第10話 星の救世主


 誰が"嘘をつけなくなる"のか?


 普通に考えれば契約する人物。アールは俺に契約させようとしていたから俺が嘘つけなくなるのだと思う。しかし、まんじゅうをいっぱい食べる契約とか言っていたが……既に俺の空間収納にも同じまんじゅうが大量にあるのだ。


 となれば契約する意味なんてほとんどない。


 つまりアールの目的は他にあるのではないだろうか。


 その他の目的として嘘がつけなくなる事なのではないか……と思う。


 ひょっとしてアールも嘘をつかない、正直な人材を欲しているのかもしれない。


 もしそうなら俺とアールの目的は同じだ。お互いに嘘をつかない人材が欲しいという事だ。


 何の契約書か全く分からないが、お互いに同じ契約をすればいいのではないだろうか。


 勿論この考えは今の段階ではただの推測でしかない。それを確かめるためにはアールに聞くしかない。俺はアールが居るであろう宿に戻った。


 ***


 見つけた。アールが居た。宿のロビーラウンジで机に突っ伏している。


 なんだか非常に見たことある光景である。


 あいつが座っているのは前回と全く同じ机かつ同じ椅子だ。

 アールは部屋よりこの場所が好きなのだろうか?


 俺は無言でアールの正面に座った。でも正面から真っすぐ見るのは気まずくて頬杖をついて顔を背ける。背けた顔のまま俺はそっと横目でアールを盗み見る。


 ……こいつ生きてるよな?


 俺は再度視線を外す。

 外はいい天気だなぁ。

 ……。


 ……こうして現実逃避していても仕方ないのは分かっている。しばし躊躇した後、俺は重い口を開く。


「けい——」


 バン!


 契約書と言いかけて机からの非常に大きな音に遮られる。思わずびくりと身を震わせてしまう。そして音の発生源を、机の上へ恐る恐る目を向けた。


 アールの頭と手が見える。しかしさっきとは違ってアールの手の下にあの光り輝く契約書とペンがあった。


 え、怖。何で分かった?

 まだほぼ何も言ってなくね……?


 アールはぎぎぎ、とゆっくり頭を持ち上げて俺に向かって口を開く。


「書く名はレスト……あいつじゃねェ……」


 "あいつ"というのはヴェンジの事だろうか。もしや、サインする名前の事を言っているのか? 

 気が早いな、こいつ。契約するだとかまだ俺は何も言っていないというのに。


「……確かまんじゅうをいっぱい食べられるって契約だったよな? 俺の空間収納にも同じまんじゅうが詰まっているんだが、それでも契約する意味あるのか?」

「……?」


 まどろっこしいのは無しだ。俺は直接アールに聞く。俺の問いにアールは不思議そうな顔をして……ちょっと待てアールは知らなかったのか?


 あ、とアールは言葉を零して何かに気付いた様子を見せた。


「……レストとボクの空間収納が繋がっている……」

「いや何でそうなってんだよ?!」


 つまりあれか、アールの空間収納に詰まっていたまんじゅうが、俺の空間収納のスペースを占領したってか?


 何てはた迷惑なことしてくれやがるんだ。おかげで空間魔法付与のお高いアイテムポーチを買う羽目になったのだ。しかもこのポーチは空間収納と違って収納した物の時間は止められないのだ。


 アールは頭を抱えた。俺の方が頭を抱えたい気分だった。


「い、今なら他にもお得な特典がいっぱいついてくル」

「必死すぎるだろ。そもそもこの契約は何だ?」


 どうにかして俺に契約をさせようとするアールに俺は少し呆れた。この際なので俺はアールが誤魔化していたところを聞いてみることにした。こいつが答えるかどうかは分からないが。


