サクラノシタ

面川水面

第1話

 校庭の隅に一本の桜がある。春になると真っ白な花を揺らして、この学び舎を去る卒業生を毎年見送ってきた。桜の下に死体があってその養分を吸ってきれいに咲くのだと、そんなどこにでもある噂話が本当だと思えるくらい、その桜は美しかった。

 お世話になった先輩に分かれを告げる行列の中、一人の生徒が泣いている。真っ黒な制服にボタボタと涙をこぼしながら、嗚咽を必死に噛み殺して泣いている。

 制服のポケットからは薄汚れたお守りの紐がのぞいていた。真っ白だったはずの紐は黄ばんで、四角い端はよれてところどころ糸がほつれている。

 あれが30人の人生を背負う証。

 裂けるような悲鳴は覆った両手に吸い込まれていく。



「ねぇ、これ誰のか知らない? 卒業式でポケットにはいってたんだよね」

 私は友人2人にあまり綺麗とは言えないお守りをみせました。

 お守りは角がよれていましたし、紐も黄ばんでいて見るからに年季が入っています。赤いお守りには学業成就と刺繍がありましたが、普通ならば神社の名前がある場所には何もありませんでした。

 そのお守りは卒業式に私のスカートのポケットにいつのまにか入っていたものです。先輩を見送って、友人とも通学路を離れてからリップクリームを取り出そうとポケットに手を入れたら、身に覚えのないお守りがありました。

 お守りなので捨てるに捨てられず、とりあえず机の中にしまっていたのを始業式の今日、思い出して持ってきたのです。

 いつも通り公園の前で待ち合わせをした友人たちは、お守りを見るなりそれを私の手ごと握って隠しました。

 何も知らなかったことを私は後悔しています。そうすれば、あんな安易な真似はしませんでしたし、それにもしかしたらここにはいなかったかもしれません。第一志望の大学に落ちてしまっていただろうけれど、それでもいいと思います。

 私の友人二人は小学校からの付き合いで、由美と愛子といいます。中学校ではあまり一緒のクラスにはならなかったけれど、高校では1年生と2年生どちらも一緒のクラスでした。

 おさげの似合う由美は私の手を強く握って言いました。

「愛実、これを早くしまって。絶対に誰にも見せちゃだめだよ」

 由美の眉間や鼻の上にしわが寄った険しい顔を、私はこの10年間で初めて見ました。いつもニコニコして、私がドジなことをしても笑って手を貸してくれる子です。

 私がポケットにしまうまで、由美の手はずっと私の手を握っていました。

「それって、あれだよね」

「たぶん」

 愛子は三つ編みを揺らして周りの人を確認すると、私の手を引いて公園の公衆トイレまで連れていきました。公衆トイレは古くて虫もいるので入りたくない場所でしたが、愛子が強く手を引っ張ってくるので、私は引きずられるまま連れていかれました。

 愛子に一番奥の3番目の個室に押し込まれ、由美は見張ってるからとトイレの出入り口にいました。

 私は二人の緊張した雰囲気に、とても大変なことが起きているのだと察していましたが、彼女たちの様子が変わったお守りとの関係が見えなくて、ひどく混乱していました。

「愛実は怖がりだから知らないだろうけど、この学校の特進コースには言い伝えがあるの。そのお守りついて」

 愛子は混乱した私でもついてこれるようにゆっくりと話しました。落ち着かせるように私の肩に手を置いていましたが、私より彼女のほうが動揺しているように見えました。

 私たちの通う徳十高校は県内トップの進学校で、その学校でも特に特進コースの3クラスは、最難関と言われる大学の現役合格者を毎年数十人は輩出すると有名です。みんながみんな部活もせずに勉強に勤しみ、学校行事とも無縁の生活を送っています。3年間をすべて志望する大学に合格するために費やすので、中には普通の学生生活に憧れて辞めていく生徒もちらほらいました。私も体育祭や文化祭を羨ましいと思ったことは何度もあります。

