第3話 取り調べ
俺たちはまんじゅうモンスターに謝罪した後、近くの町に向かった。一番近いのは港町ブルーローズだとアールの道案内をもとに海岸に向かい、海を真横に眺めつつ砂浜を歩いて向かう。
二人してまんじゅうを食べながら俺は海辺を歩く。
歩いている、というのは少し違っていた。
二人並んで歩いているのではないのだ。
俺がアールを小脇に抱えて移動している。
アールの歩く速度が非常に遅かったのだ。それに歩くのが遅いだけだったら良かったのだが……アールの歩く姿はとても、その……奇妙だったのだ。
アール自身が歩くというより、外から無理に動かしているようにも見えた。ただの感覚だ。俺が知らないだけで、そういった歩き方があるのかもしれない。
奇妙ではあったが、無理をしているのは分かったので、俺がアールを町まで抱えて運ぶことにした。
「……全然人に出会わないな」
とうとう沈黙に耐えかねて疑問が口に出てしまう。いや、これで良いのか。記憶が無いのなら情報収集はしなければならないのだ。今聞ける相手は脇に抱えた不審者しかいないのが少し心配では……。
……考えてみれば、俺も裸の不審者だった。道行く人が俺を見れば驚く事は間違いない。
俺の動揺をよそにアールは疲れたように返事をする。
「新しい町なら人に遭遇するかもしれんが……ここだと街灯の外だからナ」
「街灯の外?」
この辺りで人に遭遇しないのは街灯の外だからだとアールは言う。
街灯とは何か。古い町を等間隔に囲うようにして立ち並ぶ特別な明かりの事を街灯というらしい。その街灯はただの明かりではなく、魔物避けの魔術が組み込まれている。
「だから街灯の外には出ないのか。でもさ、ずっと引きこもってる訳にはいかないだろ。移動する時はどうするんだ?」
「基本は町から町へ転移するから問題なイ」
街灯のおかげで、滅多なことでもない限り魔物は町まで来ない。のであれば、わざわざ街灯の外には出ないだろう。
「その街灯ってのは魔物に壊されないのか?」
「何しても壊れんヨ。だから今まで残ってル」
街灯自体かなり頑丈で傷がついたとしても自己修復する優れものらしい。よく分からんが凄い。
さらに街灯はロストテクノロジーの塊で現在の技術では同じものを作ることが出来ないらしい。より一層分からんが何か凄い。
ちなみに古い町、通称"古都"は6つあるとのこと。
「……ひとりだけ作れる奴がいるがナ」
「古都に街灯、6つあるのか…………ん? 今なんか言ったか?」
俺は聞いた情報を反芻して脳に刻み込んでいる時、アールが小さな声で何か呟いた。
「いや、何でもなイ。街灯の明かり部分には下級精霊が住み着いていル。何しても壊れん安全な住処って訳だナ」
「そんな人気なら強い精霊に追い出されたりしないか? 聞いたところ街灯の数は少なそうだし」
「外で生きていけるような強い精霊はわざわざ狭いところには隠れ住まんヨ。人との共生を嫌うだろうしナ」
「人との共生? なにかするのか?」
「登録身分証の無い生物が街灯から一定範囲の距離まで近づいた時……街灯が反応する仕組みが出来ててナ。それに呼応した精霊の声を聴いた騎士がやって来ル」
街灯の反応は精霊にとって不快なものらしい。そりゃ反応せざるを得ないか。魔物なんて怖く無いなら突然不快な反応をする街灯にはわざわざ住まない。
「騎士はみんな精霊の声が聴けるのか?」
「逆だヨ。一部の精霊の声を聴ける奴が騎士になってるだけダ。騎士の中でも精霊の声を聴ける奴は少数だヨ」
あれが街灯だとアールの指差した先、遠目に見えるのはてっぺんが光っているただの棒だ。想像よりも本数が多い。
「いつもなら街灯の精霊に賄賂を渡して入るガ……今は何もせずに街灯近くで騎士団が来るのを待つほうが良いナ」
わ、賄賂……? 先ほどの説明の流れからするとアールは正式な手順を踏んで町に入っていないことになるが。
「レスト、打合せするゾ」
アールは何か企んだ様な笑みを俺に向けて言い放った。
***
「ふむ、気づいたら何も覚えていないと。そして周囲に散乱する荷物と走り去る獣をみた後に頭の痛みを感じた。周りは海の近くの森で自身は全裸の状態でだった。……成程……記憶を失う前の君は海で楽しんでいたのだろう。その時に荷物を魔獣に漁られて盗まれた。荷物を取り返そうとした君は転んだ際に頭をぶつけ、記憶喪失になってしまったといったところか」
記憶喪失になるところ以外はよくある事例だね、と騎士のお姉さんは疲れたようにため息をつく。
「……人の趣味にとやかく言うものではないが……今の君に記憶はないとのことなので伝えておくよ。海に入る時に最低限は防刃水着を着たまえ。周囲に人がいないからと開放的になるだろうが、魔獣がいつ出没するか不明な場所で無防備になることは今後避けるようにするように、いいね? 他に気になる事と言えば、荷物を外に出していた点だ。空間収納にはもう何も入らないほど詰めていたんだね? 重要な物ほど手に持つのではなく空間収納に収容するように。君の同行人も空間収納に食べ物を詰めすぎだ」
「は、はい。これからは気を付けます」
騎士のお姉さんは机に置かれた半透明で薄い結晶板を両手で操作する。結晶板の上に何層にも浮かぶ文字列を指で選び取り、会話の記録を取っているようだ。記録を取りながら残念なものを見る目を俺に向ける。
やめてくれ、そんな目で見ないでくれ。記憶を失う前の俺はそんなアホな人間では……では、ないはずだ、きっと。下一枚くらいは流石に履いていたよな……よな?
