第14話 ゴブリンの洞穴
「むぐ……ふぉふぉが……んぐ、ゴブリンの洞穴か……」
目の前のごくごく普通の洞穴の入り口が今回入るダンジョンらしい。
因みに、このダンジョンのランクはDだ。
ダンジョンまでは徒歩で来た。
案外、町から近かったのである。
ギルドを出て市場を横切り、町の外へ。そこから真っ直ぐ歩くと洞穴の入り口が見えてくるのだ。
「よし、じゃあ今回の敵を再確認しておこう」
アンクスは手を叩いてみんなの注目を集める。
「今から入るゴブリンの洞穴に住み着く魔物は一種類でゴブリンだけだ。ゴブリンの外見的な特徴として、俺たちよりも長い鼻と耳を持っている。全身が緑色の醜悪な魔物だ。一個体の知能は低いものの、集団で襲いかかって敵を嬲り殺しにしてくる——」
アンクスの説明はゴブリンから洞窟内の説明に移る。
ダンジョンはは全五階層。入り口と最下層に転移陣というものがあるらしい。転移陣は入り口から最下層には行けないが、最下層から入り口までは一瞬で移動できる。
つまり、最下層まで行ったら帰りは入り口までひとっ飛びだ。なんて便利なんだ、転移陣とやらは。
「——それじゃあダンジョンに入るぞ。レストとアールはまんじゅう食うのをそろそろ辞めるように」
「むぐ、おう」
俺は今食べているまんじゅうを飲み込んで了承する。
まんじゅうを地面に落としたら怒られるからな。誰にかって、まんじゅうにだ。
こんなに美味しいまんじゅうなので、俺は勿論アンクス達にも勧めた。けれど、アールに妨害されたのだ。なんでだよ。まんじゅう増えて困ってるとか言ってたのはアールだろ。
しかもアールの妨害行為が効果を発揮したようで、アンクス達三人ともまんじゅうを食べる事を遠慮していたのだ。
俺が全部食えって事か。
アールの奴め……。
ともかく今はダンジョンに集中だ。俺は抱えていたアールを降ろして両手を開けた状態にする。全員準備が出来ているのだろうかと俺は皆を見回す。アンクスは準備万端で洞窟の前で仁王立ちしている。
「ポーター……つまり荷物持ち……荷物持ちが荷物……?」
「ちょっと、シーリン……」
シーリンの呟きにカナン窘めていた。
シーリンとカナンも問題無さそうだ……。
呟かれた言葉はまさにその通りで俺は少し居たたまれない気持ちだ。アールはいつも通りの様子だがさっきまで俺が運んでいたので少し元気そうに見えた。俺が周囲の様子を見終わったころにアンクスが先導して全員ダンジョン内に入っていくのであった。
***
此処はダンジョン四階層の大部屋。
走る勢いのまま目の前のゴブリン三体をロングソードで纏めて左から横一閃。
勢いを落とさず斜め右方向のゴブリン集団に向かって駆ける。
こいつら余所見し過ぎではなかろうか。お、真ん中の大剣を持った奴は俺に気付いたようだ。しかし目視してからの反応が遅すぎる。
未だ気付かぬ周りのゴブリンは一旦放置。手前のゴブリンを踏み台に中央の大剣持ちへ袈裟切りにする。切った体は大剣ごと蹴とばして周りのゴブリンにブチ当てた。
おー、散らばって広くなった。
俺が吹っ飛ばしたとも言うが。そこでようやく俺に気付いた他の奴らを左薙ぎ。蹴とばされた大剣やらで吹っ飛ばされたゴブリン達がもたつく間に俺は全て斬り伏せる。踏み台ゴブリンは俺の踏み込みで即死したようだ。
……弱いな。
フロア左側のアンクスたち三人はまだ戦闘中だった。全員が風の魔術を駆使しつつ確実に倒している。戦闘中に割り込むことは危険らしい。そのため俺は周囲にいるゴブリンの数を減らしに行くことにした。
俺は真っすぐ一気に駆ける。駆け抜けざまにゴブリン達を切った後、残る敵を斬るため正面の壁を蹴って向きを変える。
「ん?」
感じた足元の違和感を一旦置いておき、残るゴブリンを纏めて右薙ぎにする。俺は足元を気にしつつ走る勢いを殺して停止した。
さっき壁を蹴り上げた瞬間、足元からぶちぶちと糸が千切れるような音、そしてミシリと嫌な音を感じたのだ。
……この装備はひょっとして使い捨ての消耗品なのだろうか。いや、変な音が鳴ってもまだまだ使用できるのかもしれない。
俺は考えながら地面を踏みしめて確認しているとアンクス達がやってきた。どうやらあっちも戦闘が終わったようだ。俺たちが合流してお互い労おうとした時だ。
「レスト。 六時の方向、上方に敵一体」
アールの言葉を聞き即座に振り返る。弓を持ったゴブリンがつがえた矢を放つ瞬間だった。矢の軌道線上にいるのは——カナン。俺は即座にカナンの前に躍り出た。
放たれた粗雑な矢を掴み、そのまま上方のゴブリンに全力でお返しする。行きよりも速い帰りの矢にゴブリンは反応出来ず、矢は眉間に当たりそのまま貫通していった。頭に風穴を開けたゴブリンは絶命し、そのまま地面に落下していく。最初に上にいる敵を全員で一掃したと思ったが一体残っていたようだ。他に残ったゴブリンが居ないか周囲を警戒し、問題ないことを確認する。