 そんな特進コースで毎年1クラスだけ、全員が第一志望の大学に合格するらしいのです。たとえどんなに試験直前の判定が悪くてもなぜか無事に受かるので、不思議な話として生徒の間でささやかれているのは私も知っていました。クラス一丸となって受験に挑むからだと私は考えていましたが、もっと別な理由があると愛子は言います。

 卒業式で生徒のポケットに古いお守りが勝手に入れられる。その生徒は12月の学内模試の補講で18時まで学習室に居残る。18時まで居残ってお守りをもった生徒たちだけになると、見知らぬ先生が入ってくる。その先生が黒板に書く、あることをしなければならない。

 お守りを入れられる生徒はクラスに1人ずつで、その生徒が18時まで居残らないと全員が第一志望の大学に合格できない。しかし黒板に書かれたあることに成功すればそのクラスの全員が合格できる。

 愛子は私のポケットを指さして、そしてお守りを誰かに渡して変わってもらうことはできない、と言いました。

「私も本物を見るまで半信半疑だった。でも愛実が冗談でそんなことするはずないし、そもそも知らないと思って。卒業式は私たち一緒にいたけど、由美も私もやってないよ」

「じゃあ私がその居残りに参加しないと私とクラスが一緒の人は大学落ちちゃうの?」

「そうなる。絶対に誰にも見せちゃだめだよ。この話はみんな知ってる。多分他に2人お守りを持ってる人がいるはずだよ。愛実が持ってるってわかったら潰しに来る。だって全員合格するクラスは毎年1クラスだけだから、きっと敵同士になるんだと思う」

「どうしよう、私あんな人前でお守り出しちゃった」

「大丈夫だよ。由美がすぐに隠してくれたんだから。それよりもう行こう、学校に遅れちゃうよ」

 愛子は今度は優しく手を握って個室から私を連れ出してくれました。由美は誰も来てないから大丈夫だと励ましてくれました。私は暗い顔をしているとばれてしまうかもしれないと思って、明るい表情を作ることに努めました。

 学校までの20分の道のりを新しく見つけたコンビニのお菓子とか、昨日見かけた猫の柄だとか、とにかくいつも通りの会話になるように気を付けて話しているうちに、私もだんだん不安を忘れていって、校門をくぐる頃にはただの噂話に何を怯えていたんだろう、きっと誰かのいたずらで学校に入ったら脅かしてくるのかもしれない、と呑気に思っていました。

 校門をくぐって下足箱で靴を脱ぎ。赤色の学校指定の上履きに履き替えてから、体育館側へ歩いていくと小ホールの中が人でいっぱいでした。毎年小ホールにクラス替えの結果が張り出されるので、みんなそれを見に来ていました。

 私も友人たちも小ホールの人込みをかき分けてホワイトボードの前まで行くと、模造紙にたくさんの人の名前が書いてあるのが見えます。

「私は1組だよ」

 最初に自分の名前を見つけたのは私でした。秋葉なので一番上にあります。次に和田なので最後のほうにある由美も1組と隣でいいました。

「私は、3組だった」

 愛子の横顔を見て、次に3組の列を見るとたしかに佐藤愛子の文字がありました。



 始業式が終わって自分の新しいクラスに椅子と机を運び入れます。その間ずっと私は愛子のことを考えていました。なぜなら始業式が始まるまでずっと愛子は上の空で、私や由美の話を聞いていない様子だったからです。

 課題の提出が終わって解散すると、すぐに男の子が私の席に来ました。話したことがなかったので初めましてと私が言うと、彼は単刀直入にお守りのことについて私に聞いてきました。愛子も由美も大丈夫だと言っていましたが、あの一瞬お守りを出したのをよりにもよって同じ3年生に見られていたのです。しかし幸いにも同じクラスだったことに、私は胸をなでおろしました。私はお守りを出すことはせず、彼にそうだよと返事をしました。

