パワーインフレの進んだ世界で、求められるのは「逃げ」性能!?

都如何孫山羊子

第1話




「勇者のパーティ? ああ、目の前の広場にいるよ」


「え? 人がいっぱいでどれか分からないって? 違う違う、全部だよ」


「広場にいる人、全員勇者のパーティだよ」





 人間と魔族は、永い歴史の中で幾度となく戦争を繰り返していた。

 魔族を統べる魔王という存在を、打ち倒さんとする人間側の最終兵器は、勇者という神に祝福された存在だった。

 勇者と魔王の戦いは壮絶で、両者相討ちも、珍しい話ではなかった。

 魔王を倒し、平和を手に入れても数十年後には新たな魔王が生まれてしまう。


 人類は、魔族との戦争において、被害を最小限に抑え、負けない勇者を作るため――科学の粋を集め。『チェインリング』を作り出した。


 魔力で繋がる特殊な腕輪である『チェインリング』はすせ付けた人数分だけ勇者を強化できるという優れもの、更に受けたダメージすらも、リングを付けた全員で割り切ることが出来、一人一人へのダメージが極小に減るという、誰も傷つかず敵を粉砕できる。夢のような腕輪だった――事実、あるものが出てくるまで、人間側の優勢で何体もの魔王が倒され。

 永遠に続く、拮抗した戦争は、人間側の勝利に終わるかと思われた。




 しかし!




 突如魔族に生まれた一匹の天才科学者が人類の強みを打ち砕く武器を開発した。


確殺瑠戯かくさつるぎ


 その名の通り、めちゃくちゃ攻撃力の高い剣である。この剣は、数万人単位のチェイン程度なら一人残らず斬り刻めるほどの攻撃力を持っており、それまで数百人単位のチェインが主流だった人類は触れたら死ぬ剣を相手に、劣勢を強いられてしまった。

 数万人単位のチェインは勇者一人への負担が重く、人間側は確殺瑠戯に少しでも触れればチェインメンバーごと全滅してしまう。

 そのため、次第に勇者に求められる行動は『にげる』が主となっていった。


 戦場は、どちらがより敵の攻撃を避けて、敵に究極的なダメージを与えるかに特化していった。

 

 王都での新勇者育成には回避の訓練に重点を置かれるようになっていき、素早さの高い勇者が数多く輩出されていった。


 しかし、いくら逃げ足が早くても、魔物が振るう確殺瑠戯は少しでも触れたら即死なのだ。王都では屍が山を築いていた。





 王都より南下したここ、のどかな農村に、素早さだけが取り柄の少年がいた。

 彼の名は『ヤハイ』日がな一日畑仕事を放り出して森を走り回って遊んでいる逃げ足の早い普通の少年だった。

 

 いつものように、怒り心頭の両親から逃げて森へ駆け込んでいる途中で、少年は、「チェインリング」を拾った。 


 そこから、少年ヤハイの魔王討伐の旅が始まるのであった。









 そして――七年の時が経ち。

 少年は、青年へ――ヤハイは多くの出会いと別れを繰り返し、苦難や困難を乗り越え、その度に一歩ずつ確実に成長し、立派な勇者へと変貌を遂げ魔王城の前に立っていた。


「ここが、魔王城……か」


 重厚な扉のに立ち、その先から感じる魔王の気配に、総毛立つ。

 間違いなく、この先に待っているのは激戦で、今まで戦ったどんな敵より恐ろしいやつだと直感した。

 大きく深呼吸をする。そして、振り返ると、ここまで一緒に冒険の旅を続けた、総勢3352人のチェインメンバーに向かって、大きな声を張り上げる。

 

「みんな、これが最後の戦いだ! 準備はいいか!?」


 ヤハイの問に、3352人が一斉に応え、その場の空気が揺れる。

 強烈な刺激で、ヤハイの背中が押された気がした。

「よし、行くぞ……!」

 魔王城の扉に手を当て押し開く。

 


