第13話 ポーター

 図書室から出て階段を降り、俺はギルド内をぐるりと見渡してみる。アールはどこだろうか。


 ギルドのカウンター、売店、食事スペース等々、人のざわめきを見聞きしながら探す。


 ……何処にも見つからない。


「アールの奴どこ行ったんだ」


 まさか、まだ技能テストは終わっていないのか?

 カウンターのロンジに聞いてみるか。なんだか暇そうにしてるし。


「ん? アールか? テストはもう終わっているぞ」

「あれ? じゃあ、アールは何処にいるんだ?」

「あー、絡まれてたぞ。何て名前だったか……あぁ、お前とそこの机で話していた三人、オオガンとジャンネ、ヨーデルだったか」

「絡まれる? ……って、何でだ?」

「お前と組むとかどうとか、ってアールにいちゃもんつけてた」

「へ……?」


 俺と組むかで揉める?

 何でだ?


 俺の困惑をよそに、ロンジが親指でギルドの入り口を示す。


「んで、全員ギルドの外に出てった」


 何でだよ……何しに外に行ったんだよ。

 嫌な予感しかしないんだが。


「えー、と? 今その四人はまだ外か?」

「外っちゃ外だな。今は詰め所だろうよ。四人とも騎士にしょっぴかれて行った」

「ちょっと待て、なんて? しょっぴかれた?」


 しょっぴかれる程のいざこざをしたのか?

 小柄で軽いアールひとりと、ゴツイ男のオオガンたち三人である。

 まさか酷い喧嘩にでも発展していたのか?

 もし三対一で喧嘩なんてしてたら、アールはただでは済まない。


「アールは怪我してなかったか? 無事だったのか?」

「アール"は"無事だったな」

「無事なのか、良かった。俺の心配し過ぎだったか」

「それよりレスト、お前アールと組む予定だよな? 試験するなら試験官の言うこと位は聞けって言っとけよ。試験官の奴がブチ切れていたぞ。ちなみにアールの結果だが、技能テストは不合格だってよ」

「……悪い、聞き間違えたかもしれないんだけどさ。……不合格って言ったか?」

「おう、落ちた。不合格だ」

「…………何で?」


 アールが試験官をブチ切れさせ、結果不合格になったらしい。信じられない言葉を耳にして俺は思わず聞き返してしまった。最初の技能テストで不合格は殆どないらしいのにアールは落ちたという。


 何してんだよ、あいつ。というか技能試験が不合格の場合、俺に同行する件はどうなるのだろうか。


「アールは明日の俺の同行出来るか……?」

「ギルドの登録出来てない事になるから、不可能だな。もう日も暮れている。他の職業についてテストするにも本人が居ないことにはなぁ」

「そこをなんとか!」


 俺は手を合わせて頼み込んだ。俺の様子を呆れるように見た後、なんとかってもなぁ、と文句を言いつつも顎をさすって考える。


「……あぁ、一個案はあるな。技能テストが無いタイプで一旦登録して、後から試験を受け直しすれば出来る」

「それで頼む!」

「アールにはちゃんとこの事を伝えとけよ? 後で文句言われても俺は知らんからな」


 ロンジはアールの手続きをしてくれた。詰め所までアールを迎えに行く際に伝えておかないと。


 ***


 アールを迎えに行く為に詰め所に着いた俺は安心できる顔を見つけた。


「スワン! 忙しいのにすまん」

「仕事だからな、気にしないでいい」


 スワンは昼に会った時よりもげっそりしている。アールが迷惑をかけたようで俺は非常に申し訳ない気持ちになった。


「えっと、アールは……?」

「話は聞き終わったからもう連れて帰って良いよ。アールはそこの部屋で突っ伏している。まさかまた会えると思わなかったよ。しかし……残る問題は彼ら三人の方だな。……冒険同士の揉め事には我々は基本ノータッチなのだがね……」


 スワンは眉間を揉んでため息をついた。彼ら三人というのは、俺に嘘をついていたオオガンらの事だろう。アールとその三人が喧嘩や揉め事をしたのなら怪我をしたのだろうか。怪我しそうなのはどう考えてもアールの方だと思うのだが。


「全員怪我しているのか?」

「体の怪我だったら良かったのだが……3人ともうわ言を呟いたり壁に頭を打ち付けたりと精神に異常をきたしているようなんだ。でも精神系の魔術を受けた形跡もなくてね。アールに聞いても"放って置けばそのうち治る"だとか、"夢を見ただけだろう"としか言わなくてな」


 全くどうなっているのやらとスワンはかぶりを振った。

 そういえばアールはギルドの登録でハッピーな夢を見せられるとか言っていたような。何故そんな事になったのか、全くハッピーでは無いじゃないかと思っていると、スワンが手のひらサイズのケースを俺に手渡す。