 名札で彼が斎藤という苗字だとわかりました。斎藤君は私を見てとても嫌そうな顔をしました。私がどうしたのか聞く前に、彼はこんな頼りなさそうな奴に、というのが聞こえました。

「頼りないって、そもそもそんな噂話信じているの?」

 斎藤君の後ろから由美がやってきて私をかばってくれました。由美は帰ろうと私を立たせようとしますが、斎藤君が椅子の横から動いてくれないので私は立ち上がることができません。出席番号順で席が割り振られているため、左側は壁があります。

「噂話の範疇じゃない。現に毎年1クラス全員合格が出てる」

「毎年毎年ってそんなさかのぼって調べられるはずないよ。たまたまここ数年続いただけ。もしかしたらその時この学校に来た先生が優秀な人なのかも。それでその人の担任のクラスが合格できたとか、そういうもっと現実的なことだよ。ほら、愛子のとこ行こうよ。一人だけ別のクラスになっちゃって寂しがってるかもしれないよ」

 由美がどいてと斎藤君に言いますが、彼は他にクラスの奴も知っているのかと聞いてきます。私が由美と一緒にいた子が3組だと答えると、彼は心配になるほど真っ青な顔になりました。

「愛子は言いふらすような子じゃない」

「わからないだろ。自分自身のこともあるし、保身に走ったら何するか分かったものじゃない。代わりに俺がやる、秋葉がやるよりずっといい」

「ポケットに入れられた本人じゃないとダメだって」

「じゃあ大人しく秋葉にやらせるのか。それとも居残らせないつもりか。というかお前も信じてるんだろう」

 2人が言い合いになるのを私がやめさせようとしましたが、由美もむきになって言い返すのでだんだんと声が大きくなり、教室に残っていた人たちが私たちのほうを見るようになりました。

「だからただの噂でしょ。お守りだってただのいたずらだよ。居残っていたって何も起きない。だって何か起きたら警備員さんか先生が飛んでくるでしょ」

「何も起きてないと? 本当に去年何も起きなかったっていうのか」

 斎藤君が意味ありげに言います。私が何が、というと離れて見ていた子たちから伊藤先輩、と小さく声が上がりました。そして私は去年の12月に伊藤という一つ上の生徒が行方不明になった事を思い出しました。

 なかなか学校から帰らない子供を心配した保護者が学校に問い合わせ、学校関係者や警察で捜査したけれど今でも行方が分からない事件。それは確かに12月の模擬試験のあたりに起きた出来事だったと覚えています。2年生のクラスでも顔写真と名前を公開して目撃者を探していましたが、結局教室に入って以降の足取りが分かっていませんでした。

「受験勉強のストレスでおかしくなったって言われてるけど、あの人は常に学年トップ10に入る人だった。だからそんな土壇場で逃げ出すはずない」

 私はあの公衆トイレで愛子から話された時とは別種の恐ろしさを感じました。その時は誰かが敵になって襲ってくるかもと怯えていましたが、今はその言い伝え自体が恐ろしく、居残ったあとに見知らぬ先生がきて黒板に書かれる課題がどんな恐ろしいものなのかと、そして自分がそれに参加しなければいけない責任が重く、寒さがのしかかってきたように感じました。

「私、居残りたくない」

 嘘のような話です。しかし斎藤君が言っていることが本当かはわかりませんが、本気だと言うことは伝わりました。私はポケットからそのお守りを出して斎藤君に差し出します。由美はそれを止めませんでした。斎藤君が受け取ろうとすると、離れてみていた子の一人が駆け寄って、私にお守りを押し付けるように握りなおさせました。

「替え玉は欠席扱いになるの。お願い、秋葉さん行って。私の従兄もね、それで大学落ちたの。お願い」

 彼女は泣きそうな顔をしていました。そして浪人できないから現役で合格するしかない、と私のスカートを強く握ってきます。彼女のことは知っていました。自習室でいつも奥の席に座って勉強していて、成績が常に上位に入っているため名前にも見覚えがあります。

