第1章-章末 『紅衣の王』

 やってしまった。

 こんなことはもう二度と繰り返さないと誓っていたのに。

 俺はどこで間違えた? どこで油断した?

 今更考え直しても答えなんて出るわけがない。

 そもそもワカツ達にはなんて伝えたらいいんだ。

 

「…………っと」


 魔力不足によるふらつきが俺の身体を倒す。心も身体ももう限界らしい。

 色々な後悔が頭を2周3周と駆け回る。

 それでも身体はもう動かない。瞼すら俺の視覚を遮ってくる。


 目を瞑ろうとしたその時だった。


「……!?」


 嫌な予感に、動かない身体を無理矢理横に捻り、横に転がる。

 閉じかけた目を開ききると、もともと俺の心臓があった位置に、信じたくない現実が突き刺さっていた。


「……馬鹿な」


 その形は、紛れもなく、数秒前まで見ていたあの剣であった。

 だが、奴はイサムが命を懸けて作ってくれたチャンスで確実に仕留めたはずだ。


 時空砲リラティヴ・カノンを放った方を見ても、やり残しがないことは、その抉り取られた地面が物語っている。


 いや、待て。今剣が飛んできた方向は……


「……なんだ、あれは」


 上空に目をやれば、その光景は、混乱を引き起こすに充分すぎるものだった。

 俺の目に映っているのは、頭部はフードによって、陰っていて見えず、全身を赤黒い布で覆い、その隙間から無数の触手をはみ出した化け物だった。


「……」


 その化物は何も言葉を発さず、ただこちらを見ている。

 そして、その間俺も奴の身体を見ると、ある事に気づいてしまった。いや、もともと察しは付いていたが、無意識的に気づくのを避けていただけかもしれない。

 上空の化物の服装は、赤黒く、穴だらけでわかりにくいが、確実に

 勇者服には少し似合わない、青のペンダントの印象が、その事実を突きつけてくる。

 今思えば、その赤黒さや、何本もの剣を食らったイサムの血なのだろう。


「…………」


 まだ、奴はこちらを黙って見下ろしている。

 あぁ、なんとなくわかってしまった。

 理解してしまった。

 奴は、恐らく俺の時空砲リラティヴ・カノンを受ける直前、イサムの身体を何らかの方法で乗っ取り、上空にその身体を飛ばす事で、緊急脱出を成し遂げたのだ。

 それは、ひとえに俺が攻撃の直前、躊躇いから目を閉ざしたことが原因だ。

 つまり奴は、俺の躊躇から生まれてしまった化物なのだ。

 そして、また、もうイサムは戻らないということも、奴の異形さが物語っている。

 奴のこちらに向ける視線には、気持ちも温かみも、敵意さえ感じられない。後悔と無力感で溺れてしまいそうだ。


「これもまた、我にかけられた呪いなのかもしれないな」


 その言葉と同時を遮る様に、奴は、一本の剣をこちらに向ける。その姿は相応しくないことをわかっていても、何故か、罪人を処する冷血な王を連想させる。そして、この場合の罪人は俺だ。だから、これは、俺の罪だ。潔く受け入れるべきか……。

 そう思い、奴が放った剣を心臓で受け止めようと、身体を開いた瞬間、


(そんなわけないでしょ!!)


 何度も聞いたあの声が、脳内に響き、それと同時に身体を捻る。

 あぁ、ハート。お前は異世界にいる俺にまで、面倒事を告げるのか。


 そうだ。まだ俺は死ぬわけにはいかない。ハートの為にも、部下の為にも、そして――


 ワカツにイサムの伝言を伝える為にも!!


「王よ、残念ながらまだ我は殺されてはやれんのだ。赦せ」


 足に、最期の力を籠める。この際、恥や呪いは関係ない。そもそも、呪いは何故か、イサムを助けに入った時から弱まっている。

 俺は身体を村の方向に向ける。

 伝言を伝える為、そして、この化け物を後に託す為にも、村に戻らなければならんのだ。


 奴は、今度は数十もの剣をこちらに向ける。

 おいおい、勘弁してくれよ。こっちはもう、魔力切れのボロ雑巾だぞ。なんて、ビビっている場合でもないか。

 覚悟を決めろよ、時の魔王! 万一これが最期になっても悔やまぬように!

 

 奴が手を下ろし、剣を射出する瞬間、俺もその場を駆け出した。

 

 1本、2本と、次々に剣が地面に刺さる音が聞こえる。

 こんな危機感は生まれて初めてだ。だが、この間隔で逃げ続けられれば確実に逃げ切れる。


「クッ!」


 そんな安心感を掻き消すように、進行方向に剣が突き刺さる。

 そして、それは次々と刺さって、俺を囲っていく。


 ここまでか?

 いや、まだまだだ。まだ俺は――


「止まるわけにはいかない!」 


 剣の間目がけて足を向けたその瞬間だった。


「グハッ! ……やはり逃してはくれんか……」


 胸に激痛が走り、身体が止まる。

 胸に目をやると、太い剣が俺の心臓を貫いている。そして、目の前には、空中にいたはずのが目の前でその剣の持ち手を持っていた。

 間違いない、これは、イサムの瞬間移動魔法によるものだ。見誤った。

 そもそも、時空砲リラティヴ・カノンを何の能力も使わず上空に回避したこと自体が不自然だったのだ。あの速度は音速を超える。そもそも反射神経でそれを上回るのは不可能。つまりは、奴はあの時点でイサムの魔法を自分のものとしていたわけだ。


「やられたぞ……紅衣の王よ。王同士の勝負は貴様の勝ちのようだ……」


 身体から血が滴り、次々と衣服に染み込んでいく。

 この身体が丈夫とは言え、この出血量ではもう……

 視界が暗い。

 イサム、悪いが、約束は守れなかった。

 ワカツ、お前に色々と教えてやりたかった。

 そして何よりハート。先立つ不幸を赦してくれ……。


 目を閉じ、意識を飛ばすその寸前、


「…………!?」


 奴の身体が微かに揺れ、俺の身体は地面へ落ちる。


「来て! ……スティア!」


 耳が上手く機能せず、聞き取りにくいが、確かに誰かの声が聞こえる。


「お……! まだは……すかりそうだ……どうする?」

「どいて。……しかに、こっちはまだ……。わかってると……うけど、これ、には内緒だから……」

「おう! わかって……!」


 何やら俺の身体の近くに来ているようだが、意識の遠さで感知できない。


「お願い……ティア。この人を……助けて……記憶も……」


 その微かな声を後に、俺の意識は途切れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コトナル世界ノ召喚者〜オタクがアニメやラノベの美少女キャラクター達が召喚される世界で生き抜く物語〜 キエツナゴム @Nagomu_Kietsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