 開いた先。そこは、昼間だと言うのに暗闇で、一寸先もまともに見えなかった。

 恐る恐る、一歩踏み込むと、入口横の蝋燭に火が点る。

 そして、道を示すように、蝋燭に一つづつ日が点っていく。そして最奥を照らし、長い直線の廊下の向こうにそこには魔王がいた。


「我に挑まんとする、愚か者は、貴様か」


 魔王は、低く、プレッシャーのかかる声で言った。


「ああ、今日ここで俺たちはお前を倒す」

「人間風情が、魔族の王、魔を統べる我に、敵うと思っているのか!!」

「勝てないかもしれない、もし、一人なら。だが俺は、俺には仲間がいる! 3352人の、俺の拳が、必ずお前をぶちのめす!」



 今ここに、世界の命運をかけた、最後の戦いが始まった!



 魔王との距離、およそ500メートル。

 ヤハイは、一気に走り出す。

 それと同時に、魔王が地面に刺さっていた剣を抜き大きく振りかぶった。


「我が『確殺瑠戯』『窮極冥獄到達剣』に、敵うかァーーーーーッ!!!」


 魔王が剣を一振りすると超スピードで斬撃が飛んでくる。それを、間一髪で避ける、森で出会ったモンスターの突進から逃げるように、左へ避けた。


「よしっ、このまま――」


 難なく回避出来た。と思った瞬間、左の壁に亀裂が入り、壁から魔物の姿が現れる。『確殺瑠戯』を手にヤハイに襲いかかってきた。


「マズイ!」


 回避するか、迎撃するかしか無いが――ヤハイは一瞬魔王の方を見る――魔王が剣を振りかぶっている。また斬撃が飛んでくるのだとわかった。

 悪逆非道な魔王のことだ。魔物ごと、勇者を斬り伏せようとすることは火を見るより明らかだった。

 ならば、逃げ道は一つ。


「スピードチェイン!!」


 全身に風が纏う。素早さを極限まで高めるチェインリングの能力を使う。

 右に逃げれば魔物に襲われ、左に逃げれば魔王に斬られる。なら、上に逃げるしかない。


 床を蹴り上げ、天井へ飛ぶ。シャンデリアの裏で、魔王の斬撃をやり過ごす。

 確殺瑠戯は人間特攻な分、建物への貫通力は少ない。一度ぐらいなら薄いガラスを壁にしても耐えられる。

 斬撃をやり過ごすと、シャンデリアの上から思い切りジャンプし、魔王との距離を縮めた。


 魔王までの距離残り400メートル


「ヌゥゥゥ!! まだだ!」


 魔王の、全身に力が漲る、特に腕が筋骨隆々に膨れ上がる。


「死屍斬り!!」


 魔王が剣を振るうと、16の斬撃がヤハイを襲う。

 斬撃と斬撃の間には小動物でやっと通り抜けられるような隙間しか空いておらず。一瞬、ヤハイもその身を止めて思考する。


 今度は壁にできそうなモノが無く、逃げられるような場所もない。

 ヤハイは大きく息を吸って、チェインリングに触れた。


「チェンジチェイン!! ブースト!」


 身体能力を向上させ、ヤハイは床を蹴り砕いて、床を外し壁にする。壁に反射した斬撃が四方へ散らばって、魔王城が揺れる。


「まだまだぁ!!」


 そのままヤハイは床を魔王に向かって投げる。

 斬撃の盾にも、魔王への目眩ましにもなる、強力な壁――のハズだったが、突然壁が爆発する。


「忘れたか、我は魔王。魔法に関して、我の右に出るものはおらぬわ!!」


 それが数年ぶりに食らう魔法だと気づくまで時間を要してしまった。

 これまでヤハイも、魔物も、どちらが敵の攻撃を避け、どちらが先に敵に攻撃を与えるかの戦いを続けていた。為、魔法や格闘、もっと言えば通常の戦闘行為に一切の耐性が存在していないことに――ヤハイと魔王が気づくのはほぼ同時だった。


