出てったのよ」


「あのときみんなどれだけ傷ついたと思う? 高校生よ? 楽しく仲良く交流してちゃいけないっていうの?」


 先輩が肩を縮こまらせるようにしてうなだれ、謝っている。


「……ごめんなさい。あの頃の私は、人の心を考えることができませんでした」


 スペースの中で立ち上がり、先輩をなじっている女性ふたりにはかすかに見覚えがあった。


(あ──文学部の)


 高校の文学部で、部長と副部長だったひとたちだ。

 まずい。先輩は文学部と折り合いがよろしくなかった。

 察するに、会場を歩きまわっていた先輩は、サークル参加していた文学部のふたりとたまたま出くわしたのだろう。どういうふうに話が転がったのかは知らない──が、どう見ても文学部のふたりは、牙の折れた先輩に昔の恨みをぶつけていた。

 文学部の元部長が頬を歪めるような笑いを見せ、先輩に向けて、


「いまさら謝ってほしいなんて言ってないのよ、西条さん。

 謝られる必要もないというか、ねえ?」


 横の元副部長とわざとらしくうなずきあい、


「私たちの活動はお遊びかもしれなかったし、いまもこうして即売会に出るくらいが関の山の作家志望者ワナビだけど。

 でも私たちは恥知らずじゃないのよね。盗作でデビューして大問題になった人ほど」


「私は盗作なんてしていないっ……!」


 ぱっと先輩が顔を上げる。苦しそうな表情で。

 それに対し、文学部のふたりは嗤った。


「うわあ、開き直っちゃった。『あずま沙耶香さやかの「したたる金炎」とトリックも展開も文章の癖まで丸かぶりだ』って書評読んだけど?」


「先生本人もインタビューで怒ってたわよね、西条さんに。そりゃあ丸パクリじゃねえ」


「違うの! 本当に──」


 誤解なく状況を把握するために様子をうかがっていたが、我慢の限界だった。俺は大股で歩み寄り、先輩とふたりの間に割って入った。


「緋雨先輩は盗作なんかしてませんよ」


 あのころの尖った、傍若無人な態度については先輩に非があるかもしれない。

 それでも、盗作というのは言いがかりだった。

 俺は──年初の出版パーティのあと、先輩の事情について調べたのだ。できれば先輩が話してくれるのを待ちたかったが……


「先輩のデビュー作『恋の附子矢に傷つかば』の原型を、俺は読んでます。

 東沙耶香先生の『したたる金炎』が世に出るよりずっと前に」


 とつぜん俺が前に出たことで、文学部のふたりはひるんで口をつぐんだ。警戒と敵意をあらわにこちらをにらみつけている。

 俺は叩きつけるように先輩の無実を訴える。


「その件では、トリックやプロットの筋はほんとうにただ被っただけです。文章の癖は……先輩は東沙耶香先生の大ファンで、東先生の文章をリスペクトしていた。似たのもしかたないでしょう。

