第11話 アール勧誘

「え、森に戻る?」

「まんじゅうは……レストでも……取り出せるだロ……?」


 確かに空間収納は繋がっているので俺なら勝手に取り出せる。俺がちゃんと食ってくれれば良いととアールは言うが、しかし……。


「色々まだ聞きたいことがまだあるんだ」

「……結晶デバイス……持ってるカ?」


 俺とアールは連絡先を交換した。違う、そうじゃない。色々聞くにしても会って聞きたいのである。そして目に映るものを聞くときにデバイス越しに説明できる自信が無い。


 俺にはまだ知らないことが多すぎるんだ。出来る事なら、アールに傍に居てほしい。


 アールが森に戻りたい理由は何なのだろうか? 忘れ物でもしたのだろうか。


「もしかしてお前ん家、森にあるのか?」

「そんな訳……無いだロ……」

「え、野宿?」

「…………そうなるナ……」


 適当に質問しただけなのにとんでもないことが判明した。アールは森に戻って野宿するらしい。


 待て、こいつ本気で野宿すんのか?

 いやそんな筈はないだろう。きっと短期間なのだ。少し森を感じたかっただけなのかもしれない。満足したらきっと町に降りてくる。


「何時森から出てくるんだ?」

「……ずっと森に……居るだろうナ」


 ずっと? 森で? 野宿?

 野生に戻るつもりなのか?


「森で何すんの?」

「……考えル」


 アールの言っていた問題の解決策を考えるという事だろうか。


 ……それ、森じゃなくても良くねぇ?


「そんな体調なのに?」

「大丈夫ダ……これは心配しなくて……良イ」


 体調についてアールは頑なに話そうとしない。しかし森で野宿は流石に体に悪いだろうに。


「……なぁ、もしかして金欠?」

「それも……あル……」

「仕事とかしてねぇの?」


 もしかしたら仕事をしていなくて、野宿せざるを得ないのだろうか。


「……仕事は……情報屋……してル」


 詳しく聞くと情報屋というのはその名の通り情報を売って金を得るらしい。気が向いた時に情報屋をしているのだとアールは言った。


 つまりだ。アールは色んなことに詳しい人物なのだろう。


 ……今の俺には滅茶苦茶欲しい人材だった。しかも俺とアールは今お互いに嘘が付けない状態だ。一緒に冒険者やってくれないだろうか。でもアールは体格も小さく、戦闘向きではなさそうだ。でも、後方支援とかなら良かったりしないだろうか? 俺に回復魔術かけてくれたことだってある。……ダメ元で言うだけ言ってみるか。


「アール、その……俺と冒険者やらないか? ほら考えるにしても、色々な所を巡ればいい考えが思いつくかもしれないし」


 それに色んな人にアドバイスを貰うのもひとつの手だろう。パッと頭に思い浮かんだ言葉をそのまま伝えただけであるが、案外悪くないのではないだろうか。


「……ボク……が?」

「アールが」

「レスト……と一緒ニ?」

「俺とどうかなって」


 冒険者になる事を提案されたのはアールにとって予想外だったようである。


「…………」

「……嫌か?」


 アールはぼんやりと俺の方を見て饅頭を食べている。何か考えているようだがやはり難しいだろうか。


「……しよう、カ……冒険者」

「え? 良いのか?」

「レストが……一緒にしたいんだロ……?」


 俺がアールと冒険者したいと思っているから、そんな理由でアールは冒険者になってくれるのだという。それは間接的に俺が記憶を取り戻す協力をすることになるのだが。アールはそれも分かっているのだろうか。それよりも気になる事がひとつ。


「勧誘した俺が言うのもなんだが、その状態で冒険者出来るのか?」

「出来るに……決まってル……」


 アールは今すぐに冒険者登録しに行くと言ってきかないので俺とギルドに行くことになった。


 ***


「本当に登録するんだな?」


 ロンジの何度目かの念押しだった。アールはカウンターを支えにして立ち、さっさと登録するようロンジに催促している。俺はアールの隣に立って不安な気持ちで登録を見守っていた。机をペシペシと叩くアールの手をロンジは半目になって見つめている。ロンジは大きなため息をつきダブレットデバイスをアールに渡した。


「必要事項を入力しろ」


 アールはタブレットデバイスをそのまま俺の方に寄越した。俺に代わりに入力しろという事らしい。俺は仕方なくタブレットデバイスを受け取って画面に目を通して行く。


「登録名は?」

「……アール」

「性別は女だよな。年齢は?」

「十四」


 アールは俺の十も年下らしい。ロンジが未成年かよ、と突っ込んでいた。


「能力リーフは?」

「〝料理〟」


 アールのリーフを聞いて俺は一瞬手が止まる。ロンジが戦闘向きじゃねぇなぁ、と突っ込んでいた。俺は物凄く気になる事が出来たが……後でじっくりアールに聞くことにして今は入力を続けた。


