碧午の刻 ー 邂逅 ー
次の日、朝から桜は出かけていた。頭上には抜けるような青空が広がっており、秋の穏やかな陽光が降り注いでいる。
こういう天気のいい日は部屋に引きこもっていたいのが本音だが、そういうわけにもいかない。近いうちに神成からは去るのだ。それなら、今診ている者にはできるものなら薬や処方箋は出しておきたいし、処置なども渡しておきたい。
だから、桜は嫌々ながら日が高いうちに出かけていた。そうでないと終わらないからだ。
曼珠には、遅くとも昼過ぎに帰ると告げていたのだが。
「……どうしようかね」
思わず、ぼそりと零す。
一人目の家を出た時から、視線を感じていた。気のせいかと思っていたが、視線は減るどころか増えている。おそらく数は十人以上。
(あいつならもうちょっと正確な数わかるんだろうけど)
あいにくと、桜は荒ごとはからきし自信がない。辛うじて死なない自信はあるが、それだけだ。
さてどうするか。
いっそこのまま帰ろうかと思ったが、恐らくは相手もそうはさせないだろう。賑やかなところに足を向けようとすれば進路上に気配が湧くことからも、それは明らかだ。
やはり昨日のことだろうか。しかし、釘を刺すだけならば人気のないところに誘導する必要はないはずだ。
目的がわからぬまま、とりあえず歩いてはいるが――
思考は、前から歩いてきた人影によって中断された。
数は五人。いずれも、墨染めの衣を着た僧侶だ。袈裟には揃いの太陽十字が染め抜かれている。足を止めたのは向こうが先だった。彼らとの間に脇道や別れ道は、ない。
「こんにちは、ご機嫌よう――ってわけには行かないよな。やっぱ」
仕方なく桜も立ち止まり、黒い集団に相対した。
背後に視線をやれば、はかったように無頼な男たちが現れる。
「なんか用か?」
問いかければ、僧侶たちの中から一人が進み出た。穏やかな雰囲気をまとった三十過ぎの男だが、細い目の奥だけが笑っていない。
「鬼法医の桜殿、で間違いありませんね?」
「礼儀のなってねえ坊主だな。人に名前を聞くなら、てめえから名乗れよ」
「これは失礼。私は九陽教のしがない坊主でございますゆえ」
「ああそう。で? 坊さんがぞろぞろと大層な供をつけて、流れの医者ごときになんの用だ」
細められていた僧の目が、微かに開かれる。
「単刀直入に訊きます。あなたの連れの鬼宿師は、かの黄泉薬の加護を受けておられますか?」
「ったく、なんだよ。昨日からやたらと名前を聞くな、畜生」
毒づき、桜は僧を睨みつける。
「んなわけねぇだろ。どこでそんなヨタ話を拾ってきたか知らんが、あいつは普通の人間だよ」
「本当にそう思われますか?」
ゆっくりと唇が歪められる。
「あなたが知らないだけではないですか? 現にこんな噂がありますよ。かつての白亥の大地震の折、桜之宮万象の墓が荒らされ、黄泉薬が盗られたと。その盗人が彼だということはありませんかね?」
「ハッ、勿体ぶって何を言うかと思えば。あの墓には元からそんな薬はねえよ。そもそもが、真偽も分からんっていう御伽噺の代物だろうが」
苛々と桜は髪をかき上げた。
「ええ、仰る通り――でもね」
男が目をさらに開く。獲物を前にした蛇にも似た、冷たい瞳だった。
「真偽のほどもわからない薬の所在を、なぜあなたは「ない」と明確に断じたのですか?」
桜の白い喉がひくり、と引き攣った。
背後の気配が一斉に膨れ上がる。
ハメられたとは思ったが、何を言っても聞いてはもらえないだろう。逃げるしかない。抜けるなら、前の僧侶連中の方がまだ望みはありそうだ。
足を踏み出し、強引に囲みを突破しようとしたが遅かった。後頭部に衝撃。あとは、もうよく分からなかった。
(ああ、昼過ぎはやっぱ無理だったな)
意識を手放す前に浮かんだのは、嘘が嫌いな相方の顔だった。
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