覚えていないから分からないが。
アール言っていた打ち合わせとは、服を着ておらず記憶の無い俺が問題なく町に入るためのものだ。騎士団に伝える情報と伝えない情報の整理を行っていたのである。
嘘はついていない。
けれど、かといって事実でもない内容を伝えること。
何故このような説明をする羽目になったのかというと、アールはあの森で俺たちに何があったのかの説明を頑なに拒否したからだ。
騎士団に対しても、俺にも何ひとつ言うことは出来ないと。さらに、俺は目覚めたときに見た大きな生物の骸を誰にも伝えるなとアールから口止めされた。うっかりそれを騎士団にばらせば暫く外には出してもらえないのは間違いない上、最悪死刑になるらしい。特に記憶の無い俺には不利だとアールは言っていた。
何の死骸だったのだろうか……怖すぎる。
俺はアールのすべてを信用したわけではないが、かといってアールに反抗してリスクを背負う必要もないだろう。ひとまず俺はアールの言う通りにしておくことにした。もし言っていないことがばれても俺は記憶がない事に混乱して伝え忘れた体裁でいくことにした。
「これで取り調べは終わりだ。犯罪者名簿に記録もされていなかったし、特に問題はないだろう。君から何か聞きたいことはあるか? ……とはいっても、記憶がない君とっては聞きたいことだらけだろうが」
「……俺が誰なのか調べるにはどうすればいいと思いますか?」
「そうだな……冒険者ギルドに行ってみるといい。私の主観だが、その体格から見て君は冒険者なのではないかな? もしそうなら登録時に血液などによる生体認証をしているからそこから照合できるだろう。冒険者でなくても、行方不明者の捜索依頼が冒険者ギルドへ出されていることが多いから行ってみて損はないだろう」
「冒険者ギルド?」
正式名称、危険地帯冒険者組合。略して組合や、ギルドなどと呼ばれる。冒険者というのは人が立ち入れぬような危険な未開の地に足を踏み入れてはその情報や素材の収集を行うことや、依頼に応じて危険な地に赴く代行等をするのだと簡単に説明をしてくれた。
その説明の間に、騎士のお姉さんはデバイスを操作し、港町ブルーローズの地図を紙に出力し俺に手渡した。君が結晶デバイスを持っていればよかったのだが、と言った彼女は少し苦笑した。そして彼女は地図に冒険者ギルドの場所だけではなく宿屋や幾つかのおすすめの店を書き込んだ後、俺に地図の読み方を教えてくれたのだ。
「あぁ、もし君が騎士団の一員だったら私から連絡するよ。この町で君のような騎士団員は見たことが無いが……他の町で団員が行方不明になっていれば私にも情報が入るからね」
「色々とありがとう、騎士さん」
「私のことはスワンと呼んでくれ。時間取らせたね、今は人手が足りなくて大変でな」
そうだった、最初に顔を合わせた時に目の前にいる彼女は丁寧に名乗ってくれたのだ。
ブルーローズ騎士団の副団長スワン・ピットマン。凛とした顔つきが特徴の女性だ。長い髪は業務の邪魔にならないようにだろう、後頭部にまとめて丸くコンパクトに留めてある。その見た目や歯切れのよい言動から頼りがいのある人物だと感じる。
俺とスワンは取り調べをしていた部屋を出て並んで歩く。楽な口調で良いと言った彼女と軽い雑談をする。取り調べも終わって安心した俺はすでにスワンのことを信頼しきっていた。
しかし人手が足りないとは何か事件でもあったのだろうか。実はアールと俺の2人街灯で騎士団が来るのを待っている時もかなり時間がたっていたのだ。その分、アールと十分に打ち合わせが出来たのだが。今も騎士団の詰所は閑散としており、取り調べもアールの次には俺までもスワンがひとりで行っていたのだ。
「騎士って忙しいんだな。何かあったのか?」
「今は特にだな。もう町中に知れ渡っているだろうが、最近この町の近くに守護竜シルヴィアヴラムが降り立ったと一般市民から通報があってね。守護竜が動くなんて只事ではないから周辺調査に騎士が駆り出されて本当てんてこ舞いだよ。魔王が倒されたとはいえ、未だに守護竜は魔族に命を狙われているから何事もなければいいのだが……」
守護竜シルヴィアヴラムというのはね、とスワンが記憶の無い俺に説明してくれた。
