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大船パセリ

第1話

『ようこそ。ここはVirtual Universe。ゲストモードでログインしますか?』

「個人アカウントを作成」

『承認しました。まず、アバターを作成してください』

「……」

『アバターの作成が完了しました。次に、サーバーを選択してください』

「日本」

『承認しました。日本サーバーでスタート致します。次に、サポートAIの有無を選択してください』

「有りで」

『承認しました。次に、サポートAIの性別を選択してください』

「女性で」

『承認しました。最後に、AIの設定をしますか?』

「ランダムで」

『承認しました。では、よきVUライフを』


 設定を完了すると、体が浮遊したような感覚に襲われる。

 嫌、実際には浮遊しているのか。

 アバターが空高くから降下している。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 思わず声が出る。

 バーチャル空間だから、もちろん痛覚なんてものはない。

 着地をすると、サポートAIが登場する。


『おぬしが私の主人か?余はエルザ。よろしく頼むぞ』

 AIは俺に握手を求めてくる。

「よろしく……」

『そう気負うでない。なぁに余がついてる』

「ありがとう。少しは元気出たかな」


 人間と話しているみたいな受け答えをすらすらとAIがしてくる。

 しかも機械音声のようなノイズは、まったく無い。

『主人はこの世界でどんなことがしたい?』

「んー……特には考えてないなぁ」


『じゃあ何が好きだ?』

「何だろうなぁ……。強いて言えば海、とかかな?」

『ならば海のあるワールドへ行こう!』


 瞬間、フラッシュに包まれる。

 光が落ち着き、目を開くとそこには一面、奇麗なブルーオーシャン。

 感嘆で言葉を吞む。

『どうだ?綺麗だろう?』

「うん。本当にきれい。ありがとう、ここに連れて来てくれて」

 ふと時計を見る。そこには二十二時の文字。


「ごめんエルザさん。明日もきっと来るから、また!」

『ふむ、承知した。余を退屈させるでないぞ』

「もちろん、必ずくるよ」


 ログアウトすると急にどこから押し寄せてきた喪失感に襲われる。

「楽しいな、これ」

 VU用のギアを頭から取り、枕元に置く。

 明日も大学だ早く寝ないと一限に遅れてしまう。

 瞼を閉じて、静かに眠りへ落ちた。


 明くる日、大学は一、二限と滞りなく進み、今日の授業はもうない。

 帰ってVUへ行こうと思い帰宅する。


 と思ったが、後ろから声が飛んでくる。

「ちょっとそこの君、暇かな?」

「何です?先輩こそ暇なんですか?」


「えぇとぉーっても暇よ。退屈で溶けてしまいそうなくらいにはね。だからそこでおうちに帰ろうとしてる君に話しかけたってこと」

「はぁ。そこまで暇じゃないんで帰りますよ?」

「待って、お昼おごるから。これでどう?」


 その手は反則だ。お金のない大学生におごるだなんて。

 ――乗ってしまうじゃないか。


「とっっっても不本意ですけどいいでしょう。乗ります」

「やった!じゃあ行こう!」

「で、どこに行くのか決まってるんです?」

「うーん、何がいいかな」


「決まってないんかい。……やっぱり僕帰りますよ?」

「ごめんって、今すぐ決めるから、ね?ね?帰らないでお願いだからぁ……」

「はいはい。僕はどこにも行きませんから。落ち着いて」


 そんなこんなで普段と変わらない大学の傍にあるファミレスと決まり、食事と他愛ない話をしてさっさと学校を後にした。


「急に舞い込んだ災難だったけど、昼飯食べられたからいいか」

 水を飲み、VU用ギアを頭に着ける。


『ようこそ。ここはVirtual Universe。ゲストモードでログインしますか?』

「個人アカウントでログイン」

『個人アカウント認証。Virtual Universeをお楽しみください』


 女性の声が頭に響くと、昨日と同じような滑空……はなかった。

 集会所みたいな所のベッドに横たわった状態でスタートされた。

『来たな主人よ。余は待っておったぞ』

「おまたせ、きょうはどこへ行こうか」

『余のおすすめの場所がある。ついてこい』

