第三十八話 裏から日本を支配する地位は、誰の手に

舞台を浜松城はままつじょう[現在の静岡県浜松市]へと戻そう。


京の都でも裕福な上京かみぎょう[現在の京都市二条通の北側]から差別されている下京しもぎょう[その南側]であきないを営む茶屋四郎次郎ちゃやしろうじろう

この武器商人と、室町幕府と織田信長の両方の使者を務める明智光秀、そして徳川家康の会話によって衝撃の真相が明かされていた。


あの『応仁おうにんの乱』が……


「今こそ決着を付けるときぞ!

数百年にわたって帝都ていと[首都という意味]であった京の都か?

それとも、京の都の武器商人の汚いやり方に反発する人々が建設した新しい武器商人の街であるさかいか?

この乱の勝者こそが、裏から日ノ本ひのもとを支配する地位を手にできるのじゃ!」


京の都も、堺も、勝利のために『手段』を選ばなかった。

お金に物を言わせて人々を釣り始めた。


「日ノ本の民よ!

京の都へ来て兵となって戦え!

いくさに参加する者には、多くの銭[お金]が与えられるぞ!

戦場いくさばで活躍して敵の首を挙げれば、褒美は思うままじゃ!

さあ……

もっと多くの銭が欲しい者たちよ!

敵を殺せ!

一人でも多くの敵を殺して名を上げよ!

国元くにもと[故郷のこと]へ戻れば、英雄ぞ!

この機会を逃すな!」


言葉巧みに欲望をあおられた者たちは、日本各地でき出て京の都へと集まった。

西軍で11万人、東軍で16万人も集まったが……

ほとんどが武士ではなく『民』であった。


 ◇


さて。


職業軍人とは別に……

戦争の間だけ兵士となる者を『民兵みんぺい』と言う。


だからこそ両軍合わせて数十万人規模となったのだ。


ところが。

当時は武士という身分であった職業軍人と比べ、民兵は致命的な問題を抱えていた。


『無秩序』なことである。


 ◇


民兵たちは、こう話すようになった。


「両軍とも兵を集めるのに必死のようじゃ。

報酬の銭[お金]がどんどん釣り上がっているぞ?」


「昨日までは西軍の方が高かったが、今日は東軍の方が高いのう。

どうする?」


「どうするも何も……

足軽あしがる[民兵のこと]として働くのは、常に命の危険が伴う仕事ではないか。

できるだけ報酬の銭[お金]が『高い』方に付くべきであろう」


「ならば敵の東軍へ寝返るか?

数日前に西軍へ寝返ったばかりだが」


「わしらは、銭[お金]のために遠路はるばる来ているのだぞ?

東軍が勝とうが、西軍が勝とうが……

わしらにとってはどうでもいいことよ。

むしろ、いくさの決着が早々に付いてしまうことの方が困る」


「確かにそうじゃ。

いくさの決着が早々に付いてしまうと、わしらは銭[お金]を稼げなくなる」


「一方を勝たせることなく……

いくさを長引かせることが大事であろうな」


「それは良いと思うが。

常に命の危険が伴う戦場いくさばに居続ければ、死ぬ確率も高くなってしまう。

もっと『楽に』稼ぐ方法はないかのう」


「ん?

もっと楽に稼ぐ方法……

それならあるぞ!」


「あるのか?」

「ここは大勢の人々が住んでいる都であろう?

弱い者から力ずくで奪えば済む話では?」


「『強盗』か!

それはうまい方法じゃ!

ちょうどいくさで稼いだ銭[お金]が全て博打ばくちや女遊びに消えてしまっていてな……

困っていたところよ。

早速、今夜から稼ぎまくろうぞ!」


主君への忠義を尽くさねばならない武士と比べ……

気軽なアルバイト感覚で戦争に参加した民兵に、秩序などない。


両軍の総大将すら手を付けられないほどに『治安』は悪化した。


 ◇


歴史書によると。


治安の悪化で大勢の民間人が犠牲となった『責任』を強く感じた、西軍の総大将・山名宗全やまなそうぜんと東軍の総大将・細川勝元ほそかわかつもと

2人は良心の呵責かしゃくさいなまれた挙げ句、心の病まで患ってしまったらしい。


心の病が身体の病へと移ってしまったのか……

宗全そうぜんは何度か自殺未遂を起こした後、応仁の乱が始まった6年後に病死した。

勝元かつもともまた、宗全の死の2ヶ月後に病死した。


しかし。

2人が心の病で早々に死んだ事実を書きながら、心の病を患った『理由』について歴史書はロクな説明をしていない。


応仁の乱が……

京の都の武器商人と、その汚いやり方に反発する人々の争いであったという視点で見れば、理由は明らかだろう。

裏から日本を支配する地位を誰が手に入れるかの戦争に『大義名分』などないからだ。


宗全そうぜんも、勝元かつもとも。

優れた人物であったからこそ、こう考えたに違いない。


「悔やんでも悔やみきれん!

