第9話 嘘

「ほんとぉ勿体ねぇよなぁ? 魔族は女しかいねぇってのにありゃ萎えるぜ!!」

「肌とか顔、耳やらあちこち紫に変色してるし肥大してて気持ち悪りぃじゃん。頭がイかれてる上に行動まで全部やべぇじゃんね?」

「魔王はどんな女だったんだよぉ? ヴェンジよぉ」

「こいつ記憶喪失じゃんね。覚えてねえじゃん?」

「悪い、俺は全くおぼえ——」

「がはははは!! 全部忘れてるから記憶喪失なんだろ?」

「現に俺たちの事も忘れちまってよぉ?」

「あ、すまん……」

「んなこと気にすんなよ!! 俺たちとお前の仲だろ?」


 俺は巨体の彼に肩を組まれた。肩を組むというよりほぼ圧し掛かられる形であるが。


 ロンジとの手合わせ後、俺がギルド内の売店にいた時に背後から声を掛けてきたのが彼ら三人である。


 どうも彼らは俺が記憶を失う前の友人達らしい。今はギルドの飲食スペースで俺を含めて四人で話をしている所だ。


 彼らが大きな声の会話に慣れているせいか、俺の返答をあまり聞いておらず少し悲しい。特に巨体の彼は滅茶苦茶声がでかくて俺の耳が痛いほどだった。


「おうそうだ! ヴェンジはさっき何買ってたんだ?」

「あぁ、ビーサン買ってたんだよ」


 そういえばお気に入りのビーサンを買ってまだ袋に入れっぱなしだった。未だに裸足なので今取り出すついでに履いてしまおうか。

 俺は買い物袋から購入したビーサンを取り出して巨体の彼に見せた。


「だっせぇなあおい! お前にこんなもん似合わねぇよ!」


 そう言って彼は俺からビーサンをふんだくって窓の外に放り投げた。まさかそんなことをされるとは思いもよらず、俺は空飛ぶビーサンを呆然と見送った。


「は、え……俺のビーサン!?」

「あんなだっせぇ安物よりもっと良いの買えよ。お前金だけは持ってんだろ?」


 巨体の彼はそう言って俺の肩を強く何度も叩いた。……確かに記憶を失う前の俺は物欲が無かったらしく、金の使用履歴を調べても殆ど無かった。魔王を倒した報奨金もこれまでのギルドの報酬もほぼ手つかずのまま残っている。しかし金が有る無いの話ではないのだ。単に好みの話なのである。そして彼らは気付いているのだろうか?

 俺は今、裸足だ。

 俺は投げ捨てられたビーサンを取りに行こうと腰を浮かせた時だった。


「おーいヴェンジ。まだギルドに居たのか。丁度お前さんの同行パーティーが見つかってな。今から奥の別室で詳細を……どうした?」

「ロンジ……何でもない。早いんだな、行くよ」


 遠くから声をかけてきたのはロンジだった。もう俺のランク判定の為の同行兼試験官を見つけてきたらしい。ロンジは俺と同席の彼らを横目でちらりと見て俺に視線を戻す。


「知り合いか?」

「……そうらしい」


 へぇ、とロンジはどうでもよさそうな返事をひとつして俺を先導し歩き出す。


「あいつらとパーティー組むのか?」

「いや、そういった話はしてない……」

「まぁパーティー組む相手はちゃんと考えた方がいいわな」


 ロンジに先導された先、奥の個室に行くと俺に同行してくれるという三人が待っていた。リーダーのアンクス、そしてシーリンとカナンだ。彼らは三人でパーティーを組んでいるらしい。パーティー名は"風の調べ"だそうだ。入室時、リーダーのアンクスを間に挟んでシーリンとカナンが目で威嚇しあっていたが、彼女たちは喧嘩でもしているのだろうか? しかし俺の姿を目視したとたんに彼女たちは喧嘩を辞め、三人とも席から立ちあがった。


