第10話 新装開店

「みんなー、おつかれさまー」


 店の外から元気な声が聞こえる。

 この声はミリアだな。

 ちょうど準備がほぼ完成したところだ。あとは商品を並べるだけである。

 

「ミリア。入ってきていいよー」


 商品棚に小さなラグを乗せながら、扉口へ声を向けた。

 ところが、扉の開く音が響いてこない。

 何かあったのかな? そう思う前にエルナンが扉を開けに行ってくれた。

 

「あ、ありがとう。エルナンさん」

「差し入れかい?」


 エルナンがミリアの持つバスケットを一つ受け取り中に運ぶ。

 彼と入れ替わるようにテオがもう一つのバスケットを持ちカウンターの上に乗せた。

 バスケットを斜めにしないと入らないほど大きなものだったので、彼女は扉口から動けなかったというわけか。

 

「お兄ちゃんもありがとう」

「何だかついでみたいだな」


 ぼりぼりと頭をかき悪態をつきつつも、妹からのお礼の言葉に対し悪い気はしていないのか口元に笑みを浮かべるテオ。

 そんな兄のことをよく理解しているミリアは、ぽやあとしたままちょんちょんと兄の背中をつっつく。


「ちょっと、エメリコくん」

「うお、突然背後に立つな」


 三人の様子に微笑ましくなって生暖かく眺めていたら、不意に後ろから萃香の声が。

 そのままトントンと肩を指先で叩かれ、振り向くと彼女が目で下へと合図をしてくる。

 しゃがめと言うのだな。

 言われた通りに少しだけ膝を落としたら、彼女が俺の耳元に顔を寄せてきた。

 背伸びしたら俺の耳元に届くんじゃないだろうか……テオやエルナン相手ならともかく。

 

「ふと疑問に思ったことがあるの」

「おう?」

「この世界の人たちって、日本人にも見えるし、ヨーロッパ系と日本人のハーフにも見えるし……でも髪の毛の色が緑だったりするじゃない」

「うん。まあ、そんなもんだと思ったら大丈夫だろ」

「だ、だよね。でも、エメリコくんのお友達って、みんなカッコいいし、可愛いよね?」

「そうかなあ」


 テオがカッコイイとか有り得ないだろ。

 とか失礼なことが頭に浮かぶ。

 

「教室で談笑しているだけでも、とっても絵になりそうー。エメリコくんは誰が好み? リリーさん?」

「ピ、ピンポイントでそこかよ。愛らしいことは認めるが、ちょっと違うだろ」

「あはは。冗談だってば」


 耳元で大きな声を出すんじゃないい。耳がキンキンするじゃないか。

 

「エメリコ―。いちゃついてないで、手伝えよ!」

「聞かれたくない秘密の話をしていたんだよ」


 テオが冗談めかしてバスケットの中身に釘付けになりながら、ぼやく。

 彼は俺の返事に肩をピクリとあげた。

 

「気になる! あ、分かった。エロい話だろ!」

「違うわ! テオって間抜けな顔しているよなあと言っていたんだ。ほら、秘密にしなきゃなんないだろ」

「え、えええ……」


 落ち込むテオの肩をポンと叩き、ミリアの持ってきてくれた差し入れをどこで食べるか思案する。

 サンドイッチかあ。奥の作業台じゃあ手狭だし、二階にするかな。

 

「上を少し片づけてくるわ。すぐに終わるから少し待ってて」


 そう言い残し、片手をあげ二階へ登る俺に萃香も続く。

 

 ◇◇◇

 

 二階は倉庫部分と寝室、それに屋根裏部屋と整理されていて、みんなを招待したのは寝室になる。

 屋根裏部屋は元々なかったんだけど、急遽増築したのだ。自分でやったから若干床に不安があるものの、梯子で上に登る作りになっていて寝室とは壁で隔てれていない。

 ロフト空間といった方がいいかもしれない。

 ロフトが俺の新たな寝床で、寝室は萃香に元からあったベッドは萃香に使ってもらってるってわけなのだ。

 

