第11話 絵師ガチャって言われる方はたまったもんじゃない話
「チュイッターやピクシベのようなSNSを使いこなす。
数字を出したければ、いまの絵描きにこれは必須だ」
喫茶店内にてりぃ先生の講釈が響く。
コミフィから撤収してすぐ、俺たちは都内の静かな店に集まっていた。暗褐色の煉瓦の壁、室内中央に座した熱帯魚の水槽、ステンドグラスのはまった馬蹄形の窓、ドームになっている天井。レトロな内装。
夜の打ち上げではなく、その前段階で三人だけ集まった形だ。俺、てりぃ先生、オイスター先生。
「商業仕事でもそうだが、同人活動の上でも宣伝の場を作ることは大事だ。
描いた絵は怖じずに載せていけ。人に見られることを意識しながらどんどん描いて投稿だ。
ひとまずは、チュイッターとピクシベ両方にアップすることだな。
一万人のフォロワー獲得を目指せ。そこまで行けばかなりのインプレッション数が見込めるし、あとは勝手にフォロワー数も伸びていく」
「えっと、インプレッション数というのは……」
「何人に見てもらえるかという広告効果と思えばいい。フォロワーに
さて、いまからが肝心だが」
てりぃ先生はコーヒーを一口すすって、有田焼らしきカップを置き、
「インプレッション数を増やすためには、フォロワー数の多い人間にRTしてもらうことだ。
つまり重要なのは、自分よりフォロワーが多い絵描きにフォローしてもらうことだ。そしてRTしてもらうことだ」
「なるほど……ってどうやって?」
見ず知らずの相手と仲良くなれとか無理ゲーだわ。
てりぃ先生は皮肉っぽく片頬を吊り上げた。
「コミュニケーション力に自信がないか。
わかりやすく媚びてみてはどうだ」
「媚びる?」
「自分から率先してフォローし、相手の絵をRTする。あいさつやちょっとした世間話を持ちかける。そうすると返報性の原理といってお返しフォローやRTをしてもらいやすくなる。相手によるがな。
お互いの絵をRTしあうことなどネット絵描きには普通だぞ?」
「ち、ちょっとそれは……」
ネット小説界隈でいう「馴れ合い」というやつじゃないのか。ランキングで有利になるように、申し合わせてポイントをお互いに入れ合うというあれ。
不正ではないのか。
そう言おうとしたが、寸前でとどまった。
俺は前のときすでにてりぃ先生に言われて思い知っている。小説界隈と絵界隈では文化が違うのだ。宣伝し合うのが普通だというのなら普通なのだろう。冷静に考えれば、宣伝し合うのとポイントを入れ合うのとはぜんぜん別物だしな。宣伝し合いなら別に小説界隈でも不正ではない。
が、コーヒーをまたすすっててりぃ先生が言った。
「まあ私は相互フォロワーの絵であっても、良いと思った作品しかRTしないがな」
「ぼくはぜんぜんRTしないなー、相互さんの絵でも。上手かったから勝手に伸びたし」
こいつら……
「誤解するなよ。交流は大事だが、なにより大切なのは絵を投稿し続けることだ。絵が上達するかぎり、そして発表し続けるかぎり、必ず見てくれる人は増えていく。
そうすれば自力で同人誌も数を捌けるし、いつかは商業からの声がかかることもあるだろう」
てりぃ先生がまとめたところで、オイスター先生が手をあげた。
「ところでさ。話変わるんだけど。
てりぃ先生、十郎にあの話していい? ラノベ作家嫌いになった理由」
俺はあわててさえぎった。
「いいって。別に無理に聞くことじゃないし」
気にはなる。だが、また微妙なムードになっても困る。
しかしてりぃ先生は、「別にかまわん。いや、自分で話す」とカップを置いた。
「話せば長……くもないか。
私は数年前、ライトノベルのイラストレーターの仕事を受けた。新しいレーベルの新人賞作品だった」
遠い目になって語り始めた。
「その作品は昨今のラノベの流行要素をほとんど入れないSF小説で、作家自身は『硬派なものが書きたかった』とチュイッターで言っていた。売れ筋には思えなかったが、せめて絵で売れる確率を上げようと、私は私なりに力を尽くして仕事したつもりだった。