「まさか勇者パーティーのひとりと会えるなんて思わなかったぜ。記憶喪失なんて大変だな……試験って形だけど、気楽にして大丈夫だ! 分からないことはどんどん聞いてくれ」

「怪我とかしたらすぐに言ってくださいね。私がちょちょいと治します」

「近くのDランクのダンジョン。そこ行く」


 アンクスは元気な青年のようだ。握手を求められたので応じたが、俺は記憶が無いのでなんだか申し訳ない気持ちになった。カナンはほんわかとした話し方をしており、シーリンは口数が少ない人物のようである。3人ともCランクの冒険者らしい。そして試験場所については近くにDランクのダンジョンがあり明日そこに行くそうだ。ダンジョン内に巣くう魔物の討伐をするらしい。ダンジョンから溢れ出た魔物が町まで来るのを防ぐため、定期的に依頼があるようだ。


 簡単な紹介と集合場所などの話が終わり、俺はひとり先に退室した。ロンジとアンクスたちはそのまま部屋に残った。討伐とは別で俺の試験はギルドからのアンクスたちへの依頼という形らしい。

 早足に退室した俺はずっと気になっていることがあった。


「……まだあるよな……」


 俺はギルドの裏口から外に出る。目当てのものはすぐに見つかって安堵した。


 購入時に張られたテープを見る限り、間違いなく投げ捨てられた俺のビーサンだ。ロンジたちとの話は直ぐに済んだがその間に誰かに拾われていたらと不安だったのだ。


 幸い細い裏通りなので人通りもなく、捨てられたゴミの扱いは免れたのだろう。

 これで裸足から解放されるとビーサンを拾った時だった。


 大きな話し声が耳に入ってきた。声の元はギルド内からのようだ。随分と聞き覚えのある声だった。当たり前だ。なんせさっきまで一緒に話していたのだから。


 記憶を失う前の俺の友人だという彼ら3人の声だ。


「——でもオオガンよぉ、あんまり複雑な設定にしちまうとヴェンジに後々辻褄あわねえって気づかれるよぉ」

「勢いで押せば何とかなるだろ! なぁジャンネ?」

「ダチじゃねぇってばれてからだと勢いでも難しいかもじゃん? それにヨーデルが言ってるようにもっと簡単な設定にしねぇと俺たちが合わせらんねぇじゃん」

「むう!! それもそうか!?」


 ……嘘だったのか。


「にしてもまだ戻って来ねぇなぁ!」

「依頼に直接行ったかもよぉ?」

「折角ここの会計任せようと思ってたじゃんねぇ」

「俺たちがこれから金の有効的な使い方を伝授してやろうってのになんて奴だ!」


 そうか、金があるから。

 窓の下、壁を背にしゃがみこんで聞いていた。音を立てないように。


 正直この会話を聞いて俺は少し安心していた。ほんのひと時の会話をしただけだが、今の俺が彼らと再度友人になれるのか本当に分からなかったのである。


 話していた時は嘘だって分からなかった。

 こんなすぐ近くに友人が居たんだって知った時、俺は嬉しかったんだ。

 けど違った。


「……明日の準備しないと。買い物に行くか」


 無意識に溜めていた息を吐きだし、俺はそっとその場を離れた。


 ***


 少し陰鬱な気持ちのまま道を歩いていると聞き覚えのある声に呼び止められた。


「ああ、レストじゃないか奇遇だな。顔色が優れないが昨晩はあまり眠れなかったのか?」

「レスト……って。あ、スワン……」


 振り返ると昨日の取り調べ時に散々世話になったスワンがいた。そういえば俺の名前がヴェンジだって訂正しないと。


「……スワン……あの……えっと、勇者パーティーってどんな奴が居るか知っているか?」


 言えなかった。俺がヴェンジなのだと。スワンは記憶を失う前の俺を知っているだろうか? もし知っていたら……彼女はヴェンジについてどう思っているのだろうか。もし彼女がヴェンジに対して好ましくない感情を抱いていたら、と一瞬頭をよぎりスワンに伝える事が出来なかった。


