第9話 本屋さん

 ルシオ錬金術店は街の南東部分のはずれにあるんだけど、今俺たちは北東の街はずれにまで来ていた。

 道中にあたる東部分に大きな門があり、そこから中央大通りが伸びている。

 なので、商店街を歩きながらここまで歩いてきたってわけなのだ。

 

「ほら、あのでっかい時計が見える?」

「うん。あれって機械式の時計なの?」

「半分正解。かな」

 

 俺が指さす時計は灰色の屋根に褪せたオレンジ色をした壁といった外観の家屋に取りつけられていた。

 この建物は四階建てと目だった高さではないけど、中央丈夫にアーチがあって、その中に円形の時計がはめ込まれている。


「どうやって動いているの?」

「ネジとか仕掛け部分は萃香が想像する通りなんだけど、動力が魔力なんだよ」

「へえ。あの時計も魔道具の一種なの?」

「うん。魔道具といえば魔道具だよ。ああいった科学知識と魔力が融合した品物はこの世界に多々あるんだ」

「電気の代わりってわけなのね」

「うん、だいたいそんな感じ。といっても、近世の技術レベルではないんだけどねえ。一部、近世ぽいものがあると言った方がいいかな」

「面白いね! そういう考察って」

「俺はちょっと苦手だ……難しいことより、使えるか使えないか、かな」

「あはは。エメリコくんらしいね」

「よおし、着いたぞ」

「この建物だったんだね」


 大きなアーチ型の扉には鉄でできた丸い取っ手が吊り下がっていた。

 アーチのところに、「ミゲル書店」と記載した看板が見える。

 

「じゃあ行こう」

「どこのお店も扉は閉じているんだね」

「そう言えばそうだな。うちもそうだけど」

「エメリコくん、ルシオ錬金術店は単に店主不在で閉じているだけだよ?」

「う、うう。これからは可愛い店員が切り盛りしてくれるんだからな」

「そ、その切り返し、結構恥ずかしいんだけど」

「は、ははは」


 事実を述べたに過ぎないんだけどな。

 萃香は現に可愛いから。面と向かって言う気はさらさらないけどね!

 

 扉を開けると、独特の本の匂いが鼻孔をくすぐる。この匂い、何だか懐かしい気がして嫌いじゃないんだ。

 過去の習慣からか、心地よい眠気が襲ってくるけど……。ぶんと首を振り、邪念を消し去る。

 あ、丸眼鏡と目が合った。

 

「エメリコ、君が来るなんて珍しい」


 上品にはにかみ物腰柔らかく俺を迎えいれた丸眼鏡は、俺のよくしる人物だ。


「よお、エルナン。そんなことないって、俺、これでも錬金術やっているんだからさ」

「受け継いだ錬金術の本があるんじゃなかったのかい?」


 ああ言えば、こう言うんだからあ。このメガネ。

 彼はずっと屋敷に籠っているからか真っ白の肌に、華奢な体躯ひょろっと背が高い。

 白に近いサラサラストレートの金髪を肩の下くらいまで伸ばし、首の下辺りで髪の毛を赤い細紐で結んでいる。

 まさにこう、絵に描いたような文系男子って感じの優男がエルナンというやつなのだ。

 これでも小さい頃は一緒に外で遊んでいたんだけどなあ。主にテオが、たまにタチアナが乗り気じゃない彼を毎日連れ出していたんだけどね。はは。

 

「いろいろ錬金術の知識を仕入れたくてさ」

「素晴らしい! 君もようやく知識の深淵を覗く気になったんだね」

「いや……まあ、店のため?」

「……動機はともあれ、ようこそ『ミゲル書店』へ。知識を求める人は大歓迎さ」


 キラーンと彼の丸眼鏡が光った気がする。

 なんだかこう、中二病感があるというか気障というか、一周回って面白くなるんだよ、エルナンって奴は。

 テオみたいなお馬鹿さんと違って、彼は彼で接していて楽しいところがいっぱいある。

 