「みんな、今日は集まってくれてありがとう」


 全員が床に座り、サンドイッチの入ったバスケットを中央に置いたところで感謝の意を述べる。


「食べる前に、これで手を拭いてみてね」


 萃香が透明な柔らかいフィルムの筒をトンと床に置く。

 筒の内側は白い紙で覆っており、筒の上部が蓋になっている。蓋の中央には穴が開いていて、濡れた柔らかい紙が顔を出していた。

 まずはレディーファーストってことでミリアが、濡れた紙を摘まみ引っ張る。

 スルスルと濡れた紙が出てきて、彼女が紙を開くと手の平サイズになった。

 

「すごいね、これ! これで手を拭けるんだね」

「濡れた状態を保つこと、それにこの筒。何を合成して作ったんだい?」


 目をまるくしているミリアに続き、エルナンが濡れた紙を見つめ丸眼鏡を光らせる。

 

「そのペコペコした被膜……フィルム素材はとあるモンスターの皮膚とガラスを合成しているんだよ」

「へえ、よく考えたものだね」


 エルナンが膝を打ち、自分の丸眼鏡を濡れた紙で吹いてみせた。

 だけど、丸眼鏡に細かい水滴が残る。

 

「手軽な容器をと考えて、この素材を使うことにしたんだ。濡れた紙は草素材の紙と水を調合して、こっちは基本錬金術だから特に説明するほどじゃあないかな」

「もう少し厚手のものや、面積の広いものを作ると良さそうだね。掃除やテーブルの上を拭いたりするのに活躍できそうだ」

「うん、そう思って、三種類作っているよ」

「抜け目ないね。これは、キミのアイデアなのかい?」

「いや、萃香のアイデアだよ。俺はほら、家事が壊滅的だし?」

「あはは。相変わらずだね、キミは。素材を開発したのはキミだろうに」


 エルナンは懐から柔らかい布を出して丸眼鏡を拭きながら、朗らかに笑う。

 目を細めた彼は満足気な様子で丸眼鏡を再び装着した。

 一方で、突然俺から名前を出された萃香は、戸惑ったように両手を左右に揺らす。

 

「わ、わたしは別に。毎回布きんを絞るのが大変だと思って、がきっかけなの」

「似た者夫婦かよ! ちきしょう。俺もいずれ」


 憮然とした顔でテオがサンドイッチをぐいぐいと口に突っ込む。

 そして、お約束のように蒸せてミリアからお茶をもらっていた。

 

「こいつはウェットティッシュ、もう少し大きなものはウェットダスターとして売り出そうと思っている」

「ティッシュは50枚入りで3ゴルダ。ウェットダスターは10枚入りで同じく3ゴルダ。高いかな……?」


 俺の言葉に萃香が続く。


「思ったより安いんだね。気軽に買えそうだ」

「いいんじゃね。よくわからんけど」

「ミリアも使いたいー。タチアナもきっと喜ぶと思うよ!」


 値段は問題なさそうだ。

 よしよし。店頭に出せそうだな。

 

「ごめんごめん、前置きが長くなった。食べよう」


 俺の合図でみんなが思い思いのサンドイッチに手を付ける。

 ミリアの持ってきてくれたサンドイッチは五種類も具材が分けられていて、どれも美味しかった。

 俺が一番気に入ったのは、ぷりぷりしたエビを挟んだサンドイッチかな。

 

 あれだけあったサンドイッチを五人で完食してしまった。それほど、彼女の作ってくれたサンドイッチが美味しかったんだ。

 

 食事の後は解散となり、ドア口で萃香が思い出したように中に戻りもふわふわもふもふに棒がついた商品を持ってきた。

 

「エルナンくん、これ使ってみて」

「これは?」

「これは『ふわふわダスター』といって、撫でるだけで埃を吸着してくれるの。あるモンスターの毛を使ってエメリコくんが調合? 合成? してくれたものなの」

「忘れてた。ありがとう、萃香」


 ふわふわダスターをエルナンに手渡す萃香に礼を言う。

 

「書店って濡らしたらダメなところ多いし、はたきだと埃が舞うだろ」

「これはとてもよさそうだ。試してみるよ」

「ふわふわダスターは水洗いもできるから、是非試してみて、感想を聞かせて欲しい」

「了解した」


 今度こそ三人と別れ、店舗の中に戻る俺と萃香であった。


「いよいよだね」

「うん。まあ、今日は商店街に宣伝へ行ったりした方がよさそうだ」


 テオたちの協力があり、翌朝いよいよルシオ錬金術店が新装開店の日を迎えることができたのだ。

 萃香と二人で作業台を囲み朝食を取りつつ、本日の動きについて確認することにした。

 

「お昼前まではお店で様子見して、お昼時で人が多くなってきた書店街に俺が、萃香はそのまま店番を」

「うん! ビラもいっぱい書いたものね」

「おうさ! 腱鞘炎になるかと思ったよ」


 苦笑を浮かべお互いにクスクスと笑いあう。

 さあ、ルシオ錬金術店開店だ!