 なにより、先輩の本は東先生の本よりずっと前に出るはずだったんだ! たまたまレーベルが買収されて、そのごたつきで刊行が年単位で遅れただけで……!」


「あっ! あなた、西条さんの彼氏だった人じゃない!」


 鬼の首をとったように元副部長が俺を指さした。

 ああなるほど、とでも言いたげに元部長が目をほそめる。人を罵ることに興奮して、もう真実などどうでもよくなり、相手を少しでも傷つけようとする悪意に満ちた表情。


「恋人をかばおうってわけ。やだやだ、見上げたかっこつけじゃないの。

 中身見て女を選んだらどう? いくら見てくれがよくてもそんなパクリ女、私が男ならごめんこうむるけど──」


「おい。話を、聞け」


 怒鳴らずに耐えたつもりだったが、殺意くらいは目に出ていたかもしれない。


「『したたる金炎』が出たのは『恋の附子矢に傷つかば』のたかだか二ヶ月前だぞ。そんな短時間で本がパクられて出版されると信じてんのかこのワ──」


 ワナビ共、と罵倒する前に、俺の腕に緋雨先輩がしがみついた。


「もういい、もういいの、十郎くん!」


 先輩の体の震えが腕に伝わる。先輩は小声で、


「もう無理だから。なにを言っても悪くとられるだけだから。

 君が……十郎くんが信じてくれるなら……もうそれだけでいいから」


 俺は交互に見る。腕にすがりつく先輩と、憎々しげにこちらをにらむ文学部の女ふたりを。

 黙ってきびすを返す。先輩とともにその場を離れた。

 悔しいが先輩の言うことは正しい。悪意に凝り固まった奴らには、なにをいっても無駄だ。




「なんだあいつら! 昔の先輩が気に食わなかったからといって陰険過ぎる。先輩、気にしなくていいっすよほんとに!」


 スペースに戻っても俺の憤懣は収まらなかった。怒りが火になるなら口から炎を吐いていただろう。

 だが、俺が激しても緋雨先輩はどんどん沈み込んでいく様子だった。

 青ざめた顔をようやく上げ、視線を宙にさまよわせて、それから先輩は俺の顔を見つめた。


「ごめんね……十郎くん」


「なんで謝るんですか! だれに対しても先輩が謝ることなんかないでしょ!」


「ある……よ。君にだけは」


 先輩は弱々しく手で顔を覆った。


「いまの私、なにも書いてない。

 『待ってる』なんて君に言ったのに。盗作の疑いかけられて、東沙耶香先生に激怒されて、東先生のファンの人たちからメッセージや手紙で罵倒されるようになって……」


 ……事情は知っている。調べたから。

 すべては出版社のひそかな経営悪化が発端だった。「恋の附子矢に傷つかば」は入賞したにもかかわらず、その最後の新人賞そのものがなかったことになった。賞金すら出版社が出せなくなっていたからだ。レーベルはMARUYAMAに買収され、そのまま統合のはこびになった。それやこれやのごたごたで刊行は遅れに遅れ──……

 東沙耶香先生の「したたる金炎」が、「恋の附子矢に傷つかば」よりほんの二ヶ月だけ先に出た。


 その二冊が似通っている。

 最初に言い出したのは、とある文芸評論誌の意地の悪い新刊紹介コーナーだった。


 似通ったこと自体は、あるいは偶然とは言い切れない。

 緋雨先輩は東沙耶香という作家を目指していた。東沙耶香の書き方を分析し、それに添ってプロットを立てていた。文章の癖だけでなく、プロットの組み方やトリックの方向性すら似通っていても不思議ではない。


 そして、二ヶ月とはいえ先に刊行したベテラン作家と。後に刊行した新人作家。

 似ていると言われたとき、不利な側は決まっていた。


 それでも……まともな業界人ならば盗作の疑いなどかけはしない。

 出版には通常、編集部が原稿を見てから数ヶ月以上の期間が必要になる。二ヶ月での刊行というのは作品を盗むにはあまりに短い。

 だから、問題になるはずなどなかった。単なる偶然だということで落ち着くはずだった。


 そうならなかったのは、東沙耶香という作家のせいだ。

 東先生は……こういってはなんだが、大作家とも思えない過敏な反応を見せた。文芸誌のインタビューで怒りをこめて言い放ったのだ。


『私が新人からアイデアを盗んだとでも? どうやって? 途中で作品を見る機会のあった編集が新人の作品を横流ししてきて、これを真似ろと指示したとでもいうんですか。

 冗談ではないですよ。断言しますが、それをやったとするなら相手のほうですね』


 ……東沙耶香は、熱心なファンの多い作家だった。

 そのファンのなかの一部のさらに一部ではあろうが……「御本尊のいうことを真に受ける」愚か者たちがいた。


 緋雨先輩は、あらゆるSNSで攻撃されることになった。

 自分と同じ、東沙耶香のファンたちから。




「私……もっと強いと思ってたんだけどなあ」


 気の抜けたような声で先輩がつぶやいている。


「責められて、盗作じゃないと弁明して、それでも責められて、何度も何度も違うと言って、繰り返してるうちに疲れちゃって……

 小説を書こうとすると手が震えて、呼吸ができなくなって……

 なにも、書けなくなっちゃった」


 だから、ごめんね、十郎くん。

 悲しいほどにうつろな声が謝ってくる。


「私、逃げちゃった、から。もう小説書けないから。

 君が追いついてくるのを『待ってる』と約束したのに」

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