 瞬きするほどの一瞬の時間先にその事実に気づいた魔王が火の玉を召喚する。

 初級呪文『火球』だが、壁を壊せれば何でも良かった。壁を壊せる攻撃の後から、斬撃を撃ち込めればなんだって。


 ヤハイはまっすぐに飛んでくる火球と斬撃を、避ける。先程より簡単に避けられるのに、先に一歩も進めなくなってしまった。


 魔法での地形破壊、斬撃での即死攻撃。この2つが凶悪に混じり合って、近づけば近づくほど危険度が指数関数的に上がっていくからだ。

 

 動けないヤハイを見て、魔王は深く高らかに笑う


「フハハハハハ!! もう動けぬか! 戦えぬか! 人間とは結局その程度だ!」


 魔王の言葉がヤハイの胸に深く突き刺さる。


「このまま貴様を斬り刻むのも、一興ではあるが、どうだ。一つ提案をしよう」

  

 そう言って魔王は下卑た笑みを浮かべながらヤハイに問いかける。


「どうだ? 後ろの人間を裏切って、我の配下にならないか? そうすれば、命だけは助けてやろう」


 どちらにせよ、魔王が勝ち、ヤハイには負けしか残されていないように思えた。

 これで終わりかと歯を食いしばり、項垂れる。すると、淡く輝くチェインリングが目に入る。リングには3352という文字が掘られている。


 ヤハイは、後ろを振り返ることなく、意思の宿った瞳を魔王に向けた。


 そうだ。背中には、頼れる仲間がいる。俺はひとりじゃない。そう思ったら、覚悟が身体に湧き上がる。

 


「――断る。俺は、勇者ヤハイだ!! 最後まで、俺は人と繋がっていたい! お前ら魔物の、仲間になんかなるかよ!!」


 高らかに掲げたチェインリングと共に、宣言する。

 その行為が、魔王の逆鱗に触れる。


「じゃあ、死ね」


 斬撃が隙間なく飛ばされ、ヤハイの眼前に迫る。

 魔王までの距離、残り350。


「うおぉおぉぉぉぉぉおおおお!!」


 ヤハイはその場から一歩も動かず、咆哮し、ただひたすら魔王の斬撃を見ていた。

 斬撃が、ヤハイの頭頂部から、一刀両断するように、縦に一閃、斬撃が触れたように見えた。が、ヤハイに触れた斬撃は、何かに当たって砕け散った。


「これが、何度だって俺たちを救ってくれた!」


 ヤハイは腕に着けたチェインリングを優しく撫でながら、走り出した。


 チェインリングは、動力は魔法。しかし、外側は金属で出来ている。つまり、物質であり、ということは確殺瑠戯の攻撃も耐えられるという訳だ。


 だがそれも、魔王の斬撃にピンポイントで当てる反射神経が必要であり、これまでの戦いで成長したヤハイにしかできないような芸当であった。

 これまで幾度となく、不利な戦いを勝ち残ってきたヤハイだからこそ、そこに確かなスピードとテクニック、そしてそれ相応の覚悟が胸に宿っていたからこそ出来たこと。


「もう、俺の体は止まらない! 魔王、お前を倒す!」


 ヤハイは、全力で魔王の元へ駆け抜ける、魔法も斬撃も避け、床や、壁に仕掛けられている罠も全て回避して、魔王との距離残り100メートル!