 

 萃香の勧めで、店の入り口ドアは開けた状態で固定する。

 入口横の壁に宣伝文句の書いた張り紙を、店先には棚を設けサンプル商品を置く。

 他の店だと店先に商品を置いたりすることはないんだけど、ここは街はずれだし客引き兼門番も用意しているからな。

 

「紫。頼む」


 肩に乗った紫スライムがぴょーんと跳ね、棚の上にぷよんと着地する。

 紫スライムがぷるぷると震え、「任せろ」と言っているようだ。

 棚にはふわふわダスターと、冒険者向けの補助ポーション「クイックポーション」が入った小瓶を置いている。

 クイックポーションはその名の通り、一時的に敏捷度をアップさせるお薬で、効果時間は五分。

 この前戦った翅刃の血とポーションを調合することでできたものになる。

 調合方法はエルナンの店で購入した「最高級錬金術の書」に記載があった。いやあ、せっかく手に入れた素材を何とか利用しようと思って、いいモノが発見できてよかった。

 血を一滴しか使わないから、お値段は二番目にリーズナブルなグリーンポーションと同じ100ゴルダにしておく。仮なので全く売れなかったらもっと安くしよう。

 

「よっし、準備完了!」

「おー。紫の子ちゃん!」


 萃香も外に出てきて、紫スライムをつんつんと指先で突っつく。

 彼女の指の動きに合わせて紫スライムが形を変える。

 その時、俺の肩に乗る赤スライムと萃香の肩に乗る青スライムの双方がぷるぷると激しく揺れ自己主張してきた。

 ついには、青スライムがぴょこんと空いている方の俺の肩に乗っかり、青赤双方が左右から俺の頬を押す。

 

「赤と青は過剰防衛の可能性が高いからなあ、そのうち店頭を任せるから、な」


 むぎゅーっと両手でそれぞれのスライムを掴もうとしたら、ぷるるんと手が滑ってしまった。

 赤も青もこの前、一緒に狩りへ連れてったじゃないか。紫なんてずっとお預けなんだぞ。

 

 チリンチリン――。

 そうこうしていると、聞きなれた鈴の音まで。


「モミジも見に来たんだー」


 萃香が黒猫のモミジを抱き上げると、彼は顔を逸らしつつも尻尾をパタパタさせる。

 相変わらずの塩対応なモミジだったが、尻尾にワクワクが隠せていない様子。

 そうだよな。スライムたちもモミジも、ここ数日のバタバタにつきあってもらったんだもの。一緒に開店を祝うのも悪くない。

 

 お、おお。

 さっそくお客さんじゃないか。

 赤毛のポニーテールを揺らしながらこちらに駆けてくる少女の姿が遠くに見える。

 

「おはよー!」

 

 走ってきたというのに息も切らせず片手を振る赤毛の少女はタチアナだった。

 彼女はすぐさま招き猫ならぬ招き紫スライムへペタペタと振れにーっと口元を横に動かす。

 

「紫の子が看板なんだ。可愛い―」

「おはよう。タチアナ」

「いらっしゃいませ! タチアナさん」


 俺の挨拶に萃香も続く。

 タチアナの興味はくるくるとコマのように移り変わっていく。クイックポーションの小瓶からふわふわダスターへ。

 ふわふわダスターを手に持った彼女は、パタパタと自分の手をはたいた後、紫スライムへぺとーっとつけてみたりしている。

 

「タチアナ、それは掃除用具なんだよ」

「へえ。そうなんだ」


 彼女に使い方を説明すると、「へえええ」っと大きな声をあげて俺の両手を握りしめてきた。

 