「特技は?」

「覗き見……遠隔操作……と、ハッピーな夢見せられル……」

「当ギルドは犯罪行為の一切を禁じております」

「落ち着いてくれロンジ。これ戦闘時の話だよな? アール、そうだよな?」


 そんなこんなで俺がアールに質問を進めて入力が完了した。


「そういや、冒険者の説明いるか?」


 ロンジの怠そうな質問に対し、アールは俺を一瞥してからロンジに説明を求めた。


 アールは情報屋をしていると言っていたが、案外知らないこともあるんだなと思いながら俺は隣で一緒にロンジの説明を聞く。


 冒険者にはランクが定められており、E~Aそしてその上にSとなっている。初めて登録すると基本一番下のEランクかららしい。依頼にもランクの振り分けされており、依頼難易度及び場所の帰還率によって総合的に判断される。依頼を受けるときはギルド内に設置の専用デバイスで受領するそうだ。


 依頼は自分のランクのひとつ上か下で受ける事を推奨されているが強制ではない。つまりEランクの人物でもSランクの依頼は一応受けられるらしい。その場合デバイスから警告のポップとブザーが鳴り、さらに手続きを勧めれば受付の人がやってきて引き止められる。そこまでしても聞かない人はたびたび居るようである。


 他にはギルドに登録すれば図書室や会議室が借りられたりするらしい。実践訓練場も好きに使っていいらしいが、仮想戦闘訓練だけはCランク以上でないと利用できないそうだ。仮想戦闘訓練とはロストテクノロジーの装置を利用して"師匠"と呼ばれている仮想敵との戦闘が出来る訓練だ。師匠の姿は真っ黒な影の人形で戦闘が魔族とかなり似ているらしい。


 Cランク以上になってくると魔族との遭遇率が上がる為、師匠と戦えるのはCランク以上にしている。強すぎて勝てないどころか史上最多で冒険者の心を折った人物扱いされているものの、怪我せずに魔族との戦闘経験が出来ると人気があるようだ。


「アール?」

「……ン? ……終わったカ?」


 ロンジの説明が一通り済んで何気なくアールの方を見ると明後日の方を向いて饅頭を食っているのを俺は目撃した。どうやらアールは全く説明を聞いていなかったようである。俺が聴いていたから良いものの何してんだ……


「登録予定のタイプは斥候だったか。斥候は技能テストがある。監督出来る職員が今日いるから確認を取ってくるから、ここで待ってろ」


 そう言ってロンジは奥に消えていった。俺はアールに気になっていることを聞いてみた。


「特技に回復魔術使えるって書かなくてよかったのか?」

「ボクは……魔術は使えなイ……」

「ん? でも俺の手の傷治したよな」

「……似たようなことが出来るだけダ……レストにだけだゾ……」


 アールは回復魔術と似たことが出来るらしい。しかも俺にだけしてくれるらしいが、何故俺だけなのだろうか。他の人にも出来れば色々便利だろうに。あまりばらしたくないなどの事情があるのだろうかと俺はそれ以上の追及はやめた。そして俺が一番気になっていた事を思い切ってアールに尋ねる。


「あとさ……アールの能力リーフは料理なんだな」

「……オウ」

「このまんじゅう作ったのアールか?」


 俺はアイテムボックスからまんじゅうを取り出してアールに問う。するとアールはどこか観念したような顔をした後、自信満々でこう言った。


「やはりあふれる才能は誤魔化せんカ……そのまんじゅうは……ボクが作った最高傑作ダ」

「お前が元凶じゃねぇか!!」


 自分が作ったまんじゅうでヤバい事になってるのによくもまぁ此処まで自信満々に出来るものである。そしてアールの後始末を俺がするのか。


 少しでもいいからアールは反省の色を見せろ。


 俺が青筋を立てながらまんじゅうを食っているとロンジが戻ってきた。


「アール、今からなら技能テスト出来るらしいから向こうの実践訓練場行ってこい」


 それを聞いたアールはふらふらと実践訓練場の方へ消えていった。アールの後ろ姿を見届けた俺にロンジが声を掛ける。


「んで、明日ヴェンジの試験にアールが付いてくるって?」

「ああ、あいつとこれから一緒に冒険者しようと思って。……俺の記憶が戻るまではレストって呼んでくれないか?」

「なるほどな、分かった。余計な面倒事呼ぶだけだろうからな」


 ロンジは直ぐに了承してくれた。彼の素振りをみると何か察してくれのかもしれない。

 アールを待っている間、図書室に行くことを勧められた。静かな場所で待てるという事と、あと単純に俺に勉強しろという事らしい。



 俺としては特に拒否する理由もない。それにさっきから背中に視線が突き刺さっていたのだ。俺を見ているのは知り合いだと嘘をついたオオガンら三人であった。俺は目を合わせる事無く図書室に向かった。

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