 言えなかった代わりの急な話題に、スワンは怪しむことも無く返答してくれた。


「勇者パーティーは有名だからもちろん知っているよ。話したことはないがね」

「あー、その……ギルドに行ったら元勇者パーティーのバンダーに会ったんだ。有名人らしくて、珍しい事なんだろうかって」


 言い訳じみたぎこちない返答をしたと思う。本当に言うべきことはそんなことじゃないのに。


「それはラッキーだったな。なぁ……レストは何か悩み事があるのではないか?」


 スワンは俺の手を取り両手で握る。どうやら彼女には俺の下手な取り繕いは通用しないようだった。


「何でも話してくれ。自慢じゃないが私は騎士の中でも相談しやすいランキング上位らしいんだからな?」


 スワンは茶目っ気にそう言った。相談……それはいい案なのではないだろうか? 彼女は信頼出来る人物だ。


 もういっそ全部話してしまおうか。


 森で大きな白いドラゴンの死体があること、俺の足が鏡に映らないこと、路地で盗品らしき鏡の欠片を拾ってしまったこと、俺が元勇者パーティーであること、俺の名がヴェンジで、消滅した精霊レイを探していたらしいこと。目覚めてから今まであったこと全部何もかもを。


 意を決して暴露しようとした時、そこでようやく俺はスワンの顔を見たことに気付いた。俺は今までぼんやりと下を向いていたようだ。彼女は昨日見たのと違って少し目が疲れている。なんとなくだが、きっちりとまとめていた髪も少し乱れている気がする。


「……ふはっ。スワン昨日寝てないだろ? なんだか疲れた顔してる」


「え、あ、そんなにか? 確かに人手不足の時に昨夜緊急で通報があったもので家には帰っていないけれど……見苦しいものを見せてしまったか」


 スワンは申し訳なさそうに、少し恥ずかしそうに言った。俺のために時間を作ろうとしてくれたそうだが、さらに仕事が増えてしまったらしい。今は気分転換代わりに巡回しているという。


「なんだかスワンの顔見たら悩みが吹っ飛んだ。俺も頑張らないと」

「……レスト、無理はするなよ?」

「スワンこそな」


 俺は努めて明るく振舞った。彼女を心配させないよう意識的に。俺は彼女が握ってくれた手を握り返す。もう大丈夫だと伝わるように。これ以上彼女に負担を強いるような情けないことはしたくなかった。


 俺は一言二言話した後、スワンに借りた金を返して別れた。別れてからは彼女のアドバイスをもとに装備やデバイス等の買い物を済ませた。


 ……今の俺は買い物ひとつにしてもどうすればいいか分からない。


 それなのにこれから記憶を取り戻すために冒険者をしようというのだ。

 冒険者としてやっていくにあたって必要な情報が欲しい。

 その為には一緒にパーティーを組めるような信用できる人物が欲しい。


 しかし信用できる人物とはどんな人なのだろう。

 スワンのように親切で信頼できそうな人もいるが……

 俺の友人だと嘘をついて近づく人物だっている。

 その時はどうやって嘘を見抜けばいいのだろう?


 アンクスたちの『風の調べ』に世話になる? いや、今回はギルドの依頼での同行だからパーティーメンバーとなると話はまた別だろう。というかアンクスたちの人間関係を見るに俺が割って入るのはやめた方が良い気がする。

 ぐるぐると回る思考の中で俺はふと思い出した。森で目覚めた時の出来事だ。初めてアールにまんじゅうを食わされて胡散臭い契約を迫られた時のあの雑な説明。


「……"嘘がつけなくなる"……?」


 そう、アールは確かにそう言った。

 それはまんじゅうを食うだけなら必要の無い条件だった。

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