「これをアールに渡してくれないか? 気休めだろうが、有ると便利かと思ってね」

「これは?」

「唯の痛み止めだよ」


 手渡されたケースを開けてみると錠剤が入っていた。よく分からないが貰えるものは貰っておこう。俺はスワンに礼を伝え、アールを連れて帰る為に部屋へ向かった。


 ***


 スワンから聞いた部屋に入るとアールが机に突っ伏してまんじゅうを食っていた。俺はアールに近づいて声を掛ける。


「アール帰るぞ。それと冒険者タグ出来たから、ほら」

「ん…………ポーター? 斥候タイプの試験受けたよナ」

「試験不合格だったから一旦直ぐ登録できる職業にしといた。後で試験受け直して変更出来るらしいってよ」

「ふぅん……まぁ良いカ……」


 冒険者タグをアールはすんなり受け取って服の何処かに仕舞った。その後、スワンから渡された小さなケースもアールに渡す。それをじっと暫く見つめたアールだったが、大人しく仕舞いこんでいた。


 そして俺はアールを小脇に抱えて部屋を出る。アールの様子を見る限り今日は俺が抱えて宿に戻った方が良さそうだったのである。


「それより聞いたぞ? 試験官を怒らせたって。細工箱に触りたくないからって罠かもしれないのに蹴り開けたり、訓練トラップを調べもせずにずかずか進むとか何やってんだよ」

「フン……蹴り開ける仕草をしてやっただけ良いと思エ……トラップなんぞは調べなくても分かル……」


 俺は思わず呆れた。この態度を見て試験官が怒ったのではないだろうか。


「にしても試験受けるとき位は試験官の言う事聞けよ」

「…………善処すル」


 肯定しない様子を見るとまた何かやらかすかもしれない。ひょっとしてアールが社会に溶け込めるまでなるべく俺が近くに居た方が良いのかもしれない。


 そんなやり取りをしつつ詰め所からふたり出ていく。そこから少し離れた所、今なら人気は無い為もう誰かに聞かれることは無いだろう。アールに聞きたいことがあったのだ。


「オオガンとジャンネ、ヨーデルとは何があった?」

「……あいつの名前を出してきやがって……まぁちと揉めただけダ。安心しロ……完全に狂うほどの夢は見せてないかラ……」


 あの三人が俺の、ヴェンジの名前を出してアールが怒ったとの事だった。その情景がありありと目に浮かぶようである。そして恐ろしい言葉を聞いた気がする。


「……狂うほどの夢?」

「いや……ハッピーな夢だヨ」


 本当にハッピーな夢を見れば壁に頭を打ち付けたりするのだろうか? 俺と目が合ったアールはにっこり笑う。良く分からんがやりすぎるなよと、俺は呆れながらアールに伝えて宿に向かった。


 ***


 そして翌日、Dランクエリアのダンジョンで魔物の討伐の依頼、かつ俺のギルドランク判定の為、俺はアールと集合場所のギルドに居た。因みに俺は何時ものパーカー、ジーンズ、ビーサンではなく冒険者用の服装にロングソードとハンドガン、小ぶりのナイフを装備し集合場所に来ている。


 目の前には試験官を兼ねて同行してくれる『風の調べ』パーティーのアンクス、シーリン、カナンがいた。彼らの反応は三者三様だった。シーリンは鋭い目を向けて、カナンは少し怯えている。アンクスは不思議そうに首を捻っている。三人ともアールの方を見ているのだ。俺のランク判定なのに俺は放置されている。ちょっと寂しい。


「えっと、アールだっけか。ヴェ……いやレストとこれから組むって事らしいが、そんな体調が悪そうなのに今回同行するのか? 別に今回はレストだけ依頼を受けて、体調が良くなってからパーティー組むでも良いんじゃないか?」

「あ、そう言えばそうだな。今回は俺だけでアールは体調が良くなってからでも……」

「大丈夫ダ」


 アンクスの言う通りだった。アールとパーティーを組みたいが、今回無理に俺のランク判定に同行しなくとも良い。アールが万全の状態になってからでも遅くはないのである。しかし俺の言葉を遮るようにアールが答えた。


「今日は必ず付いて行ク……嫌なら別日にしロ」


 アールから絶対に譲らないという意思を感じる。困った俺はアンクスの方を見やる。アンクスは肩をすくめて苦笑し、口を開いた。


「分かった。アールは俺やシーリンとカナンの指示は聞く事。Dランクダンジョンとはいえ俺たちCランクに依頼が来ているから魔物は結構増えているだろうし、ふたりとも良いよな!」


 アンクスはシーリンとカナンに合意を取った。シーリンはしぶしぶ頷き、カナンは消え入るような声で了承したのだった。

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