 笑うのを堪えていたら、エルナンが萃香に執事のような礼を行う。

 対する萃香は少し引いていたが、大人の対応で「どうも」といった感じで会釈する。

 

「始めまして。僕はミゲル。エメリコのお知り合いなら大歓迎さ」

「こちらこそはじめまして。わたしは萃香。よろしくね」

「ミゲル書店は蔵書数だと街の図書館に劣るけど、それでも書店の中では一番多くの種類を取り揃えているんだ。萃香さん、君はどんな物語を?」

「え、えっと……」


 そこで俺はそっと萃香の腕を引き、耳元で囁く。

 

「こいつ、本のことになると途端に回りが見えなくなるんだよ。いつもは物腰柔らかで口数もそう多くないんだけど」

「そ、そうなんだ。でも、一周回って少し面白いかも」

「気が合うな。俺もそうだ。何かこう、熱弁がコメディになっている学者みたいな」

「ちょ、ちょっと、エメリコくん」


 本人の前だからか、萃香は頑張って笑いを堪えようとするが、後ろを向いてしゃがみ込んでしまった。

 そんな彼女の肩は揺れている。続いて、くぐもった笑い声が漏れ出してきた。

 うん、我慢はよくないよな。

 

「大丈夫かい? 彼女は」

「うん。昨日読んだ物語がおかしくて思い出したんだそうだ。エルナンが物語とか言うから」

「そうだったのかい。それは悪いことをしたね」


 困ったように後ろ頭をかくエルナン。

 やべえ、今の彼とのやり取りも萃香のツボにはまったようだった。

 こいつはしばらく復帰するのは無理だな。

 

「彼女は本じゃなくて、ノートとかペンを探しに来たんだよ。ここなら、紙類も豊富に置いているだろ?」

「そうだったのかい。これはとんだ早とちりを。すまなかったね」

「先に錬金術の本があるところまで案内してもらっていい?」

「もちろんさ」


 右手奥にある階段に体の向きを変えたエルナンがゆっくりと歩き始める。

 俺が錬金術の本を探しにきたのは、エルフの冒険者リリーが「浄化水晶」「業火水晶」といった商品は置いていないのかと聞いたことがきっかけだ。

 これだけじゃなく、今後の商品開発において錬金術のレシピは仕入れることができるだけ仕入れておきたい。

 俺が目指す錬金術店は、他の錬金術屋や日用品店には置いていないような商品を置くこと。

 高価なものから、安価なものまで様々にね。

 アイデア勝負なら、俺一人だと心細いけど萃香の存在が大きい。彼女と意見を出し合えば、いろんなアイデアが出てくる……と思う。

 全てはやってみないと分からないけどね。

 

 ◇◇◇

 

「この棚に錬金術の本が並んでいるのさ」


 俺の身長より高い本棚がずーーっと連なっている。

 こちらの本屋は、図書館みたいな本の置き方をしているんだ。これで商売になるのか分からないけど……まあ成り立っているんだろうな。

 売れ筋の本を表に置くとかしないんだろうか。

 

 ともあれ、この棚か。

 

「エルナン。これで買えるだけ欲しい」

「え、っとと。これ、金貨じゃないか」


 コーンと指先でエルナンに飛ばしたのは、彼の言う通り金貨だった。

 そう、先日リリーからお代として頂いたアレをそのままもってきたのだ。

 エルナンはよろけながらも、何とか金貨をキャッチして目を見開き驚いた様子。

 

「錬金術の書が高いのは分かっているんだけど、何冊くらいいけそう?」

「おまけして10……いや11冊なら」

「分かった。どれにするかは任せるよ」

「何を重視したいんだい?」

「情報量重視で頼む」

「承知したよ。下で待っててくれるかな。入り口から左手に進んだところに紙やペンが置いてあるから彼女を案内してもらえるかな」

「ほおい」


 エルナンに本の選定を任せたということは、少なくとも二時間くらいはかかる。

 俺は俺で萃香と一緒に紙とペンをじっくり見させてもらうことにしよう。

 