守護竜は世界に一体だけ存在する特別なドラゴンの事だそうだ。他のドラゴンとは異なり知能も力も体躯や魔力までも、桁違いに優れている。しかし、寿命は人よりは長いものの、生きていれば死は免れない。守護竜が死亡した時は世界中で数多くいるドラゴン種のどこかに自然と生れ落ちて代替わりするとのだという。
そして今代の守護竜シルヴィアヴラムはホワイトドラゴン種で聖なる力が歴代で最も強く、魔族の天敵とまで言われている、らしい。
その守護竜シルヴィアヴラムは、鱗や翼まですべてが白く美しいドラゴン、らしい…………。
全身が白いドラゴン……。
俺が森で見た大きな死骸は……いやドラゴン違いであってほしい、本当に。切実に。俺が見た白いものはまんじゅうだ。きっとまんじゅうドラゴンだ。
俺は平常心を装うのに必死だった。視線をどこに定めればいいのか分からず冷や汗がダラダラと流れている。スワンの方を見るなんて一切出来やしない。
だから出入口の扉のそばのベンチでだらしなく寝そべっているアールを見つけて安心した。俺は一刻も早くここから離れたかった。
「おーい! アール、そこ寝るところじゃねえから! ……大丈夫か?」
俺は小走りでアールに駆け寄った。アールの顔色があまりに悪いので死んだかと心配して尋ねると、俺に向かって手をひらりと返してダイジョーブと微かに呟いたのだった。
良かった、生きていた。
「それじゃあ俺たちはこれで。あ、買ってきてもらった服の代金はまた返しに来るよ」
「ああ、余裕のある時でいい。そうだ、今度私と君の二人で食事でもどうだろうか?記憶が無くて何も分からない状態だと色々不便だろう。私でよければ色々教えるよ」
「そ、そうだな。また今度色々教えてくれ」
そうして俺たちは足早に騎士団の詰め所を去ることにしたのだった。
***
スワンはアールを抱えたレストを見送った後、先ほどからひっきりなしに届いている結晶デバイスの通知を確認した。守護竜シルヴィアヴラムの捜索結果の報告だ。音声通信用の魔道具である金属イヤリングから簡潔な報告をリアルタイムに受け取っているが、少々気になることがあった。
「……すべて異常なしか。——歪みの森以外は」
歪みの森はうっかり足を踏み入れれば方向感覚を失い二度と戻れないといわれている危険地帯のひとつだ。どれだけ事前に準備していても迷う上に、現在でも何故迷うのかも解明されていない。このような危険地帯には騎士団ではなく冒険者ギルドに騎士団から依頼をすることが多いので歪みの森は捜索範囲から除外している。
しかしながら、ここ歪みの森については冒険者の帰還率が低い上、採取出来る素材も旨味はない。冒険者でさえも滅多に立ち入らない場所だ。依頼しても受ける冒険者がすぐに見つかるか少々気がかりではある。
帰還率とは立ち入ったエリアから生還した人の集計だ。冒険者タグだけ発見されて持ち帰られた場合も帰還として数えられる。冒険者タグの持ち主が死んでいようが生きて何処かを彷徨っていようが、である。
その帰還率を元にしてエリアの危険度がランク付けられる。それに対応して立ち入る冒険者のランクがつけられる。
歪みの森はおおよそ危険等級Bに相当する危険なエリアだ。
あの二人、レストとアールが来た方向は歪みの森が近い。普通ならまず近づくことすらしない場所から来た。
スワンは通知にすべて目を通した後、冒険者ギルドへの歪みの森の依頼を行う為デスクに戻り結晶デバイスを操作する。事務仕事を全部こちらに投げてくる団長のせいで山のような書類を前に一人詰め所で缶詰なのだ。
「…………何か隠しているな」
取調室を出てからの彼の仕草や返答で何かを隠しているとスワンは感じ取った。職業柄、人の反応は見慣れているのだ。アールについては時間がないと判断し、レストの時よりも直接的な問いを投げかけたのだが、全てにのらりくらりと躱されて何一つ分からなかった。
……アールからはもう話を聞けることはないだろう。
探るとすればレストだろう。記憶喪失は事実のようだが、果たして敵か味方か——
スワンはレストと接触する時間をどうにか空けられないものかと休む暇のない業務スケジュールを見直すことにした。
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