魔鏡
一三一 二三一
魔鏡
『こんにちは~。テディーさんいるぅ?……いな~い。あンただけぇ?商品の仕入れに行っちゃったのかしら。会えなくて残念だわねぇ。もう少し早く来れれば良かったのにねぇ。あのはにかんだ微笑み見たかったのにね~。
『……それにしてもあンた、ぶすっと不機嫌そうな顔して、欲情する相手の案山子を奪われたゴブリンみたいねぇ。そんなんだから、このお店にお客さんが来ないのよ。あンたのダンナのテディーさんもうんざりして、あンたんコトぉポイっと捨てるわよぉ。アタシは別に構わないけど。
『……それはさて置いて、先週テディーさんが修理のお願いした三面鏡持って来たわよ。枠一面に彫られた世界樹の出来が丁寧で生き生きして良い品よねぇ。さすがテディーさん、持ってくるモノも良いセンスしてるわねぇ。……えっ、これ買ったのあンたぁ?!……あっそう。』
『……えーと問題は、真夜中に鏡の中から真っ黒い怪物が出てきてあンたの首を絞め上げる……んじゃなくて、正面と左側の鏡が割れちゃったから、新しい鏡に交換したのね。それじゃあ交換したトコ確かめて見て
『――蚊。逃げられた。あンたのおデコに蚊がいたから叩いたわ。……えっ、そんなのいないのに叩くなって?いたわよぉ。お腹がぶっとくなって、赤く透ける程血ぃ吸ってたわよ。あンた、映った自分の顔に自惚れて気付かなかったんじゃないのぉ。アタシみたいなドワーフと違って、エルフだから顔はぁ整ってるし、うらやましぃわねぇ……。テディーさんはそーゆーの好きなのねぇ……。
『で、デキについては自分でもよ~く出来たと思うけど、文句はないようね。交換した所は問題ないという事で良いんだよね。後になってから鏡が背板から剥がれ落ちたとか、真夜中に中から真っ黒い怪物が出てきてワタシの首を絞めた……だなんてクレーム後で言っても、タダで修理するつもりは無いからね。』
『……え~と、お代は銀貨4枚に大銅貨7枚だけど、問題ある?テディーさんのご依頼だから、この金額で済ませたんだけど――何嫌そうな顔してるんだか。修理代払うのケチるようになったら、商売人としてお終いねぇ~。……えっ?代金払うのは嫌じゃない?……
『――また蚊だ。あンた、何よけてんのよ。蚊を潰し損ねたわ。顔を後ろに反らしてるんじゃないわよ。やぁねぇ。森の民エルフらしく、いつもは木ぃみたいに動かずぼぉーっと擬態してるのに。
……アンタ、鼻の穴から草生えてるわよ。何ヘンな事言ってんだじゃないわよ。草生えてる気配に気付けないなんて、鈍感も良いトコ。田舎者エルフねぇ。そんなんだから、植物どころかテディーさんの事も解らないのよ。そんな食べれないモンじゃなく、どうせなら気を利かせて、鼻毛の他にリンゴ位鼻の穴から生やしなさいよ。森から離れても食べていけるように、リンゴや栗など実のなる木を鼻の穴から生やし、風魔法で地面から浮いて木から木へと移っていくのが一人前のアーバンエルフの嗜みなのよ。イチジクの実を夜にベッドの上でお尻からしっかり生やしてるのにねぇ。』
『……なにあンた、顔赤くして何ブツブツ言ってるのよ。――心当たりがあるのかしらぁ~。ふふ。
『……何黙ってるのよ。お尻から生えたイチジクはベッドの脇に置いといて、お代を支払ってもらおうかしら。……ふーん、腹立つからって、お金をテーブルに叩きつけちゃあダメよ。商売人たるものお金は大事に扱わなきゃバチ当たるわよ。』
『……えーと、大銀貨1枚を頂きまして……自分のお店なんだから、お釣り出ないよう丁度出せないのかしら。気ぃ利かないわねぇ。まぁ良いわ。お釣りは銀貨5枚に大銅貨3枚となるわね。お釣りが間違ってないか、さっさとお確かめてくださいね。
『大丈夫だと思うけど、万が一何かトラブルがあったら、ウチに連絡してね。真夜中に鏡の中から真っ黒い怪物が現れて、あンたが寝てる間に首を絞めて窒息死させる……な~んて事は無いはずだから、安心してオヤスミ出来るわよね。
『さてと、テディーさんが戻って来られなかったのは残念だけど
『――また蚊がいでぶッ!
『……あンた、いきなりアタシの顎殴るなんて何考えてるの。アホじゃないの。そんなコトすんの、振りかぶった棍棒自分のアタマに打って八つ当たりする野良トロールぐらいよ。……えっ、アゴに蠅が止まってたから、叩いて潰そうとしたら逃げたってぇ?じゃあなんで、下からアゴ目がけてグーで殴るのよ。クロスカウンターじゃない。せっかくこっちは蚊がいるから叩いて潰そうとしてあげたのに。ムカついたわ。この恩知らず。ヤキを入れてあげるわ。――』
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この発言は一家で道具屋を営むドワーフの女ゼズラストーニャが三か月前に薬草屋テディアルフィフスの女房シトリールとの間で暴力沙汰になる直前の発言を、ゼズラストーニャの親族の依頼によって死霊術師の魔術によって再現されたものである。
この一月前にゼズラストーニャが叩き割った鏡の破片を自らの喉に突き刺し命を絶った要因を、自国の衛兵が調査したにもかかわらず明らかにする事が出来なかったからであった。
自殺する一月位前から、彼女は幾度も『鏡の中から出て来た真っ黒い怪物が怖い』『真っ黒い怪物に首を絞められた。殺される。』などと何物かに怯え喚き散らしていた。しかし家族や知人はそれらしき不審な物を見つける事は出来なかった。
シトリールとの関係が険悪である事は周囲にも知られていたので、この死に彼女が関与しているのではないかと疑われた。しかしそれは直ちに否定された。
この争いの一月後、即ちゼズラストーニャが亡くなる一月前に、シトリールが自宅に据えられた鏡の前で水を張った盥に顔を突っ込んだまま亡くなっていたからであった。
ゼズラストーニャの道具屋が修理した鏡の前であった。
この日発見した亭主のテディアルフィフスは一日中在宅しており、他者が侵入し殺害した証拠は見当たらなかった。またシトリールとの関係は良好で殺す動機は見当たらない上に、死因は溺死ではなく心停止であったことから事件性は無いと判断され、病死と扱われ葬儀も既に行われていたのだった。
なおいずれの自宅にも、何かしらの呪術がかけられた魔鏡と疑われる鏡は一枚も見当たらなかった。
魔鏡 一三一 二三一 @132miginionajiku131
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