第11話


 僕は願いが叶うという木彫りの置物の、残された白い目に黒点を入れていた。


「うむむ……本当に焼いてしまうのか? 勿体ないではないか」


「だめだよ。ちゃんと町を守ってくれって願いを叶えてもらったんだから、ルールに従って燃やさなきゃ」


 正直に白状すれば、ガラクタの一つをメティス合意の元処分できると、心の中では考えていた。しかし、メティスは食い下がる。


「それはそうだが……ほら、他にも願いを伝えれば、叶えてくれるやもしれぬ」


「えぇー。……じゃあ、なにを願うのさ」


「そうだな。例えば、子宝など願うのはどうだろうか?」


 言ってからメティスは自分の言葉に羞恥心を覚えたらしく、顔を真っ赤にして「しまった」と呟く。完全に自爆である。


「そんなの、願掛けしなくっても大丈夫だよ」


「ええい、貴様! 何を考えておる!?」


「いや、僕が考えているのはこの置物を燃やす事で……」


「だったら早く燃やしてしまえば良い!」


 メティスがやぶれかぶれに言うので、僕は暖炉の炎に放り込む。


「あぁ!」


 短い悲鳴が部屋に響く。これも自爆だった。




 夜が明けても町で魔物の被害が発生することは無かった。そして、戦いを終えたカドモスが再び僕たちの家を訪れて、メティスに報告を上げる。


「……ふむ、冒険者の被害も最小限か。随分と首尾よく行ったようだな。どんな魔法を使った?」


 熱は下がり、顔色も良くなったメティスだが、大事を取ってまだベッドに臥せっていた。今回の報告も冒険者ギルドで聞くと言っていたが、僕とカドモスが異を唱えて自宅での報告会となった。


「はい。元より王国騎士団が到着するまで、町の冒険者だけでは押さえ込めない事は分かっていました。だから、魔物との衝突までの時間で、メティス様が病に倒れた事を近隣の貴族に触れ回ったのです」


「ほう。そして、貴族共の私兵部隊を引っ張り出して来たという事か。よくもまあ、自分本位の貴族共に協力を漕ぎ着けたな」


「もちろん連中は自分の利益しか考えていませんでしたよ。メティス様に恩を売る絶好の機会だと思ったのでしょう。その考えに誘導する事ぐらい、造作もありません。私が受けた被害は、メティス様の結婚の事実を伏せさせる為に、教会に握らせた袖の下ぐらいでしょうか」


「……カドモス、お前という奴は」


 つまり、メティスを嫁に迎え入れたい貴族たちに、その可能性をチラつかせて、町の防衛に協力させたという事か。このいかにも剣を振うしか能がなさそうなカドモスも、意外と策士なのかもしれない。流石は副ギルドマスターだ。


「さて、私の計略で町の防衛は叶いましたが、ここで問題が……メティス様の婚姻を知った貴族たちが、冒険者ギルドに抗議しているようでして。中には、メティス様の身柄を拐かそうとする者や、旦那を暗殺しようと目論む輩まで出る始末」


「えぇ!? 僕が命を狙われてるの?」


「……まあ、そうなるであろうな。貴族からすれば、ただ働きさせられたも同然だ。その不満が私やウェスターに向くのは自然な事だろう」


 とんだ形で飛び火したものである。まさか貴族の刺客に命を狙われることになるなんて。


「そこで、メティス様には旦那様と共に国外へ身を潜めて頂きたいのです。宿や足はこちらで手配を進めております。病み上がりで恐縮ですが、明日には出発していただければ」


「ふむ。私一人ならば何とでもなるが、ウェスター君の事も考えると、身を隠した方がよさそうだな。して、逗留先はどこになる?」


「はい。メティス様が以前より興味を持たれていました、南の最果てにある島国でございます。魔物はほとんどおらず平和で、料理もおいしく、観光客を当てにした職業も多いと聞きます。きっと滞在中に不自由な事は無いでしょう」


「ほうほう。カドモス、お前という奴は……気が利くでは無いか。して、私がハネムーンに行っている間に、冒険者ギルドを乗っ取る算段だな?」


 メティスの指摘に緊張が走る。カドモスは表情を変えず、その言葉を否定する。


「いえ、決してそのような事は……」


「良い。病に倒れた私に代わり、見事に町を守り切って見せたのだ。西の外れにある孤児院の面倒を見てくれるというのであれば、貴様にギルドマスターの地位を譲ってやっても良いと考えておるぞ?」


「……ありがたいお言葉ですが、冒険者ギルドの今後については、ほとぼりが冷めてからお話しするべきかと」


 末端の木端冒険者だった僕には分からない世界だが、どうやら自由であるはずの冒険者の世界でも権力争いあるらしい。メティスは面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「貴様に野心というものは無いのか、カドモス。まあ良い。今は降って湧いたようなハネムーンを享受する事にしよう。ウェスター君、さっそく支度に取り掛かるぞ。カドモス、もう下がってよい。モニアにもご苦労と伝えておけ」




 こうして急な話だが、メティスの要望通り南の島へ行くことになった。その前に、途中で止まっていた部屋の整理を終わらせてしまおうとメティスが言い出したのだ。


「こ、こんな事やってていいのかな? 命を狙われているって……」


「ふん、ウェスター君は何も分かっていないようだな。カドモスのあの報告は、私に気を使っての嘘だろう」


「ええ?」


「いくら貴族と言えども、私の旦那を手にかければ、手ひどい報復が待っていることぐらい分かるはずだ。身を隠す為に南の島を選ぶ辺りもおかしい。もっと身近であれば、金も時間もかからんだろう」


「ええっと、それじゃあ……どういう事?」


「だから、カドモスやモニア辺りが私に休みを取らせる為についた嘘だろう。確かに、ここまで言われなければ、後処理の為にも私は休みを取ってハネムーンに行くなどあり得ぬからな。金がかかっている所を見ると、近隣の貴族共も一枚噛んでいるかもしれぬ。まったく、民の税を無駄な事に使いおって……」


 メティスはブツブツ言いつつも、どこか表情は楽し気で、旅行を楽しみにしているのだろう。


 その言葉がどこまで本当の事なのか、僕には判断がつかない。しかし、メティスの楽観的な態度を見ていると、自分が命を狙われているという実感は薄れていく。


 せっかくの旅行なのだから、楽しんだ方が良いだろう。僕は明日の事に胸を膨らませつつ、目先の現実の事も考える。


「よし、片付けもひと段落したし、食事の準備をしようかな。何か食べたいものはある?」


「ふむ……そうだな。ぱっとは思いつかぬが、どうだろう。今から共に市場に行って、食材を物色してから決めると言うのは?」


「……いいね。それじゃあ、さっそく行こうか!」


 僕の妻は普通では無いかもしれない。立場、能力、性格。それぞれが特別な要素を持っていて、それゆえにこれらかの生活で困難に陥る事は多々あるだろう。


 戦う力も無ければ、決して頭も良くない僕には、そんな彼女の助けになる部分は限られているかもしれない。けれど、隣にいる僕にしか支えられない部分は確かにあって。


「メティス……これからもよろしくね」


「なんだ、藪から棒に。照れるから止してくれ」


 メティスの側で生きていければ、きっと僕は幸せだろう。そんな確信を胸に、玄関の扉を開く。まだ僕たちの生活は始まったばかりだ。

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家庭的冒険者の第二の人生 秋村 和霞 @nodoka_akimura

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