 


 


 魔王の攻撃は焦りからか単調になっていった。罠のある場所も、魔王の反応を見ていれば分かるほどに。魔王は、かつてないほど恐怖を感じていた。


 襲い来る、不屈の刃が魔王の背筋を凍らせた。

 そして、魔王が恐怖に揺れる瞳を立て直した時にはすでに、ヤハイは魔王までの距離10メートル地点を切っていた。

 飛び込めば魔王の首に手が届く距離。

 ついに、人類の勝利が見える。


「これで、終わりだッ――」

 飛びかかろうとした刹那、ヤハイは足に違和感を感じ、次の瞬間、床にころがってしまった。


 魔法か、罠か、どちらも警戒していたはずなのに、何故――!? と、足を見る。

 ヤハイの足は上から落ちてきた天井が欠けた瓦礫に、押し潰されていた。


「フ、フ、フハハ! フハハハハハ!」


 困惑している様子の魔王の笑いに、ヤハイは自分の失敗に気づく。

 魔王との戦いの中で、二度。ヤハイは天井に逃げた。

 つまり天井は、二度、確殺瑠戯の攻撃を食らい、崩壊寸前だったのだ。

 そして、不幸なことに瓦解した一部の天井が、まさに神のイタズラのようにヤハイの足を砕いた。

 

「ハーーーーッハッハッハーーーーッ! 残念だったな勇者よ、貴様の、貴様らの冒険はここで終わりだ」


 ようやく状況を飲み込めた魔王の勝ち名乗りを聞きながら、ヤハイはもう感覚もない足を引き抜こうと必死だった。

 だが、動けない勇者と剣を持った魔王。どちらが強いかなんて火を見るより明らかで――


 魔王の目の前まで来た、というのに最後の最後でしくじってしまった。


 ヤハイは、なんとか、どうにかと、足を抜こうとするが抜けない。


「――クソっ!!」


「ハッ、これで貴様らまとめて、あの世へ送ってやる! 死ねィッ!」


 魔王が、ヤハイに向け、剣を大きく振りかぶる。

 魔王との距離残り10センチ。

 ヤハイは、その剣の軌道をじっと見ていた。自分に斬りかかってくる剣の刃先にそっと触れた。

 刹那、ヤハイの付けているチェインリングが黄金に輝き出した。


「!!」


 輝きが、どこまでも輪を広げて行き、ついには魔王城を越えて、見えなくなるほど遠くへ行った。


 ヤハイは、そこで、自分以外の全てが止まっていることに気付く。いつの間にか、足も抜けていた。


 そして光の輪は、世界中を廻り、ヤハイの元へと一周してきたようだった。


「これは」


 胸の内に繋がる金色の糸が、数千や数万では数え切れないほど伸びていて、それは後ろにいる仲間たちとも繋がっていた。



「ああ、分かった。分かったぞ」


 金色の糸から感じる――

 この温かさは、人の温もりで、

 この痛みは、人の悲しみで、

 この鋭さは、人の厳しさで、

 この嬉しさは、人との繋がりで、

 それは決して、目に見える、形に成るものでは無いけれど、たしかにヤハイの中で形作っていた。


 ヤハイは、チェインリングを外した。


「こんなものなくたって、俺たちは繋がっている! そして!」


 止まっていた全てが、再始動する。


「これからを繋いでいくのは、俺たちの魂だ!!」


「何!? 貴様なぜ、どうやって、また立ち上がった!?」


「喰らえ、魔王!! これが、俺たち人間の『こうげき』だぁぁぁぁぁあああ!!」


 ヤハイの拳が、魔王の剣を打ち砕く。


 衝撃が、魔王城中に響いた。決着の合図だとその場の全員が分かった。


「――ぐぅぅぉおおぉおおおッ!!! ば、ばかなーーーーッ!! この我が、負け――」


 魔王の身体にはポッカリと大穴が空いていて、叫びも半ばに、魔王は倒れ、息絶えた。






 その後、ヤハイとそのチェインメンバーは魔王を倒した英雄として国から恩赦を貰い。皆、それぞれの生活へと戻った。

 ヤハイは、様々なメンバーからの誘いを受けていたが、その全てを断って故郷へ帰っていった。






 数年後。


「ユハイ! また、畑仕事サボっただろ!」

「そんなこと、知らないよーだ!」


「あ、おい待て!」

「へへーん、この森で僕を捕まえようなんていくらお父さんだって、無理だよーだ!」


「なにぉ!? 父さんだってなー若い頃は………………







Fin

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