本日の三題噺 2/14 『バレンタイン』、『ピーナッツ』、『オフィスビル』
バレンタインの思い出
二月十四日、渡辺はオフィスビルを見上げていた。十年以上前に自分が働いていた会社が入っている辺りを見つめていた。
当時の彼は何ヶ月もの営業の成果がもう少しで出そう、というところまできていた。
会社の女性社員に、義理チョコと言うには立派すぎるチョコレートももらった。
機嫌よく家に帰ったが、当時一緒に住んでいた女性と喧嘩になってしまった。
バレンタインだというのに、夕食は昨日の残りの煮物やスーパーで買ったお惣菜などいつもと変わらないものだったし、彼女が用意したチョコレートは義理チョコ感満載のピーナッツ入りハート型チョコだったからだ。
カッとなった彼は会社でもらったチョコを叩きつけ、彼女を突き飛ばしてしまった。 バランスを崩し床に倒れた彼女は、彼が声をかけても反応しなかった。
彼は思わず家を飛び出した。警察に電話をしなかったのは、電話ではなく直接警察に行って話をしたかったからと自分に言い訳をしながら。結局、警察には行かなかった。
その結果、彼の営業成果は別の社員のものとなった。
『あんなことがなければ、大金星を挙げられたのに』
未だに悔み、十年以上前の事にまだ縛られていた。
☆ ☆ ☆
「……というわけで、まだ渡辺さんは成仏していません」
渡辺の霊をたまたま見つけた霊能力者が、どう調べたのか彼の元恋人に訴える。
「彼を成仏させるために手伝ってください」
渡辺は彼女を突き飛ばして殺してしまったと勘違いして、そのまま自死を選んだ。
しかし、話を聞いた彼女は呆れていた。
自分を殺してしまったことを――それは勘違いだったのだが――悔やむのではなく、気にしていたのは仕事のことだったからだ。
それに「家事は分担しよう」「チョコは苦手だから、ピーナッツをつまみにおいしい酒が飲みたい」などと言ったのは誰か。
彼女は霊能者に「私に手伝えることはありません。手伝えるのは彼の会社の人じゃないですか」。
そう言うと席を立った。
心霊プラス純愛ものの動画撮影を狙っていた霊能者は当てが外れてしまって、渡辺の件から手を引いた。儲からない動画を撮るつもりはなかった。
もうあのオフィスビルに、渡辺の働いていた会社はない。
それでも渡辺はそこに立ち、これから先もずっと見続けるのだろう、一番輝かしかった過去を。
自主企画に参加した短編集 2 @mia
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