第3話 ホワイトジェイド皇国の皇帝 ――求む、奴隷――

 倒産した鉄工所の固定クレーンの上……。アルテミスとソワソンのリクルート風景を観察する茶褐色の肌の美女がいた。銀色の短い髪に灰色の大きな瞳のマガタだ。そのスリムな身体に黒色の薄い生地のミニドレスが張り付いている。彼女は、ホワイトジェイド皇国の皇帝だった。


 おてんば娘のマガタは、幼いころから何事にも自分で取り組むことが多い。クロッシングの度に地球を訪れ、限度いっぱいまで遊んでいた。それは大人になっても同じだ。リクルートをすることもあれば、異国の街を散策するだけの時もある。


 その日は、リリウム王国の皇女と侍女を偶然見つけた。古くからホワイトジェイド皇国とりリウム王国は敵対関係にある。それで悪戯してやろうと尾行していた。


 おやつの時間にアルテミスに気づかれたと思い心臓が縮んだが、そうではなかったようだ。彼女たちは純朴な青年のリクルートに成功して有頂天になっている。


「さて……」


 マガタはアルテミスたちがディメンションジャンプの態勢に入り、肉体が人形のようになったところでクレーンから飛び降りた。クルリと1回転して猫のように着地すると、「99点」と自分の着地姿勢に点数をつけた。


「よし……」ひとりごちると、観音寺の額に張られた紙片をはがす。自分の人差指を強く噛んで血を絞りだし、観音寺の額にホワイトジェイド皇国の印章を含むサンカの魔法印を描いた。


 その時だ。


 ――ゴトン……、暗い廃墟に音が反響した。扉が開いた音だ。


 マガタは眩い光を背にした二つの男性の影を認めた。人間観察と称して面白半分に観音寺を尾行してきた葛原と根本だった。


 彼らは目を丸くしていた。マガタに驚いているのではない。目の前からアルテミスとソワソンの姿が霧のように消えたからだ。


「見たな……」


 マガタは必要もないことを口にし、まだ止まらない人差指の血液で左手の甲に魔法印を書いた。ガウーダという戦闘魔法の印だ。闘志が高まり筋力、スピード、反射神経が強化される。


「えっ?」


 声を上げたのは根本だった。


 マガタは、彼の目の前にいた。そして素早く彼の額に魔法印を描き、ポケットにクオンカードを放り込んだ。


「何をするの!」


 葛原がマガタの右手を握ろうとした。しかし、マガタは高速で移動した。彼の目からは、マガタが幻のように消えたはずだ。


 彼の膝がガクンと折れる。背後に回ったマガタが膝カックンをしたのだ。


「あれぇ」


 情けない悲鳴を上げ、なよなよと崩れ落ちる葛原。


 マガタは彼の胸に跨り、その額にも魔法印を描いた。悲鳴を上げた唇にクオンカードを押し込む。


「一緒に来てもらうわよ」


 マガタの言葉が終わるころには、根元の姿は半透明に変わっていた。


「一挙に3匹とは、思わぬ収穫だった。これからは働いてもらうよ」


 生まれつき皇帝として育てられたマガタは、気持ちを表情に表さない。そんな彼女が微笑んだ。


 倒れている葛原をつま先で押して、石のように動かないのを確認する。


「もう大丈夫だろう」


 マガタは鉄骨を上ってはりの上に腰掛け、自分の左腕にサンカの印を描いた。



 ホワイトジェイド皇国のディメンションジャンプ・ゲートは5メートル四方ほどの無機質な空間だった。


「イテテテ……」


 そこに湧いて出た観音寺が頭を押さえた。頭痛とめまい、耳鳴りがあって座り込んだ。そうしても絶えず世界が揺れていて、身体が天井に向かって落ちていきそうな気持ち悪さがあった。


「来るんじゃなかった」


 年収500万、3食昼寝付のセックスをするだけという楽そうな仕事につられた自分の浅ましさを恨んだ。


「それで……」これからどうすればいいのか、尋ねようとした。が、周囲には金髪の少女も黒ヒョウのような精悍な女性も見当たらない。


 困惑していると、目の前の景色の一部が歪んだ。すると二つの半透明の影が浮かんだ。最初はそれが金髪の少女と黒ヒョウのような女性だと思ったが違った。一つは背の高い男性で、もう一つは床に倒れた何かだ。よく見れば、少女の体型とは程遠い肥満気味の中年男性だった。


 意識の戻った根本は目を丸くして周囲を見回した。倒れている葛原は「スーツが埃まみれじゃない」と、明瞭な第一声をあげた。


 観音寺が二人の男の出現に戸惑っていると、部屋の隅に新たな影が現れた。それはほどなく色を持ち、女性の形を作る。髪は銀色のショートで、肌は褐色だった。


 観音寺は彼女を見つめながら、よろよろと立ちあがった。


「あの女よ」


 葛原が声を上げ、根本と共に彼女と反対側の隅へ逃げた。


「初めまして、みなさん」


 マガタが病院の受付係のように言った。


「何が、はじめましてよ」


 葛原が抗議の声を上げる。


「ここは?」


 根本の声は小さかった。


「ここはホワイトジェイド皇国。私の国です」


「ホワイトジェイド?」


「ギンコウボクだ」


「銀行木?」


「銀行じゃない。銀色の花の咲く香木という意味。ハクギョクランとも言う」


 マガタは話しながら移動し、床に落ちていた葛原のクオンカードを拾った。それから根本に近づき、ポケットからそれを取った。何故か、観音寺の物は取らなかった。


「貴様たちは今日からホワイトジェイド皇国のオプティマスだ。私の奴隷になったと心得よ」


 彼女が凛と宣言した。


 観音寺は握りしめていたビジネスバッグからスマホを取り出した。警察に通報しようと思った。自分は、拉致監禁されているに違いないのだから。


 画面にアンテナがなかった。


「圏外!」


 観音寺の希望は断たれた。


「外に出なさい」


 マガタが一つしかない扉を開け、先になって外に出た。


 ドアの向こう側は屋外だった。夜だ。


「陛下、お帰りなさいませ」


 半裸の美女が5人、頭を下げた。


 彼女らに視線を走らせ、それから世界に目をやった。月が出ている。ふたつ……。


「ここは地球じゃない?」


 観音寺の質問に、「もちろん」とマガタが応じた。


「帰してぇ!」


 葛原が叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

第1宇宙のオプティマス 【リクルート編】――国民はすべて花のような女性だった。そこでは蜜蜂が必要とされた―― 明日乃たまご @tamago-asuno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