第1章-30 『血濡れの勇者の血濡れた末路』
「敵性反応ヲ再捕捉。攻撃ヲ再開シマス」
触手剣は、予想通り『敵性反応』である俺たちの方へ向かってくる。
よし、このまま上手くいってくれ――
その瞬間、もの凄い地響きがあったかと思えば、触手剣の身体はまたも宙を舞っていた。
さっきからあやつの動きはなんなのだ。あの巨体の質量をどうしてあそこまで持ち上げられるのか。
いや、今はそれどころではないか。この程度の動きも概ね予想通り。念の為、【
こちらにのしかかるように飛んできた巨体はその努力虚しく【
――俺が罠を仕掛けた位置だ。
「魔法発動!」
「……!?」
「ようやく生物らしい反応を見せたな」
触手剣の周りに魔法障壁が形成される。
今回のものは魔素含有量を耐久値極限まで入れ込んだ特別製だ。理論上、俺が作れる中で最も丈夫になっている。特に、内側からの、衝撃にはめっぽう強くなるよう調整してある。
これで牢獄の完成だ。更にここから――
「……周囲ヲ……戦況ノ変化ヲ確認……改善策ヲ……!??」
「罠の中でそうゆっくり考えられると思うなよ、下手物が」
凄い音とともに、触手剣は地面へと埋め込まれていく。
だが、触手の魔剣よ、お前にはまだ方法が残っている筈だ。冷静に分析するなら、やってくれるだろ? あの技を。
「……攻撃ヲ確認……脱出ヲ試ミマス。【
「よっしゃ! 液体化した! 計画通りだな!」
「あぁ、あとはイサム、お前に託す」
「任せとけ!」
最後の仕上げだ。
俺には炎の魔法は使えない。だが、丁度ここに高火力の炎の剣を使える奴がいるのだ。これを利用しない手はない。あとは、最後の一押しさえすればいい。
「【
「……」
標的とするは、触手剣の足場。
すぐに実体化されては困るからな。それに――
「やれ! イサム!」
「おう! 橙ノ剣・【
辺りの光が吸収され、みるみるうちに辺りが暗くなる。
先程俺に打ったときよりも、遥かに暗く、自分が立っていることさえ忘れそうになる。
ある種、使い方によっては恐ろしい魔法だな。もう何も見えない。イサムに全てを託す他ない。
「火を司る神殺しの炎よ。この愚者に今一度力をお貸しください。
【
「……」
あまりの眩しさに目が開けられなくなる。予め聞いていてこれとは本当に恐れ入る。
だが、音は聞こえる。その音は液体の気化と、炎の大きさを物語っている。
どうやら、上手くいったらしい。
さっきも言ったが、今回の
つまり今奴は、
「【
だが、油断はできない。まずは、標的の生死を確認する。
――なるほど。まだ全ては気化できてはいないが、かなり血液量も減っている。このままいけば上手くいく。
よし、次はイサムの方を見……!?
「クッ、【
急いでイサムの目の前に
何だ。何が起こっている?
今、奴の刀身は、焼かれている最中の筈だ。それはいま確認したところだ。
いや、考えは後だ。取り敢えず今はイサムのサポートに徹しなければ。
まだ、イサムは魔法に集中している。奴の刀身が完全に消滅するまでは邪魔をさせるわけにはいかない。
「……せい……のう……」
無機質な声が途切れ途切れで聞こえる。
まだ、目は開けられない。だが、姿形は見えずとも、
今度はこちらの番だ。
「【
何かが吹き飛ぶ音と、手応えを感じる。どうやら、当たったみたいだ。
そう、安堵した瞬間だった。
「!!??」
隣から
それはまさに、触手の剣を捕らえた筈の牢獄の中からの音だった。
「「うそ……だろ?」」
奇しくも、勇者と魔王は同じ反応をしてしまう。
ようやく明順応し終えた目を開くと、そこには触手の剣が
さっきまで見ていたのに、いつ実体化する時間が……。いや、違う、俺は奴の考えに乗せられたのか。
先程、何かを吹き飛ばした方向を見ると、やはり、触手剣の一部が落ちている。
つまり、奴は、牢獄に入れられる前に、自分の身体の一部を切り分け、それから常に脱出のタイミングを見計らっていた。
そして、俺がそれに気づくと止めに入ることまで考慮した上で、俺の注意を逸らすために、分身でイサムを攻撃したのだ。
全ては自分を実体化させるために。
「……イサム、すまない。作戦は失敗だ」
「いや、そうでもねぇよ。奴の身体を見ろ」
言われる通り、触手剣に目をやると、全身がかなり小さくなっていることがわかる。奴の消耗の現れなのだろう。
「かなり小さくなってるだろ? あれが奴の今の姿だ。だが油断するなよ。奴は小さくなった分――ってゼイト! 避けろ!」
「ん? なんだ急n――
『サンッ』
顔の真横を刃が物凄い速度で通り過ぎる。
少しでも反応が遅れていれば、直撃だった。
頬を血が伝う。頬を掠ってしまったらしい。
しかし、どういうことだ?
「奴の動き、先程よりも速くなっているように見えるが?」
「そうだ。奴は小さくなった分だけ小回りが効くようになる……って待て。それって……」
「深刻ナ血液不足ヲ確認。補充ノ為、一時的ナ戦線離脱ヲ行ウ」
奴は森の奥の方に体を向ける。
「……この森の奥……あの巨大なドラゴン……血液補充か」
「おい、イサム。何をブツブツ言って――」
「……なぁ、魔王。さっき、お前は奴を細胞レベルで消滅させる術、奥の手があるって言ってたな?」
「あ、あぁ。だが、あれは――」
「悪りぃが、それ、使ってくれ。どんな被害を天秤にかけても奴を逃す方が今は痛い」
イサムはこれまでで最も勇者の顔をする。
これは、世界を守る勇者の顔だ。
「……わかった。だが、これは一度きり。避けられないよう、あの素早い奴の動きを封じる必要がある」
「……それなら問題ない。もう撃てそうか?」
「あぁ、奴の動きを止められ次第いつでもいける。だが、どうするつもりだ?」
「…………ゼイト、後は任せたぞ……」
「おい、待て! まさか――」
嫌な予感がした。
そして、嫌な推測も組み立てられた。
奴の瞬間移動魔法はこれまで剣の持ち手を基点として行われていた。もしも、もしもそれが、イサムが持っている剣全てに適応されるとすれば。そして、奴がそれを用いて――
「止めろォォ! イサム!」
その声が響く前には、既にイサムの身体は光の粒となっていた。
そして、最悪な予感と推測は当たってしまう。
「敵性反応ノ急接近ヲ確認。攻撃ヲ開始」
「ガハッ、ゼイト! やってくれ!」
触手剣の取手に移動していたイサムは、その身体を血の剣によって貫かれる。
そしてまた、次の剣、次の剣と、絶え間なくそれが続く。
イサムの白い勇者服はどんどんと紅く染まっていく。
これは――駄目だ。駄目な未来だ。
だが、ここで
「やれ! ゼイト! 今……今やらなきゃ勝てなくなる」
「だ、駄目だ。貴様にはまだワカツへの謝罪が残っている!」
「……ッ! 悪いが、代わりに伝えてくれ」
「駄目だ。貴様が貴様の口で伝えるのだ!」
「ゼイト……頼む……」
「クソックソッ! クソォォォ!」
最悪だ。
「……ッ! 【
撃つ瞬間、瞼を閉じてしまう。
最後に映ったイサムの顔は、笑っているように見えた。
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