サイドストーリー

ポラリス

 この仕事は自分で選んで、自分で掴み取った夢。

 それなのに、思うように行かないこともあれば、そんな自分が嫌になるときもある。

 自分のことは、自分でなんとかする。

 誰かに甘えるなんて選択肢はない。強くあらねば。


 それなのに。


 不意に足が止まる瞬間、前に進めない不安。進み続けるには、年長者にアドバイスをもらい叱咤激励してもらうのが良い。これまでの経験がそう訴えていた。息抜きも兼ねて仕事終わりの展望台、先輩を星空の下に誘った。隣り合って夜空を見上げ、始まりを告げる反省会。


「先輩って、叶えたい夢ありますか?」

「ああ。幾つか」

「たとえば?」

「そうだな。わかりやすいところで言えば『みんなに幸せでいて欲しい』かな」

「それは、仕事上達成したい目標、といった意味での夢ですか?」

「それもあるけど、個人的な夢でもある。結構本気。でも叶ったとして、そこには『平穏無事な暮らし』を想定しているから、俺みたいな捜査官ガーディアンは不要になって、転職必須な状況になるんだけど」

 先輩は笑って流しているが、自分はすぐさま疑問に思う。

「それでいいんですか?」

「転職の話?」

 そんなの絶対勿体無い。だって。

「ガーディアンになるのが子どもの頃からの目標だったって、教えてくれましたよね」

「よく覚えてたな。まあ、できることなら、相棒と共に最後まで勤め上げたい。でも、そこにしがみつくことはしないかな」

「しがみつくことと、やり抜くことは、違いますか?」

「さすがライ」

 鋭い質問だ、と続けながら思索する横顔。そう長くかからず微笑みに変わった。

「振り返ると、俺も相当しがみついてた。目の前にあるものを全部握りしめて、自分のキャパを無視して尽くしてた。一意専心と言えば聞こえはいいが、その実、愚直に努力して結果を出す自分を見たかっただけかもしれない。そうやって、無能じゃないぞって自分自身を言いくるめて、そう信じたくて必死だった」

「もう信じきることができたから、しがみつかなくなったんですか?」

「いいや。その逆」

「逆?」

 先輩が手を伸ばしたその先に、きらりと瞬く星が一つ。

「信じようとする努力はもう不要だって、思う瞬間があったんだ」

彼の手が空から降りてきて、その指先で軽く額を突かれた。

「ライのおかげで」

「自分、ですか……?」

「ライが信じてくれたから、俺はもう充分だ」

 先輩の手が離れ、前がよく見える。けれど見上げる勇気がない。自分は、あなたほど強くない。

「とは言え不器用であることを自覚しているから、至らない部分も、文句言いたいことも多々あるだろうけどな」

「そんなことないです!」

「そうか? ありがとう。まああれだ。俺は一応上司ってことになってるし、ライの立場上、言いにくいこともあるだろう。気の利いたアドバイスができる保証もない。だけどもし前を向くのに飽きたら、横を向いたらいい」

「横?」

 彼の方を見上げると、優しい微笑みに包まれた。

「誰がいるでしょう」

「……っ……ありがとう、ございます」

「ああ。もちろんだ」

 前を向かなくても、どこを向いても、あなたはきっと隣にいてくれる。

 そう気づけた今宵、星が一層輝いて見えた。

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ディストーション 木之下ゆうり @sleeptight_u_u

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