HSPの俺が異能を手にして無双するわけでもなくただまったりと過ごす話

@helme

第1話 異能を自覚する

 いつもと変わらぬ憂鬱な月曜日だった。社畜の俺は思考停止し、いつものように満員電車に身体を押し込んだ。思考停止しないと嫌なことばかりが頭をぐるぐると駆け巡って気分が落ち込むので、思考停止は社会人になって身につけた特技の一つだ。電車に乗り込み、視線のやり場を逃がすため何となく中吊り広告に視線を向けているとガタンと電車が揺れて、隣にいた女性の乗客がバランスを崩して私にもたれかかる形になった。

女性は小さく「すみません」と言ってスマホをしまい吊り革につかまった。

すると、その女性から「なんで月曜の朝から会議なんだよ。あーやってられない。来週の企画資料も全然できてないし、月曜から残業確定じゃん。あー面倒くさい」と声がきこえてきた。俺はギョッとしてその女性の方を見たが、女性は素知らぬ顔で車窓を見ている。

声の主は彼女じゃなかったのか?彼女の方から聞こえた気がしたが。しかし声は続く。

「とりあえず午前中のうちに店長に確認しとかないと。あー、でも店長午前中はいないよなあ、肝心なときにいないよな、あいつ。使えない。」

辺りを見渡しても声を出してそうな人はいない。間違いない。声の主はこの右隣の女性だ。ただ本人は喋ってる様子もない。他の乗客の様子を見ても誰も声を気にしている人はいない。

となると俺にしか聞こえてないのか?俺はサッと血の気が引くのを感じた。その間もずっと女性の声が聞こえている。

とうとう仕事のストレスで頭がいかれたのか、メンタルか?脳か?病院はどこを受診したらいいんだ?いやそもそも会社休めるのか?そんなことを考えていると、電車が停車し女性は降りていった。すると声は収まった。

(何だったんだよ。今の)

心拍数が上がるのを感じながら、俺はしばらく呆然としていた。


 会社に着いてパソコンを立ち上げてメール確認から始めていると、先程のことは頭から薄れていった。やるべきタスクは目の前に山程ある。

 しばらく仕事に没頭していると背中をつつかれた。後ろの席の後輩の山根だった。

「田崎さん、課長が呼んでますよ」

「え?ああ、ありがとう」

俺は席を立ち、課長の方へ行こうとすると、山根からまた声をかけられた。

「え?何?」

「え?何ですか?」

山根は振り向いて不思議そうな顔をしている。しかし山根の声は続く。

「田崎さん、今日も顔色悪いなあ」


今朝の電車と同じやつだ。俺はすぐに悟り「悪い。聞き間違いだ」とすぐにその場を離れた。すると山根の声も聞こえなくなった。

課長の席の前へ行くと、いつものねっとりした視線を向けてきた。捕食者の目だ。この視線を向けられるといつも胃がギュッと絞られる感覚になる。

「田崎さん、先週の資料だけどね。この数字の根拠は何なの?」

「昨年度の実績です」

「昨年度の実績じゃ意味なくないですか?顧客情勢変わってるの知ってるよね?顧客ヒアリングはした?現場へのヒアリングは?」

「…すみません。できていません」

「じゃあこの資料意味ないよね」

その後も課長からとくとくと詰められた。辛いのが課長の言っていることは間違ってない。正論なのだ。正論を振りかざすのは気持ち良いだろう、課長も自然と声が大きくなる。俺はただ小さくなるのみだった。

 課長から開放されて席に戻ると山根が声をかけてきた。

「お疲れ様です」

「はぁ、月曜の朝からきついね」

「課長も無茶ですよね。仕事山ほどあるのに一つ一つに丁寧にできるわけないですよね」

「うん、まぁでも本当は丁寧にしないといけないんだけどね」

「田崎さんは真面目すぎですよ」

「自覚してる」

 山根は俺とは違い要領良く仕事をするタイプだ。仕事が大変なら周りの人に甘えることができるし、時にはできませんと堂々と仕事を断ることもできる。ただ仕事を断っても持ち前の愛嬌で敵を作ることはない。

 真面目一辺倒で生きてきた俺からしたら不真面目に映って腹正しくなることもあるが、それ以上に羨ましく映っている。山根のように器用にできないし、腹も座ってない。

 そう言えばと俺は思い出した。

「なあ、俺顔色悪いかな」

「ここ最近ずっと悪いですよ。ちゃんと野菜食べてくださいよ」

「ああ」

 山根との今の会話の最中には謎の声は聞こえてこなかった。そう言えば課長からもあの声は聞こえなかった。

 今朝の電車の女性、少し前の山根。

 共通点は。

「あ、ゴミついてるよ」

俺は山根の肩に触れた。

「え?ありがとうございます」

そうして俺はパソコンに顔を戻した。

すると背後から山根の声が聞こえてきた。


「今日もとっとと仕事終わらせて彼女と会おう。あー昨日のデート楽しかったなー。イタリアン美味かったなー。今日も行こうかな。さすがに2連チャンだとだめかなー」


「あ、そう言えば山根」

「はい?」

「昨日イタリアン行ってた?」

「え?なんで知ってんすか?」

「いや、入口で見かけたから」

「えー?声掛けてくださいよ」

「でもデートだったんでしょ?」

「そうなんすよ。あそこオススメですよ。田崎さんもぜひ彼女さんと行ってください!」


「田崎さんて彼女いるのかな。雰囲気的に今まで彼女いた事なさそうだな」


「彼女できたら行くわ」

「ぜひ!」


山根の声は5分ほどで聞こえなくなった。


俺は確信した。

相手に触れるとその人の思考が聞こえる。

凄い。

超能力者みたいじゃないか。

いや、紛れもない超能力者だ。

学生時代から何の特技も才能もなく、何かを成し遂げたこともなく、何かに夢中になり努力を費やしたこともなく、漫然と周りに流されて生きてきただけの俺が超能力者!

身体が少し震えている。

これが身震いか。

俺は宝くじに当選したかのような万能感をひしひしと実感していた。


俺は急に湧いて出た超能力に感動していたが、この能力には更に凄い力を秘めていることは、この時はまだ知る由もなかった。







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