第三十六話 応仁の乱の真相

足利あしかが将軍家は……

代を重ねるごとに、こう考えるようになっていた。


「わしは『将軍』ぞ?

室町幕府の頂点に君臨し、武家の棟梁とうりょう[代表のこと]でもある!

それが、なぜおのれの望み通りにまつりごとができない?

まつりごとにいちいち口を出してくる有力大名どもの顔色をうかがうなど、うんざりじゃ!

何とか奴らの力をぐ方法はないものか?」


こんな身勝手な考えが……

京の都の武器商人たちに、まんまと付け入る隙を与えたのだ!


 ◇


そもそも。

室町幕府というものは、足利あしかが将軍家一門の筆頭である斯波しば家、二番手の畠山はたけやま家、三番手の細川ほそかわ家などの有力大名たちの『支え』によって成り立っている。


京の都の武器商人たちと手を組み、有力大名の力をごうとするなど……

おのれの手足を切り取るのと同じほどに愚かな行為であった。


心ある幕府の家臣たちは、こう嘆いていたらしい。

「京の都の武器商人どものような薄汚いやからと手を組む足利あしかが将軍家も、室町幕府も地にちたわ。

!」

と。


 ◇


さて。


遠江国とおとうみのくに浜松城はままつじょう[現在の静岡県浜松市]では……

茶屋四郎次郎ちゃやしろうじろうが、明智光秀と徳川家康を相手に話を続けていた。


「光秀様がおっしゃった通りです。

あまりにも薄汚いやり方でしょうな」


「……」

「有力大名の力をいだことで、足利あしかが将軍家も一応はおのれの望み通りにまつりごとができるようになりました。

ただし!

ある強烈な『副作用』を生み出してしまったのです」


家康が反応した。

「四郎次郎殿。

副作用とは、一体……?」


「『下剋上げこくじょう』だ。

家康殿」

四郎次郎より早く、光秀が答える。


下剋上げこくじょう!?

地位の低い者が……

地位の高い者を引きり下ろし、おのれが高い地位に付くことですか?」


「うむ。

有力大名がみにくい身内争いに明け暮れるのを見た家臣たちは、いつしかあるじに愛想を尽かすようになった。

『我が主は……

国を一つにできない弱く愚かな支配者であることに加え、権力や富をいかにおのれで独占するかを最優先に考える小物でしかない。

?』

と」


「有力大名が、付き従っていたはずの家臣によって大名の座から引きり下ろされる……

まさに下剋上げこくじょうですな」


四郎次郎が話を続ける。

みにくい身内争いに嫌気が差した家臣たちの下剋上げこくじょうによって……

足利あしかが将軍家一門の筆頭である斯波しば家と、二番手の畠山はたけやま家は急速に力を失います。

これに強い危機感を抱いたのが、三番手の細川ほそかわ家でした」


「四郎次郎殿。

それはもしや……

応仁おうにんの乱』のことではないのか?」


光秀の問いに、まず家康が反応した。

「応仁の乱ですと!?」


「家康殿。

我らは、こう教わって育ってきた。

『この戦国乱世は……

およそ100年前に起こった応仁の乱によって始まった』

と」


「光秀殿。

それがしも、そう教わっています」


「だが!

?」


「ありませんな。

細川ほそかわ家の当主である勝元かつもとが率いる東軍16万人と、山名やまな家の当主である宗全そうぜんが率いる西軍11万人が、11年も続く泥沼のいくさをして京の都を灰にした。

そういう『現象』の話だけです」


「それがしは……

四郎次郎殿の話を聞いて、『応仁おうにんの乱の真相』へと辿たどり着いた気がするのだ」


「応仁の乱の真相ですと!?

是非とも教えてくだされ!」



応仁おうにんの乱。


応仁おうにん元年[西暦1467年]に発生した日本史上最大級の内戦であり、戦国時代の幕開けとして歴史の教科書に必ず載っているものの……

このような『現象』しか書かれていない。


「乱は11年も長く続き、戦場となった京の都は焼け野原と化した」

と。


残念なことに。

どの歴史書も『原因』についてはお粗末だったり見当違いで、全然ピンと来ない。


これは仕方のないことだろう。

応仁おうにんの乱の真相は、歴史研究家でさえよく分かっていないのだから。


 ◇


家康に促され、光秀が始めた話を要約すると以下の通りとなる。


応仁おうにんの乱の発端ほったんは……

足利あしかが将軍家一門の二番手である畠山はたけやま家の後継者争いであった。

畠山家自身が後継者を定めたにも関わらず、京の都の商人たちにそそのかされた足利将軍家が余計な『口出し』をして別の者を後継者に指名したのだ!