わしはなぜ、こんな意味のないいくさの総大将を引き受けてしまったのじゃ……

裏から日ノ本を支配する地位を誰が手に入れるかなど、どうでも良いことではないか!

こんないくさに大義名分などない!

集めた民兵どもは、おのれの欲を満たすために各地で強盗や殺人を働いていると聞くぞ?

大勢の老人と女子おなごに子供が、その犠牲になっていると。

人でなしのくずどもめが……

今すぐその素っ首をことごとね飛ばしてやりたいが、それすらできんとは!

!」


こうして死に至る病を患ったのだ。


 ◇


「およそ100年前に起こった……

京の都の武器商人と手を組む西軍11万人と、堺の武器商人と手を組む東軍16万人が11年も戦った泥沼のいくさである、応仁おうにんの乱。

この乱は西軍の主力が撤退したことで終結し、東軍の勝利に終わりました」


「要するに。

堺の武器商人が、裏から日ノ本ひのもとを支配する地位を『奪った』ということですな?」

家康である。


「家康殿、四郎次郎殿。

今までの話を聞いて……

それがしは、こう思っている」


「光秀殿。

どう思われているのです?」


「『

とな」


「何と!」

桓武天皇かんむてんのうが当時の平安京へいあんきょう[現在の京都市]に都を定めてから、およそ800年の長きにわたって、京の都はみかどの住まう土地であり続けた。

日ノ本の『表』の支配者が朝廷ちょうてい[天皇と公家を中心とする政治形態のこと]から幕府ばくふ[将軍と武家を中心とする政治形態のこと]へと代わっても、銭[お金]の力で日ノ本の『裏』の支配者として君臨し……


「我らに想像すらできないほどの、『都人みやこびとたる誇り』があるはずだと?」

「うむ。

都人みやこびとたる誇りが……

堺の風下かざしもに立つことを許しはすまい。

どんなに汚い手を使ってでも、堺の力をごうとするだろう」


「どんな手を使うのです?」

「『家康殿と武田信玄殿との争いは……

織田信長様と、そして室町幕府をも巻き込んで泥沼化する』

こう四郎次郎殿が申されていたではないか」


「まさか!

京の都の商人たちは……

浅井あざい朝倉あさくら三好みよし比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじだけでなく、武田信玄に加えて室町幕府までも織田信長殿の敵にしようと『画策』していると?」


「そういうことであろう?

四郎次郎殿」


四郎次郎が答える前に、家康がもう一度反応した。

「お待ちくだされ!

光秀殿!

室町幕府は、信長殿の支えで成り立っているのでは?」


「そうだ。

家康殿」


上洛戦じょうらくせん金ケ崎かねがさきの退き口、姉川あねがわの戦い……

それがしも信長殿と一緒に命をけて戦ったのですぞ!

全ては、幕府の秩序を『回復』させるために!」


「そうだ。

家康殿」


「その幕府が……

幕府のために尽くしてきた信長殿と、それがしを敵にするとまことに申されるのですか?」


「そうだ。

家康殿」


「そんな馬鹿な!

我らは、一体……

何のために戦ってきたのですか!」


「室町幕府はな、腐り果ててうみが出ているのだ。

表から日ノ本ひのもとを支配する資格などありはしない。

むしろ滅ぶべき存在よ」


「それにしても、光秀殿。

京の都の武器商人どもは……

どんな方法で、信玄に加えて幕府までも信長殿の敵にしようと?」


「家康殿。

奴らの『得意技』をお忘れか?」


「欲深い愚かな人々をあおって争いを引き起こす……」

「そうだ。

奴らは、そうやって応仁の乱の原因を作った。

どうしようもない連中よ」


光秀と家康の会話を見届けた上で……

四郎次郎は最後にこうめくくった。


「既に京の都の武器商人たちは動き出しております。


不倶戴天ふぐたいてんの敵と……」

「具体的にどんな手を使うかまでは分かりません。

くれぐれも、お気を付けなされませ」


こうして光秀と家康、そして四郎次郎の長い話は終わった。



【第参章 戦いの黒幕】 武器商人が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す 終わり

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