 彼女を皮切りに次々に教室に残っていたクラスメイトが私の席に集まりました。みんな口々に私に参加するようにいってきます。命令口調だったり、お願いだと縋りつかれたりしました。中にはなんでもするから、と財布からお金を差し出す人までいました。

「どいてよ! そんなに受かりたいんなら、推薦でも勝ち取ればいいじゃない! 愛実に押し付けないで!」

 由美が叫んで私の荷物と腕を掴み、強引に教室を出ました。私はいくつもの視線が背中に集まっているのを感じましたが、後ろを振り向くことはできませんでした。



 始業式の日から私の生活は一変しました。まず上履きがなくなるので、毎日上履きを持って帰らなければいけなくなりました。そのほかにもロッカーにいたずらされたり、机の中にあったものがなくなるので荷物が増えました。また階段から突き落とされそうになったり、トイレの個室に閉じ込められたりもしました。まるきりいじめでしたが、私の心にはさほどこたえませんでした。それは悪意のある行為でしたが、お守りが原因であって私に否があるわけではなかったからです。私が不登校になったり、12月の模擬試験に出られなくなったりすれば、敵が1人減って1対1になるのでクラス全員が合格する確率が上がります。

 ただ唯一辛かったのは愛子と一緒にいるのがなくなったことです。始業式の1週間後から待ち合わせの公園には来なくなり、お昼休みにクラスに会いに行ってもおらず、帰りに下足入れの前で待っていてくれることもなくなりました。メールを何通も送っても返信はありません。それに電話をしても一度も出ませんでした。由美は愛子が私のことを言うはずないと言いますが、私は愛子が言ったのだろうと考えていました。一度たまたま廊下で愛子とすれ違った時の、あの罪悪感や悲しさのこもった表情、そして心配そうな目を私は見てしまっていたからです。

 私は愛子が謝れば許します。謝らなくても許します。自分の合格のために行かないでと言われても、階段から突き落とされても許します。明日から平然と何事もなかったかのように公園にいても、私はきっとおはようとあいさつして休みの日に作ったジャムの味の話なんかを彼女にするでしょう。

 私がお守りを持っていることは夏休み前にはほぼ公然の事実となっていました。不気味な存在だと廊下で避けられたりもします。それに対して私より由美のほうが怒っていました。

 由美は先生にだんだんエスカレートするいたずらのことや階段から突き落とされたことを言おうと提案してきました。そしてあの言い伝えは嘘で、そんなことより勉強をしろと言ってもらおうと私を職員室まで連れて行きました。私も傷が堪えなかったので職員室に行ってすべてを話ましたが、それは無駄に終わりました。

 先生たちも知っていたからです。思い返せば補講のあとの居残りで先生がおらず、生徒だけ残されることは通常ではありえません。ともすれば言い伝えがほんとうならば、先生がわざわざ教室から出ていくことになります。去年の行方不明の事件のときも、先生たちはさほど驚いた様子や心配そうなそぶりを見せず、淡々としていました。

「秋葉が今年はなったのか」

 担任の先生はそう言って斎藤君と同じ顔をしました。私は頼りないですか、と先生に言うと先生は慌ててそうではなくて、頑張ってほしいと思っていると返しました。私が職員室の出入り口に向かうとき、2年生の頃の担任の先生がどんまい、と私に向かって言います。私はその先生にお辞儀をして職員室を出ると、ドアの前で待っていた由美を抱きしめて、声を殺して泣きました。

 こうして生徒以外にそれが事実であるとはっきりと認められるまで、私はどこか他人事でした。始業式のことがあっても、日常が変わってしまっても、毎日のようにクラスメイトにお願いされても、勉強をして受験を迎え、それから卒業をしてゆくのだと頭の中で平坦な道ができていました。