「欲しいー。こんな素敵アイテムがあんたの店にあるなんて感動だわ! これもこれもあれでしょ。スイカちゃんの知恵でしょー!」

「その通りだ。まだまだ、萃香発案の便利商品があるぞ。錬金術にこういう使い方があるなんてなーと俺も驚いているさ」


 おっと、褒め過ぎたからか萃香の頬に朱がさし、彼女は自分で自分の頬を扇いでいる。


「やっぱり、萃香ちゃんのアイデアなのね! すごーい!」

「きゃ」


 むぎゅーっと萃香に抱き着くタチアナ。昔からそうなんだけど、彼女はいちいちアクションが大きい。

 感情表現が豊かというか何というか。

 タチアナの熱烈表現に戸惑っていた萃香だったが、すぐに慣れたみたいで彼女に向け微笑みを返す。

 

「タチアナさんのお店にも使える便利グッズがあるの」

「そうなんだあ。楽しみ、お店に入っていい?」

「もちろん。どうぞ!」


 タチアナが後ろから萃香の肩を押し、二人は店内に入って行った。

 本当に元気だな、タチアナ。

 

「これはアイデアね! エメリコ、鍋用に蓋だけでも作ってくれない?」

「お、使えそうか?」


 店に入るなりタチアナの目についたのは蓋つきのマグカップだった。

 彼女は商品横に記載している説明文を読み、ぐぐいっと俺の腕を引きお願いしてくる。

 

「どれくらい効果があるのか試してみないと、だけど。これは良いわ。自分用にも欲しいー!」

「そ、そうか。う、うん。素材はまだあるから、鍋用でも作ることはできる。高温でも大丈夫だけど、湯気で蓋が外れないように調整がいるなあ」


 タチアナが手に取った蓋つきマグカップは、蓋がゴムに似た断熱材で作られていて保温効果が高い。

 蓋をすることで中に入った液体の温度の低下が緩やかになるんだ。

 

「タチアナさん、お鍋ってお客さんに出すもの? それとも厨房の?」

「厨房用が欲しいかな。こーんな大きな蓋が欲しいー!」


 両手をピーンと伸ばすタチアナに、どんだけ大きな鍋なんだよとタラリと冷や汗が。

 俺の内心など関係なく、二人の話は進んで行く。

 

「この蓋はマグカップのサイズに合わせて、密封できるように作られているの。だから、タチアナさんのお店のお鍋に合わせないといけないの」

「じゃあ、次にお店に来てくれた時に見てもらえるかな?」

「いいかな? エメリコくん」

「もちろん! 今晩にでも行こうかなって思ってたところだよ。ここ数日ずっと閉じこもっていたからさ」

「やった!」


 萃香とタチアナの声が重なる。

 嬉々とした表情まで同じだったから、少しおかしくなってしまった。

 あ、俺が笑っていることに気が付かれたようだ……。

 こ、このやばそうな空気を誤魔化すためには、これだ。

 

「タチアナ。これさ、ウェットティッシュっていうんだけど、お店でも使えないかな?」

「へえ。なんだか変わった容器だね。柔らかい」


 よっし、興味がこっちに移った。コロコロと変わる彼女の気質に感謝。

 つられて萃香の不穏な空気も和らいだし。


「その中に湿った柔らかい紙が入ってて、使い捨てタイプになるんだけど」

「いいかも。一つ試しに頂くわ!」


 ぺこんぺこんと楽しそうに筒をへこませ、笑顔を見せるタチアナ。

 しかし、ハッとしたように表情を変えたタチアナは慌てたようにカウンター横のレジへ向かう。

 

「ごめーん。仕込みがあるのよお。今日が開店だって聞いたからチラっと見てすぐ帰るつもりだったの」

「そうだったのか。引き留めてごめんな」

「ううん。とってもいい商品が手に入ったんだもの! お店でも宣伝しておくわ」

「ありがとう!」


 ヒラヒラと手を振りながら、タチアナが店を後にする。

 新商品は好評だった。お店の明るい未来が見えてきた気がするぞ!

 手ごたえを感じ、一層気合いが入る。

 店が客でいっぱいになることを想像しながら。

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錬金術屋の魔改造スライムは最強らしいですよ(コンテスト版) うみ @Umi12345

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