そういえば、と俺は先ほど掴んだ矢の先端が濡れていたのを思い出した。もしかしたらカナンに飛沫がかかったかもしれない。俺は濡れた箇所に触れていないが毒だったのだろうか。こういう場合はロングソードで矢を早めに弾いたほうが良かったかと心配になり、カナンの方を見る。
「……」
カナンが信じられない物を見る目を俺に向けていた。
「……えっと……その……透明の板はなんですか……?」
カナンに異常がないか確認の言葉を俺は掛けようとした。しかし彼女の視線に動揺した俺は別の事を聞いてしまった。ロンジとの手合わせで見たのと同様の透明な板が彼女の目の前にあったのだ。
「……あ、こ……これは"
彼女は俺との間にあるその説明してくれた。攻撃を防ぐ魔術らしい。別に俺が割り込まなくても矢は防げたようである。まさかさっきの信じられない物を見るような目線はこれが原因だったのだろうか。せっかく防御魔術を発動したのに使用せず徒労に終わったので俺を非難していた可能性はある。魔術を使わなかった時は凹むかもしれない。何だか申し訳ない気持ちになった。そんな空気を一変させるアンクスの明るい声が聞こえた。
「レスト、やるな! 記憶はなくとも戦闘方法は体に染みついているもんだな。ロンジがCランクにしたがる理由が分かるぜ」
飛んできた矢を掴むなんて普通出来ないだろ、とアンクスは笑って言った。なんだか褒められて嬉しい。カナンも必死に頷いて同意している。ああ、さっきの目線の意味は矢を掴んだことに対してらしい。良かった。非難の目じゃないのか、安心した。
にしてもCランクにしたがるとはどういう事なのだろうか。アンクスに聞くと、基本的に冒険者ランクは受けた依頼数や内容など経験から判断されることが多いらしい。その為、未経験ならEランクから開始が当然。記憶喪失の人間の場合、前例は無いもののEランクになると思われていたようだ。
「けど戦闘能力の高い奴なら早めに師匠に慣れさせたいだろうな。ギルドはSランクの数を増やしたいから。因みにSランクになるには師匠に一度でも勝つ事が必須なんだぜ!」
ロンジの説明で確かCランク以上が使える仮想戦闘訓練の対戦相手が師匠と呼ばれていた。
「その師匠ってのはそんなに強いのか?」
「おう、すげぇ強いぜ! ……俺は瞬殺されて未だに一分持たねぇ」
基本は逃げる訓練なのにアンクスは果敢に挑み続けているそうだ。シーリンとカナンは逃げる訓練で漸く一分間の逃げ切りを達成したらしい。
「実際の魔族は周囲へ無茶苦茶に魔法を使うくらいです。それを防ぐだけですよ~」
「魔族すぐ注意が逸れる。魔族の視界から消えれば大抵大丈夫」
「それこそ魔族に獲物として補足されたり、執着されるようなことでも無けりゃ師匠の訓練は要らないだろうけどな」
カナンは魔術を防げば大丈夫だと言う。そっぽ向いていたシーリンも親切にアドバイスをくれた。アンクスによると魔族は訓練の師匠のようにひとりの人間を追いかけては来ないようだ。師匠の訓練は万が一を考慮したものらしい。
「よし、じゃあこの先の道を通ったら最下層だ。崩れやすいから落ちないように気を付けろよ!」
「……もう少し……此処でゆっくりして……良いんじゃないカ?」
ダンジョンももう終盤と言ったところでアールが口を挟んできた。戦闘時で毎回アールは部屋の入り口にひとり待機しているのだ。今あいつは壁を背もたれにして足を投げ出し、だらけ切った座り方をしている。もう四階層まで進んで疲れたのだろうか、アールは休憩を提案してきた。しかしその直後、アールは虚空に視線を彷徨わせて少し焦ったように声を上げた。
「ア、やっぱ今すぐ最下層の転移陣に向か…………いや上層に引き返して……物陰を探してそこで休憩ダ……」
「ここまで来たら先に進むべき」
アールのぶれぶれな提案をシーリンが一刀両断した。どうやら風の調べの三人とも同じ意見のようだ。アールはブツブツと何か悪態をついている。今の状態で二人同時誘導は厳しいか、とか。これだから狂った奴は、とか。俺にはよく分からないがアールは疲れているのだろう。俺はアールの目の前にしゃがみこんで背負う体制をとる。
「体調が悪いなら俺が運ぶから。ほら乗れ」
「…………ム……ゥ」
俺はアールの腕を肩に乗せて背中におぶった。実はダンジョン内でもアールを小脇に抱えていたらアンクスに言われたのだ。
Cランクが三人も居るからレストが無理に片手を開ける必要はないと。
体調が悪いなら横抱き、もしくはおんぶで運ぶ方がアールの負担も少ないのではないかと。そこでおんぶと横抱きの運び方を教えてもらった。
初めて知る知識で俺はとても勉強になった。そして教えてもらった後、アンクスたち三人はもっと早く言えばよかったと後悔していた。
優しいな、アンクス達は。
「五階層は他の階層よりも狭いから気をつけろ。もうそろそろ討伐は終盤だからと言って最後まで気を抜かないように。帰りもあるからな、じゃあ皆行くぞ!」
そうして俺たちは四階層大部屋を抜けて先へ進んでいった。
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