「おぉ。了解」


 エルザについてゆくと初期ワールドの端へ辿り着く。

 そして、この世界が出れだけ広いのかを実感させられる。

 初期ワールドは空に浮かぶ小さな島。


 その島はどのワールドからも見え、そして全ての始まりだとされている。

 今いるのはそんな空島。

 眼下に広がるのは広大な世界。

 地平線は雲に隠れて見えないが、現実世界よりも大きな世界。

 眩い光が下から島を照らす。


「言葉が出ないよ……」

 美しいしか出ない。

 ほかの単語なんて見当たらないくらいには、単純な美しさがそこにはあった。

 現実では表現できないものがそこにはあった。


 もっと近くで、もっと沢山見たい。


 気持ちが早まり、一歩前へまたもう一歩前へと出る。

 その先はなんにもないことなんて忘れて何かに吸い寄せられるように。

 そして、進んだ先には足場なんてなく、データの奈落へ落ちてゆく。


『危ない!!』

「――え?」

 そんなことを忘れて一歩踏み出した俺は宙に浮いていた。

 恐怖で体がよだつ。


 右手をエルザがつかんでくれているおかげで、かろうじでだが生きている。

 だが、この手が離れると、奈落へ、真っ逆さまだ。


『絶対離すんじゃないぞ。余はおぬしが死んだらどうしたらいいかわからん』

「もちろんだ。生きているこの命、どこにも捨てたくはないからな」


 意地でも上へ上がる。

 その一心でもがく。


 このままじゃあ助からない。でも、何をしたらいいのかも思いつく事がない。


 必死に左手を上へ上へと出す。

 そんな祈りが通じたのか、崖の上に手がかかった。


「っ……死にたくは……無い!」

 やっとのことで崖の上へあがる。

『よかった。よかった……』


 エルザは少し、放心状態のようになっている。

「ありがとう。本当に助かったよ」


『怖かったぞ。おぬしがいなくなるんじゃないかと思って』

「ごめん。この埋め合わせは必ずどこかで」


『そうか。なら今余と付き合え』

「付き合うって……」


『行くぞ、今日はショッピングセンターにでも行ってみようか』

「ええ!?」


 有無を言わさずにそのままショッピングモールのあるワールドへ連れていかれる。

 そこは、現実では考えられないくらいの数の店が沢山。


 店と人の数に圧倒されていると、エルザに手を引っ張られる。

『ほら、ぼさっと立ってないで行くぞ』

「でだけど。どこに行きたいとこ決まっているの?


『うーむ、何がいいか?』

 こいつもか。


「お前も決まってないんか!」

『むぅ。なんだ、そんなに大きな声で怒鳴って』


「なんだって、そりゃあ……誘われて何にも考えてないなんて二回も言われちゃあ……困るんだよ……」


『二回?興味深い響きだ。余を差し置いて他の人がいるということだな?』

「っ……それは……そう……だな……」


 エルザは勝ち誇った顔で腕を組んでいる。

『まぁよい。余を上回るものなどおらんのだからな』


 ものすごい自信がおありだ。

「じゃあもう一度考えようか。どこに行くかを」


 このショッピングモール、洋服のお店はもちろん、雑貨屋に、靴。様々なものが         色々と比較をしながら見られる、VUならではの形をしている。

 広い通路は、ゴルフカートのようなものが走行できるくらいの広さを誇り、館内の移動を格段に便利なものにしている。


 まぁ、この広さを足で歩けと言われたら行きたい店全部回っても一日で済むかはわからないくらいの広さにはなっている。


 そんな中で初めに向かったお店は小さな雑貨店。

 アンティークがたくさん置いてあるようなお店。


『この耳飾り、素敵じゃないか?』

 そう言って耳にガラスでできた耳飾りをあてがう。


 電灯に照らされ、煌めくガラス玉。

 綺麗なその横顔を見つめていると、俺は……。


『余は、AIだ。だが、人間としての生も同じように受けている。ならば、人並みの感情は抱いていいと思うのだ』

「だから……?」

『わからんのか?ういやつよ。……要するに、余はおぬしを好いておると申しておるのじゃ』


「……え?」

 その時に、俺はAIに恋をした。

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