 たっぷり二時間、エルナンの母に別室でお茶を頂きながら錬金術の本の選定を待っていた。

 俺も萃香も商品選びに悩む方ではなかったので、欲しいノート類やペン類はすぐに決まってしまったのだよ。

 どうするかなあというところで、ちょうどお掃除をしていたエルナンの母に会ったというわけだ。

 ぼんやりと彼を待っていたら、彼女は「ごめんなさいねえ、あの子、本のことになると」と言いながら、お茶でもと誘ってくれたんだよ。


「ここだったのかい」

「やあやあ。すっかり寛がせてもらっちゃったよ」

「待たせちゃって、すまなかったね」


 書店に戻り、本を受け取った俺たちは次のお店へと向かう。

 日用品店で生活必需品を買い込んだものの、お店の改装に使おうと思っていた塗料などの一部商品を買うのは控えることにした。

 どうせなら錬金術で作っちゃおうと思ってさ。


 ◇◇◇


 露天でつまめる物を買い込み、ルシオ錬金術店に戻る。


「エメリコくん、どの商品が何個あるのか、値段はいくらなのかをチェックしない?」


 戻るなり整理されガランと広くなった店内で、ノートの入った鞄を指差す萃香。


「帳簿だっけ……」

「それ以前の問題よ! 帳簿は必要。だけど、帳簿をつけるにも在庫管理は必ず必要だよ」

「そうな、まあ、そうだよな」


 昨日、萃香に帳簿何それおいしいの?って態度でいたらこらあーとなったんだ。

 だってえ、面倒じゃないー。

 こんなことだから、お店が閑散としていたのだろうけど……いい商品さえ並べれば店は繁盛すると思っていた。

 だけど、萃香曰く、「繁盛すれば必ず必要になる」からって。

 俺にも必要性は分かるし、萃香が管理してくれると言ってくれたので重い腰をあげようとしたわけなのだよ。


「よおおし、この際だ。棚卸しするかー。ダイニングキッチンだけじゃなく二階に溜め込んだ素材もあるぞー」

「頑張ろー」


 二時間経過――。

 俺だけじゃなく、萃香までげんなりしていた。

 いやあ、棚卸しって大変だよなあ。萃香がある程度整理してくれていたからかなり手間が省けたよ。


「昼をかなり過ぎちゃったけど、お昼にしようか」

「わたしは飲み物だけでいいや……」


 素材の中にグロテスクなものがいくつかあったから、食欲を無くしてしまったらしい。

 スライムの強化にと何でもかんでも拾って持って帰って来ていたからな。仕方ない仕方ない。だけど、思わぬ商品に化けるかもしれないしさ。

 生ものはちゃんと腐らないように保存の術を施している。目玉はいつまでたってもぷるんぷるんのままなんだぞ。すごいね、魔力って。

 

 分厚いハムが挟まれたパニーニをむっしゃむっしゃと貪っていたら、萃香がげんなりとした顔でため息をつく。

 

「ん? 美味しいぞこれ」

「ま、また今度ね……商人や素材を見て思ったんだけど」

「うん」

「この街に錬金術屋とか、ルシオ錬金術店と商品ラインナップが被るお店ってあるのかな?」

「もしゃ……。ある。錬金術店だけでも五店舗以上。日用品店なら十以上あるかな」

「エメリコくんの作戦だと、スライムちゃんたちとレア素材を集めて、手に入れた錬金術の書から他のお店じゃ作るのが難しいアイテムをだったよね」

「うん。うちにしか置いていない物を置けば確実に売れるかなってさ」

「悪くないんだけど……それってリリーさんみたいなランクの高い冒険者さんにしか売れないんじゃないかな」


 うーん。確かに萃香の言うことももっともだ。

 にんまりと口を左右に広げた萃香が指をピンと一本立てる。

 

「わたしたち、この世界だとオンリーワンの商品を産み出せるアイデアを持っていると思わない?」

「ん、んん。あ」

「お手軽に便利な商品をわたしたちはいっぱい知っているじゃない! それを形にできれば」

「そっか。確かに! そっち方面も模索しよう。幸い、距離的な問題がないならほぼどんな素材でもとってくることができる」

「街でブームになるほどの便利グッズができれば素敵よね」

「おう!」


 よおおっし。

 日本にあった商品を錬金術を使って、作り出すことができれば……一発大逆転を狙えるはずだ!