こうして畠山はたけやま家自身が後継者と定めた政長まさながと、足利あしかが将軍家が余計な口出しをして後継者に指名した義就よしなりが……

熾烈しれつな身内争いを始めたのである。


当初は義就よしなり側が圧倒的に優位であった。

細川ほそかわ家の当主・勝元かつもと山名やまな家の当主・宗全そうぜんという2人の実力者が味方に付いたのが大きかったのだろう。


「京の都の武器商人どもを敵に回すと厄介じゃ」

こういう気持ちが、勝元かつもと宗全そうぜん義就よしなり側に走らせたのかもしれない。


ところが!

武器商人たちがもたらした下剋上げこくじょうに強い危機感を覚えた勝元かつもとは、突如としてある『行動』を起こす。


ときの将軍・足利義政あしかがよしまさへの説得に成功すると……

義就よしなりたもとを分かち、足利あしかが将軍家もろとも政長まさなが側へと寝返ったのだ!


幸いなことに。

将軍である義政よしまさ様とその正室の日野富子ひのとみこ様も、わしと同じ考えを持っているようじゃ。

ならば、今こそ立ち上がるときぞ!

畠山家自身が後継者と定めた政長まさながに味方し、正統性のない義就よしなりを叩き潰して秩序を乱す武器商人どもに正義の鉄槌を下そうではないか!」


こうして。

『京の都』のやり方に反発する者たちが、『堺』に集結した。


 ◇


四郎次郎によって、衝撃の真相が明かされる。


「堺の地に大軍が集結しつつあることを知った京の都の武器商人たちは……

自らを守るため、自らと手を組む者たちを京の都に集結させました。

総大将を務めた山名やまな家の当主である宗全そうぜんを始めとして日ノ本ひのもとの西にいる武士が多かったからか、やがて『西軍』と呼ばれるようになります。

その数は11万人。

一方。


「何と!

日ノ本ひのもと三津さんしん[日本を代表する3つの港のこと、現在の大阪府堺市の堺、三重県津市の安濃津あのつ、福岡市の博多]の一つともうたわれた堺の起こりが、これであったと!」


「堺に集結した人々は……

細川ほそかわ家の当主・勝元かつもとを総大将に据え、やがて『東軍』と呼ばれるようになります。

その数は16万人。

こうして京の都と手を組む西軍11万人と、堺と手を組む東軍16万人が、11年も続く泥沼のいくさを始めたのです」


「それが……

あの応仁の乱の真相なのですか」


「光秀様。

そして家康様。

御二方は、乱の『結末』をご存知でしょう?」


家康が答えた。

「無論、存じている。

西軍の総大将である山名宗全やまなそうぜんの死と……

西軍の主力を務めた周防国すおうのくに長門国ながとのくに[合わせて現在の山口県]、豊前国ぶぜんのくに筑前国ちくぜんのくに[合わせて現在の福岡県]、安芸国あくのくに[現在の広島県]を治める大内おおうち家の軍勢が引き上げたことで、西軍は『消滅』したはず」


「その通りです」

「四郎次郎殿!

西軍が消滅したということは……

?」


「そうなりますな」


 ◇


同じ頃。


「皆々様は……

いつまで現実から目を背けるのです?

およそ100年前に起こった応仁おうにんの乱で、京の都は裏から日ノ本を支配する地位を失ったではありませんか!」


こう言い放った若者に対し、西村屋は冷静に切り返す。

「吉田屋の了以りょうい殿。

おぬしの申す通りじゃ。

乱の敗戦で、京の都は裏から日ノ本を支配する地位を失った。

堺に奪われてしまった」


「……」

「しかし!

奪われたら、奪い返すまでのことよ。

そのためにも……

東の武田家と西の毛利家を、堺の武器商人どもと手を組む織田信長の『敵』とせねばならん」


「具体的にどうされる?

英雄である元就もとなり公が亡くなっている毛利家ならいざ知らず……

同じく英雄である信玄公が健在の武田家が、武器商人ごときの望み通りに動くとも思えないが」


若者の反論を無視し、西村屋は一同を見た。

「皆々様。

実は……

東の武田家を動かす鍵となる『男』を、ここに連れてきている。

通してもよろしいか?」


一同が無言でうなずくのを見て……

西村屋は、一人の男を連れて来た。


その男を見た一同は、思わず唖然あぜんとした表情を見せる。

筆頭格の立花屋が思わず声を上げた。


「西村屋殿!

なぜ……

!」

と。


西村屋は、一体何をしようとしているのだろうか。



【次話予告 第三十七話 織田信長、京の都に火を放つ】

吉田屋の了以は、思わずこう叫びます。

「それだけは止めよ!

織田信長は必ず、京の都に火を放つぞ!」

と。

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