 しかし実際は私は自分の合格をかけて挑まなければいけません。またそこには由美を含めてクラスメイト30人分の人生がかかっています。愛子とも敵対することになるでしょう。まだわからない2組と3組のお守りを持つ子と競い合い、もしかしたら邪魔をしたり足を引っ張りあったりするのかもしれません。そしてなんらかの失敗を犯せば去年の伊藤先輩同様に行方不明になってしまうのです。

 私のことを抱きしめ返す由美に先生が言ったことを話しました。由美はそんなのは嘘だと職員室へ行こうとしましたが、私が止めました。行っても無駄だと思ったからです。

 それに由美が信じていないならそれの方が良いからでもあります。由美は優しいからきっと何が何でも私を助けようとするでしょう。現にクラスでは私を庇うせいで浮いていました。もし信じたとして、私と自分自身を天秤にかける苦しみを彼女に負ってほしくありませんでした。

 あの始業式の日から決心がつくまでに私はだいぶ時間を要したと思います。

 泣き続ける私の涙は由美のカーディガンにしみ込んで、震える足を秋の冷えた空気がかすめてゆきます。窓から見える桜の木の葉は枯れて一枚もありません。すっかり衣替えの期間も過ぎて、生徒たちはみんなコートを着込むようになりました。

もう秋になっていました。12月の模擬試験まであと1ヵ月しかありません。



 私は模擬試験の1週間前に愛子に会いに行きました。高校になってからは町に出て遊ぶことが多かったので、彼女の家を訪ねるのは中学生ぶりかもしれません。春からまったく顔を合わせなくなってもいままで家に来ることはしませんでした。彼女の気まずさは理解できましたし、家という安心できる場所に押しかけたくなかったからです。

 私がチャイムを押すと愛子の母親がインターホンに出ました。私の名前を答えると、久しぶりと嬉しそうな声がして、すぐに玄関が開きます。私は愛子に用事があることを伝えると、部屋で勉強していると言って家に上げてくれました。

 愛子の家は一戸建てで、二階に愛子の部屋があります。小さくきしむ階段を上がっていると、小学校の頃に由美と毛糸を持ち寄って三人でマフラーをどれだけきれいに編めるか競い合ったのを思い出しました。愛子の母親がお茶を準備しているあの開放的なキッチンでは、由美へのサプライズでクッキーを2人で焼いた事があります。中学生の頃に両親がいないからと三人で泊まって、夜通しリビングで映画を見ました。

 私は愛子の部屋をノックしました。私だよ、愛実だよと声をかけるとバタバタと音がして、予想外にもすぐにドアは開きました。ドアから髪を結んでいない部屋着姿の愛子が出てくると私たちは何も言わず抱きしめ合いました。

「3組のお守りを持っているのは藤井君なの」

 愛子が私の肩から顔を上げないまま答えました。声はくぐもっていたけれど、耳元なのでちゃんと聞き取れます。愛子は3組の藤井桃彦がどれだけ恐ろしいかを私にぽつりぽつりと話しました。頭が切れること、体が大きいこと、気性が荒いこと、それにこの言い伝えに積極的であること。彼は私を潰すことはしませんでした。眼中にないだけだそうです。

「参加しても、藤井君の邪魔はしちゃだめ。何をされるかわかんない。愛実は真面目だからきっと普通の方法でも受かるよ。だから怪我だけはしないようにして」

 私はこの半年以上をずっとお願いされて過ごしました。夏が終わって秋風が吹くとついにお願いは懇願に代わり、ぐずぐずとした私に直接怒りと焦りをぶつける人もいました。私を庇う由美も例外ではなく、徐々に彼女も消耗してゆくのが目に見えてわかっていました。

 私はきっと自分の為だけなら逃げていたでしょう。ただのクラスメイトの為でも不登校になって、きっと縛り付けるか刃物で脅されるかしない限り同じことだと思います。ただ由美にお願いされれば行くつもりでいました。