しかし……残念だが、売れずに打ち切りになった。そこまではよくある話だ」
俺はうっとうめく。流れ弾を食らった気分。
異世界やチートや追放ざまぁや悪役令嬢といった昨今の流行要素を外すととたんに成功のハードル上がるんだよな……言い訳にしちゃいけないけど。
そこでてりぃ先生の声がわずかに低まった。
「問題はそのあとだ。作家のグループチャット流出事件が起きてな」
…………あ、やな予感。
たしかあれだ。作家と
「あの事件では複数の作家の問題発言が流出した。
そこに、私が絵を担当した本の作家の発言もあった。
彼は、『売り上げダメで打ち切りだ。悔しい。絵師ガチャに失敗した』と嘆いていた。私は彼にとってハズレ絵描きであり、彼の本が失敗した要因扱いされたわけだ」
「う、うわあ……」
俺はうめくしかできない。完全にやさぐれた笑みのてりぃ先生はさらに続けた。
「『あんな絵じゃ俺の作風に合わない。十五年も温めていた作品がこんなことで台無しなんて』と彼の愚痴は続いていた。『エロ漫画家のイラストレーターなんてあてがってきた編集部もクソだ』と」
「もういいです、もう。わかりました……」
それは、うん。てりぃ先生が「自称硬派」の作家を嫌いになっても理解できる……
嘆かわしいことだが、担当イラストレーターを指して「絵師ガチャ」と言い放つ風潮はたしかにある。有名で実力のある絵描きに恵まれれば売り上げも上がって万々歳。そうでなければガチャはハズレでご愁傷さま、次回作の準備しててね──というわけだ。
絵を描き始める前の俺はたいして気にもしていなかったが、そもそもガチャにたとえることそのものがイラストレーターに失礼な話で、
「ていうかてりぃ先生なら当たりガチャの部類だろうにねー。ぼくほどじゃないけど」
オイスター先生がクリームソーダをストローで吸い上げながら言った。
俺はソーダに浮いたアイスクリームにフォークをぶっ刺し、自分の口に放り込んだ。ごっくん。
「うわああああぼくのアイス──!!! なにすんだよ十郎!?」
「おまえってやつはたまに無神経だよなほんと」
あといまのは、夏におまえが俺の部屋の冷凍庫開けてとっときの雪見だいふく勝手に食った分な。
「ていうかだな、創作者で当たり外れとか、及ぶとか及ばないとかやめろよ。数字がどうだろうとその人の味ってもんがあるし──」
だが、てりぃ先生が言った。
「悪いが、私は数字至上主義だ。
なので、私がオイスター先生に及ばないという話に異論はない。私の基準ではな」
えー……なんか納得いかねえ……
だから聞いた。
「こいつがてりぃ先生に勝ってる数字って……なんの数字です?」
「ふむ……たとえばチュイッターではフォロワー数、8万5千だ」
8万5千。
たしかにすごく多い……。ほぼ放置とはいえ俺のアカウントのフォロワーは400人程度なので、実感すらうまく湧かない。
「ふーん。偉そうにするだけのことはあるじゃん」
俺がオイスター先生にかけた半ば憎まれ口の称賛は、
「違う。言葉足らずだった。8万5千は私のフォロワー数だ」
てりぃ先生に否定された。
「え? じゃあこいつのチュイッターのフォロワー数っていくらです?」
「見て見て十郎! ぼくの
オイスター先生がスマホを開いてチュイッターを見せてくる。
「おまえなー、フォロワーさんたちを露骨に数字扱いすっ、……!?」
数字を確認して絶句する俺に、てりぃ先生が面白そうに言ってくる。
「アルマジロ先生。
彼女はまぎれもなく当代の
オイスター先生のフォロワー数。
現在63万人。
俺こと有馬十郎のフォロワー数、現在413人。
賭けの終了まで残り十ヶ月。
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