「嘘がつけなくなるってのは何なんだ? ちゃんと教えてくれ」


 俺はアールの真正面に向き直る。あいつの目をしっかり合わせてハッキリと言葉を出した。アールは顎を机につけてこちらを見ている。


 俺たちの間に長い沈黙が流れた。

 やはり俺に教えるつもりは無いという事なのだろうか。やはり地道に信用できる人物を探すしかないのだろう。そう思った時だった。


「使徒」


 諦めた俺が目を閉じて息をつくと同時だった。アールがぽつりと言葉を発した。


「星の救世主とも呼ばれル。ボクは女神デザイアの使徒。本来契約を交わしてない奴には言っちゃダメだから誰にも言うなヨ?」

「……星の救世主?」


 聞いた俺が思うのもなんだが、言っちゃダメなことを言うのは不味いだろう。それにしても使徒だとか星の救世主とは何だろうか。


「星が破壊若しくは消滅するような未来が確定された時にそれを阻止する存在だヨ。その滅びが確定された星にいる神に依頼されて派遣される使徒がボク」


 アールは一気に説明して疲れたのか、頬を机にべったりつけて途切れ途切れに説明を続けた。


 聞き取った内容をまとめると、神でも手を焼く程の問題の発生時に外から星の救世主とやらを呼ぶそうだ。


 その呼ばれた星の救世主が神の使徒として星を救うのだという。使徒は基本的に裏で使命を果たす。目的以外に影響を及ぼさないようにするらしい。しかしそれでは様々な不都合も出てくる。言葉や文化、価値観など違うのだから当たり前だ。


 なんせこの世界にとっては完全に部外者なのだから。

 そしてそれをサポートする為に現地で協力者を募ることがあるらしい。


 目の前にある契約書はその時に使徒と協力者が交わす神公認の契約。今回の場合の契約書は女神デザイア公認だそうだ。


 協力者が本来過ごす筈だった人生を救世主の為に捧げる。目の前にあるのはそれを誓う契約書である。


 そして契約書には任務遂行の為の取り決めをひとつだけ盛り込める。この取り決めについては使徒によって様々だそうだ。


「で、アールが決めた取り決めが"互いに嘘が付けなくなる"ってことか」

「取り決めがそれじゃなかった時……協力者ハ……皆ボクを嘘つき悪者呼ばわりダ……挙句勝手に裏切って……ボクほど正直者で善良な存在など……いないというのにナ……」


 そして契約を交わした協力者が使徒に貢献すればするほど、それに応じて使徒の力で願いを叶えるらしい。


「ボクら使徒の意思ガン無視で……契約書が勝手に……願いを履行するから……ボク側で拒否は出来ん……安心しロ……」


 使徒が契約できる協力者は三人までと決められているらしい。


「協力者一号はカゲで頑張ってル……二号は契約終了しタ……あとひとりしか出来ン」

「それは……俺で良いのか?」

「寧ろ……レストしか……適任は居らんヨ……」


 アールは俺が適任だというが、俺はそうは思えなかった。まさかそんな壮大な話だとは露知らず、今までこの契約はただのまんじゅうの押し売りの為だけだと思っていた。


 記憶の無い俺に何か出来る事など本当にあるのだろうか?


「星が滅ぶほどの何かがあるって……それを防ぐには何をすればいいんだ?」

「やる事は殆ど終わってル」

「………………え、終わってんの?」


 ボクは優秀で善き存在だからナ、とアールが死にそうになりながら言った。仕事が早いのは良い事だとは思う。しかしアールの状態を見るにかなり無理な何かをしたのだろうか?


「後は使徒として最後の仕上げって時に……解決策が全く分からん大問題が出来てナ……任務遂行がストップしてんダ……」

「それがまんじゅう?」

「MAN十は別ダ……多すぎて困ってはいるが……食えば解決ダロ? その大問題については……今までの苦労全部台無しになりそうなモンだが……それはボクの問題だから気にするナ……」