「由美はなんていってる?」

「みんなの言うことなんて聞かなくていいって」

「いいそう、ていうか言うね」

「うん、毎日いってる」

 私たちは体を離すと手を握りました。お互いの指にできたペンだこが引っ掛かって、私は愛子に早く会いに行かなかったことを後悔しました。

 私は愛子に行くことを言うと、愛子は泣きましたが止めることはしませんでした。

 愛子には言いませんでしたが、私は藤井桃彦がお守りを持っていることを知っていました。2ヵ月前に本人が言ってきたのです。彼は私に協力関係を押し付け、協力しなければ自分は参加しないと言いました。どう知ったのか分かりませんが、2組の生徒にも同じことを言っているそうです。2組の生徒は東野和佐、一度は同じクラスになったことがある元気な男の子です。藤井君は受験なんてどうでもよく、言い伝えに興味があってこの特進コースに来たと言います。

 3クラス協力態勢でこの言い伝えに挑むのは初めてかもしれません。もしかしたら前例があったかもしれませんが、調べようのないことです。

 1週間後、私はそれに挑むことになります。もしも私が行方不明になってしまったときの為に、日記の終わりにこのような経緯を書きました。私以外が読むとしたら、きっと失敗して行方不明になっていることでしょう。

 その時は、私は自分の意思で挑んだのだとわかってくれると嬉しいのです。



「で、このお姉さんの日記を読ませてどうするの? 君のお姉さんってえーと確か4つ上じゃなかったっけ。だとしたら伝説の年だよね」

「あってるよ。全員第一志望合格の年」

「ただし3人の行方不明者が出た」

 私は1組のお守り持ちを見た。彼は秋葉真実。どういう方法で知ったのか分からないけれど2組のお守り持ちである私に接触し、こうして日記を差し出してきた。彼のお姉さんがあの居残りの儀式に参加したのなら情報としてほしかったのだ。

「姉さんのすばらしさがわかったかなって」

「シスコンじゃん。きもい」

「君の双子の妹が僕のクラスと一緒なんだけど」

「全人類の兄弟姉妹が仲いいとか思わないで、私にこれを読ませてお姉さん探しに協力しろっていうの? この日記だと3人が協力したせいで3人とも行方不明だよね」

「同じ状況を作り出したほうがいいかなって思うんだよね。それに知りたくない? 何がどうなってこうなってるのか」

 何がどうなってこんな人が良さそうなお姉さんの弟が、シスコン腹黒優等生風ゴリ押しスマイル野郎なのかのほうが謎だけど。

 しかし行方不明はご免だが知りたいとは思う。言い伝えを聞いた時から好奇心がうずいて先輩たちに話を聞いて回った。だから自分のポケットにお守りが入っていた時は、まるで神様に手を差し伸べられたような気がしたほどだ。

「私はいいよ。ただし危険だと思ったら逃げるから。それより3組の奴はどうなのよ。卒業式のときからしくしくしくしく泣いてさぁ。あーもーこれはそうって丸わかりでかわいそうだった」

「そこらへんは大丈夫だよ。こう、目をキラキラさせて一緒に乗り越えようぜって熱血に言ったらころっとね」

「日記は読ませた?」

「読ませてない」

 なるほど、良い性格してるわ。

 でも手法としては間違ってない。ああいう実直そうなタイプには効くだろう。

「出世払いで手を打とうじゃない。あんた世にはばかりそうな奴だし」

「言うね、図書館の隅でオカルト本に噛り付く不思議ちゃん。泣き虫王子様を迎えに行くのはけつを叩ける優秀な仲間だと恐竜の時代から決まってるよ」

 季節は秋、あと2ヵ月もすれば12月の模擬試験がやってくる。それまでに3組の王子要のやる気をもたせなければならない。私も藤井先輩には聞きたいことがある。それに生きていたらこのお姉さんも助けたいと思った。

 窓の外で、桜の木に残った最後の枯れ葉が風に飛ばされてゆくのが見える。あの下には死体が埋まっているらしい。

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