 

 ◇◇◇

 

 ――三日後、ルシオ錬金術店にて。


「ちょ、エメリコ。スライムを何とかしてくれ!」


 丸椅子に乗ったテオが天井を見上げながら、情けない声をあげる。

 椅子に向け赤と青スライムがぽんぽこアタックを繰り返し、彼の足元には紫スライムがぐいぐいと彼の足の甲を押していた。

 もちろん、彼が少しでも足をあげようものなら下に滑り込みぷにーんと脚を滑らせてしまおうという魂胆なのだろう。

 勘違いしないで欲しいのだが、俺は何ら指示をしていない。スライムたちが勝手に遊んでいるだけに過ぎない。

 

「ランタンを外してだな、その後、天井に布を通したいんだよ。それと、この回転式のプロペラ……羽みたいなのを天井に取り付けて欲しい」

「任せろ。だが、こいつらをおおお。こけるこける。グラグラする!」


 うるさい奴だな。全くもう。

 あれでも一応鍛冶屋の息子。任せろって言ってるし、スライムたちもそのうちお腹が空いたら俺のところに戻って来るだろ。

 

「エメリコ、これで全部だよ」

「おお、さすがの美麗な字だな。来てくれてありがとう」

「僕こそ、こんなワクワクすることはないさ。キミの店の新装開店に立ち会えるなんてね」


 カウンターで立ったままカードに達筆な字で商品名を書いてくれていたエルナン。 

 彼は長い髪に触れ、ふうと息を吐きながら薄い笑みを浮かべる。


「待て! 随分俺と扱いが違うじゃないかよおお」

「そら、お前の場合はこの前の広場の件と今回の手伝いでチャラにするってことだからな」

「えええ。俺の活躍でスイカちゃんといい感じになれたんじゃねえかよおおお」

「分かったから、とっとと作業をしろ。働け働け」

「だったら、手伝えよ。そこで腕組んでないで」

「俺の姿を見ている暇があったら、動くのだ。勇者テオよ」

「意味わかんねええ」


 口を挟んできたテオだったが、テキパキと作業を続けていた。

 うんうん。さすがあの親父さんに仕込まれているだけあって、手際がよいじゃないか。感心感心。


「エメリコくん、手が開いてるならこっちを手伝ってくれないー?」


 お、ダイニングキッチンから萃香が呼んでいる。

 チリンチリン――。

 お、モミジ。煮干しを口に加えた黒猫と入れ違うようにしてダイニングキッチンへ足を運ぶ。

 

「猫が猫が! エルナン!」

「何だい、僕は今仕上げをだな」


 ズデーーン。何やら店舗から派手な音が響いてきたが、気にしてはいけない。

 床が抜けていたら、本人に修理させればいいだけのこと。

 振り返ることもなく、作業台の下に潜り込んでいた萃香に声をかける。


「あ、エメリコくん。商品棚とカウンター用のラグを持って行ってくれるかな」

「お、刺繍が終わったんだ。作業台に潜り込んで、何か探し物?」

「そうなの。ここにガラス玉が落ちちゃって」

「ガラス玉? ああ、ウォーターボールかな。俺が探そうか」

「大丈夫だよ」


 ゴソゴソと更に奥に体を突っ込むのはいいんだが、生足が見えているだけじゃなく。


「でも、萃香。そういう作業をする時はズボンの方がよくないか?」

「見えてる!?」

「見えてるが俺は見ていない」

 

 何が見えているなんて言わないけどね!


「ズボン買ってないんだもの……」

「そうだった」

「エメリコくん、見たんだよね?」

「だから、見えているが俺は見ていないって」


 怒られる前に退散することにしよう。

 ええっと、これか。

 クルクル巻かれたランチョンマットのようなラグの束を両腕で抱え店舗へ戻る俺であった。

 

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