 なるほど、解決策の見つからない大問題にアールが頭を悩ませている時にまんじゅう問題が追加されて困っていると。


「それで俺にまんじゅうの問題を任せたいって事だな?」

「そう……ダ……」


 それなら何とかなりそうだ。あの美味いまんじゅうを食べればいいだけだから。

 俺は机に置いていた契約書とペンを手元に引き寄せ、さらりと"レスト"とサインした。アールを見ると俺の行動に目を丸くしているようだった。


「何だよ……困ってんだろ?」


 ほらよとアールにサイン済みの契約書を渡そうとしたが光の粒になって俺の体に吸い込まれていった。思わず不思議な光景に目を奪われる。これが契約したことになるのか。


「もう嘘付けなくなってるのか?」

「ああ……何か適当に……俺は女だとかでも言ってみロ」

「俺はおんっ! ……うわすげぇ! 言えねぇ! アールも言ってみてくれ!」

「……ボクは女ダ」

「え? 嘘付けるじゃん」

「この軟弱ボディは女だゾ。ボクはおとっ……ホラ」

「マジかよ」


  アールは男って言いかけて言葉を詰まらせていた。俺が女だと言えなかったのと同様の反応だ。俺は今までアールを男だと思っていたので驚きである。


 そして、俺はアールの名を呼んだ。少し声が固くなったかもしれない。呼ばれたアールは頭を持ち上げて俺の顔を見た。


「俺が契約書にサインする前のすべての説明——嘘偽り無いな?」


 俺の問いにアールは不敵に笑った。


「あぁ、今までレストにした説明は全て真実ダ」


 その返答に漸く体の緊張が解けた。もし嘘の説明をしていたらどうするつもりだったんだと俺はアールに怒られた。


 本当にとんでもない博打を打ったものだと俺は思う。でも真実だった。アールの言葉を信じて良かった。そしてあいつは先ほどの応酬で疲れたのだろう。アールは再び頬を机につけてまんじゅうを食べだした。


「アール……もし俺が願いを叶える時に"記憶を取り戻したい"って願ったら叶うのか?」

「食った分だけ叶うだろうが……そんなもったいないことするナ。……どんな奴だったのか自力で調べるなり聞くなりして……願いは別の事に取っとケ……」


 俺はアールの返答に驚いた。


「俺が記憶を取り戻そうとするのは邪魔しないのか?」

「別に……好きに……すれば……良イ」


 アールはヴェンジの事をひどく嫌っていたからてっきり俺が記憶を取り戻そうとするのは反対すると思っていた。ひょっとしたら俺が記憶を思い出せるはずがないと高を括っているかもしれないが。


「でもこれからは……レストだと……名乗レ。……あと三食おやつ……全部まんじゅうナ」


 ……まぁどうせ俺を見ても誰も分からないだろう。記憶が戻るまでレストとして名乗っておいてヴェンジ・スターキーを知っている人物を探すというのも良いかもしれない。


「はぁ……記憶が戻るまでならレストって名乗ってやるよ。でも三食おやつまんじゅうって……まんじゅうばっかりだと体に良くないんじゃないか? あと飽きるだろ」


「フ……舐めるな、ボクのまんじゅうは完全栄養食だゾ? それにまんじゅうでしか接種出来ないエネルギーだってあるから……大量にひたすら食い進めるんダ」


 まんじゅうでしか接種出来ないエネルギーって何なんだ……?


「つか、まんじゅうって今どのくらいあるんだ?」

「そうだな……この町が街灯の高さまで埋まる分……」

「待て待て待て、そんなに?」

「……それが約十つ分てとこだナァ……」

「じゅ、え、十個分?」


 思ったより大惨事だった。


「量がバカ過ぎるだろ! そんな大量にあるのに食って解決できるのか!?」

「ハハハ……実はまだ少しずつ繁殖してるゼ? 空間収納の中は……時が止まってる筈なのにナ……流石ボクのまんじゅう……軽々予想を超えてくル……」

「んな事言ってる場合じゃねぇ! 空間収納は後どのくらいまで余裕ある!?」


 空間収納の容量は人によって様々だと聞いている。俺が食う時間を稼げればいいのだが。


「最大容量の記録を今も更新し続けているゾ……」


 内側から広げられれば案外容量が増えるもんだな、だとかアールは良く分からんことを抜かした。


「もむっ、もう容量ギリギリなのかよ! ああ、美味いなちくしょう!」


 今から焦ってまんじゅうを食べても微々たる量だろうが、流石に食べずには居れぬ心境だった。そうだ、まんじゅうについて聞いておかなければならないことがひとつある。


「その空間収納に入っている大量のまんじゅうは、落としたら前みたいに怒ってモンスター化するのか……?」

「当たり前だロ」

「全部?」

「イエス」


 繁殖とか言っていたから気になったのだ。そうか、全部そうなのか。


「バーカバーカバーカ!! 何てやべぇもんここまでほったらかしにしてんだ!?」


 アールをひたすら罵倒しながらまんじゅうを落とさないよう気を付けて食べる。食べながら考える。


 今俺とアールの間では嘘が付けない状態だ。分からないこと、聞きたいことがいっぱいあるのだ。何から聞いたものかと俺は考えていた時だった。


「もういいカ? ボクは森に戻ル」


 そう言ったアールはふらりと立ち上がったのだった。

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